第4話 13秒数えるぜ!
四 13秒数えるぜ!
駅前のカラオケ(守川はなと行ったのとは違うとこ)に朝から集合してめんどくせーと思ったところに、シマノンがようやく到着した。ハイウエストのスカートを着こなしていてすごいびしっとしていて、自分のかわいいところをみんなに見せびらかしているようだった。
「一番最後私? ごめんごめん!」
そうだ謝れよ。
「シマノンっ! ボクは遅刻するといけないから、三十分前に来たよ」
ゴスロリっぽい服を着て、いかにもって感じの水瀬が言った。
「あ、そうなんだ」
シマノンが適当に答える。村野も平井も根本もあからさまに冷たい。
水瀬はそれに呻き声のようなものあげて、助けを求めるように私に言った。
「アンジェリーナもボクの次に早く来てたんだよ。ねっそうだよね」
そう言われても困る。一応約束だし、遅刻して、何か言われるのがうざかったから、早く来ただけなのだ。
店の中に入る時だった。
スポポポーン。空から生首が降ってきて、シマノンと水瀬の頭にバウンドした。
ごろごろごろごろ。
生首は三個あった。
生首たちは皆、舌が飛び出していて、レの字に曲がっている。
生首はきょうび珍しくないけど、生生首は私以外の人たちは初めてだろうから、シマノンは腰を抜かしていたし、村野と平井と根本は猿みたいな鳴き声あげてるし、水瀬は口元を抑えて、プルプル震えていた。
「うっうっうっうっう」
水瀬がえずいている。
やる? やっちゃう? そこで大丈夫?
「う、ちょ、も、もあ、もううううう無理いいいいい」
水瀬はゲロ吐いた。シマノンの頭に。
酸っぱい風があたりに漂った。シマノンのシャツが茶色と黄色になっていく。
ゲロゲロゲロゲロゲロ。水瀬はまた吐いた。第二波が来たようだ。
シマノンはぼう然と口を開けていて、そのせいで頭から垂れてきたゲロが口の中に入った。やばい。
面白い。
面白いって思ってるのは私だけで、カラオケは当然中止。水瀬が急いで服を買ってきたけど、シマノンは受け取ろうとしなかった。ゲロまみれの服のまま、帰っていった。水瀬は青い顔をして、気まずそうに一人で帰った。まあ、私も一人だけど。
生首三個は、当然のように魔剣13秒がやったものだった。今まで一人ずつしか殺していなかったのに、今回はなぜか三人同時だった。一度に殺す人数が増えたかと思いきや、そうでもなくて、その日魔剣13秒はいつものように十三人殺しただけで、姿を消した。
シマノンは、最初私をいじめるつもりだったのかもしれないけど、標的は完全に水瀬に変わった。いや、水瀬だって半分いじめられていたようなものだけど、水瀬がシマノンに飼われてるレベルでシマノンを慕っていたから、半分だけで済んでいたんだ。
いじめって、嗜虐心とか優越感とかそういうものを満たすため(他にもあるかもしれないけど)にやるもんでしょ。そこに怒りって感情はないと思う。シマノンならなおさらで、完全にいじめたいからいじめてるってやつで、ある意味本能でいじめをやっていたはずだ。だけど水瀬はシマノンを怒らせた。ゲロ吐いて。あ、やばい。また笑っちゃうじゃん。笑うな私。
でも笑う。うふふふ。
というかシマノンは一度痛い目にあえば良かったんだ。人に酷いことをするんだったら、自分もそれを体験しておくべきだったんだ。あ、でも、シマノンが痛い目見て、反省するとかは無理だと思うな。無理、無理。だって、反省なんて考えることができるんだったら、最初からいじめっ子やってない。
あの、可愛いし、頭も良いシマノンがゲロ吐かれて、キレたのは、マジ最高。
よくやったね、水瀬。
水瀬最高。
で。
どうやっていじめられたかっていうと、初めは、言葉だけだった。
水瀬はゲロ瀬って呼ばれるようになって、それから何をするにもゲロ瀬になった。「あ、ゲロ瀬」「おーいゲロ瀬」「ゲロ瀬これ片付けといて」そんなことを言われても、水瀬はヘラヘラ笑っていた。きっと水瀬にとって、ゲロ瀬と呼ばれるよりは、無視される方が辛かっただろう。水瀬が僕っ子で中二病なのも寂しがり屋だからだ。でもシマノンは水瀬を無視するより、もっと酷い目に合わせたかったはずだ。だって、自分の頭にゲロかけたんだから、ゲロを頭にかけるよりも、もっともっと、汚く、屈辱的で、受け入れがたいことをしたかったはずだ。だからシマノンは水瀬を無視しなかった。
ゲロ瀬と一番初めに呼んだのは、誰だったかな。
確か、田中だった。サッカー部の。カラオケに来てなかったのに、水瀬がゲロ吐いたのを知っているのは、シマノングループが広めたんだ。それが、シマノンの水瀬に対する報復のファーストステップだった。
「うええええ」
とサッカー部の連中がゲロを吐く真似をして、「ボク、ゲロ瀬でーす」と言った。こういう、ゲロ瀬の物真似が、クラスで流行って、そこら中で「うええええ」が聞こえた。うざい。
