第51話 終局迫るその時まで

 先手を打ったのはカイトさんだった。ルガーさんは銃を構える。

 どんな戦いでも基本、先に攻めた方が有利に立てるけど、ルガーさんも敢えてカイトさんの出方をうかがった。

 向こうは複数ある職業を使い分けてくるため、私たちもそれに合わせて立ち回る必要がある。なので迂闊に攻めるようなことはしなかったのだろう。


「一節、千覇」

 <承認・アカウントシステム改変。部分的職業付与・狂戦士>


 狂戦士ーー字面からして攻撃的な職業なのは間違いない。

 その予感を裏付けるように、カイトさんの目が狂気に彩られる。獲物を見つけた獣を目をしていた。


「それじゃあ、いくよ」


 鋭利なナイフを逆手に握り、前傾姿勢になったカイトさん。

 そのまま力を溜めるように足を縮こませ、凄まじい速度で跳躍した。


「ひはははははははは!!」


 耳障りな笑い声を上げ、ナイフを突き立て猛進する。私のところ目掛けて飛んできていた。

 すぐさま剣でガードの体勢に入る。

 しかし、すぐ目の前にルガーさんが割って入った。

 直後、金属同士がぶつかる音。

 ショットガンの銃身でナイフを受け止めていた。

 二人の視線が交錯する。


「やっぱりキミは強い。だからこそ殺し甲斐がある」

「小悪党に似合う品のねぇセリフだな。俺が正しい悪党の立ち振る舞いを教えてやろうか?」


 互いに軽口を叩き合い、カイトさんはナイフでの追撃をお見舞い。ルガーさんはそれらを避け、銃口を向けるとカイトさんは距離を取った。


「うんうん。やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。これだといつもの近接戦と一緒。全然狂戦士っぽくないや。じゃあ次いってみようか。一節、千覇」

 <承認・アカウントシステム改変。部分的職業付与・陰陽師>


 無機的な天の声が響く。カイトさんが手を顔に近づける。指の間には人の形をした紙が挟まっていた。


「出でよ式神」


 その紙を一気にばら撒くと、落下した床から新たな人影が出現する。

 数は全部で三つ。衣装とか雰囲気からして、デススクワッドの隊員ではなさそうだ。ただ、そのどれもが異様な気配をまとっている。

 一体は細長い腕が特徴で小柄な体躯たいくの鬼、その隣にいるのは仮面で素顔を隠す和服を着た男性、そして縞模様の体毛を生やす巨大なネコーー見方によってはトラと言えなくもない。


「気を引き締めろ。奴らは並の隊員より遥かに強力だ」


 ルガーさんが警鐘を鳴らすと、ネコ型の式神がこちらに牙を剥いて飛びかかる。

 すかさずルガーさんはショットガンを撃つが、対象に当たる直前に弾が霧散したではないか。


「チッ、面倒くせぇ」


 舌打ちしたルガーさんが見据えたのは、和服を着た仮面男だ。なにやら片手を伸ばしている。


「奴は対魔法使い専門の魔法使いだ。実力が同程度なら対象の魔法攻撃を無効化できる」


 巨大ネコの前足をギリギリで躱したルガーさん。ルガーさんの装備する銃の弾丸は魔法で生成されている。だから、あの仮面男は非常に厄介な相手だ。


「後ろに気をつけろ」

「えーー」


 あまりに自然な流れで言うものだから反応に遅れた。振り向くと、鬼に背後を取られていた。仮面男の隣にいたはずなのに、あの一瞬で詰めるなんてとんでもないスピードだ。ネコに気を取られて気付かなかった。


