第2話 通貨

 ローブル聖王国、その小都市の一つロイツ。

 魔皇亜人戦争では、かの"豪王"バザーが率いるバフォメットらに占拠され、また亜人連合による大包囲戦、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が魔皇ヤルダバオトとメイド悪魔たちと戦った、激戦地として有名になってしまった。

 都市は激しい連戦を経て当然のように破壊されたが、戦争終結後は復興の一つの象徴として様々な開発や整備も進んでいた。

 その一つが、新しく建設された聖王国造幣局円部門。

 堅牢な壁に囲まれた此処で現在、国内使用の為の新通貨を造幣している。

 搬入口からは各地で集められた資材が、搬出口からは各地に運ばれる新通貨が、大小様々な馬車に乗せられて忙しなく動いていた。

 通貨製造の為に物資を運ぶ者たちは民間業者が多く、出で立ちから何から多様であった。重さを測ったら、次。資材搬入が終わったら再度計量して、代金を得る。流れも目まぐるしく、出発地で材料毎に分別は済ませているので確認も早い。

 逆に、新通貨を聖王国中に運搬するのは正規兵だ。目的地から枚数から、徹底的に管理される。食事から宿泊まで局内で可能となっている。

 この建物、利便性を考え大通りに面しているのが往来の多い搬入門で、通貨搬出も局内にある別門を検査通過してここより出る。正門は裏通りにあり、局員や訪問者はこちらから出入りする。