それに対して、水瀬は相変わらずヘラヘラして、自分から、「ゲロ吐きまーす」って言った。もちろん、そんなことでは笑いは取れなくて、クラスが静かになるだけで、「え、へ、へ、へ」と引きつった顔で、黙りこくる。
みんなは決して、水瀬の前では笑顔にならない。
それでも水瀬はシマノンに話しかけるのをやめないし、クラスと交流し続けるけど、余程能天気かアホじゃなきゃ、自分のことを嫌っているってわかる。シマノングループは水瀬が会話に加わると、話の勢いが落ちて、すぐ解散したり、あからさまに不機嫌になったりした。無視されているわけじゃないけど、されているも同然だった。
元々、水瀬はみんなから、どっちかっていうと、見下されていた。嫌われているんじゃなくて、見下されていた。
自己紹介の時に水瀬は、
「ボクは水瀬かけらです。ボクの半神も紹介しておきます。......我はテラー! 暗黒の穴である!」とかやったので、クラス内評価が最下位位になった。
中二病キャラなんて、受けないのだ。
嘘、受ける人もいる。でも、キャラを演じるのに、ふさわしい資質とかがあって、水瀬はそれを全く持っていなくて、中二病やっとけば、目立つでしょ? 的な考えが透けて見えたから、みんなから見下されたのだ。まあ水瀬のは中二病を履き違えた痛い妄想もどきだったのもあるけど。
水瀬は地味だし背が低いし、見下されるにふさわしい下地が整っている。そしてマイナスからのスタートダッシュを切って、こうして今に至るというわけだ。
水瀬がシマノンばりにスタイルが良かったり、上っ面を着飾る才能があったりしたら、ゲロを吐いても、いじめられたりはしなかったと思う。
まあ無理か。水瀬は水瀬だもん。水瀬かわいそう。あ、違う。かわいそうなのは水瀬の弁当だ。
水瀬の弁当が時々何故か中身だけが消えたりする。
消えた中身は教室のゴミ箱か、水瀬の靴に詰め込まれている。
かわいそうな水瀬のお母さん。
かわいそうな弁当。
せっかくお弁当作ったのに捨てられちゃって。自分の娘の弁当が捨てられて、名前までゲロ瀬に変えられちゃってるのを知ったらどう思うんだろう。学校まで乗り込んでくるのかな? 「お前らうちの娘に何しとんじゃこら、訴えんぞこら」とか言っちゃったりして。まぁどうせそうはならないだろうけど。
水瀬のお母さんが元ヤンキーかどうかはともかくとして、水瀬は全然平気そうだし、いや傷ついてはいるんだろうけど、ダメージ少なめを精一杯装ってるって感じで、この前なんかシマノンに「ボクお腹ぴょこぴょこだよ。お弁当分けて。あ、ウインナー、美味しそういただきまーす」と言って、勝手にシマノンの弁当を食べてしまったのだ。なかなかやるじゃん。私は水瀬のことがちょっと好きになる。
これは実は水瀬の才能かもしれない。
サンドバッグになる才能。
これ以上シマノンをキレさせてどうするんだ。いやできればもっとやって欲しいけど。
水瀬の教科書とノートがバラバラに引き裂かれた時も、水瀬は、
「シマノーン。教科書とノート見せてー」
と堂々と言った。
シマノンは普通に教科書とノートを見せた。でも目が冷たい。後が怖いよ。
シマノンは陰湿系のいじめタイプだったけど、水瀬があまりにもしつこいから、いじめに暴力を取り入れた。
要はいじめがエスカレートした。
私がトイレに行くと、シマノンが個室に向かって足をガンガン蹴っていて、「うっ」とか「うぐっ」とか水瀬の声が中から聞こえた。
私に気づいた取り巻き三人が言う。
「ちょっと佐藤さん。出て行ってくんない? 今ちょっとやばいんで」
「何で」
「ちょ、さっしてよー」
うざい声は無視して、私は二番目の個室を覗き込む。水瀬が便器に頭を突っ込んでいる。シマノンはそれを上から便器の水に押し付けるように蹴っている。
夢中で蹴っているので私には気づいていない。というか蹴り方、アマチュアだね。全然喧嘩慣れしてない感じ。まあ、普通の女子高生が喧嘩しまくってたら怖いけど、守川はなみたいに。
私はシマノンに声をかける。
「島田さん、そこどいてくれない」
「えっ、何うわ、アンジェリーナちゃんじゃん。ごめんね、別のとこ使ってくれる? 今喧嘩しちゃって、ガチ喧嘩。私も殴られたんだよ〜水瀬に〜」
「どいて」
「アンジェリーナちゃんさぁ、マジなんだって〜わかってよ」
「わかんない。知らない。これでいい? どいて」
「......水瀬のこと、うざいでしょ?」
「別に」
シマノンは足を下ろした。
足から解放された水瀬が便器から頭を出した。咳き込んで、床に倒れた。
「ぶぅっふっふっ」
私は何も関係ないけど、おしっこは薔薇と同じ香りとか言われてたことを思い出す。
シマノンが私の方を見て、いつもの薄っぺらい笑みを作って言う。
「アンジェリーナちゃん、私たち友達だよね?」
そうだっけ?
