第2話 トランスフォーマーはグロい

二 トランスフォーマーはグロい



 私は生きてるような死んでいるような状態で三時間ぐらい経ったと思ったら、いつの間にか病院のベッドにいて、頭も縫われているし、左腕にはギプスがはめられているし、お腹も空いていた。

 私のアパートには隣人の怒鳴り声に対して乗り込んでくるような気の利いたような人はいないので、お母さんが運んできたのだろう。

 えへ。

 だからお母さんは私のお母さんで、お母さんでいて欲しいんだ。全く、ツンデレなんだから。あー最高。

 とか思っていたら、誰かがカツカツと靴の音を鳴らしながら、ベッドの前にきた。知らない男だった。上から私をじいっと眺めた。なんだか地味な感じで、顔がのっぺりしていて、ザ・日本人だ。上下黒のスーツ。サラリーマン? 健康そうで患者ではないと思う。でもおかしなところが一つだけあった。

 腰におもちゃの剣をさしていた。

 戦隊モノにでも出てきそうなチャチいもので、スイッチを押せばビカビカ光りそうだった。

「何それ?」

 私が聞くと男は大真面目に答えた。

「魔剣13秒です」

 あちゃー、ただのおかしい人だった。

「なんで13秒?」

「13秒で人が殺せるからです」

「ふふっ人殺しってこと?」

「はいそうです。私は殺人鬼です。一日に十三人殺します」

「それって13秒にちなんでるの?」

「はい」

「今何人殺したの?」

「今日はあと一人殺して終了ですね」

「え、ちょっと待って。さっき私殺そうとしてた?」

「はい。ですがやめました」

 うわああ。ばかな変態だなあ。病院に何でこんなの入り込んできてるって話だよ。警備員とか何してるわけ。

「しゃきーん」

 男が口で言った。おもちゃの剣を鞘から引き抜いた。

 マジで大丈夫かなこの人。

「それではさようなら」


 それから私は高熱を出して意識を飛ばしている間、ずっと男の「しゃきーん」が頭に鳴り響いていておもちゃの剣が目の中でぐるぐる蠢いていて私の首を切り落とそうとしてきてうなされた。目が覚めたら、看護師やら患者やらがあちこちで話していて、病院で老人が一人、首を飛ばされて死んでいるというニュースを聞くことになる。

 あの男は本当に殺人鬼だった。


「で何? そいつぶん殴ればいいわけ?」

 守川はなが病室の椅子に座りながら言う。

「いや危ないって。首チョンパだよ」私は今日で退院だ。精密検査も異常なし。壊れたのは左腕だけで、全治二ヶ月くらい。あ。あと頭の傷があったんだ。触るとぶよぶよしていてナマコでも触っているみたい。これも要安静。

「あたしに言うっつーのはそういうことだろ? つーか刃物なんかに負けねーし」

 守川はながLINEで「暇じゃ〜」って言ってきたのは、出会った日から二日後で、返事をしなかったらスタンプ爆撃された。ちょっとかわいいなぁって思わなくもなかったけど、うっとうしかったので今入院中って返して、それは交通事故ということにしていた。それでお見舞いに来てくれたのはいいんだけど、大量にフルーツとか持ち込んで自分で切り分けて勝手に食べちゃっている。別に食欲とかないんですけど、私の分はないんですかね。

「見てろよ見てろよ」

 守川はながりんごを一個掴んだ。

 ていうか手も大きいんだなぁ。片手でつまめちゃってる。

 守川はなは力を込めてりんごを破裂させた。握力アピールをぼんやりと見ていると、守川はなが言った。

「どうよ?」

「どうって」

「すげえだろ」

「うんすごい」

 どうでもいいけどりんご汁ですごい手がベタベタだと思う。

「弱っちいやつなんだろ? そんなの余裕でぶっ殺せるわ」

「いやマジで危ないって」

「いいからいいから。最強のお友達に任しとけって」

「もう友達でいいの?」

 私は確認のために言ったつもりだったんだけど、守川はなは傷ついた顔をした。

 きっと守川はなの中では私はすでに友達で、当たり前のことを言っただけなのに、そこを突っ込まれたから、なんでこんなこと言うの?って気分になってしまったんだろう。

 純粋ですか。

 このヤンキーはどれだけ私の株を上げたいんだろう。

「あのね。守川さん。友達だったら知っておいてほしいんだけど、私って想像するだけでも嫌なのね。友達とか知っている人とかがひどい目にあったりすることが。だから少しでも危ない目に会うとかそういうことはしないでほしいんだけど」