 その正門に一台の馬車が入る。牽くのは八足馬スレイプニールが二頭、車体は黒を基調とした重厚な造りであり、それだけで持ち主がただ者ではないと知れた。

 出迎える造幣局も、入り口から二列で整列し馬車を待っている。

 やがて馬車が停まり、御者の一人が扉を開けると、並ぶ全員が深く頭を下げる。

「ようこそおいでくださいました、バラハ様!」

 美しいまでに声が揃っている。挨拶一つに、よほど練習を重ねたのだろう。

 馬車から降り立った者からも、感激の声がした。

「皆さん、お出迎えありがとうございます。今日は視察に来ましたので、よろしくお願いしますね」

 造幣局円部門の責任者が顔を上げる。

 そこには純白の仮面に、煌く白い法衣を着た人物。

 聖強教団教祖ネイア・バラハであった。

「局員一同、再びお会いできること光栄です」

 責任者の女性は首から聖強教団の印を下げていた。並ぶ者は首飾りや指輪の違いはあれど、同じ印の者を身につけている。

「私も、皆さんがお元気そうで何より嬉しいです。問題などはありませんか?」

「はい!」皆の声には張りがある。

「新通貨"円"の発足より、このロイツは好景気に大きく救われています! 感謝してもしきれません」

「そうですか!」仮面の声も喜びに満ちていた。

「これも、魔導王陛下のお力の賜物ですね!」

 局員たちも笑顔だ。戦争の記憶は消せなくても、都市の復興は嬉しい。

「では、今日も案内と報告をお願いしますね。皆さんもお仕事、頑張っていきましょう! 強くある為に!」

 おー! と全員の拳が天に掲げられる。

「ではどうぞこちらへ」と責任者の後に続く。並ぶ皆からは拍手で送られ、造幣局へと入って行った。

 玄関ホールには『一円を笑う者は一円に泣く』と、大きく円部門のスローガンが掲げられていた。

 局内は地上二階、地下二階に分けられる。

 地上階は、二階が中心部は局員の仕事場で外周は遠距離武器の警備兵や監視の詰め所、一階は玄関口以外は資材集積の搬入口と新通貨搬出口と正規兵詰め所が大部分であった。

 地下階は、地下一階が資材の貯蔵庫と巨大金庫に魔法詠唱者マジック・キャスターや侵入者対策班の警備所。地下二階が造幣所となっていた。

 ネイアが真っ先に向かうのは、この地下二階だ。ただ他の階と比べて非常に床からの高さがあり、階段も非常に長い。地下一階の深さの三倍はあるだろう。

 厳重な警戒態勢の下、幾つもの監視扉を通って、最後の門番に守られた扉の前に責任者と共に立つ。ここの左右はガラス越しの監視部屋があり、それぞれに鍵が保管されている。

 そこに責任者が持つ三つ目の鍵が揃う事で、ようやく造幣所の最後の扉が開く。

 中は真っ暗であり、この先には限られた者しか入室を許されてはいない。この建物の責任者と言えども入れないのだ。ネイアの後ろでゆっくりと扉が閉められる。

 重い音がして施錠がされると、暗闇だった室内全体が赤い光に染まる。後ろは最後の扉で、その脇には連動ベルがある。帰りはこれを鳴らす事で開けられる。前の壁には毎回出現場所の変わる黒い空間が出現していた。

 これを潜ると造幣所に行ける。

(何度か行ってはいるけど、緊張するなぁ…)

 単純にが苦手なのかと思いながらも、ネイアは足を空簡に踏み入れる。

 それを通り抜けた先には、大音量が鳴り響いていた。天井から吊り下げられているミラーボールなるマジックアイテムが多種多様な光を放ち、天井の隅にも多くの回転する照明が取り付けられており、ドギツイ明かりが部屋中をまるで駆け回っているようであった。

 聞いた事のない音や光の中で踊っているのは、派手で際どい恰好をした様々な種族の霊体たち。

 その奥、桃色の縞柄毛皮がかけられた金銀どころか闇の中でも鮮やかに色を変えて光る玉座の前に、ウルトラショッキングピンクを基本にされてしまっている王冠や、デザインは立派なのにギラギラ照るような装飾をされた衣…? に身を包んだやけに血色の良い巨大な亡者が、入って来たネイアに両手の人差し指を向けている。

「よぉ~、ネイアっち~。HISA☆BISAじゃない? ウェルカム、こっち来なよ」

 何もかもの動きが大げさで、全身を使って「こっちこっち」アピールをしている。

 この大音量でも巨大亡者の声はハッキリと聴こえるが、ネイアの声はかき消されるようでまったく向こうには届かない。故に、小走りで向かう。

 足元に辿り着くと、亡者を見上げて呼び掛ける。

「お久しぶりです、派手ハデス様!」

「へぇ~い、ハ~ちゃんで良いってばネイアっち♪ 今日はNANI☆NANI?」

 派手ハ~デス。

 人界と冥界を繋ぐ日ハロウィーンイベントで限定入手できる召喚本で呼び出せるモンスター。外見は亡者ではあるが、神格を持ち合わせる為にアンデッドよりは神霊に近い。属性アライメントも善よりの中立。性格は混沌カオス

 毎年イベント報酬が変わるのだが、条件は厳しくても個人毎に入手できる上に、召喚費用はレベル帯の割りにかなり安い。その分、弱めに設定されたお遊び要員ではあるが、変な能力に秀でている場合が多い。

 派手ハ~デスは、音楽照明による空間支配での多数召喚と指揮統制、限定されたカジノやイベントなどで使われる特殊な硬貨コイン札札チケットに特化されている。

 つまりは、このモンスターと魔導王から借りた複数の製造機によって、すべての聖王国造幣局円部門の新通貨"円"は造幣されていた。

 この上に運ばれた資材が投入口からそれぞれの製造機に落ちてきて、複製元の硬貨や紙幣をどんどん生産している。紙幣には、複製番号を印字される形だ。

 出来た物は規定数を詰めた袋が巨大金庫に運ばれ、各地の銀行や両替商に運ばれて、金銀銅貨と交換される。旧通貨は、聖王の下に一度集められて金塊などに鋳造され、国内で激減した貴金属を必要量確保するまで保管され、市場には最低限しか流さないそうだ。

 そして、亡者も霊体もただ踊っている訳ではない。各種マジックアイテムの効果を受けつつ、多数の霊体を支配する事で派手ハ~デスの能力が強化されるのだ。これは生産能力にも効果を発揮する。最大効率で回る趣味と実益。

 硬貨に使われるのは豊富にある屑鉄など、価値が低い物。紙幣に至ってはその辺の草だ。亜人によって荒らされた畑や野からでも、草を刈って大量に持ってくれば、それだけで新通貨で現金が手に入るのだ。

