第40話 ポニテの女
「んむぅ……」
目をこすり、重い体をのそっと起こす。
どうやらソファーの上で寝てたらしい。
ソファー?
「あ、起きた」
対面にはバニラさんがいた。
その隣ではオボロさんが、すやすやと寝息を立てている。
起こさないように声を落とす。
「ここ、どこですか?」
「都市長のおうち」
「あの後、どうなったんですか?」
昨晩のこと。
バニラさんがオボロさんを抱きしめたところで記憶は途切れている。
そこから何があったのかは覚えていない。
「オレたちもわかわん」
本棚の前で、ダッシュさんが本を眺めていた。
「おそらく、ファントムによる催眠が何かでオレたちは強制的に眠らされたんだ」
「そんな。まだ何が企んで……」
これで全ては丸く収まると思っていた。
オボロさんも私たちと共に来ることを選び、ようやく前に進めると。
だが、オボロさんだけでは不十分だった。
まさかここにきて、ファントムさんが障害になるなんて。
「そういえば、ルガーさんはどこですか?」
この部屋に彼の姿だけがなかった。
まさかファントムさんに連れ去られてたらどうしよう。
「ヤツなら外に行った」
「でも、この建物って城の時以外は外から入れないし、中からも出られないはずじゃ……」
「それなんだけど」
バニラさんが言葉を引き継ぐ。
隣にいるオボロさんの寝顔に触れ、こそばゆそうなリアクションに微笑みを浮かべる。
「結界が解けたんだって」
「え? マジですか?」
「マジマジ」
イマイチ実感がない。
思ってたよりあっさりしすぎていた。
私はオボロさんの寝顔を見つめる。
この子がやってくれたんだ。
両親と会うことではなく、私たちと歩むことを選んでくれた。
バニラさんが鼻をつまむと、オボロさんはモゾモゾと顔を動かした。
「ふふっ。カワイイ」
そんな遊びに夢中になるバニラさん。
ため息をついたダッシュさんが、こちらに寄ってくる。
「外、出てみるか?」
「はい」
「じゃ、行くぞ。バニラ、子守は任せた」
「へへへへ〜、オボロちゃん超カワイイ」
もうオボロさんで遊ぶことに心酔しきっていた。
それを見て、ダッシュさんは舌打ちをする。
「もしかして、ヤキモチですか?」
「……もういい」
「あ、待ってくださいよ」
と言って、先に部屋から出て行った。
誰がどう見ても
ダッシュさんの後を追い、長い廊下をひたすら進む。
玄関ホールまでくると、私たちは外に出た。
ファントムさんの力が失われたことで、「内」と「外」の概念を強化する魔法も外れ、扉は簡単に開いた。
見たところ、街そのものに大きな変化はない。
けれど。
「人がたくさんいますね」
通りは大勢の人で賑わっていた。
この街の住人だ。
ナイトメアの出てこない昼間でも、何人かは外を歩いていた。
しかし、これほどの数ではなかった。
「こんなにいたんですね」
「ナイトメアによる恐怖心から、日中も家の中に隠れてたんだろう」
今や結界が消えたことで、住人たちは外に出て、それぞれ喜びを分かち合っていた。
肩を組んで踊るもの、友の無事を知って抱き合うもの、屋根に登って雄叫びを上げるものもいた。
「余程ストレスが溜まってたんだな」
「そうみたいですね……。って、あそこにいるの」
私は遠くを指差した。
通りの奥にルガーさんが見える。
「帰ってきたな」
「ルガーさん!」
私の呼びかけに、向こうは軽く手を挙げて反応した。
人々の波を一直線に進み、こちらに進む。
その光景はどこか浮いていた。
周りはみんな喜びを共有しているのに、ルガーさんだけ無表情で歩いていてどこか怖い。
そう思っていると、門の前に到着していた。
「帰ったぞ」
「どこに行ってたんですか?」
「野暮用だ」
「野暮用って……朝帰りにしか見えないんですけど」
ルガーさんは女の人を連れていた。
長い茶髪をポニーテールにして結んでいる綺麗な人だ。
身長は私より上で、キリッとした表情はとても大人びている。
心の奥底でドロドロとした感情が渦巻く。
私は敵意を込めて女性を睨んだ。
その視線に対し、向こうも
「何か?」
「いえ、ずいぶんと大胆に浮気されたなぁって。そりゃ、私みたいなガキンチョは相手にされないってわかってましたよ。でもでもルガーさん、これはいくら何でも容赦なさすぎません?」