 ケンゴさんは死んだのだ。首を切られて。

 守川はなが普通のヤンキーとかヤクザとかに負けることはあんまりないだろう。でも人を殺しまくっている殺人鬼は無理だと思う。だって殺人鬼だ。言っちゃなんだけど筋肉マッチョがジェイソンみたいなファンタジー殺人鬼に勝てるってことは絶対ないと思う。

「はい、そういうわけでこの話は終わりね。終わり」

「んだよ。お前が先にこの話したんだろうが」

「そんなに誰か殴りたかった?」

「うるせーな。あたしは理不尽な暴力が嫌いなんだ。そういうことする奴はぶん殴ってたっていいじゃねぇか」

 意外なことをおっしゃる守川はなさん。

 いやいや株上げすぎでしょ。

「昔さあ、あたしがチビだった時にあたしのことをいじめてくる奴がいたんだけどさあ。あーゆーのは自分より弱いからそうできるんだよ。当たり前だけど。反撃されても痛くないし、安全だからやれるんだ。だからさあ、その殺人鬼ってやつもマジでムカつくんだよ」

「すご守川さん。感動した。暴力の意味とか求めるんだ」

「あ? なんだよ。てかずっと気になってんだけど、守川さんってのやめろよ。なんかムズムズしてキモい」

「じゃあ、はなちゃんで良い?」

 私が言うと、守川はなは乱暴に髪をかき乱した。

「あ〜やだ。やっぱやめろよ。守川で良いよ」

「わかった守川さん」

「てめっこのやろっ」

 守川はなはそう言うけど、笑っている。

 私たちが病室でわちゃわちゃしているうちに看護師がやってくる。私の退院後の生活指導とか外来受診日の注意事項とかバババーっと説明して、診察券を受け取って晴れて退院となる。外に出ると快晴ですぐにギプスをしている左腕が気になってくる。暑い。前に足を骨折した時も痒くてしょうがなかった。ギプスを外したてでお風呂に入って、掻くと、もそもそ大量の垢が出た。酸っぱい匂いは妙に癖になったし......骨折はするもんじゃないですな。

「お前の親は迎えに来ないわけ?」

 守川はなが言う。

「忙しいから」私は答える。

「はあ? 普通来るだろ。車に轢かれたんだぞ」

「私が言ったの。大丈夫っぽいから来ないでって」

「大丈夫もクソもあるかよ。ウチに車ぐらいあるだろ? 出させなよ」

 すご〜。本気で怒ってる。優しすぎて惚れそうっていうか、いや怒るのは優しさじゃないかも。でも守川はなには家族に対する当然の期待ってのがあって、それが私のお母さんにはないからキレてるんだ。家族思いの家族がいるんだね。

「ウチの車呼ぶか?」

「歩いて帰るよ。久しぶりだし」

「しゃーねーな。知らねーぞ、ぶっ倒れても」

 そう言って守川はなは私の後ろをカーディガンのポケットに手を突っ込みながら歩く。でかいなあ。守川はなの影で私は覆われている。


 歩いて帰るって言ったのは前言撤回で、歩いて一分で暑くてギブアップした。で病院前の市営バスを使う。昼だから席は空いている。つか守川はな学校どうした。お見舞いきたのは嬉しいけども。

 二人がけの席に座る。

 守川はなのサイズ感はちょっとおかしいのですごく狭い。

 冷房がよく効いていて、窓からの景色を見ているうちに眠くなってくる。守川はなが何か言っている「そろそろ商店街前だけど」え? まあいいや。私は私んちの前にあるコンビニが通り過ぎていくのを見てから、瞼を閉じる。眠いんです〜。ドロドロに瞼が張り付いてもう開けられない。


 守川はなの家はタワーマンションで駅に近いし、眺めもよすぎるし、広い。WiiとWii UとプレステとXboxがあったし、映画のDVDもたくさんあるし、テレビのサイズは70インチあるし、リビングに置いてあるガラスのテーブルがきれいだった。

 守川はなママは、守川はなそっくりのディズニーお目目で、金髪でダイナマイトボディで何何〜? この熟女? って感じだったし、私が話しかけようと「Hi」って言うと、「大丈夫です。もう二十年日本に住んでるんで、日本語ヨユーです」と言われてしまった。