 聖王国の村々で、畑を再び耕作する時に刈られた草を集める業者まで出来た。そして現金化の話が広まると、今度は村々に手間賃を払ってまで草を確保する者が出てきた。農村の端々に新通貨が流れ、その金で農民も買い物が出来るようになり、新しい経済が国全体で加速する。

 ネイア・バラハの錬金術。

 戦争が終わった後、硬貨の決定的な不足で、聖王国北部の民は物々交換が中心になっており、相場はバラバラ、取引の遅れや物流の停滞と様々な弊害が生まれていた。造幣局も、硬貨を増産しようにも金も銀も銅も、あらゆる資源が枯渇しており、機能がほぼ止まっていた。

 それは比較的に物品の収集分配が上手く機能していた聖強教団でも、価格基準である通貨の不足は歪みを大きくしていた。

 そこでネイアが思い出したのは、シズから貰ったシールに描かれていた『1円』の由来に関する話だ。

「シズ先輩、これは何を意味しているんですか?」

「…………これは基本単位。1は数字、えんは伝説の神々が使っていた金銭名称」

「え⁉ 神話に関わる品なんですか、コレ?」

「…………そう、ネイアは誇っていい」

 そこから魔導王陛下も使用されていた、という"円"について詳しく聞いたのだが、聖王国北部の通貨不足を知り、その事でシズと連絡を取ったのだ。

 魔導王陛下所縁の金銭単位にあやかろうとか、教団内で流通させ信徒たちが使うならきっと喜ぶだろうとか、そういった軽い気持ちで頼んでみたのだが、話を聞いたシズが即座に魔導王陛下へ報告したものだから話が大きくなってしまった。

 国を巻き込んで。…勘弁して。

 ネイアは泣きべそをかきながらシズに言ったのだ。

「なんで魔導王陛下にまで話しちゃうんですかぁーーーッ⁉」

 シズ先輩は極めて冷静に語る。

「…………神話の再現に、中途半端は駄目」、と。基本的な金銭の種類や、紙幣の概念、札に使われた図案の見本、偽造防止の様々な技術策、偽札対策、その他諸々の書かれた書籍と、見本制作の為のマジックアイテムまで持ってきた。

 魔導王陛下に知られたのなら、聖王カスポンド・ベサーレス陛下にも話を通しておかなければ、事態が大変な方向に転がってしまうと直感した。王同士の会談の場で「新しい通貨を作るって?」「なんですかソレ?」となれば、ネイアは無用な混乱を招いたと国家転覆罪で処刑されるかもしれなくなる。

 そして、カスポンド陛下に奏上し……さらに話がでっかくなった。

 造幣局の新部門として計画採用され、新たな聖王国通貨"円"の発行に向け、専門組織も作られて始動してしまったのだ。

 予算が組まれ、新たな造幣局の建築が始まる。しかも、魔導国の協力で多数の動像ゴーレムを借り、凄まじい速度でロイツ地下施設が造られていった。

 工事に負けるなと、通貨デザインチームも勢いづく。

 ネイアはここで悟った。この計画は止まらない、と。むしろ、止められないと。

 通貨単位はえんで決まった。

 硬貨は、一円、五円、十円、五十円、百円の五種類。

 紙幣は、専門組織の全員が戸惑ったが、概念を教え、制作した見本を提示する事で理解は早まり、五百円札、千円札、五千円札、一万円札の四種類となった。

 銅貨一枚が二十五円、銀貨一枚が五百円、金貨一枚が一万円相当となり、両替の基準も決まった。

 問題は、紙幣の図案だ。

 硬貨は表が数字と単位、裏が国の花や木に穀物、五円と五十円には中央に丸い穴と決まった。

 だが、ネイアの制作見本の紙幣は、これすべて魔導王陛下が全面に押し出されていた。表も裏も魔導王、透かし肖像も魔導王、偽造防止の特殊加工印も魔導王の顔。「ここは聖王国だぞ!」という組織委員のセリフが、会議室で響き渡った。