「さあ」
「......」
シマノンの顔から表情がなくなって、ロボットのように硬く動きながらトイレから出ていった。それを慌てて取り巻き三人が追いかけた。
「......汚い」
水瀬が顔についた水を、トイレットペーパーで拭きながら、言った。
そっから水瀬はなんかぼーっとしてるので私は言う。
「顔洗ったら」
「......うん」
水瀬は蛇口をひねって顔を洗った。じゃぶじゃぶ。さすがの水瀬も、便器に顔を突っ込むことはこたえたらしく、一連の動作が随分とノロノロしていた。
「今日はもう帰りなよ。このまま教室行ったら、もっとひどい目にあわされるんじゃない? バッグ、持ってきてあげるから」
顔を洗い終わった水瀬に私は言った。
「いや、いいよ」
「別にそれぐらい、私やるけど」
「ありがとう。でもボクは大丈夫だから」
「島田、キレてたよ」
「うん、わかってる」
「わかってるんだったら、帰りなよ。私に気なんて使わなくていいから」
「アンジェリーナ、君に気をつかっているわけじゃないよ」
「はあ?」
「ボクのためだよ」
なんだかよくわからないこと言ってるなあ。リンチされるのが自分のためになるとでも思ってんの? あのシマノンが、暴力使い始めた意味をもっと考えるべきだって。
「やめときなって」
「心配してくれてるの? アンジェリーナって優しいんだね」
水瀬がとぼけたことを言う。
あのさあ?
「別に優しくはないけど、これからリンチされる人を見過ごすのは、人としてどっかおかしくない?」
「うん。でも優しいと思うな、ボクは。だって君はボクをいじめなかったじゃないか」
「あれは島田たちがおかしいだけだよ。いじめなんて、普通はやろうとも考えようともしないよ」
「その発想が優しいんだよ。ボクのことは気にしないでいいから。大丈夫だから。本当だよ? だってボクは......」水瀬はふるふると肩を震わせて、デカイ声を上げた。
「我はテラーだっ! 恐怖なり! わはははは」
水瀬は私をすり抜けて、走っていった。
ばかみたいだ。
中二病ぶるのも、限界だと思うけど。
まあ、いいっか。
本人がいいって、言ってるんだ。多分何とかするでしょ。
水瀬は何とかできなかった。
ボコボコもボコボコで、肩ぐらいまであった髪が、でたらめに切られていて、よく言えばスポーティーで悪く言えば、ハゲ。ザックザック切られまくったせいで、一部、素肌が見えているところがあるのだ。体中アザだらけで、ほとんど真っ裸だった。履いているのは、靴下と上履きくらいでどこの変態だよって感じだった。水瀬は空き教室の掃除用具入れに突っ込まれていて、取っ手の間に箒を挟まれて、ロックされて出られなくなっていた。まあ、おかげで水瀬の貧相な体を全校生徒に見せなくて済んだんだけど。水瀬のバッグは、掃除用具入れの目の前に置かれていて、中にゴミをぶちまけられていた。バッグのいたるところが、切り裂かれている。もう使い物にならない。
私は思った。
シマノン、切り替え早すぎ。つーか怒りすぎ。
今までは見つかっても言い逃れできるように、ちまちまとしたいじめしかしてこなかったのに、いきなりこれかよ、だ。
どっかの段階でシマノンの計算高い部分が吹っ飛んでしまったんだろう。
それがどこって、うーん......。
多分私のせいだ。トイレでのやりとり。
シマノンの誰からも好かれるように作っていた仮面を私が無視してしまったからだ。シマノンは私と仲良くなってから、私をいじめるつもりだったはずだ。私はその予定を崩したし、シマノン嫌い嫌いオーラを全開で接するようにしてたから、シマノンはめちゃくちゃ大きなストレスを感じたんだと思う。
誰だって、攻める時が強い。でも守りに入ると弱い。シマノンはずっと攻める側だったから、守る側を体験していない。
だから先生にいじめがばれるとか、全部すっ飛ばして、水瀬をボコボコにしたんだ。
私は水瀬を掃除用具入れから出してやって、私の体育のジャージを着せてから言う。
「ほら言ったじゃん」
