第四章 永年大槍編
第42話 旧き槍
私たちの馬車がシャンガラを出発し、地上ルートに出て早二日。
「到着です」
御者のトルーシャさんが馬車を停める。
私はワクワクした思いでいっぱいで、勢いよく扉を開け、外に躍り出た。
「おお〜!」
広がる大都会の光景に、自然と声が漏れていた。
港湾都市から地底都市まで、いろんな街を見てきたけど、ここは別格で栄えている。
目に見える建物はどれも大きい。街にはたくさんの種族が歩いている。
さすがは帝国の首都。
しかも今は祭りをやっているので、人々の動きはより激しいものになっている。
ところで私が興奮気味なのは、祭りの熱に影響されたからではない。
街の中心にそびえる、雲に届きそうなほど高い白亜の塔。
あれこそが帝国の象徴であり、私たちが目指してきた
「ちょ、ノノ。はしゃぎすぎ。田舎者かと思われるじゃん」
周りの目を気にして、バニラさんも降りてくる。
「あんな大きな人工物を見て、気持ちを抑えろなんて無理ですよ!」
「まあ、わからんでもないかも」
「もっさんの城より大きい……じゃと」
降りてきてすぐ、塔の威容にオボロさんがうなだれた。頭上でファントムさんが慰めるように浮遊している。
「厳密には塔じゃねぇがな」
「建物に見えるけど、支柱に槍が使われているんだ」
ルガーさんとダッシュさんも降りてその槍を見上げていた。
「だから永年大槍という名がついた」
トルーシャさんがこちらに顔を出す。
「伝承によると、大昔に天からこの地に突き刺さったようだ。当時の人々は神からの授け物だとし、槍を中心に国家を築いた。それが今、我々が足をつけている帝国の母体だ」
「じゃあ、あの槍には皇帝が住んでいるんですか?」
私の質問に、トルーシャさんは頷く。
「国の運営に指導者は必要不可欠。当時の皇帝はある一族が世襲してたそうだが、ある時を境に血筋が途絶えた。そこから神の指名よって皇帝が決まる仕組みになったのだ」
「そんなシステムでよく反乱とか起きませんね」
「神の決め事ですからね。逆らう者は一人としていません」
トルーシャさんは手綱を握った。
「話が長くなりました。本日の晩餐会まで、祭りをお楽しみください。夕方ごろに、槍の入り口にてまたお会いましょう」
「あの、一つ聞きたいことが」
私の呼び止めに、首を傾げる。
「なんでしょう?」
「カイトという名前に心当たりはありせんか?」
永年大槍に来たのも、カイトさんを見つけるためだ。彼が持っているだろうRFを横取りし、私たちがゲームをクリアさせる。
騎士団長なら何か知ってるかもしれない。
トルーシャさんは考え込み、すぐに首を振った。
「残念ながら、そのような男性は存じ上げておりません」
「そうですか。ありがとうございます」
「では、私はこれで」
手綱を鳴らし、トルーシャさんは行ってしまう。
「誰、カイトって?」
「ノノの愛人ではなかろうか」
「きゃー! バニラも隅に置けないわね!」
バニラさんとオボロさんが勝手な想像で盛り上がっている。
「違いますよ! 友達の仇みたいな人です」
二人は事情を察してくれたようだ。
「……ノノもいろいろあったのね。変なこと言ってごめん」
ぺこりと謝るバニラさん。私の気を遣ってか、オボロさんが彼女の手を引いた。
「トルーシャ曰く、向こうに和菓子専門店があるらしい」
「あ、うん。一緒に行く約束してたね。じゃあノノ、また槍の入り口で落ち合いましょう!」
「はい」
そのまま二人は、人混みの中に消えていった。
ダッシュさんは取り残されたまま。
「行かなくていいんですか?」
「行くに決まってる。あのガキにバニラが取られてたまるかよ」
すごい執念を燃やし、ダッシュさんも二人の後を追った。思えば馬車の中でも、バニラさんとオボロさんが親しくしてるのを見て、奥歯をガリガリ鳴らしていた。
そんなにパートナーが取られて悔しかったんだろう。
「さて、俺たちはどうする?」
「美味しそうな屋台でも見つけましょう」
ルガーさんと二人きりの状況。
港湾都市で目覚めた時も、ずっとこんな感じだった。
あの時は右も左もわからなかったっけ。
永年大槍とかゲームクリアとか夢のまた夢かと思っていた。
カイトさんの居場所は掴めてないけど、あの槍を見て、その夢も現実味を帯びてきた。
歩き出したルガーさんの後をついていく。
「どに行くんですか?」
「屋台と言ったろ。向こうから肉の焼ける匂いがする」
そんなものはしない。ルガーさんの鼻がよすぎるのだろうか。
「てか嗅覚あったんですね」
「こう見えて五感は備わっている」
「この世界のスケルトンもみんなそうなんですか?」
「個体による。視力のねぇ奴もいれば、ある奴もいる。そもそも五感がねぇ奴もな。その分、俺はかなり運がよかったみてぇだ」
それだけ聞くと、スケルトンに生まれ変わることはかなりリスキーだと思う。
「俺も望んでこの体になったわけじゃねぇ。ゴッズゲームの敗者に与えられる新たな肉体はランダム生成だ」
「へー。種族ってこの世界に生きるものだけなんですか?」
「多分な」
「じゃあ、人間にもなれるんじゃないですか?」
「お前はまた人間になりたいのか?」
「だって他種族になるのって、怖いじゃないですか。ポルターガイストみたいに肉体がなかったら本当の自分を見失いそうですし、スケルトンだとご飯を食べられません」
「人狼はどうなる?」
「人狼は……可愛いからアリかも」
「毛皮がある代わり、服も着なくて済むしな」
「やっぱ恥ずかしいのでナシです!」
結局、人間がしっくりくる。
「でも、これってゲームをクリアできなかったらのお話ですよね」
「そうだ。俺たちがクリアすることで、他のゲーム参加者を敗退に追いやるな」
「……わかってます。そんなの」
勝利はRFを揃えた冒険者にのみ与えられる。
でもここで、私はあることに気付いてしまった。
「私たちがゲームクリアしたとして、バニラさんたちはどうなるんですか?」
「……」
ルガーさんは何も言わなかった。
その沈黙が、逆に私の想像を裏付けているようで。
「勝つのは俺とお前だけだ。あとの連中は、ゲームの中に囚われ続ける」
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