 ネイアも引き下がらずに熱弁をするが、委員の正論が当たり前すぎて覆らない。しかし、ネイアもこの計画では存在が大きすぎて無視も出来ず、時間だけが過ぎて行った。

 結局、ネイアが最終兵器として会議に投入したシズが魔導王陛下に連絡、「私の肖像など聖王国の紙幣に必要ない。君たちの国の物なのだ、聖王国に相応しい図案を採用するべきだ」と言われ、逆に轟沈。ネイア案は本人に否決されてしまった。

「…偉大にして謙虚なお方だという事を失念していたわ。流石です、魔導王陛下」と、ネイアがいつもの"さすまど"を口にしている間にも、図案会議は進んだ。

 カスポンド陛下は、「民に最も多く手にされる紙幣が良い」と言われたために、五百円札への採用となった。裏面は王城とローブル聖王国の略式全体地図。

 千円札は、人魚マーマンとの同盟締結に貢献した当時の司祭。裏面には、聖王国と人魚マーマンの王が握手する場面とローブル湾の風景。

 五千円札には、第一次国家総動員令の発動時、最も勇名を馳せた将軍。裏面には、城壁と大砦。

 一万円札には、初代聖王。裏面には、彼が建築を命じた神殿と、聖剣サファルリシア含む神宝が描かれる事となった。

 これらの硬貨と紙幣は、まったく同じ原本が二つ作られ、王宮の宝物殿とここに置かれている。

 そして、この造幣局の製造機によって、大量に作り出されている。

 円は聖王国が通達し全土で一斉に行われたが、流通の中心は聖強教団が始めだった。兵士たちの給与も新通貨に代わったが、皆が戸惑う中でどんどんやり取りを活発にさせた。教団の影響力が増大する一つとなるだろう。

 旧硬貨に比べても細かい値段設定や取引が出来て、聖王国全体で一律の価値がある。北部では元から通貨が不足していたのだ、願ってもない円の登場であり、瞬く間に広がった。最も、南部では今だに抵抗は大きく、旧硬貨でなければ商売しないという者もいる。

 しかし、国家で定められている為に、旧硬貨の円への両替は義務でもあるのだ。銀行に両替にと、支払われるのは新通貨だけとなる。貯蓄していても、旧硬貨の価値は聖王国が保証していない。いずれは交換することになるだろう。

 今はまだまだ円の通貨としての流通量は不足している。

 ただ、刷り過ぎても円の価値は下がる。その相談にもネイアは来ているのだ。

 見上げるネイアは、派手ハ~デスに尋ねる。

「推定される旧硬貨の総量予想を持ってきました。えぇっと、ハ~ちゃん、あとどれくらい現状の造幣量を続ければよいでしょうか?」

 ネイアが紙束を掲げると、派手ハ~デスは両手を広げて部屋の音を鎮める。青い光となり、落ち着けるような音楽に切り替わる。

 書類を受け取ると、玉座に座って内容を読み始める。

「…ムズイねぇ~。TYOU☆SEIは今はいらないけど、これまでの三倍を搬出したら、ちょっとスローにしちゃった方が良さそうね」

「北部はまだよいのですが、南部の方にはどれだけ両替が進んでいるのか不明点も多いもので…」

 戦争以前から不仲ではあったが、今は当時よりも険悪で何かにつけて南北の対立が起こる。くだらないしがらみだと思うが、南部の民は話でしか魔皇や悪魔に亜人連合の恐ろしさを知らない。

 そこには大きな溝があった。

「それは人ちゃん頑張ってとしか言えないっちゅ~ね。ボクちゃんもかなりマジでGAN☆BARUからさ♪ 今日はそんなトコ?」

「はい、ありがとうございました」

 ネイアが頭を下げると、派手ハ~デスは勢いよく玉座から立ち上がり叫ぶ。

「んじゃ、いってみよっかぁ!」

 けたたましい音楽が再び場を支配する。ネイアは巨大な亡者に手を振る。

「また来ます! それまでお元気でハ~ちゃん」

「OK~! まったねぇ~♪」

 亡者と霊体が舞い踊り音と光が入り混じる、この世とも思えぬ光景の中、高速で造幣される円を横目に、ネイアは地上へと戻って行った。


 聖王国の未来に、恒久の平和をもたらす為に、次の一歩を進めるのだ。

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