水瀬はボコボコの顔で答える。
「そうだね」
「私も付き合うから、先生に言おう。さすがに島田、やりすぎだし」
「んー」
水瀬は首を横に振った。
「それはダメ」
「なんでよ」
「シマノンの家、すっごいお金持ちなんだ。代々続く何とかってやつ」
「だから、先生に言っても無駄ってこと?」
「違う、そうじゃないよ」
「じゃあ何」
「シマノンが家の歴史に傷つけちゃうじゃん。誇り高い家系だったのに、こんなしょうもないいじめしてるってバレちゃったら、絶対だめだよ」
意味がわからない。いじめがしょうもないって気づいてるんだったら、さっさと解決してしまえばいいのに。私だったらそうする。絶対。
「じゃあさ、逆に島田が、しょうもないことしてるっていうのを隠すのは、島田の家の恥じゃないの?」
「う、うーん......」
水瀬が言い淀む。
「恥は恥だけど、公になることはすごく違うっていうか......」
「どう違うの」
「あ、う、えーと」
水瀬トロい。
「私が先生に言っておくから。それでいいよね」
「良くない!」
水瀬は声を張り上げる。そこは元気なの? てか耳がビリビリきて一瞬イラッときたんだけど。でもシマノンの方がイラつくから我慢して言う。
「あのさあ、話、進まないんだけど」
「駄目だって、だめだめだめーっ!」うるさい。
「でも言わなきゃ、解決しなきゃ、ずっとこんなのが続くよ」
「それでもダメ!」
「いい加減にしてよ。何、いじめられていて、楽しいとかあんの?」
「楽しくない。辛い。汚いし」
「だったら、もうやめにしない?」
「......やだ。ダメ」
「やり返されるのが怖いんだったら、絶対やり返させないようにできる人がいるんだけど」
「それって、その人がシマノン、殴ったりするの?」
「するよ」
守川はなは、もうバンバン殴る。
返事を待っていると、五時になる。キーンコーンって遠くから聞こえ出すと同時に、水瀬が首をかしげる。
「ボクってそんなにかわいそうかなあ?」
なにそれ? かわいそうって思われたくないわけ? それって結構ご立派だけど、人が助けようとしているのに、拒否しようとするなって感じだ。それに、自分がまだ、学校で問題なく過ごせていると思ってるのか。なわけない。
つーかいい加減ボクっ娘口調をやめろって。
ウザくなってきたから。
真面目な話してんのに、なんで真面目にしようとしないんだ。
ああ、かわいそうと思われたくないのは、自分がまだボクって言えるし、まだ中二病ぶれるから余裕ってわけ?
ぐるぐる自分の中でヒートアップしそうになるけど、落ち着け私。守川はなばりの人助けをしてみようよ。別に私が喧嘩してシマノンに勝たなきゃいけないって言うわけじゃないし、守川はなのかっこいい部分を真似してもいいんじゃない? ムカつくけど、水瀬。
私はなるべく穏やかそうな声を出す。
「わかった、わかったよ。島田に不名誉なこととか暴力とか振るわなきゃいいんでしょ? うん、難しそうだけど、やってみるからさ。島田のことを私に任せてよ」
「やだ」
こいつ〜。
やだばっかりじゃん。
「もういいよ、やめてよ。気持ちは嬉しいんだけど、シマノンに関わるのはやめて欲しいな。ボクが自分でなんとかするから」
と水瀬が言う。
このパターン見たことある。というか数時間前だ。水瀬は、また同じこと繰り返すつもりなのか。マジでわけわかんない。話が堂々巡りすることがむかつくし、水瀬そのものにもむかついてくる。いじめてる張本人庇ってんのわからないし、逆に水瀬に蹴りいれてやりたい。いじめられっ子とか関係なく私が、ボコボコにしてやりたい。無性に殴ってやりたい。
「何か目的があって、わざと島田にいじめられてんの?」
「うん、そうだよ。こうやって、いじめられてるのも、全部ボクの計画通りさ」
そう言って水瀬は、不自然に笑う。
嘘つき。
本当は怖いんでしょ? 自分の持ち物壊されたり汚されたり自分自身殴られたりするのが嫌なんでしょ? つーか、さっき自分で言ってたのに、なんで隠そうとすんの?
