第48話 最終決戦への道しるべ

「うぎゃあああああ!!」


 血相を変えたオボロさんが扉を破壊する勢いで戻ってきた。


「どうしたんですか! 何があったんです!」

「うわあああ!! バニラあああ!!」


 私ではなくバニラさんの後ろに回り込んだオボロさん。怯えたように廊下を指差していた。


「ト、トイレから出た瞬間、奴らが襲いかかってきたのじゃ!」

「奴らって……?」

「騎士じゃよ!!」


 余計意味がわからなくなる。

 てっきりカイトさんの襲撃かと思っていた。

 そんな私の目に飛び込んできたのは、廊下で吹き飛ぶ騎士の姿だった。気を失っているのか、倒れたまま動こうとしない。

 しかも人数は一人だけではなく、何人も向こうからすごい速さで廊下を横切っては、床を滑っていく。


「今もっさんが反撃に出ておる。これはどういうことじゃ?」


 オボロさんは振り向き、表情を一切崩さないトルーシャさんに語りかける。

 しかし、まだ口を開こうとしない。

 そこにルガーさんは、


「さすが騎士団長、団長を意のままに操れるとは」

「何のこと?」


 神妙な顔でトルーシャさんは目つきを険しくする。


「言っただろ? 俺は全てを知っていると。俺の目は節穴だが、何も見えちゃいねぇわけじゃねぇ。全部、見てきたんだよ。この目でしっかりとな」

「あなたは一体……?」


 トルーシャさんの言及を無視し、ルガーさんはソファから立ち上がった。


「さて、カイトは最上階にある謁見の間だな。失礼させてもらう」

「えっ? なんでそんなこと……」


 思わず口が動いた。

 二人の会話の中で、カイトさんの居場所なんて一度も出てこなかった。

 なのにどうしてルガーさんは。そんな情報を一体どこで。

 私の心中などお構いなしに、ルガーさんは部屋を出ようとする。

 廊下ではまだ戦闘が続いており、ここから戦況は見えないが、金属同士のぶつかる音が響いていた。

 拮抗した力がぶつかっているのではなく、強力な力が一方的に攻撃を続けている音だとわかる。それだけファントムさんと騎士の力差は歴然ということなのだろう。

 どうして騎士たちが好戦的になったのかわからないけど、ルガーさんなら相手にできるから心配はいらない。


「ーーぁ」


 一瞬、黒い影が視界を横切った。あまりの速さから反射的に声が漏れる。


「ーー待て!」

「……」


 トルーシャさんの張り詰めた一声が部屋に響き、ルガーさんの歩みは止まった。

 だが、立ち止まった理由は待てと言われたからではない。


「ーーーー」

「ーーーー」


 扉奇抜な見た目をした二人がルガーさんの前に立ちはだかっていた。

 肌の色は漆黒。体のラインは細く、胸周りや腰に布が巻かれており、二人とも女性であることが判別できた。

 情報がそれだけだと突如として謎の二人組が出現……と思うかもしれない。


「あの頭に被っているものは……!」


 私ははっきりと覚えている。

 二人の頭に覆いかぶさっている麻袋。そこにペンキでスマイルマークのような顔が描かれている。

 そんな特徴的なところを忘れるはずもなかった。


「あの時カイトさんのスペシャルスキルで出てきた黒い人! えっと確か……」

「デススクワッド。奴が使役する百体に及ぶ死の部隊だ。だが今、その権限の一部はお前に移譲されているな」


 そう言ってショットガンを抜いたルガーさんは、銃口を目の前の二人ではなく、背後のトルーシャさんに向けた。

 先ほど、視界を横切った黒い影はあの二人の隊員だった。最初からこの部屋に潜んでいたのか。トルーシャさんの真後ろから出現していたようにも思える。カイトさんが喚び寄せた時も、何もなかった場所から急に湧いてきた。

 だとするとルガーさんの指摘する通り、トルーシャさんが隊員を動かしていたと見るべきだ。


「本当にカイトさんと繋がっていたんですね……」

「これが団長殿の正体だ。シャンガラにいち早く辿りたけたのも、機動力のある隊員を移動手段に使ったからだろう」


 港湾都市でのカイトさんの別れ際を振り返ってみると、最後は隊員に乗せられて空を飛んでいった。馬よりも遥かに速かった。あれと同じ方法をトルーシャさんもシャンガラに移動したのだとすると、いろいろと辻褄が合ってしまう。

 私は恐る恐る尋ねた。


「でも、どうしてカイトさんと親密な関係になってるんですか? 

