第38話 劇団ノノ
「……しつこいのう」
「また来るって言ったじゃないですか」
次の夜、私たちはオボロさんの城を訪れていた。
オボロさんは心底嫌そうな顔をしているけど、私たちを快く迎えてくれた。
というのも、
「入ってすぐ、この部屋に通じました」
ここはオボロさんと出会った子供部屋だ。
昨日は城中に仕掛けられたトラップに注意して、やっとこの部屋にたどり着いた。
その工程を省略し、前は玄関ホールだった場所がこの部屋になっていたのだ。
またルガーさんがトラップで余計なことをすると考えてたから、この対応はとても親切だなと感じた。
「私たちを待ってくれてたんですね」
「勘違いするでない。いい遊び相手を見つけただけじゃ」
「またまた」
「……(ギロッ)」
睨まれた。
入り口がこの部屋に変質していたため、後ろの壁は外が丸見え。
ところが、壁が粘土のようにぐにゃりと動き、入り口が塞がれた。
「逃げ場はないぞ」
「戦いにきたわけじゃないですよ、ルガーさん」
「まさか、本当にあれをやるつもりか?」
「できればオレもパスしたい」
珍しくルガーさんとダッシュさんの意見が一致した。
「もちろん、やりますよ」
二人は諦めたように息をつく。
ここまで来たら後には引けない。
私たちにはバニラさん、そしてこの街の運命がかかっているのだから。
オボロさんは、これから何が始まるのだろうと待っている。
私は今、鎧を着ていない。
代わりに、べるちょぱさんの家にあった古いワンピースを着ている。その上にはフリルのついたエプロン。
両手を広げて、懐に子供一人すっぽり入るスペースを作る。
そう!
「わ、私がママですよ!」
自分から提案しといて何だけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「……」
「……」
「……」
全員からも痛々しい視線が送られる。
それでも私はママを演じる。
「さ、さあ! ルガーさん! いえパパ! お夕飯の時間ですよ! おっとその前に、ペットのダッシュにもご飯を与えなくちゃね!」
「何をやっておる?」
「おままごとですよ!」
オボロさんの言葉に、つい演技を忘れて声を荒げる。
「昨日言ったじゃないですか! 私がママ! ルガーさんがパパ、ダッシュさんがペットって役柄で!」
「た、確かにそうじゃったが。本気でやるとは思わず……」
「いいですから! オボロさんも参加してください」
「わしは何の役じゃ?」
「私とルガーさんの子供です」
オボロさんは、私とルガーさんを交互に見て何か言いたそうにしている。
「かなり複雑な家庭じゃな」
人間とスケルトンの子供なんて、どう考えても設定に無理があった。
「あくまでおままごとです。気にしたら負けです。どうしても目を瞑れないなら、人間とスケルトンが結婚して、子供は孤児院で引き取ったってことで納得してください」
「いや、わしの立場に納得できぬわ」
「それならオレも異議申し立てるぞ」
ダッシュさんからも手が挙がる。
首に巻かれた革製の輪を、今にも千切らんばかりの形相で。
「どうしてオレがペットなんだ!」
「兄とか弟でもよかったんですけど、だとしたら家庭内の血筋がいろんな種族だらけでめちゃくちゃになるので、愛犬にさせてもらいました」
「じゃあオレも養子でいいだろ!」
「キャンキャン吠えるな。黙ってコンパクトモードでいろ。その方がイヌに近づく」
ちなみにルガーさんの服装はいつもと変わらない。
そのことでダッシュさんは、さらに不満を口にする。
「何でコイツは父親らしい格好をしてないんだ! オレは首輪までさせられたのに、不公平だろ!」
「よく見てください! 銃があるじゃないですか」
「それがどうした」
「つまり軍人なんです。今は前線から離れていて、家族と水入らずの時間を過ごしているってことになってます」
「ますます面倒な設定だな!」
「ともかく始めましょう!」
ダッシュさんは諦めたのか、それ以上抗議することはなかった。
私は部屋の隅から机とイスを引っ張り出す。
そして、おままごとを再開する。
「さあ、夕飯にしましょう。明日はパパが戦場に行っちゃうから、楽しい夕飯にしましょう!」
「その設定を生かしてどうする。せっかくのままごとが台無しだ」
ダッシュさんが何か言っているが、私は続ける。
「さあ、座って座って!」
ルガーさんとオボロさんが席につく。
ダッシュさんはペットなのでイスはなく、不満そうに床で胡座をかいた。
「じゃーん! 今日の夕飯はオボロちゃんの大好物ハンバーグ!」
実物があるわけではないが、食卓の上に皿を置く動きをする。
するとオボロさんは一言。
「ハンバーグはあまり好かん」
…………。
「あ、あれ! 違ったかな? やっぱりママの大好物のハンバーグ!」
「今日で父親とも最後かもしれないのに、お前の好物を出すんだな」
ダッシュさんの言う通りかもしれない。
「だ、だってルガーさんの好物知らないんですもん!」
「余計な設定はこだわるくせに、そういうところは真面目なんだな」
「むぅ〜」
「俺は肉が好きだ」
私が膨れているところを、ルガーさんが発言してくれた。
「肉って、随分とざっくりですね。じゃあ、このハンバーグはパパの好物ってことにしましょう」
「スケルトンなのに肉とな」
オボロさんは複雑そうな顔になる。
何はともあれ、オボロさんも意外と楽しんでいるようだった。