別にルガーさんを恋愛対象として見てたわけじゃない。そもそも骨だし、異性として意識するには無理がある。
それでも向こうは男で、私は女。
なのに私以外の女性をとそういった関係にあるとわかると、内心とても複雑だ。
バニラさんをとられたダッシュさんの気持ちが、今は痛いほどにわかってあげられる。
「何をバカ抜かしてやがる。こいつは騎士団の団長だ」
「へ? 騎士団の方ですか?」
よく見なくても女性は鎧を着ていた。団長という立場だけあって鎧にマントが付属しており、騎士団の紋章がデカデカと描かれている。しかし、腰に携えられているのは剣ではなく、なぜか刀だった。
「これはとんだご無礼を」
そんなことは置いて、私は深々と頭を下げる。
「いえ。貴殿らに遣いを送らず、いきなり訪れたことをお詫びしたい。私は帝国騎士団団長、トルーシャ・ジャスティッサ。このたびは、我ら帝国の重要都市シャンガラの危機をお救いいただいたことを、心から感謝したい」
胸に手を添えて、騎士団の敬礼をとった。
表情は一切崩れず、刃のように凛としている。
さっき睨まれたのは勘違いで、もとから鋭い目つきなのかもしれない。
「アポなしでくる詫び表明として、団長さま直々にご足労いただいたんだな」
ダッシュさんの言葉で、トルーシャさんは敬礼を解いた。
「貴殿らが街を開放したというのは、ルガー殿より聞き及んでいる」
「もしかして騎士団の詰所に行ってたんですか?」
私の質問に、ルガーさんは顎を引いた。
「ああ。証言だけなら門前払いをくらうと思ってな、こいつにも同行を頼んだ」
「ファントムさん」
ルガーさんの背後で、黒煙が漂っていた。
相変わらずファントムさんが何を考えているのかわからない。
どんな思いでルガーさんについて行ったのか。
「騎士の前でナイトメアに化けたり、詰所を結界で閉じたりして、俺たちが街の混乱を収束させたという信用は得られた」
「捕まえなくていいんですか?」
ファントムさんの身柄をトルーシャさんに尋ねる。
一連の騒動がオボロさんの願いによるものだとしても、実行して被害を出したのはファントムさんになる。
だからルガーさんも、彼を詰所に連れて行ったのだろう。
トルーシャさんは困ったように腕を組む。
「捕まえたいのはやまやまだ。しかし、こんな得体の知れない生物をどう預かったらいいのか検討もつかない。変幻自在の体なら、牢屋など無意味に等しい。我々ではどうすることもできない」
諦めたように息を吐く。
「そこで、ルガー殿の監視下に置くようお願い申し上げた」
「見逃されたんですね」
「我々の力足らずだ。手間をかけさせるようで申し訳ない」
トルーシャさんが自らを責めるようにそう言うと、ファントムさんは家の中へと消えていった。
オボロさんの所に戻るのだろう。
最後までよくわからない人だったけど、結界も解除されたので、これはこれでよかったのかもしれない。
トルーシャさんが息を整えた。
「さて、本題に入ろう」
「まだ何かあるのか? オレたちが泥棒稼業をしてた件については、チャラってことになってるだろ」
「ダッシュ殿、それについては私の所まで届いている。今さら掘り起こしたりはしない。本日訪れたのは他でもなく、貴殿らを皇帝主催の
「「晩餐会……?」」
ダッシュさんと一緒に眉根を寄せた。
トルーシャさんは思いついた顔をする。
「冒険者はこの世界の知識に疎いのであったな。この国では年に一度、
「おいしい屋台とかあるんですか?」
「もちろん」
「行きましょう。すぐに行きましょう」
即断即決の私に、トルーシャさんは薄く笑った。
「晩餐会は祭りの夜に行われる。国中の知者や戦場で武勲をあげた戦士が集い、一般人は基本的には立ち入れない」
「いいのか、そんなところにオレたちが?」
ダッシュさんが遠慮がちに言う。
「騎士団からの感謝だ。是非とも足を運んでほしい。
聞き捨てならない地名があった。
「永年大槍って、私たちが目指してる場所じゃないですか」
嬉々としてルガーさんを見た。
彼は鷹揚に頷く。
「それはありがてぇ話だ。さっそく、馬車に案内してくれ」
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