 守川はなママが、

「はなの友達になってくれてありがとうね。この子っていろいろ複雑だから友達少ないのよ」と言うと、

「複雑っつーな」と守川はなが言う。

 ああ、挨拶忘れてた。

 流れでお邪魔しちゃってたからなあ。

 私はペコっと頭を下げる。

「あ、はい。こちらこそ、娘さんから危ないところを助けていただきまして、あ、私、佐藤アンジェリーナ・ジョリーって言います」

「アンジェリーナ・ジョリー?」

 ママが聞き返す。「ポワゾンとか出てたあの女優の?」

「はいあの女優です」

「まあ......」

 ママ黙っちゃったよ。きっと頭の中では、日本人にこんな名前をつけるなんていかれているわ、とか、なんてかわいそうな名前をつけられたのかしらこの子と思われていることだろう。ちなみに神って書いて、アンジェリーナ・ジョリーって読みますよ。佐藤神ですよ。

「何か適当なの作ってよ。アンジェリーナ、昼飯食ってないんだってさ」

 守川はなが言う。

「はいはい」

 守川はなママはホットケーキを作ってくれる。三重になっていて、分厚い。バターがてっぺんに乗っていてメープルシロップがいっぱいかけられている。横にはジェラートも添えられていて、飲み物はカフェオレだった。

「あ、おい。マ......おふくろ。病み上がりなんだから、アンジェリーナそんなに食えねーよ」

 守川はなはそう言って自分の分も用意されているのに私のに手を出してくる。さっき病院でも自分で持ってきたお見舞いをつまみ食いしていたのに、全く底なしだ。

「その腕は?」

 ママが私に訊いてくる。

「交通事故です」

「ひどい事故だったのね。かわいそうに、顔にまで傷ができているじゃない」

「はは、まあ、結構打ちつけちゃったので。でも平気です。心配してくれてありがとうございます」

「本当に平気?」

「病院でも異常なしでした、はは。私割と頑丈だったようです」

 私は三重の塔だったはずが、一重の塔になってしまったホットケーキを食べる。もにゅっとしていて、半トロだ。ジェラートと合わせると食べ応えがありすぎた。

「おいしいです」

 私はよくテレビの食レポ何かで言う、芳醇な味とか濃厚な味とか、それ以外お前ら言えないのかよって思うけど、私も自分が食べたものをうまく表現することができない。大体他人に自分がどう感じたかを伝えるなんて、一番難しいことなんじゃないの。でも私の単純な「おいしいです」にママはにっこりとする。

「そう、よかったわ」

 すみません〜。

 もっと何か言ってあげたいけど、言えない。国語とか成績良いのになぁ。国語以外も全部成績良いのになぁ。あ、自慢しちゃったごめんごめん。て別に自慢してもいいか。誰かが褒めてくれないんだったら自分で褒めるしかないんだ。私すごい。

 守川はなママにお皿を下げてもらうのが申し訳なかったので、自分で皿を台所に持っていく。それで洗おうとするとママは、

「遊びに来てもらってるのにそんなことしなくていいよ」って言う。もらっているというか、流れで勝手に来ちゃっただけだけど。

 守川はなが自分の部屋から手招きしている。

「なんかしよーぜ」

「何すんの?」

 と言って私は部屋に入る。ベッドがあって、テレビがあって、本棚にはワンピースが全巻ある。こち亀もあった。すご。

 守川はなはぴょんとベッドに座る。

「適当なとこ座っていいから」

 適当なとこって言われてもなぁ。どこに地雷源があるかわかったもんじゃない。とりあえずドーナツ型クッションの上に座っとく。

「映画観よ映画」

 守川はなが言う。

「何観るの」

「トランスフォーマー観てえ」

「えー」

「あーかっこいいだろ、ガチャガチャやって」

「いやかっこいいけどさ、もうちょっとまともな映画観ない?」

「何言ってんだよまともだろうが。トランスフォーマー最高だろ」

「二作目ぐらいまで見たんだけど、展開がガバガバでついていけないっていうか......」

「あ? 全部観ろよ」

「ええ......」

「そこまで観たんだったら全部観ろよ。あたし、ダークサイドムーンで泣いたぜ」

 どこらへんに泣き所があったんだろう?