頼りなよ、人を。このばか。
何でそうしないの?
何で自分から死にに行ってるの?
「ジャージ、それ、洗って返してくれればいいから」
水瀬と話していたらむかついてばっかだし、脳みそが溶けちゃいそうな感じがしたので、私は水瀬を置き去りにする。ドアをガシャンて開けて、ドアに八つ当たりする。ごめんドアさん。でもまぁドアだしいいよね。
「ありがとう! アンジェリーナ! この恩は忘れないよ」
後ろで水瀬の声が聞こえる。
知らんし。
その元気はもっと別のことに使えば? シマノン倒すとか。
私は、家に帰って、お母さんと顔を合わせないうちに、自分の部屋に入って、スマホでニュースとかまとめサイトとか見る。
今日は新大久保で、同時に七人の人が死んだ。
魔剣13秒が一回の出現で複数人の人を殺すのは、そう珍しくなくなっていて、一昨日は南林間で五人死んでる。
こっちの気も知らないで、人殺しまくってさあ......。
殺人鬼は気楽で良いよね。
だってむかつく人がいても、殺しちゃえば終わりだもん。死人に口無し。どんな人だって死んでしまえば、何もできない。
魔剣13秒が世間をにぎわせ始めてから、三週間が経って、二百七十三人死んだってことだけど、もはやご当地名物的なのになって、おかしなことになっている。魔剣13秒が人殺すとこ見たら、むしろラッキーって感じで、写真撮ったりTwitterに流したり、魔剣13秒が剣を抜く時に言う「しゃきーん」でMAD動画を作ってたり、都会に熊がやってくるのと同レベルだ。いやちょっと違うかな。でもとにかく、魔剣13秒が毎日十三人殺すことに刺激を受けている人がたくさんいて、掲示板に殺してきて欲しい人の名前を実名で書いたり、顔写真までのっけたりしたり、人殺しに肯定的な人が増えている。どんだけみんな人殺したいんだ。ちょっと殺人鬼が出たくらいでわざわざ言わなくてもいいのに。いや敢えて、言うことで殺人欲求に対する理性の均衡を保っているのかもしれない。な訳ないけどね。
というか、魔剣13秒はなんで人殺してるんだろう? それも日本人だけ。
えーと、日本の総人口が一億二千万くらいだから、日本が全滅するまで、まだまだかかるね。でも13秒で一人、殺せるんだったら、もっと、一日のノルマを増やしてもいいじゃん。そうすれば、......ってそんなこと考えても意味ない。私は人殺しなんて、別に見たくないし、やめて欲しいと思ってる。だって、人が死んだら悲しいし、......あっ、思い出した。13秒、あいつケンゴさん殺してたじゃん。許せん。守川はなと友達になるまでは唯一の友達だったのに。
友達かあ。
水瀬、あいつはどうなんだろう? いや私が水瀬と友達になりたいっていうわけじゃなくて、水瀬に友達がいないっていう話だ。
心配事とか不安なこととかは普通、友達とかに相談したりする。でその後に親とかに相談だと思う。普通ならそうする。でも水瀬はどう見たって友達がいない。知り合いはいるかもしれないけど、クラス全員から見下されているし、多分ぼっちから見ても水瀬は嫌な立ち位置にいると思う。
水瀬が私の説得にあんなに頑だったのは、そういう友達に相談すると言う普通のことを知らないからだったんじゃないかと思う。知らないから行動できない。助けを求めない。それなら納得できる。
あー、だとすると、もうちょっと辛抱強く接してあげればよかったかもなあ。
イライラしないで、ゆっくり話を聞いてあげればよかった。
水瀬は守川はなと違って結構ちっちゃいからなあ。シマノンの初暴力はすごい怖かったと思う。私なんかお母さんに殴られまくっているから、シマノンの弱々暴力なんて全く怖くないけど、水瀬にとっては、体の芯が凍るほどの怖さだったはずだ。きっと毎日学校に行くことを想像するたびに、お腹が痛くなったはずだ。しくしく。「ボクお腹痛いよお」なんて水瀬が言っているのを想像したら、笑えた。僕、を付けると、なんかすごい笑える。つーか水瀬が笑える。さすが、サンドバッグ。いかんいかん。水瀬いじりは。シマノンみたいにはなりたくない。でもどうしてだろう水瀬、めちゃくちゃ、いじめやすい。やっぱそういう才能があるんだろうなぁ。出会う人みんながいじめたくなるような才能。
お気の毒です、水瀬さん。
茶化すなって私。最低だよ。シマノンと同じだよ。
でも心で思う分には、別に良くない? 実際に本人に言っているわけじゃないんだから。
それもそうだけど、思ってしまうこと自体が悪なんだよ。
悪って言いすぎでしょ。つうか、自分の思考なんて、止められるものじゃないよ。
じゃあ、どうすればいいの?
