第45話 迷いと決断
「くっ、このわしを
「気に入っていただき何よりです」
オボロさんはモロコイ(仮)に夢中になっている。かれこれ何杯目になるだろう。
ウェイターもとい真のモロコイさんは、そんなオボロさんを微笑ましく見つめていた。
「ところで、こちらのエビフライと合わせて飲むのをお勧めします」
「珍しい組み合わせじゃのう。オレンジジュースとエビとな」
「港湾都市で獲れた高級なエビです。騙されたと思ってお試しください」
「どれどれ……ぱく、ゴクリ。相性抜群。死ぬほどうまい」
「おかわりは?」
「いただこう」
オボロさんはすっかりこの世界の食文化を満喫していた。
ふとしたきっかけでファントムさんが暴走しないか心配していたけど、見ている限り大丈夫そうだ。
オボロさんはあのままでもいいだろう。
バニラさんはというと騒ぎを聞きつけたトルーシャさんに保護され、大人しく料理をもぞもぞ食べていた。
こちらも一人にしといてあげよう。
「ルガーさんは」
ルガーさんは壁にもたれて天井を見つめていた。相変わらず何考えてるのかわからない。一緒にご飯を食べれないので、こちらも一人にしておこう。
なので、ほぼ消去法的にダッシュさんと会場を回ることになった。
適当に料理を皿に盛り、気になったことを投げかける。
「なんか私とダッシュさんって、変な組み合わせですね」
「そうか?」
ダッシュさんも同じように料理を選んでいた。肉系が9割を占めているのは、人狼という種族からくる本能みたいなものだろうか。
「オレは変とは思わないぜ。ノノと旅しててわかったんだが、オレたち結構気が合うだろ?」
「新手の告白ですか?」
「ち、違う。なんて言えばいいのか……周りに振り回されるタイプだろ、オレたち」
「わからなくはないですね。冒険の主導権は基本ルガーさんにありますし」
ダッシュさんの場合、バニラさんが当てはまる。
「この前、オレたちでファントムの城に上ったことがあっただろ? あの時、お前と一緒にいて思ったんだ。ノノとならいいパートナーになれそうだなって」
「ごほっ!」
むせた。
が、すぐに息を整える。
「な、なんですか! さっきから! 私を口説いてるとしか思えないんでけど!」
もしかしてダッシュさん、私に気があったりするのかな?
振り返ってみると、あの時は何かとダッシュさんに助けられた記憶がある。
それって私を大事に思ってくれてるから?
顔が熱くなってくる。
「って、何考えてんですか私! ダッシュさんにはバニラさんがいるから、そもそも私になんて興味がないはず! だとしたらこれは私の勘違い! ですよね、ダッシュさん?」
「……」
否定の言葉はなかった。
彼の真っ直ぐな目が、私の想像を事実だと言ってるみたいで怖い。
「本気、ですか?」
「嘘つく理由もないだろ」
だからって、ここで本音を打ち明ける必要もないでしょ。
「私のこと、好きなんですか?」
「好きか嫌いかだと、まあ、好きだな」
曖昧な言い方だけに、変な想像力が働いてこっちまで気恥ずかしくなってくる。
しかもこんな人が大勢いるところで。みんな私たちの会話を聞いてないけど、もっと場所を考えてほしい。
「オレはノノのことが好きなのかもしれない」
「改めて言われると恥ずかしいのでやめてくださいお願いします」
「あ、ああ。悪かった」
「でも何で今なんですか?」
想いを伝えるなら、もっと他の場所でもよかったはず。あえて人の多いところを選んで、困った私の判断力を低下させるためなら、なかなかの策士だ。
「それにバニラさんはどうなるんです? 私のことが好きなら、バニラさんは誰が支えてあげるんですか」
「まだアイツを切り捨てるなんて言ってない。バニラもお前も両方好きだ」
「さっそく浮気しましたよ、この人!」
「バニラは友達的な意味での好きだ。お前は別」
「その……結婚したいの好きですよね?」
「……ああ」
歯切れが悪い。
さすがのダッシュさんも、ここに来て恥ずかしさに耐えきれなくなったようだ。
「この旅ももうすぐ終わりを迎える。だから、伝えるなら今のうちだと思ったんだ」
「ダッシュさん……」
「後悔だけはしたくなかった。いくらオレたちの気持ちが通じても、ゴッズゲームのルール上、オレたちは敵対関係にある」
「あれ? 今、ゴッズゲームって言いました?」
記憶の制約がある限り、ダッシュさんのような仲間はゲームのことを口外できない。
だけど今、さらりと言った。
「お前たちと一緒にいる中で、バニラが自分の置かれた状況を理解してきてるんだ。それでオレの記憶の
冒険者は人間と非人間の組み合わせで、死んだらRFが落ちる。
アナベルさんの死で、バニラさんはそれを目の当たりにした。