 で上映会が始まる。

 守川はなママがなんとポップコーンを用意してくれる。ポリポリ齧りながら観る。二人きりなのに静かだ。いや映画はうるさいけども。ガチャガチャガチャギュイーン。ディセプティコン集結せよ。またもしくじりおったなスタ〜スクリ〜ム。あ、バンブルビー可愛い。

 守川はなは真剣に観ていて、それが面白い。私は喋りながら観たいけどそうはしない。殴られそうだから。

 上映が終わると守川はなは、

「ぶはーっ面白え〜」

 と水中で息でも止めてたみたいに言う。

 うん、結構良かったかもしれない。何様だって感じだけど。とにかく派手派手派手。でもそれが良かった。


 守川はなは「じゃあ次なぁ」と言ってDVDを再生してしまう。まだ観ちゃうんですか......。

 トランスフォーマーシリーズをひたすら連続再生して、見ているこっちも疲弊した。本当に疲れ切ってうつらうつらして、グーグーグーだった。守川はなは元気いっぱいでポップコーンをポリポリ食べている。

 気づいたときには完全に寝ちゃっていたんだけど、毛布がかけられていた。これって友情じゃんバンブルビー。そうでもない?


 守川家から出ると、ほんのり暗くなっている。夏は夜になるのが遅いから好きだ。

 守川はなは私についてきてくれている。

「クズどもの生態って夜行性だからさぁ。お前みたいにガリガリじゃ危ないじゃん。二度あることは三度あるしさ」と言って獰猛な笑みを見せる。

 チャラ男どうしてるのかなあ。鼻とかポッキリ折れちゃってたじゃん。あれって整形手術とかしたりするのかなあ。

 とか思っていたら守川はなが言った。「あれみろよ」

 五階建てのビルに指を指している。

 ビルの屋上に人の影があった。スーツを着ているOLの人だった。柵の外にいて、縁に腰掛けながら足をぶらぶらさせている。

 通行人の何人かは彼女に気づいていて、スマートフォンを向けて撮影している人もいる。

「あれ自殺かな」

「どう見たってそうだろ。ちょっと待ってろよ、あたし、止めてくる」

 守川はなが走り出そうとすると、急に悲鳴が上がった。

 OLさんが立ち上がっている。それで足を振るかぶると、履いているパンプスを地面に向かって飛ばした。かつーん。

 五階だから何メートルくらいあるんだろう。ぐちゃぐちゃミンチにはなりはしなさそうだけど、まあ死んでしまうような高さだと思う。

「やべえな」

 守川はなが言った。うんやばい。

 ビルに近づくとOLさんの顔がよくわかる。結構遠くなのによくわかる。

 今にも死にそうで飛び降りたそうな顔をしていて、でも妙に目をギラギラさせている。爆弾でも渡したら余裕で自爆テロしちゃうような感じだ。OLさんはビルから顔を下に向けているけど、ひょっとしたら巻き込む相手を選んでいるのかもしれない。ぴょんと飛び降りて、成人女性の体重で押しつぶす相手を。

 私今から死ぬけど、てめえら全員ぶっ殺してやる。

 ていうことを思ってるような気がする。

 でも通行人たちはどんどん集まってきている。

 他人事なんだろうな。死ぬのは自分じゃないし。そりゃそうだけど、誰も何もしてないのがやばい。って私もか。

 見ると守川はながビルの入り口に立っていたので、私も入る。

「急げ急げ」

 守川はなが階段をすごい勢いで登っていく。途中で三階で働いている人たちがドアの隙間から見えたけど、上の騒ぎに全く動じていなくて、黙々とパソコンに向かっている。というかあのOLさんはここの人なんだろうか? それとも全然関係ない人で、ここの寂れたビルでなぜか自殺を決意しちゃったんだろうか?

 屋上へのドアは半開きでギシギシ揺れていた。

 柵の内側にOLさんのっぽいバッグが置いてある。適当に置かれている。自殺する人はきれいに靴を揃えるとか聞いたことがあるけど、彼女は結構適当っぽい人みたいだ。知らないけど。

 ドアが開く音が聞こえたのかOLさんが振り向く。

「何、あんたたち」

「うるせーな、早くこっち来いよ」

 守川はなが言う。別にうるさくはないと思う。

「うるせーって何だよ。敬語使えよ」とOLさん。

「敬語なんか使っても意味ねーだろうがよ。あ? 良いからこっち来いって」

「うるせーっ馬鹿っ」

 OLさんが怒鳴った。

「こっちはあんたたちより長く生きてんだよっ! 誰が指図受けるかっ! どいつもこいつもよおおおおっ〜!」

「自殺しようとしてる奴が言うことじゃねーだろうが」

 守川はなが一歩進む。

「自殺するにも理由があんだろ? あたしにも言ってみろよ、おばさん。別に誰かに話したりしねーからさ。気分が晴れるとかはないと思うけど、せめて死ぬ前にあたしに教えろよ。それぐらい良いだろ?」