「私は……」


 躊躇いごとでもあるかのように、トルーシャさんは顔を俯かせて呟く。


「あのサイコ野郎のどこが気に入った?」

「そういった理由で彼の手を取っているのではありません」


 ルガーさんの問いかけは、すぐに一蹴されてしまう。


「じゃあ何だ。何か弱みでも握られているのか?」

「あなたに話して何になるというのです」


 隊員の二人はどこからかナイフを取り出し、戦闘体勢に入っていた。

 それでもルガーさんは二人など眼中にないとばかりに背中を向けていた。


「俺の弾丸かテメェの雑兵。どちらが速いか勝負するか?」

「遠慮させてもらいます。私を殺したところで、デススクワッドの権限は彼のところに戻るだけ。あなた方が袋のネズミという事実に変わりはありません」


 そう微笑んだトルーシャさんの髪留めが光を放ったように見えた。

 廊下からドタバタと足音がする。

 騎士たちが出入り口を塞いでいたのだ。


「あなた方に逃げ場はありません」


 部屋の中の影という影から、ぬるりと這い上がるように隊員が姿を現す。

 後ろは騎士、前は隊員。この閉鎖空間での戦闘になれば、間違いなく私たちは数の力で押さえられる。


「ルガーさん……」


 この状況になってなお、彼は毅然とした佇まいを保っている。

 それだけまだ勝機を手放すには早いということか。

 私たちで知らなかったトルーシャさんがカイトさんに加担しているということも、ルガーさんなら知っていた。

 ここは彼を信じてみるべきか。


「これでテメェとのイベントも一区切りだ。失礼する」

「どこに向かう気ですか?」

「カイトのところだ。差しづめ最上階ーー謁見の間にいるんだろ?」

「何を根拠に……」


 ショットガンを下ろし、踵を返そうとしたルガーさん。隊員二人はルガーさんを牽制するようにナイフを構えていた。


「ならばなぜ俺の邪魔をする? それが何よりの証拠だ。狂人にシッポを振ったメス犬が」

「くっ……!」


 罵声を浴び、トルーシャさんは怒りをあらわにする。

 彼女の意思に従い、凶器を構えた隊員二人がルガーさんに襲いかかる。

 私はとっさに剣を抜き、間に入ろうとした。

 しかし、遅かった。

 バニラさんとダッシュさんが先に動いていたからだ。

 バニラさんはナイフで敵の先手を受け止め、ダッシュさんは手首を掴んで敵の動きを封じていた。


「へへ、なんだ大した力じゃないじゃん」

「使う人間によって調整が入るんだろうな。団長という地位にいるんだから、部下の扱いくらいもうちょっと上手くなれよ」


 二人の軽口にトルーシャさんは奥歯を噛みしめる。


「お二人の犯してきた罪を帳消しにしてあげたのは誰の赦しだと思っているのですか」

「別に頼んでないし。恩着せがましいにも程があるってよ!」


 バニラさんは八重歯を見せてニカリと笑い、隊員の追撃をいなし続ける。


「あなたたちも行きなさい!」


 トルーシャさんの命令が騎士たちに届く。

 彼らは操られたかのように一糸乱れぬ動きで部屋に突入。人口密度が高いから、誰も剣は抜いていない。

 ただ弾丸のように突っ込んできた。

 その一人を避けたダッシュさんは驚きで目を丸くする。


「どんな戦法だ!」

「今の奴らは洗脳されている。自分を使い潰させる道具としか思っていない」


 部屋の奥で待機していた隊員が一斉に動く。ターゲットはルガーさんで、あらゆる角度からの攻撃を躱していく。

 幸い私のところには向かってこない。

 ここで自分の役割に気づく。


「オボロさんは私が守ってあげますから」


 戦う術のないオボロさんの近くに寄り、声をかけた。

 だが、彼女は首を振った。


「お前さんは誰かを守れるほど強くない」

「普通にショックなんですけど……」

「だからこそ前を進め。道はわしらが切り拓く」


 その時、ゴゴゴゴと振動音らしきものがし、足元がわずかに揺れた。

 直後、出入り口付近で爆発が起きた。

 何ごとかと急いで振り向くと、そこでは爆風に巻き込まれた騎士が倒れていた。

 爆心地と思われる廊下には、執行モードの下半身だけのファントムさんが立っていた。

 爆発はファントムさんによるもので、上半身を代償に行うものらしい。

 それもすぐに新しい上半身が生え変わり、近くの隊員と戦闘が始まる。

 こちらをドヤ顔で向くオボロさんと目が合う。


「さ、ここはわしらに任せて先に行け」

「で、でも……」

「アタシからもお願い、ノノ!」


 交戦中のバニラさんからも声が飛ぶ。


「言ったよ、アタシ。アンタを信じるって」


 それに続いてダッシュさんも、


「この先に何があるかわからない。ルガー、ちゃんとノノのこと守ってやるんだぞ!」

「俺に指し図すんな」


 鬱陶しげに思うルガーさんは隊員を一通り払い退けると、私のところに急接近。


「ついて来い。死んだら許さねぇからな」

「は、はい!」


 銃を持ち直したルガーさんは、すぐに部屋を後にする。私もその後を追った。


「待て! 奴らを逃すな!」


 トルーシャさんが立て続けに隊員に指示を飛ばした。しかしバニラさん、ダッシュさん、ファントムさんが隊員の動きを阻害する。

 みんなに感謝しながら、私とルガーさんは最上階を目指した。





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