「っ!」


 すぐさま剣を構えて守備体勢に入る。爪によるひっかき攻撃がやってくる。

 ガードが間に合い、反動で後ろに吹き飛ばされた。その場で踏ん張り、次の攻撃備えて前を向く。

 ルガーさんの援護射撃が飛んできたところだったが、弾は鬼の体を撃ち抜く直後で消え失せた。

 仮面男によって魔法攻撃を無効化されたのだ。

 完璧な連携プレイを見せる式神たち。それに対しカイトさんは拍手喝采。


「いやー、僕も一緒に戦いところだけど、式神が優秀すぎて、かえって邪魔をしちゃうかな。それにしてもどんな気持ち? 唯一の攻撃が通用しないって知った絶望は」


 攻撃の手を封じられたルガーさんを挑発していた。

 しかし、ルガーさんには何か考えがあるように見えた。

 おもむろにハンドガンを取り出し、襲いくる巨大ネコの眉間に照準を合わせる。


「ふっ、無意味。まだわかんないかな。魔法攻撃はそいつらに通用しないって」


 カイトさんがほくそ笑んだその時だ。引き金が引かれ、弾丸が放たれる。

 狙い違わず巨大ネコの眉間を撃ち抜いた。巨体が力なく床に倒れ伏す。

 魔法攻撃が通じたことに驚きを隠せないカイトさんは目を白黒させていた。


「え? なんで? なんで攻撃が入ってるのさ!」


 そんな動揺は無視し、ルガーさんは鬼に向かってハンドガンを撃つ。

 一発目は避けられたけど、二発目は肩に命中。怯んだ隙に頭を撃った。鬼は断末魔をあげ、床に倒れて動かなくなる。

 最後にルガーさんはスナイパーライフルを抜き取り、スコープを覗いて仮面男に狙いを定める。

 すかさず防御障壁らしきものが展開されたが、それでもルガーさんは引き金を引いた。

 腹の底に響く力強い銃声。

 魔法攻撃無効、防御障壁、そんなものは無視し、弾丸は仮面男の頭部にヒット。強力な一撃に頭部は弾け飛び、仮面男は息絶えた。

 ライフルの横に備え付けられたレバーが引かれると、空の薬莢やっきょうがピンと飛び出し床に落ちた。

 その動作を見て気がついた。

 以前もスナイパーライフルを使っていたけど、その時は薬莢を取り除いて次弾の装填はしていなかった。

 弾が魔法でできているため、弾の装填が自動でされる。

 つまり式神を倒したあの弾丸は……。


「紛れもない実弾だ。こんなこともあろうかと、鉛の弾も用意しておいた。この俺が魔法装備一式で挑むかよ」

「へー、これは一本取られたね」


 カイトさんは、やられたとばかりに手で目元を押さえていた。


「魔法は打ち消すけど、物理攻撃までは考慮してなかった。やれやれ、これは式神くんたちの落ち度だね。仕方ない。陰陽師も難しい職業だからね。一節、千覇」

 <承認・アカウントシステム改変。部分的職業付与・教皇>


 また職業が切り替わる。教皇ーーどうやって戦うのかイメージしにくいけど、おそらく魔法を使う職業なのだろう。

 ふと思うことをルガーさんに尋ねた。


「あのカイトって、転職した職業のスペシャルスキルは使えないんですか?」

「奴の様子を見たらわかるだろ。使えねぇよ。だが、とんでもない隠し球は用意されてるがな」

「隠し球……?」


 まだ何か奥の手が隠されているのが。今でも十分強いのに、あれより強くなっては本当に私たちだけで太刀打ちできるのだろうか。


「くるぞ」


 教皇に転職したカイトさんが、こちらに手をかざしていた。魔法使いに転職した時と同じ。また破壊光線でも出すのだろうか。

 呟くように放たれた。


「神々の矢」


 瞬間、頭上に無数の光り輝く球が出現。それぞれが星のように煌めいている。

 だが、確実に悪い予感がすると私の直感が囁いていた。

 光の球一個一個が細長い矢へと形を変える。どれも先端は私たちに向いており、


「さあ、どれだけ避けられるかな」


 カイトさんが開いた手を握り締めると、頭上の矢は一斉に降りかかった。

 まるで豪雨のように襲いくる。

 すぐに剣を上にかざし、即席の傘として活用する。衝撃が剣を通して腕に伝わる。


「っ……!」


 当然、全部防ぎきれるはずもなく、一本が鎧を貫通して肩に刺さった。味わったことのない激痛が走る。

 一方でルガーさんは俊敏な動作で矢の雨を回避していた。ときどき銃で撃ち落としたりして、その被弾を抑えている。

 ついに矢の雨も収まった。矢は魔法で作られたものらしく、肩に刺さっていた矢は消えており、生暖かい血が腕を伝って指先に流れる。


「よく耐えた」


 こちらに戻ってきたルガーさんが、出血を目にして言う。


「痛むか?」

「はい……でも、我慢できる痛さです」


 嘘だ。

 強がってるだけで、内心今すぐ泣き出したい。

 カイトさんは退屈げに肩を鳴らした。


「まあ、本気で殺せるとは思ってなかったさ。軽い挨拶程度だと思ってよ」


 カイトさんは本気を出していない。戦闘経験の浅い私でも、それがわかる。やろうと思えば、私なんか一瞬で仕留められるはずなのに。


「なんで手を抜くんですか?」

「キミはさ、小さい子供と喧嘩したとして、いきなり本気で殴りにかかる? しないよね? 向こうの方が弱いのに、ムキになるなんて大人気ないよね? それだよ。僕の心理って。小手調べ程度の力で十分なのさ。泳がせて泳がせて、弄んで弄んで、キミたちが弱ったところに本気の一手を加えるのさ。あ、これ言っちゃってよかった……でもいっか。キミたちが僕にかなうはずないし。二譜、万富」