「おばさんじゃねーし、何であんたなんかに教えなきゃいけないのよ」

「じゃあおねええさん! って呼べば良いのかよ? つーか何で死ぬのか気になるんだよ。それが理由だって」

「死ぬ理由が気になるなんて、頭おかしいんじゃないの? 外人」

「外人じゃねーわ。日本人だっつーの」

 守川はなは大袈裟にキレるフリをした。その間にすり足で柵に寄っていく。

「ヤンキーが私に関わらないでくれる? キモいから」OLさんが言った。

「あー聞こえない」

 あ。OLさん気づいた。

「近寄んな!」

 守川はなはお手上げのポーズをする。

「まあ聞けよ。一人で死ぬって寂しいと思うんだ。どーせ下の奴らはただの野次馬であんたが死んだことも話のネタにして、一週間もすれば忘れんだろ。あたしだったら一生覚えといてやるよ。うん、多分忘れない」

「......」

「今からそっち行くけど、捕まえたりしない。約束するって」

 私空気だなあ。ところで守川はなって、いつもこんなことしてるんだろうか? でも、してそうだなあ。ヤンキーをシメる割には全然ヤンキーっぽくはないし。

 空気になり切って、見ていると、守川はなは柵にたどり着いた。手を伸ばせばOLさんに届く距離だ。

 守川はなは堂々と立っていて、風で髪がたなびいている。なんだかドラマでも見ている感じだ。かっけえ守川はな。きっとこれからあっさり解決してしまうんだろう。あの長い手足で簡単にOLさんを捕まえて、柵の中に連れ戻してしまうんだろう。私はワクワクする。人殴りまくりのダークヒーローじゃん。すごい。現代にこんな良い子生まれるんだ。

「しゃきーん」

 病院で見たあの男がおもちゃの剣を構えて、縁の下から這い出てきた。

 は?

 男はおもちゃの剣を、驚いて固まっているOLさんの首に向かって振った。

「あなたは13秒で死にます。辞世を詠みなさい」

 わけわかんない。

「いーち」

 男がのんびりと言う。

「え、何、は?」OLさんが言う。

「にーい」

「死ぬ? は?」

「さーん」と男は数を数える。

「あんた! こっち来い!」

 守川はなが叫ぶ。戸惑っているOLさんの手を引っ張って、柵を登らせる。OLさんはこっち側に帰ってこれたけど、男はまだ柵の外側にいて数を数えている。

「......じゅーう」

「おい! てめえ何言ってんだ!」守川はなが言った。

「じゅういーち」

「黙れやボケっ」

「じゅうにーい」

「よしわかった。殴るわ」

 守川はなが柵に手をかけ、ジャンプして飛び越えた。

「じゅうさーん」

 男が言うと、OLさんの首がぶづぶづポーンって吹っ飛んだ。

 ポーンがこれまたすごく良い音で、まんまワインの栓が抜けたみたいだった。

 高く首が飛んでいる。

 OLさん本人の顔は戸惑っているままで、自分が死んだこともわかっていないみたいで、つーか私もわかってない。どうしておもちゃの剣を首に当てたら、首が吹っ飛ぶの? しかもポーンだ。ポーン。何その面白い音。人が私の見ている前で面白く死んだ。守川はなも口を開けっぱなしで、首が飛んでいくのを見ている。OLさんの首が柵を超えて、ビルから落ちていくのを見ている。

 OLさんの首は階下に消えた。

 その後、ベチャって音がした。

 多分グロい。

「いぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーっ」地上から悲鳴が聞こえた。

 絶対グロい。

「それではさようなら」

 男が言って、縁の下へ体を潜り込ませる。

「待てやコラっ」

 流石に動揺して声を震わせながらも守川はなが、男の手首を掴む。それで引っ張り上げると「ああっ?」っと声をあげた。

 守川はなが引っ張り上げたものは、手首から先しかなかった。

「どうなってんだ?」

 守川はなが言う。

 私もわかりません。


 警察が私たちのところに事情聴取しにやってきたのはだいぶ後で、それもあっさりと解放された。なんか一日おきに十三人殺されてるらしくて、OLさんが殺されたのもそのうちの一件に過ぎないらしいのだ。殺しすぎでしょ。いやでも一桁とか十桁とかじゃあんまり死んでないように思うのは私だけかな。なわけあるか死にすぎだ。

