第50話 ラスボス

「そんな……皇帝も冒険者だったなんて」

「毎回一人はいるんだよね〜。調子に乗って皇帝エンペラー選ぶやつ」


 ネックレス型RFを首に通したカイトさん。温もりの消え失せた瞳で、皇帝が倒れていた床を見下ろしていた。


「仲間が持てず、戦闘もできないハズレ職なのに。唯一RFを手にする機会はといえば、ここに来る冒険者からかっさらうのみ。まあ、RFの存在を知ってたらだけど。だけど、お高い身分で一生楽して暮らしたい人にとっては、これ以上にない神職業だよね」

「カイトさん……」


 敵意を込めた私の視線に、カイトさんは微笑みで返す。


「やあ。いつかのおチビちゃん。あの男の子のお墓参りにはちゃんと行ってあげてる?」


 シュラウドくんの死を軽んじる発言に、私はさらに怒りのボルテージが上がった。

 けれど冷静になれよと自分に言い聞かせ、静かに深呼吸し、落ち着きを取り戻した。


「あなたに言いたいことはたくさんあります。でも、まず教えてください。どうして皇帝は冒険者だったんですか?」

「そのままの意味だよ。皇帝エンペラーも職業だ。ほら、あの職業リストの一番したあたりにあったじゃないか」


 よく見てなかったから覚えていない。


「帝国の伝統だと、皇帝は神によって決められるってことになってる。でもあれって、皇帝エンペラーを選んだ人が強制的に帝国の支配者になるようプログラムされてるんだよね。でないとおかしいじゃん。職業が皇帝エンペラーなのに、いきなり街にほっぽり出されて無一文だったらさ」