 足もとから魔力の奔流が迸り、カイトさんの中に流れていく。

 消費した体内魔力が全回復した。


「さ、じゃあ次は攻め方を変えよっか。一節、千覇」

 <承認・アカウントシステム改変。部分的職業付与・ニンジャ>


 カイトさんの姿がかき消えた。

 と思った矢先、ビュンと空気を切り裂く音が鼓膜に届く。

 この音は前にも聞いたことがある。

 手裏剣だ。

 私の方へ飛んできた手裏剣を、ルガーさんがハンドガンで撃ち落とす。

 安堵したのもつかの間、ルガーさんの後ろにカイトさんが立っていた。

 手にしたクナイが脳天目がけて放たれる。

 しかし、ルガーさんはそれを予期していたかのように体の向きを反転させ、抜き取ったナイフでクナイを流す。

 そこから両者の壮絶な近接戦に突入。

 カイトさんは身のこなしがとにかく速い。ニンジャということもあり、機動力に磨きがかかっている。一方、ルガーさんはその動きに翻弄されるかたちに。それでも桁外れの反射神経でカイトさんの猛攻を凌いでいる。

 ナイフとクナイが激突し、火花がバチバチと弾け飛ぶ。

 一秒、一瞬の選択が命取りだ。

 カイトさんが勝気な笑みをこぼす。


「へへ、どうしたんだい? 守ってばかりじゃ、いつまでたっても僕には勝てないよ」

「カッ、つくづく馬鹿な野郎だな。用心深いこの俺が、なんの考えもなしにテメェに勝負を挑むと思うか?」

「確かに、僕もそこは疑問だ。皇帝エンペラーの力を知っていてなお、どうして僕に喧嘩を吹っかける。キミが何かを握っているのは確定だ。いいや、隠していると言った方が正解かな。そこのおチビちゃんも、そんなキミにさぞかし振り回されてるだろうさ」


 ルガーさんに対する不信感に似た感情。戦いの中でカイトさんもそれに気付いてしまったようだ。


「ノノは俺でなくとも振り回される人間だ」

「へー、じゃあキミを倒したその後は、僕がじっくり楽しむとしよう。彼女のことは僕に任せな。肉の一片も残らず振り回してあげるから」


 ズレた捉え方をするカイトさんは、さらにもう片方の手にクナイを装備。いよいよナイフ一本で捌ききれなくなったルガーさん。

 この状況こそ、私が彼の横で戦う理由だと思った。


「やああああああ!」


 二人のところへ距離を詰め、上段からの一撃をお見舞いする。

 カイトさんには避けられたけど、わずかに生まれた隙をルガーさんは見逃さない。

 一瞬でショットガンを装備し、カイトさんに狙いを定める。

 放射状に飛び出た弾は、カイトさんの全身に命中した。


「やるじゃん」


 そんな呟きが聞こえた瞬間、カイトさんの姿が煙とともに消え失せた。煙幕で視界を隠して、不意打ちでもするのだろう。

 だから私は、消えた直後にカイトさんの立っていた場所に剣を振った。奇跡的に当たればいいなと希望的観測だったけど、手応えがあった。

 でも、感触に違和感がある。人の体にしては堅すぎるのだ。

 やがて視界も晴れ、剣が当てたものを確認する。


「木……?」


 人のサイズくらいはある丸太だった。


「ドロン、忍法変わり身の術」

「あっ!」


 離れたところにカイトさんが立っていた。どうやらあの術で緊急離脱したようだ。

 感心したように拍手をしていた。


「ひゅー、ナイス連携。危うく一本取られるとこだった」

「そろそろ本気を出したらどうだ? 手加減するのも疲れるだろ。お互い全力でぶつかろうぜ」


 ルガーさんの提案には半分賛成、半分反対といった気持ちだ。こんな戦いじゃなしに速く決着がついてほしいところだけど、全力のカイトさんと戦うのは正直なところ嫌だ。だってルガーさんの足を引っ張ってしまいそうだから。

 カイトさんはふーんと鼻を鳴らす。


「いや、まだ満足していない。もっと、この力を楽しませておくれ。一節、千覇」

 <承認・アカウントシステム改変。部分的職業付与・悪魔使い>


 またしても転職する。今度は悪魔使いときた。陰陽師と同様、味方を召喚して戦わせる職業なのか。


「血の取引といこう」


 ナイフで指に切り傷を作ったカイトさんは、にじみ出た血を床に垂らした。すると魔法陣のようなものが浮かび上がり、その中心から巨大な物体が出現した。

 体は人間、背中から生えるコウモリの翼、ヤギを彷彿とさせる恐ろしい頭部。

 悪魔と呼ぶにふさわしい姿をしていた。

 それを目の当たりにし、ルガーさんは鼻で笑う。


「テンプレートな悪魔だ。レパートリーの貧弱さが目に見えるぞ。どうせ相手するなら、もっとクセの強い悪魔がよかったぜ」

「あんまり強すぎても一方的な戦いになっちゃうしね。僕なりの心遣いだよ」


 ニタリと不敵な笑みを浮かべるカイトさん。それと同時に悪魔が動き出し、私も注意をそちらに向ける。

 鋭利な爪が振り下ろされ、こちらは剣でガードする。そこにルガーさんがショットガンでカウンターを入れ、見事な援護に感心する。


「そろそろアレを切ってもいい頃合いかな」


 戦闘に追われていたせいで、カイトさんの呟きに気づくことはなかった。



















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