第41話 ショウジョ

 べるちょぱ宅の前。


「短い間でしたけど、お世話になりました」

「達者でねー」


 トルーシャの誘いで、永年大槍えいねんたいそうに行くことになったノノたち。

 馬車は騎士団に用意してもらっている。

 さすがに準備が早すぎると驚くノノであった。だが結界も解除し、この街にいる理由はなくなった。

 大勢で押しかけると迷惑になると思い、バニラたちは馬車に残し、ノノとルガーでべるちょぱの家に来ていた。

 街が解放され、人々の顔からは元気が戻っている。

 それでも、べるちょぱだけは普段と何一つ変わらないテンションだった。

 それとは別に、ノノは知っておきたいことがある。


「あの二人の容態はどうですか?」


 ナイトメアによって重傷の騎士と催眠をかけられていた都市長だ。


「騎士のほーは、2、3日もすれば退院ってとこ。おっさんはさっき目ぇ覚ました」

「そうですか。よかったです」


 ノノは安心した。


「結界が解けたことで、催眠もきれたんだろう」

「これもあんたらのおかげだね。あ、そーだ」


 何かを思い出したべるちょぱは、家の中からあるものを運び出す。

 それをノノに見せる。


「忘れ物」

「これ、私の剣じゃないですか!」


 バニラが紛失したと思われていたノノの剣。

 それが、べるちょぱにより返還される。

 まさかここで再開するとは思わなかった。

 懐かしい感触とずっしりとした重みで、感激するノノであった。


「これ、どこにあったんですか?」

「道に落ちてた。剣無くしたー、なんてボヤいてたから、もしかしたらと思ってね」

「わざわざありがとうございます!」


 最大級の感謝を込め、ノノは頭をおろした。

 すると、べるちょぱは部屋の中を指差す。

 机の上には、料理の盛られた皿がいくつも置かれている。


「朝ごはん食べる?」

「すいません。友達を待たせているので」


 ノノは申し訳なさそうに首を振る。


「なんだー、残念」

「すいません。次この街に来ることがあったら、必ずべるちょぱさんの元を訪れます」

「わかった」

「では、また」


 ノノは手を振り、べるちょぱの家を後にする。ルガーは彼女の後ろについて行った。

 やがて二人の背中も、通りで賑わう人々に隠されて見えなくなった。


「また、会うことがあったらね」


 そう言って、べるちょぱは家に戻る。

 扉が閉まると、部屋は異様な静けさに支配された。

 そのまま階段を目指す。

 明らか一人で食べるには多すぎる料理を無視し、机を横切る。

 べるちょぱが通り過ぎると、机に並んでいた料理は綺麗に皿の上から消えていた。


「うん、美味しい」


 長い舌で唇を舐め、口の周りについた赤いものを拭い取る。

 二階に近づくにつれ、鉄のにおいが強くなっていた。


「あれ?」


 二階で待ち構えていた思わぬ存在に、の眼が同時に細められる。


「まだ動いたダメじゃん。傷、開くよ?」

「……まさか、こんな化け物に命を救われていたとわな」


 包帯だらけの騎士が、剣を構えてソレに敵意を向けていた。

 化け物呼ばわりされたことに疑問を覚え、べるちょぱは自身の体に目を移した。

 体を覆う甲殻、本来の成長過程を大きく逸脱した巨大な片手。

 顔中の眼が騎士を捉える。怯えつつも、毅然とした態度で剣を向けている。

 道理で視野が広いと思っていた。

 また、この姿に戻っていたのだ。

 化け物と呼ばれても仕方がない。


「キミは救われたんじゃなくて、生かされていたんだよ?」

「俺も、彼みたいにするためか?」


 騎士は背後のベッドに意識をやる。

 騎士も、助けられた相手が異業という理由で、敵意を向けているわけではななかった。

 そもそも助けられたのだから、それなりの恩情も感じている。

 それも、背後のベッドで都市長が無惨な姿に変わり果ててなければ。

 大きく脂肪のついた腹は、鋭利なもので引き裂かれ、内側にあるべきものは抜き取られている。

 顔は白目を剥き、恐怖に歪められていることから、痛みに悶えて絶命したのだろう。

 べるちょぱはクスクスと笑っていた。


「何がおかしい? お前は何者なんだ?」

「この世で最も崇められていて、一番忌み嫌われている者」

「それがお前なのか……?」

「今の私は後者にあたる」


 騎士にとって、これは時間稼ぎに過ぎない。

 しかし、ここから逃走できる体力も、勇気もどこにもなかった。

 べるちょぱから出る異様な存在感に、足がすくむ。

 なぜが、喉の奥がむず痒くなった。


「おえっ……!」


 単なる嘔吐感ではない。

 何かが食道を駆け抜け、騎士の口から飛び出る。

 それをとっさに手で掴む。


「クモ……?」


 手のひらに乗る大きさのクモだった。

 騎士の握力に潰され、そのクモは息絶えた。

 自分の置かれた状況が理解できず、騎士は困惑する。


「ククク。私の予想を上回る成長速度。やっぱり栄養豊富な人間のオスが、巣として機能しやすいわね」

「貴様……俺に何を……」


 次の瞬間、焼けるような激痛が騎士の体内で巻き起こった。


「あがあっ! あっ……」


 剣を落とし、その場で悶え苦しむ。

 熱い。とにかく熱い。

 体の中で大量の何かが生まれ、内臓を暴食している。


「キミの体を治療してる最中、いくつか卵を植え付けておいた」


 騎士は力なくその場で倒れる。

 全身に力が入らない。

 筋繊維までも大量の何かに食われ、切断されたのだと知った。

 意識も次第に遠くなる。

 耳元でゴソゴソと何が蠢いている。


「どれも私の一部だから、一個一個の卵はそれなりのエネルギーを喰らい尽くすの。どれだけ植え付けたっけ……? 百よりより上は数えてないや」


 騎士が最期に耳にしたのはそれだけだった。

 騎士の腹部が膨れ上がる。包帯が耐えきれずに千切れ、傷口から大量の血が放出。

 そして。

 ぐちゃり。

 体が内側から弾け飛び、中から大量のむしが解き放たれた。

 その内、はねを持ったものだけが室内を飛び交う。

 ブンブンと耳障りな音を、べるちょぱは心地よさげな表情で聞き入っていた。










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