「じゃあ、複数の人が皇帝を選んだらどうなるんですか?」

「帝国も一つじゃない。ここから離れた場所にいくつかある。そこの皇帝エンペラーに割り当てられる仕組みさ」


 じゃあ、さっきの皇帝は何もカリスマ性やら知性に富んでいるわけじゃないってことか。

 皇帝という職業で、人々が無意識のうちに「すごい存在」と認識していただけにすぎない。

 公的な場所だと皇帝を演じ、それらしい雰囲気を出していたけど、プライベートだとただ自分の地位に酔ったイヤな人だった。


「本質のところはキミたちと変わらない。その辺にいる一般人さ」


 自分は特別と言いたげなカイトさんは両手を広げる。外套の中から、ギラリと光る凶器の数々が顔をのぞかせた。


「カイトさんの目的はなんなんですか? もしかして革命でも起こす気ですか?」

「はは、革命ね。あながち間違いじゃないかも。でも、それをキミたちに言ったところで意味はないよ。なぜなら、ボクに殺されちゃうからね」


 そう言って、カイトさんは足元に落ちていた冠を拾い上げた。

 皇帝が倒れた折に、頭に載せていたものだ。

 その光沢のある表面に細い指を這わせる。


「ちょっとだけ教えると、皇帝を仕留めたのはRFが欲しいからじゃない。そっちはオマケで、僕の本命はこっち」

「ただの冠じゃないですか」

「うんうん。キミは無知だから思った通りの反応をする。これは装飾品としての冠じゃないよ。そこのスケルトンなら、これの真価を知ってるんじゃないかな?」


 話を振られたルガーさんは即座に頷く。


「表向きは帝国に代々伝わる帝冠とされている。その実態は、誰であろうと頭に載せた奴を無条件で皇帝エンペラーに転職させる特殊なアイテムだ」

「え、じゃあ……」


 カイトさんの狙いは皇帝になること。その考えがすぐに思いついた。


「でも、皇帝になってどうする気ですか? 聞いたところ戦闘向きではありませんし、明らかに暗殺者の方が戦いに特化してますよね」


 冠を人差し指でくるくる回すカイトさんは、口元をニヤけさせた。


「ああ、言い忘れていたね。それ、RFを持っていない前提のお話。つまり僕が言いたいのは……」


 カイトさんは冠を頭に載せた。

 それだけ。ただそれだけの行為なのに、とんでもない気迫というか、迫力がカイトさんを中心に爆発的に巻き起こった。

 目に見えない手が頭を押さえつけ、強制的に平伏を促すほどの力を感じる。

 晩餐会でも皇帝が冠を載せ、同じような迫力に包まれた。

 でも、これはあの比ではない。

 名実ともに皇帝に転職したカイトさんは、軽い足取りで玉座に腰を下ろした。

 そのまま足を組み、私たちを見下ろす。


「確かに皇帝エンペラーは弱い職業だ。だけどそれは、各職業のパワーバランスを考慮してのこと」

「ノノ、下がってろ」


 ルガーさんの忠告と同時、カイトさんが何かを呟いた。


「一節、千覇せんぱ

 <承認・アカウントシステム改変。部分的職業権限付与・死霊使ネクロマンサーい>


 カイトさんの言葉に続いて、天から無機質な女性の声が響いた。

 直後、私の目の前にスケルトンが出現した。

 ルガーさんではない。手には鋭い刃物が握られており、私に目掛けて振り下ろされている。

 剣を抜くタイミングが遅れ、刃が間近に迫ってくる。

 そこに銃声が一回。

 ルガーさんのショットガンが、スケルトンを粉々に破壊した。

 バラバラになった骨は再び動く気配はない。


「だから下がっていろと言っただろ」

「い、今のは予想外といいますか……」

「気をつけろ。次が来る」


 気を引き締めてカイトさんに意識を向ける。

 玉座に座ったまま、楽しげにこちらを見ていた。


「ふぅ〜ん。同胞にも躊躇ないな、キミは」

「生憎、俺の知り合いじゃないんでな」

「だとしても遠慮なさすぎ。じゃあ、これならどうかな。一節・千覇」

 <承認・アカウントシステム改変。部分的職業付与・魔法使い>


 また天からあの声が鳴り響く。

 カイトさんの手から炎が上がる。


「うーん、なんだっけ。あの呪文ど忘れちゃった。僕のお気に入りなんだけど。まあ他のでいっか。必殺技いくよ」


 こちらに向けて手のひらが突き出された。宙に漂う火の玉がメラメラと膨張し、


「メテオボルケーノノヴァ」


 太い光線となって射出された。

 絨毯を焼き尽くし、迫りくる。

 あまりの迫力に棒立ちだった私を、ルガーさんが後ろから抱え込んで射程外に飛ぶ。

 安全圏に退避してから背後を見ると、入ってきた扉が焼失していた。威力はそれだけに留まらず、建物の壁に穴を開け、外が丸見えになっているではないか。

 思わず目を見開いた。


「な、なんなんですかあれ!? 無茶苦茶な殺傷力ですよ!?」

「あれが皇帝のスペシャルスキルだ。任意の職業に一時的に転職できる。言っておくが、これはまだ序章にすぎねぇ」

「あれよりヤバいのがあるんですか!」


 とんでもないパワーを有した皇帝のスペシャルスキル。一時的とはいえ好きな職業に転職できるなんて、どう考えても強過ぎる。バニラさんのスペシャルスキルも似たような能力だったけど、一回につき転職できるのも一回きりで、時間制限もあるものだ。


「でも、それだけ強いなら絶対にデメリットもあるはず! あんな派手な魔法を使ったなら、魔力消費も激しいに違いありません!」

「魔法を連発させて持久戦に持ち込めば、魔法使い系の職業は使い物にならなくなる」


 ルガーさんもそう言っている。

 近接戦の自信はないけど、遠距離から攻撃をされて、こちらから手が出せないよりはマシだ。


「筋書き通りにいけばの話だが」

「ルガーさん?」

「問題が一つある」


 その声色からして、いいニュアンスでないのはわかる。

 ルガーさんが問題点を言うより速く、カイトさんが口を動かした。


二譜にふ万富ばんふ

 <承認・魔力値オールリジェネーション>


 床から白い光が放出。細かい粒子状の光は、カイトさん一点に集まった。

 彼の皮膚に触れた途端、体内に吸い込まれていった。

 ここでルガーさんが一言。


「奴の魔力が全回復した」

「いや、なんで……」

「皇帝のスペシャルスキルは、奴の持つRF所持数によって段階が上がっていく」

「おや? その様子だと、僕が説明する必要もなさそうだ」


 カイトさんが玉座から立ち上がった。敗北など絶対に有り得ないとばかりに、無防備な姿でこちらを見下ろす。

 事実、勝てる気がしなかった。

 数多の職業を使い分け、消費した魔力もたちまち回復されてしまえば、勝機など見出せるわけがない。

 それでもルガーさんは顔を上げ、毅然とした態度でカイトさんと対峙した。


「だが安心しろ。奴は今、RFを四つ手にしている」

「へぇー、ご明察。そんなのどこで知ったのかな?」

「黙ってろ。俺はノノに話している」


 ルガーさんは私に顔を向ける。


「つまり奴を倒してRFを奪えば、あとはゲームをクリアさせるだけだ」

「簡単に言いますけど、勝てる気がしませんよ」

「諦めるなとは言わねぇ。せいぜい絶望しろ、失意に沈め。だが全力で挑むことだけは忘れるな。挑み続けぬ限り、勝利は永劫えいごうに掴めねぇ」


 こんなに真剣なルガーさんは初めて見たかもしれない。いつになく前向きだった。

 だからこそ、私も勇気をもらった。

 剣を持つ手に力を込め、ルガーさんの横に立ち並ぶ。

 そんな勇姿を見て、カイトさんは愉快げに口笛を吹く。


「ひゅー。こんな時に絆深めちゃって。いいよ。そっちの方が胸が躍る。厚い友情、絆、君たちが積み重ねてきたもの全てへし折ってやる」


 自虐的な笑みを浮かべるカイトさんが一歩進み出る。足の生えた難攻不落の要塞が迫ってくるようだった。


「ルガーさん、今の私絶望してます」

「ああ」

「逃げ出したいです。だけどルガーさんが横にいるから、震える足でも立っていられます」

「俺も、お前がいるから戦える」

「それって、私が死んだらルガーさんも消えちゃうからでしょ」


 ルガーさんの反応はなかった。逆にそれがどんな意味なのかと考えてしまう。

 けれど頭を振り、目の前のことに集中する。

 両手を大きく広げ、その存在感をアピールするカイトさんを。


「君たちからしたら僕は魔王だ。元来、魔王を倒すのは勇者の役目。君たちにその資質があるか僕が確かめて進ぜよう」


 最後の戦いが始まった。







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