さあ?
答え知らないくせに言ってたのかよ?
......はあ自問自答とかアホらしい。
こんなのわかんないし考えても意味ない。
あ〜変なこと考えたから、頭痛い。
こんな時は守川はなに電話だ。守川はななら、何でも解決してくれるはず。
と思ったけど、やっぱいいや。寝よ。多分迷惑でしょ。この時間にはもう寝ているだろうし、起こすのも、ね?
私は布団に潜って、体を丸める。ジクジク頭が痛い。そう言えば、頭からビュービュー血が出てたなあ。検査したけど頭の中身、大丈夫なのかな? 痛みを感じてるってことは、異常が何かそこにはあるわけで、私の頭には問題が起きているはずだ。あー! 痛い! うざい! 頭をどこかの正常な人のと取り替えたい。それか、頭そのものを切り落として、取り外したい。頭蓋骨を外して、脳みそをちゅぽってやってさ、捨てて来たいよね。そうすれば、すっきりすると思う。
つか、すごくやりたい。痛いの鬱陶しいし。ジクジクジクジク。今日は長く続くなあ。脳には痛点はないのに、何でこんな長引くの。汗がすごい出てくる。寒い。交感神経が優位になってるんだ。これを収めるには深呼吸だ。吸って吐いて吸って吐いて。無理無理。こんなのすぐ効かないし。そんなすぐ落ち着けたら、人類みんな幸せだよ。あ、手の指が震えてる。骨折してる方も震えてる。やばい、なんかの前兆っぽい。痛い。あーもうっどうにかしてよほんと。つーって唇に何か伝ってくるものを感じたと思ったら、それは鼻血だった。いつの間に出したんだ。もうめちゃくちゃ出てくる。全然止まらない。どんどん鼻から出てくる。ティッシュで押さえるけど、隙間からどばっと溢れてくる。
何これやばい。
ま、結局のところ鼻血も頭痛も一時間くらいで治ったし、全然大したことがなかった。
念のためというか、私の机に何かされたら嫌だから、今日は早く学校に行ってみた。そしたらすでに水瀬がいて、ぼんやりと机に頬杖をついていた。
「おはよ」と言うと、すごい勢いで振り向いて、ほっとした表情を見せる。
「おお、お、おはようっ」
そんなにびびらなくていいのに。
「えっと、ハハハ、ちょっと早く来てみたんだ。さすがの僕でも身の危険を感じるからね。もうちょっとしたら、カバンを持って倉庫に行こうと思ってたんだよ」
うん、まぁそれもいいんじゃない。自衛手段としては。
「今日は倉庫行かなくてもいいんじゃない。私がいるしさ」
「いやあ、でも、アンジェリーナ、怪我人じゃないか。僕に巻き込むわけにはいかないよ」
「平気。島田だし」
「シマノン馬鹿にしすぎだよお。シマノン強いよお。ほらボク、痣できまくりだし」
水瀬はシャツをめくって、お腹に出来た痣を私に見せる。
「それはやり返さないからでしょ? 抵抗すれば、そんなにはならないよ」
「簡単に言ってくれるね」
「そう? 所詮バトミントン部でしょ」
水瀬はなぜか小声で、「......すげえクール」と言う。「やっぱり、君は神だし、アンジェリーナジョリーだね。尊敬する。ほんとだよ」
「別にそんなんじゃないし。それにそんなの、ただの名前だし」
「そうかなぁ。名前が強そうだと、心まで強くなりそうな気がしない?」
迷信だ。
シマノンが教室に入ってきても、私たちはおしゃべりを続けて、シマノンから視線をバチバチ感じるけど私は無視する。水瀬はシマノンのことをかなり気にしている。でも私が完全に無視しているから、シマノンはただ見ているだけだ。
このまま距離を置きまくって、水瀬に手出しできないようにしてやろうって思ってたけど、そうはならなかった。
昼休みになると、あえて食堂ではなく教室で弁当を広げていた私たちに、シマノンが机を寄せてきた。
「一緒に食べよっ!」
「どっかにいってよ、島田さん」
私は言う。
「そんなこと言わないでよ〜私も悪かったと思ってるって。ごめん! お詫びもするから」
シマノンは言うと、自分のとは別に、もう一つ弁当箱を出した。「お弁当だめにしちゃったお詫びに、作ってきたんだ。水瀬食べてよ」
「え、ボクいや......そんな......悪いよ」
「ごめん。私、ほんとに悪いと思ってるんだ。いじめなんて最低だよね。もうやめる。また私と友達になって!」
水瀬は泣きそうになっている。
騙されちゃダメだって。
シマノン絶対何か企んでるよ。でも水瀬は弁当箱を開けてしまう。
ぴょこん。
黒い何かが机の上に飛び出してきた。