少しだけホッとする。
「む? 何じゃ? ニヤニヤとこちらを見て」
「だってオボロさん楽しそうだから」
「べっ、別に楽しくなどなっておらん!」
ぷいとそっぽを向いた。
でも、本音は楽しいのだろう。
本気で嫌なら、ファントムさんの力で私たちを追い出せばいいはずだ。
それもしないから、きっとこの時間を満喫しているのだろう。
「そういえば、今日はオボロちゃんの誕生日でしたね。どうせなので誕生日パーティーもやっちゃいましょう!」
「いや、違うが……」
「ここだけの話ですよ! さあ、ケーキを焼きました!」
それから、私たちはおままごとに熱中した。
「オボロちゃん、ケーキは美味しいですか?」
「う、うむ。生クリームが濃厚で美味しいぞ」
「生クリーム? これチョコケーキのつもりなんだけど」
「わかるか! まず認識を一致させるところからじゃろ!」
おままごとは思いの外大変だと知った。
でも、私たちは想像力を駆使して頑張った。
「ノノ」
「何ですか、オボロちゃん。ママを名前呼びして。はっ! これが反抗期ってやつですか!」
「血の繋がりのない親をママ呼びは苦しい」
「そんな子に育てたつもりはありません! パパからも何か言ってあげてください!」
「そういう時期もある。俺たちは本当の親子じゃねぇ」
「パパの薄情者! もう知りません!」
ママは家出した。
でも悲しくなって、すぐに帰ってきた。
帰ってくると、成人した娘が荷物を手に玄関に立っていた。
「ママ。わしは家を出る」
「そんな……。三秒前に家出して、帰ったらもうそうな時間が経ってるなんて」
「パパは戦死し、ダッシュももう老犬じゃ。ママもそろそろ再婚相手を見つけたらどうしゃ?」
「は?」
勝手に戦死したルガーさんが素っ頓狂な声を上げる。コンパクトモードになったダッシュさんは背中を丸め、老犬を演じた。
「何を言ってるんですか? パパはここにいるじゃないですか!」
今なお着席しているパパを指差す。
「それはパパの遺骨じゃ。最後に手榴弾片手に敵陣に突っ込んで逝ったらしい」
「そうですか。うっ……パパ。そういうオボロちゃんは、どこに行くつもりなの?」
「そろそろ夢叶えようかなと。都会に出てミュージシャンになる。こんな田舎の貧乏くさい家、わしの音楽性が損なわれるだけじゃ」
「オボロちゃん!」
パシッ!
手を掴む。
「ママ……離すのじゃ」
「行かせません! もう一度やり直しましょう!」
「綺麗事はよせ。パパは死んだ。この家族は戻らん。空中分解して散り散りになるのが定めよ」
「オボロ!」
パンっ!
母が娘の頬を叩く。
本当に叩いたわけではなく、両手を叩いて音だけを出した。
顔を上げた娘と、母の目がぶつかり合う。
わずかに間を置いて、母の口元が緩んだ。
「オボロちゃん。あなたが家に来た日のこと、ママは今でも覚えています」
「情に訴えようとしても無駄じゃ。汚い大人は、すぐにそうやって子供の夢を潰そうとする!」
「無駄に生々しいやり取りだな」
老犬ダッシュは突っ込みに耐えきれず口にする。
「……」
なおパパは遺骨なので喋らない。
母は娘の手に触れた。
力任せに掴むのではなく、我が子を愛おしむように優しく。
でも、娘は手を跳ね除ける。
「触わるでない!」
「ううん。オボロちゃん」
「近づくな!」
母から距離を取る。
「わしらは本当の家族ではない! どれだけ絆が深まろうと赤の他人じゃ!」
「オボロちゃん」
母は今度こそ娘の手に触れた。
その手を、自らの腹に当てる。
「あなたね、お姉ちゃんになるのよ」
「は?」
「何!?」
「……」
娘と老犬は思わず声が出る。父だけはちゃんと遺骨の役を演じていた。
「姉、じゃと……!」
「そう。家出してる最中、パパみたいな素敵な人を見つけてね。実はその人と来月に式を挙げる予定なの」
「それはつまり再婚……」
「うん。だからまた家族が増えるの。あなたにとっては新しいパパと新しい弟か妹がね」
「ママ……」
「オボロちゃん……」
親子はそこで抱き合った。
「ママすまぬ。わしが愚かであった」
「私も。娘のことをちゃんとわかってあげられなかった。母親失格ね」
「そんなことない。わしのママは世界でたった一人しかおらん! 既婚者なのに家出して男作るようなロクでなしでも、パパの死をあっさりと受け入れる人情に欠けたクズでも、わしにとっては唯一無二のママなのじゃ!」
そこで娘は涙を流した。
母の胸に顔を埋めて。
わんわんと子供のように。
役者顔負けの演技をーー。
「って、本当に泣いてます!」
素に戻った私は、オボロさんの涙に戸惑う。
それでも私の体を抱きしめて、泣きじゃくっていた。
「え、ちょっと泣き止んでください!」
「迫真ものだな」
「ダッシュさんも呑気なこと言ってないで助けてくださいよ!」
「親子の再会を邪魔するペットがいるかよ」
「卑怯者! じゃあルガーさん!」
「ヤツならオレより頼りにならないぜ」
「……」
ルガーさんは微動だにしなかった。
「いつまで遺骨を続けてるんですか!」
「愛する者に裏切られた俺の気持ち。テメェにはわからねぇだろうな」
「浮気してたのは謝ります! でもおままごとの中での話ですから!」
「ママ……ママ……!」
オボロさんは全然泣き止んでくれない。
この状態がしばらく続いた。
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