 あの男の目撃情報が日本全国至る所から出されていて、つまり日本全国至る所で殺してるっていうわけだけど、YouTubeにも動画(首ポーンのグロ動画)が上がって速攻で消されて、拡散された。首切りとか殺人とかちょっとでもそれっぽいワードで検索するとすぐにヒットして、殺人動画にありつける。殺されている人たちに特に共通点はなくて、老若男女ありとあらゆる人間が殺されている。上は九十六歳から、下が六歳半から。ネット情報だと、今までで殺されたのは全部で百六十九人で、つまり十三日間あの男は活動している。

 あ、そうそう。あの男に取材しようとして勇敢なお馬鹿さんが一人だけいて、「名前はなんていうんですか」と聞いたらあの男は「魔剣13秒です」と答えて、それ以来ニュースでもTwitterでもYouTubeのコメ欄でもあの男は「魔剣13秒」と呼ばれるようになったのだ。

 ケンゴさんの仇=魔剣13秒。

 まあわかったところで何もできないので私は家に帰り、お母さんに「ただいま」して無視されて、ギプスに水を付けないように頑張ってお風呂に入って、布団に入る。あ、お腹減った。お腹減ると喋りたくなるよね。私は守川はなに電話する。

「はい」

 守川はなが出る。なんか不機嫌。

「寝てた?」

「寝てたっつーの......」

「ごめんごめん」

「あのさあ、なんか用なのか?」

「用はあるよ。暇だもん」

「はあ......五分だけな」

 優しい優しい守川はなは拒否できない。

「生首めっちゃグロかったね」

「いきなりそれかよ。思い出させんじゃねーよ」

「何であの人殺されたのかな?」

「知らんわそんなの」

「でもさ、あの人自殺やめようとしてたんだよ。とりあえず、あの時は」

「殺人鬼のクソ野郎の考えることなんて想像するだけ無駄だっつーの」

「私たちであいつ捕まえてみない?」

「何でそうなんだよ。おかしいだろ。大体お前、ひょろいから無理だろ」

「うん、無理だから、はなに任せる」

「人頼みかよ......」

「だってムカつくでしょ? 殺人鬼とか」

「まあ......」

「それに私の友達、殺されてるんだよね。仇討ちしたいの」

「それを早く言えよ」と守川はなは私のために怒ってくれる。優しいなー。私は病院で自分の言ったことを覚えている。危ない目にあって欲しくないとか言っておきながら、しかしこんなことを言っている。まあでもあの殺人鬼に守川はなが殺されないことを確信しているから、私は言える。

 守川はなは危ない目には決してあわない。

 守川はなは魔剣13秒に殺されない。

「いや今日犯人がわかったっていうか」

「魔剣13秒ってアホみたいだよな」

「うん、病院でも同じこと言ってたけどね」

「あ、そうじゃん。お前危なかっただろ。殺人鬼と鉢合わせってよ」

「うん」

「はあ......アンジェリーナさあ......あたしのいないとこで勝手に死んでるんじゃねーぞ」

「あはは、何それ、おもしろ。私既に死んでるじゃん」

「うっせーな。お前、すぐ死にそうだから言ってんだよ。お前が死ぬ前にこれ言っとけば、まあもし、死んだとしても後悔しないだろ?」

「そういうもの?」

「あたしはそう思う。だって、映画とか漫画とかで腐るほどあんだろ? この戦争が終わったら俺、あの子に告白するんだとか、死亡フラグ的な奴。で結局、言わないまま死ぬ奴。あれうぜえ。言いたいこと先に言っとば良いのによ。そしたら生きてたって死んだって、どっちだって良いだろ」

「どっちでも良くはなくなくない?」

「そうだけど、どうせ生き物って死ぬだろ」

「そんな身も蓋もない......」

「どうせ死ぬんだし、やりたいこと全部やれるわけはない。でも、言いたいことなら全部言えそうだろ?」

「誰の言葉?」

「あたしのっつーか、昔パ......親父に教えてもらった」

「へえ」

「口しか回らんクソオヤジだよ」

「まあまあ、そんなこと言っちゃうとパパ、泣いちゃうよ」

「......」

「ごめんね」

「二度と言うんじゃねーぞ」

 うわあ声めっちゃひっく。

 つい言ってみたくて、パパって......。

 と余計なことを言ってしまいそうになるけど、流石にからかいすぎだ。

 守川はなとの会話は楽しくて、五分もあっという間に過ぎ去って、ぐだぐだ喋っているうちに、寝落ちする。

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