第44話 晩餐会


 トルーシャさんに案内されて、会場に着いた私たち。

 この階までは螺旋階段を使った。

 塔の支柱に槍を使っているというのは本当みたいで、紅い槍に階段が巻きついているような構造だった。

 トルーシャさんに「どうして紅い色をしてるんですか?」と聞くと、「神の血液でできている」なんてぶっ飛んだ答えをもらえた。

 そのあと苦笑し「伝承ではそう語られています。学者や魔法使いが槍の構成物質を調べたところ、超高温に熱された鉱物という結果が出たようです」と補足した。

 神の血でできてるなんてロマンは消えたけど、それはそれで真相が気になる。

 なんでこんな物が空から降ってきたんだろうって。


 というわけで晩餐会が始まった。

 会場には美味しそうな料理が並んでおり、招待客も大勢集まっている。

 入り口で見た貴族や戦場で活躍した戦士まで揃っていて、こんな素性の知れない私たちが来てよかったのか迷う。

 何やら向こうが騒がしい。

 見ると、料理の側でバニラさんが屈強な男に取り押さえられていた。

 必死にもがこうとしても向こうは戦士の人らしく、力では敵うはずはない。


「今度は何をしでかしたんですか……」

「あのバカ、肉を小皿に取り分けずに直でいった」


 他人のフリをするダッシュさんが状況を説明してくれる。

 よっぽどバニラさんの仲間だと思われたくないらしい。


「試食だけにとどまらず、まだそんな食欲が残ってたんですね……って、オボロさんが見当たらないんですけど、どこですか?」

「あそこだ」


 ダッシュさんの指差す先には、飲み物を運ぶウェイターがいた。

 しかし、足元のオボロさんに困った顔をしている。

 私たちは近づいて、二人の会話を聞いてみた。


「あの、お嬢さま。まだお酒が飲める年齢ではありませんよね?」

「心配いらん。アルコールならもっさんが体内で分解してくれる。く寄越すのじゃ。わしは喉が乾いておる」

「も、もっさん……?」


 どうやらオボロさんがお酒をせびっているようだ。

 それを見て、ダッシュさんはため息をついた。


「バニラといい、あのガキといい、人様に迷惑をかけるのは大概にしろ。止めてくる」

「待ってください。もうしばらく様子を見ときましょう」

「なんでだ?」

「面白そうだからです」

「あのな……」


 私に対してもがっかりした様子のダッシュさんは、なんだかんだオボロさんの動向を見守ることに決めた。

 再びオボロさんに視線を向ける。


「もっさんが誰なのかはともかく、飲み物が欲しいのですね? だったら、いいものがあります」

「いいもの?」

「少し待っててください」


 と言ってウェイターは会場の外に出て行った。

 すぐに戻ってくると、オレンジ色の液体の入ったグラスを渡されていた。縁には柑橘系の果物がオシャレに立てられている。

 オボロさんは、それが何の飲み物なのか察すると機嫌を悪くした。


「オレンジジュースじゃと……! わしをバカにしておるのか!」

「オレンジではありません。帝国でしか獲れない希少な果実から搾ったジュースになります。子供から大人まで大人気の国民的飲み物となっております」

「う〜〜〜〜!」


 子供扱いされ、オボロさんの怒りはマックスだった。

 だが、ウェイターには秘策があるようで。


「しかし、お嬢さまの持っておられるそれは一般的に出回っているものではなく、とりわけ厳選された果実から生成されたものです。味は保証します」

「もし、わしの舌に合わんかったらどうする?」

「永年大槍での勤務は辞めにして、本日からお嬢さま専属の執事になろうかと」

「よかろう。下着一丁でこの辺りを逆立ちで一周させてやろう」


 オボロさんは不敵な笑みを見せ、グラスに口をつけた。まずは一口、味わって飲む。


「む……?」


 眉を寄せ、さらにもう二口。

 三口、四口といった頃には、グラスはあっという間に空になっていた。

 ポカンとした顔で、オボロさんは突っ立っている。


「う、うまい……じゃと」

「お気に召されたようで」

「確かに味はオレンジに似ておる。じゃが、舌の奥にすっぱさが残らず飲みやすい。何という名前なんじゃ?」

「モロコイと申します」

「なるほど気に入った。もっとモロコイを持ってくるのじゃ!」

「喜んでもらえたようで何よりです。では少しお待ちを。ただ今持ってまいります」


 頭を下げたウェイターは、モロコイジュースを持ってくるべく踵を返す。

 私たちの横を通り過ぎた時、彼はボソリと言った。


「まあ、モロコイというのは私の名前なんですが」


 そして、ウェイターは外に行ってしまった。

 ……結局、あの果物は何だったんだ。

 謎は深まるばかりでした。

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