ぴょこんぴょこん。黒い何かはどんどん数を増やしていく。
それはちっこいカエルだった。
弁当箱を覗くと、びっしりとカエルたちが詰まっていた。蓋にも張り付いていて、裏側に飛び込んで、潰されたのもいた。
「ひっ」
水瀬が弁当箱をまるで熱いものでも触ったように手放した。カエルたちが衝撃で何十匹か、弁当箱から飛ぶけど、それでもまだ何百匹も中にいる。
「水瀬のために作ったんだよ。部活休んでまで、頑張って材料調達したんだからね」
シマノンは微笑んだ。
「食べて?」
「え、う、う、う」
「食べてよ。なんでも飲み込む『テラー』なんでしょ?」
「う、わわわ」
水瀬は手に飛び乗ってきたカエルを払った。
それを見たシマノンが言った。
「せっかく作ったのになぁ。カエル弁当。私、水瀬と仲直りしたいのになぁ。もしかして、水瀬は仲直りする気ないの〜うわ〜ショック」
仲直りなんてふざけたこと言ってるのは、そっちだって。つーか昨日から加速度的にシマノン、やばくなってる。
私は右腕でシマノンの肩をつかむ。
「なに、アンジェリーナちゃん」
「そんなに手間かけたんだったら、自分で食べれば」
「そういうわけにはいかないよ〜だって水瀬のために作ったんだもん」
ああ、もう話が通じない。というか話が通じないようにしている。
弁当箱を見ていると、背筋がぞわーっとして全身に鳥肌が立つ。こんなこと考えるなんて頭おかしい。
「水瀬〜」
シマノンが、首を逸らして、呼び掛けた。
「......我は『テラー』なり!」
水瀬が短く叫んだかと思うと、弁当箱を逆さにして、ちっこいカエルたちを自分の口に注いだ。
マジでやったよ。本当何やってんの?
水瀬は最初の一口で飲み込みきれなかったカエルを、手で何度も掻きだした。目なんかもう真っ赤で、えずきまくっている。それなのにカエルをどんどん口の中に運んでいく。
「うっ」と水瀬が口を抑えた。指の隙間からぴょんとカエルが何匹か逃げた。水瀬は上を向いた。自分の胸を叩き、喉に詰まったっぽいカエルを下に追いやろうとした。
「ひぐっひっひっ」ハラハラと涙している。だけど手は止まらない。カエルを鷲掴んで、食べる。食べる。何が水瀬をそこまでかきたてるんだろう。最低なシマノンのためにどうしてそこまでするんだろう。わからない。水瀬を見ていると、カエルを歯で潰す感触とか喉を通る瞬間とか想像してしまって、気持ち悪くなる。
ついに水瀬はカエル弁当を食べ終わった。口と手のあちこちに黒っぽいものがこびりついている。カエルの潰れた跡だ。
水瀬はシマノンに言う。
「ごちそうさま! ありがとう! おいしかったよ」
「あ、そう? よかった〜あ、また作ってあげるね」
シマノンマジで最低。
水瀬の食べているところを見て、その危機迫る迫力的なものにびびっていたくせに。でも途中で水瀬が吐きそうになっているのを必死に堪えてるってわかって、あ、これ私に反抗しようとしてるんじゃないんだ。弁当食べないと見逃してくれないから仕方なく食べてるんだ。なーんだ。水瀬雑魚じゃん。一瞬水瀬が私に復讐しようとしてきてるかと思ったよ。ちょっと焦った。あー安心。これからも水瀬いじめよ。とかシマノンは思ったんだろう。
これは私の想像だけど、多分合ってる。だってシマノンは水瀬にハグなんかしてる。一回り小さい水瀬を優しく、包み込むようにハグしてる。
「ごめんね水瀬。これからも私と友達でいてね」
シマノンはかわいくニヤニヤする。
これからもじゃねえよ。水瀬のことを徹底的に見下して、これからもいたぶるつもりなのに、そんなこと言うな。でも水瀬は泣きながら、うなずく。
「うんっうんっ」
もうダメだ。我慢できない。シマノン殴ってやる。
と思ったら間抜けな声が聞こえる。
「しゃきーん」
机の中からするりと魔剣13秒が出てきて、おもちゃの剣で水瀬の首を切ると、言う。
「あなたは十三秒で死にます。辞世を詠みなさい」
はっ? なんで、こんな時、このタイミングで登場するんだ。
「いーち」
魔剣13秒が言う。
やばい。十三秒までいったら、水瀬が死ぬ。私は咄嗟に魔剣13秒に飛びかかるけど、ペラペラになって避けられる。魔剣13秒は水瀬に這い寄って、
「にーい」
と水瀬をのっぺりした顔で見つめながら言う。
水瀬がガタガタ震えだす。そりゃそうだ。こんな唐突に死ぬなんて誰も思ってない。つーか、辞世を詠めって辞世の句を詠むってこと?