どう考えても、自分たちが普通の存在でないと気づく。
「いつからですか?」
「永年大槍に着いてからだ」
「ついさっきのことなんですね」
「旅の中で疑問や葛藤などが蓄積されて、ここに来て確信を得たんだろうな。オレたちが何者かに利用されてるってことに」
私はバニラさんに視線を向けた。
まだ一人で食事をしている。
叱られたショックで、まだ落ち込んでいるのだろう。
トルーシャさんは騎士団長という立場柄、他の人の相手をするのに忙しいみたいで、バニラさんに構ってあげられなかった。
あとで私が慰めてあげよう。
そして一緒に考えよう。
この世界とどう向き合うべきなのかを。
「ゲームでクリアできるのは1組だけだ。お前もそれをわかってて、オレたちと共に来ることを選んだんだろ」
「……はい」
似たようなやり取りを思い出す。
さっきまでルガーさんとも、こんな話をやっていた。
私たち全員仲良くゴールすることは不可能だ。クリアできるのは私たちの中で誰か1組。現状、RFを一つ持っているバニラさんがやや有利になっている。
あの話も結論が出ないまま終わってしまった。
「最後まで着いていく」
「え?」
ダッシュさんから、思わぬことを言われた。
「こう見えてノノには感謝している。お前がいなかったら、今頃バニラはあの街でアナベルを探しっぱなしだった」
「でも、いいんですか。私とルガーさんの手助けをしてくれるということは、ダッシュさんのクリアを放棄することに……」
「いいさ、そんなの」
あっけらかんと答える。
「今だから言えるけど、実はオレ、ノノたちのことあまり信用していなかったんだ」
かなりショックだった。
でも、警戒心の強いダッシュさんらしいと割り切れた。
「このまま友達を演じて、いつか裏切ってやろうかと画策してたくらいにな。でも、お前の真っ直ぐな姿勢に、自分の考えてることがバカらしくなった。何でオレは、こんなバカ正直に生きるガキを裏切ろうとしてたんだって」
「最後の本音が地味に刺さります……」
「そんなお前の素直さに、自分の薄汚い性根を自覚したんだ。だから、お前には感謝している」
「私もダッシュさんには感謝しかありません。たくさん命を救ってくれてありがとうございます」
「ああ。最後までお前に付き合うつもりだ。オレも自分に正直でいたい。お前たちが無事にゲームを終わらせるところを、この目で確かめてさせてくれ」
彼の中でも迷いや葛藤はあっただろう。
それらを乗り越えて、私に全てを託してくれた。
責任重大。
明日から、カイトさん探しを本格化させよう。
一刻も早くダッシュさんの期待に答えないと、と急かされる思いだった。
「おや? 何か始まるんですか?」
ふと会場全体が騒がしくなった。
全員の視線が前に向けられている。
会場の前方は一段高くなっており、そこには派手な装飾が施された椅子が置いてある。
玉座というやつだろう。
「いよいよ皇帝のお出ましか」
ダッシュさんの一言で、この晩餐会が皇帝主催ということを思い出した。
「皇帝ってどんな人なんでしょう」
イメージとしては、ヒゲの生えた威厳のあるおじいちゃんといったところ。
だけど、会場脇から騎士を仕えて出てきたのは、イメージとは程遠い若い男性だった。カイトさんと同い年か、それより少し上くらいだろう。
この世界の皇帝は神に指名されるって聞いたけど、あんな若い人も選ばれるのか。
大勢の視線を一身に浴び、玉座に腰を下ろした皇帝は、騎士の手から
色とりどりの宝石が埋め込まれていて、その冠を頭に載せる。
それだけで身にまとう雰囲気が一変した。
「皆のもの、
朕……。
めちゃくちゃ位の高い人の一人称だっけ。実際に使っている人を見るのは初めてだ。
しかし、皇帝というだけあって、そのカリスマ性は本物だった。
皆、手と口の動きを止め、彼の言葉に耳を貸している。
皇帝は騎士から紙を受け取ると、それを目の前で広げた。
「これから何が始まるんでしょう」
「スピーチじゃないか?」
皇帝は「こほん」と咳払いし、
「さて、諸君らと共に我が帝国の祝祭を迎えられることは、大変喜ばしく思う。隣国との戦争、地方の凶作、難民の受け入れ等々、我が国の抱える問題は未だ解決の糸口が見えずにいる。しかしながら、我ら帝国国民一丸となって、それら問題を対処していくなか、こうして帝国の生誕を祝う帝生祭を執り行えることは、我が国の余裕と国民精神を近隣諸国に知らしめられる大いなる機会になるであろう。さらに言えば、我ら帝国はーー」
ダッシュさんの予感は的中。
この退屈で長ったらしいスピーチは、30分近く続いた。
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