第49話 皇帝
果てしなく続く螺旋階段をひたすら上る。
道中で騎士の襲撃に遭うこともあったが、基本的にはルガーさん一人で退け、私はサポートに回った。
どうやら永年大槍の騎士はみんな洗脳されているようだ。これにはカイトさんとトルーシャさんの思惑が絡んでいるように思える。
その二人の思惑が何なのか未だわかっていないままで、疑問が尽きることはなかった。
しかしそれも、もうじき明らかになる。
「見ろ。あれが謁見の間に続く扉だ」
ルガーさんが上の方を指差す。階段の終わりに大きな扉が立っていた。
支柱の槍はまだ上に続いているけど、塔としての部分はそこで終わっている。
随分と長いこと上っていたらしい。雲まで届く超高層建築物を私の足で上り切るのは難しいと思っていた。
それもみんなの後押しがなかったらできなかったことだ。
下の方でまた爆発音がした。
バニラさんたちが戦っているのだ。
みんなの期待に応えるためにも、私たちが成し遂げないといけない。
「開けるぞ」
扉の前に到着。
無言の私を見て顎を引いたルガーさんは、片手で扉を押し開けた。
中には短い廊下が続いている。その先にまた大きな扉を発見した。
おそらく、あれが謁見の間に繋がる扉だろう。
廊下を歩き出したルガーさんの後を追う。
あっという間に扉の前に着くと、私を見下ろしてきた。
「準備はいいな?」
「は、はい」
「本音はどうだ?」
「心の準備は全然です」
正直なところ緊張している。
階段を一段一段上るにつれ、心臓はバクバクしっぱなしだった。
今それがピークに達してるかもしれない。
「ルガーさんの言葉が正しいなら、この先にカイトさんがいるんですよね?」
「ああ。奴とは必ず戦闘になる」
「あわよくばRFをゲットして私たちはゲームクリア……気になったんですけど、RFを手に入れてから具体的には何をすればクリアって扱いになるんですか?」
最終確認という意味も込めて、今まで明らかになってなかったことを尋ねた。
「謁見の間よりさらに上、皇帝でも入れねぇ部屋がある。ちょうど槍の先端にあたる部分だ。槍の先っちょには四つのくぼみが存在する」
「そこにRFを埋め込むんですね」
「ああ。それをもってゲームクリアとみなされる」
ルガーさんはじれったそうに扉を睨む。
私の準備を待っているから、開けるに開けられないのだろう。
「あの時のアレ、やらないんですね」
「何のことだ?」
「アラーラでアナベルさんを探していた時のことですよ。私に銃を向けて、恐怖心で緊張を強引に和らげた施術です」
ルガーさんも思い出したのか、「ああ」と声を上げた。
「あんなイカレタ方法を試さなくとも、お前はもう十分強い」
「何気に私のこと褒めるのって初めてですよね」
肉体的な強さではなく、精神的な部分のことを言っているのは確か。
それでも嬉しかった。客観的に見て私が成長してる証拠だし、それをルガーさんに認められて気分がよくなる。
これでわかった。港湾都市から永年大槍の旅は、私にとって成長の機会だったのだ。
得たものもあれば、失うものもあった長い旅路。この扉を抜け、その旅が無駄でなかったと意味を見出す。
バニラさんとダッシュさん、オボロさんに託された思いを蔑ろにはしない。
「もういいな。行くぞ。気を引き締めろ」
誤魔化すように矢継ぎ早にまくし立て、ルガーさんは扉に手を当てた。
重厚な音を立てて謁見の間の全貌が見えてくる。
「わー」
あまりの豪華絢爛さに感嘆した。壁に描かれた絵画、至るところにある装飾、どれをとっても一級品に見える。
紅い絨毯が広間を縦断し、その向こうに玉座が一つ置かれており……。
「あ」
先に気づいたのは向こうだったらしく、口に運ばれるつもりだったお菓子がポロリと床に落ちる。
玉座に腰掛けるのではなく、体勢を横にしてだらしなく肘掛から足を伸ばしている人物。
一瞬、見間違いかと思った。
威厳とか風格とかどこにもない。
そこにいる皇帝は、少なくとも私の知っている印象とはかけ離れていた。
「な……ななななんでここにいる! おい誰が来い!」
皇帝は慌てて立ち上がる。最低限の服は着ているけど、裸足だった。玉座の下に靴が無造作に脱ぎ捨てられていた。
いつになっても騎士が駆けつけてこないことから、皇帝はイラついたように私たちを指差した。
「おい! お前たち! どこから侵入した?」
「見てもらった通りです。階段上がって、普通に入ってきました」
「なに?」
扉の前に守衛らしき人はいなかった。この部屋も同様。普通に考えて皇帝を守る人がそばにいないのは異常事態だ。
トルーシャさんが騎士をコントロールして、バニラさんたちとの戦闘に人員を割いているからか。
皇帝の反応からして、トルーシャさんの能力を知っているとは思えない。
それに皇帝のキャラの変わりよう。一体何が起きているのか。
事態を飲み込めてないものの、皇帝は私に視線を向ける。
「お前たちは冒険者だな」
「なんでそれを……?」
「ふん。あれほど目立った格好をしていたら、誰でも興味を持つわ」
どうやら晩餐会での時、皇帝は私たちのことに気づいていたようだ。トルーシャさんあたりから私たちの素性を調べたのだろう。
それに皇帝には個人的に言いたいことがある。
「私からも一言、あのクソ長退屈スピーチで失った時間と体力を返してください!」
「なぬ!? この俺が一週間かけて考えた力作スピーチに文句を垂れるのか、この泥臭い冒険者め!」
怒りをにじませた皇帝は、床に落ちていた冠を拾い上げ、頭に載せる。
なんだろう。自分には権威があるアピールのつもりか。
それにしても彼の言動と立場がまったく噛み合っていない。
私からの不満を素直に受け止め、喚き散らすなんて幼稚すぎる。本当にこの人がこの国のトップなのだろうか。
皇帝の背後に忍び寄る黒い影には気ずかぬまま。
「ーーキミも立派な冒険者なんだけどね」
囁くように紡がれた。
皇帝は目を丸くして振り向く。
そこにいた人物は、首から下が黒いマントに覆われていた。
ニコニコと柔和な笑みをたたえ、誰からの信頼も得られそうなほど温かみに溢れている。
そんな接しやすさと対照的な皇帝は、悪い目つきをさらに悪くして尋ねた。
「あぁ? 誰だお前?」
「カイトだよ。キミの命をもらいにきた」
「ふざけんな。俺様を誰とーー」
皇帝は背中から倒れた。
「は」
自分の身に何が起きてるの把握できていないようだった。
しかし、目線は胸元ーーナイフの刺さった箇所に吸い寄せられる。
「ほい」
カイトさんは軽い調子でナイフを抜き取ると、胸元を中心に衣服が赤く染まっていった。
皇帝はすっかり動かなくなっていた。ただ頭に疑問符を浮かべたまま死んでいったのだとわかる。
次の瞬間、皇帝の体が光に包まれ霧散した。
その光景を笑顔で見つめるカイトさんは、何かをキャッチするように姿勢を低くした。
やがて光も収まる。
皇帝の姿がなくなり、カイトさんの手の中にオレンジ色の球体が光を放っていた。
それが徐々に形を歪め、いつしか上等なネックレスに変じていた。
「テレレテッテッテー。カイトはRFを手に入れた」
呑気な曲を口で奏で、カイトさんは達成感に浸っていた。
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