「さーん」
で水瀬が震えながら、口を開く。
「シマノン......」呂律が全然回ってなくて、シマノンが、ひまもんに聞こえた。「ボクたち友達?」
魔剣13秒が現れてから、ぼう然としていたシマノンが言う。
「何言ってんの?」
「これで友達になれた?」
「さっき言ったじゃん」
「ごーお」魔剣13秒が言う。
「違うよ。本当の友達だよ。ボクのこと、そう認めてくれた?」
「はあ......?」
「ボクは君と本当の友達になりたかった。見下したり、見下されたりしない対等の友達になりたかった。きもいかもしれないけど、本当にそれだけなんだ。だからボクはあの弁当食べたし、いじめられても文句言わなかったんだ。全部君と友達になりたいからなんだ。ボクは君から逃げたりしないし、やること全部受け止める。だから、友達になってよ」
「きゅーう」魔剣13秒が言う。
「本当の友達とか、中二病?」
「うん」
「じゅーう」魔剣13秒が言う。
「......なんで......あんた変態なの? いじめられてうれしいの? 意味わかんない。なんで」
シマノンが言うと水瀬は、
「だって、君は周りの人のことを誰も友達と思ってなかっただろ? それって寂しいよね」
と口を手で押さえた。
「じゅうさーん」魔剣13秒が言う。
水瀬はえづくと、カエルを吐いた。
「ごめん、また吐いちゃった」
それが水瀬の最後の言葉で、今まで殺されていった人たちと同じように、首がポーンと飛んで教室の天井に当たって、何度かバウンドしてからシマノンの足元に転がった。生首になった水瀬の顔はなぜか妙にすっきりしていて、シマノンに笑いかけているようだった。
「すばらしい」
魔剣13秒がペラペラになり、窓枠の隙間を通って消えた。
気がつくとシマノンが膝を折って、水瀬の生首を眺めていた。無表情で何を考えてるか分かんない。それに周りの音とか動きとか目に入っていないようだった。ひょっとして水瀬の言葉に胸を打たれたとかな? な訳ないとか言い切れないけど、そもそもシマノンはカエル弁当を作るくらいのとびきりのサドでサイコだから、別のことを考えている確率の方が高いと思う。水瀬の願いが叶うのは難しい。でもとりあえず私はシマノンのそばまで近寄ると、思いっきり頭を蹴った。シマノンがどんな反応したのか確認せずに、私は自分のバッグをひっつかむと、走って教室から出た。シマノンの報復が怖かったわけじゃない。無性にお母さんに会いたかった。お母さん! お母さん! 水瀬死んじゃった。悪い奴じゃなかったのに。むかつく奴だったけど、自分の芯を持った良い子だったのに。シマノンに最後やり返したすごい奴だったのに。お母さん! 私はお母さんに会いたい。今すぐに会いたい。お母さんだって水瀬みたいに唐突に死んでしまうことだってあり得るのだ。いつ死んでしまうか分からないからお母さんに会って、話したい。死なないで一緒に過ごせれば後はどうでもいい。
多分水瀬がシマノンに対して一切の復讐を拒否したのは、友達になるという目的以外どうでもよかったからで、暴力とかそういう手段をとることは最初から頭になかったんだ。でもシマノンは水瀬と悲しいくらいに波長が合わなかったし、それがかえって仇になってしまった。
ああ、やっぱり、私は水瀬のことをかわいそうだと思う。
思ってしまったら、水瀬の気持ちを軽くしてしまいかねないけど、そう思ってしまう。
もっと良い方法があったのに。
水瀬はそれに気づくべきだったし、考えるべきだった。シマノンのことを、諦めてすらよかったかもしれない。
だけど水瀬はやり切ったんだ。体や心の痛みを無視してやり切ったんだ。
私は、アパートのドアに手をかけて躊躇せずに開けた。
「ただいま」
私は後頭部に強い衝撃を感じて、前のめりになって倒れた。ドアから光が差し込んで、私を殴った人の影を映し出した。
ああ......お母さんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます