第37話 デカい乳には気をつけろ2

「また、あの夢か」


 オボロはそう呟き、部屋を見回す。

 都市長の書斎だ。

 ノノたちを追い出してから、机に突っ伏して寝ていたらしい。

 凝り固まった体を伸ばし、夢の内容を振り返る。


 あの日から同じ夢ばかり見ている。

 家族に会いたいと願ったオボロに、ファントムが見せた光景だ。

 それが夢となって、毎晩毎晩見させられる。

 内容はいつも同じだった。

 あれは何だったのか。

 ファントムに聞いても答えはなかった。

 自分で考えろということなのだろうか。


「やっと起きた」


 壁に拘束されたバニラが、明るい声をかける。

 オボロは壁の時計を見た。

 針は七時を示している。

 朝ではなく、夜の。


「すっかり夜型になってしまったのう」

「子供なんだから生活リズム崩したダメじゃない。ちゃんと朝に起きないと」


 バニラのお節介に、オボロは鬱陶しげな顔をする。

 もともと夜型の人間ではなかった。かといって早起きする方でもない。

 こんな日光のない街にいるから、体内時計が狂ってしまい、夜中も起きれる体になってしまった。


「でないと大きくなれないよ」


 オボロは自然と彼女の胸に目がいった。

 大きいというのが身長なのか、それ以外を指しているのか。

 自身の薄い胸に手を当てて考える。


「はぁ」


 ため息つく。

 いや、まだ体は発育途中にある。これからすくすく育つに違いない。

 諦めるには早いのだ。

 そう都合よくまとめたところで、話題を変えた。


「そういえば夜中、お主の仲間が訪ねにきたぞ」

「ほほう。アタシすっかり囚われの身だね。ちょっとしたお姫様気分を味わえるじゃん」

「お主には危機感がまるでないのう」


 楽観的すぎるバニラに、オボロは呆れる。


「だって、アタシに対する扱いが親切すぎるんだもん! ご飯も用意してくれたり、トイレにも連れてってくれる。思うんだけど、何でアタシって人質になってんの?」

「人質ではない。お主は選ばれたんじゃ」

「は? 誰に?」


 オボロの背後から、ファントムが出現した。

 突然の黒い煙にバニラは驚いたが、前も見たのですぐに理解できた。


「それ、あなたの仲間だよね? そんな人に選ばれたの?」

「左様。此奴が街を支配した理由はわからん。時折、断片的なことは話してくれるのじゃが、そこではお主を歓迎するとのことを言っておった」

「なんで?」

「それがわかったら苦労せん」

「いや、あなたの仲間だよね? ちゃんとコミュニケーションとろうよ」

「とれる相手ならな」


 オボロは意味深な目をファントムに向ける。


「聞いても返答は期待できまい。そういう意味だと、わしもこの街の連中と同じ被害者なのかもしれんな」

「それは無責任だよ。もっかい話し合ってみたらどう?」


 オボロは目を閉じる。

 そして、自分の心に意識を集中させる。

 そこにファントムとの繋がりを見つけ、問いかけた。


 ーーお主の目的は何じゃ?


 ……。

 …………。


 やはり駄目だ。

 オボロとの関係性が断たれているわけではない。

 やり方はこれで合っているはず。

 以前もこんな感じでやり取りができた。


 目を開け、バニラに伝える。


「無理じゃ」

「だったらアタシが直接言ってやる! やい! そこのモヤモヤ!」


 声を荒げてファントムに訴える。

 黒い煙はバニラの声で揺らいだ気がした。


「アタシをどうしたい!」

「ーーーー」

「何で街をこんなことにした!」

「ーーーー」

「その子をどうしたい!」

「マモ……ル」

「喋った!?」


 これにはオボロも驚いた。

 脳内で語りかけることはあっても、現実で声を発したのは初めてのことだった。


「聞き取りにくかったけど、確かに言ったよね! 守るって!」

「お主が……わしを守る」


 言葉にしなくとも、ファントムの行動理念がオボロを守ることにあるのは、薄々感じていた。

 ダッシュの接触から彼女を守った時のように。

 こんな状況になっても、その部分は変わらないように思う。


「何で、その子を大事に思うの?」

「カ、ゾク……」

「家族? どういうこと?」


 オボロはこれについて心当たりがある。

 両親に会いたいと、ファントムにそう願った。きっと、それが影響しているのだ。

 だが、それとオボロを大事に思う気持ちはどう関係しているのか。

 もっと真相を突き詰めようとした時、ファントムはオボロの影に消えてしまった。


「あーあ、拗ねちゃったか」

「そんなはずはないと思うが……」


 二人してファントムのことを気にするのであった。


「でも進展があったのはよかったね」

「そうじゃな。お主には感謝する」

「そのお主ってのやめない? アタシにはバニラって名前があるの」

「……いきなり名前呼びはハードル高い」

「じゃあ、ニックネームみたいなのでいいよ」

「バニラ……」


 観念して名前呼びすると、バニラは喜んだ。


「うん。そっちの名前は?」

「オボロじゃ」

「オボロちゃんか。いい名前だね」


 当然、二人とも本当の名前ではない。

 自分が誰なのかを忘れ、ゴッズゲームで使うことになった名だ。

 それでもオボロは名前を好評されて悪い気はしなかった。


「何でそんな名前にしたの? アタシは甘いものが好きだからバニラにした」

「取り立てて意味はない。記憶が曖昧じゃったから、おぼろという字が浮かんだだけじゃ」

「ほほう。素敵ですな。ところでオボロ氏、其方そなたとのよしみじゃ。ここから開放してはくれませぬか?」

「ならん」

「てすよねー」


 肩を落とすバニラ。


「前も言ったが、外には出られん。もっさ……ファントムが概念補強? となる魔法を使ったようで、内と外が頑丈に固定されておる。街の結界もそれを応用したものらしい」

「オボロちゃんも出られないの?」

「ファントムに頼めば出られるじゃろうて」


 行くところもないので、実行したことはなかった。シャンガラより外の世界も、ファントムを通じて知識が送られてくる。

 なので一層、外に出る気はなかった。


 何を思ったのか。

 オボロは立ち上がって、バニラの正面に移動した。


「ナイトメア」


 オボロが呼ぶと、扉が開いてナイトメアが入室した。

 パティシエの帽子も被っている。

 その特徴からバニラはテンションが上がる。


「あ、あの時の! まだ消えてなかったんだ」

「外を彷徨くナイトメアと違うからな。お主ーーバニラの世話だけするよう、わずかな自我を与えた個体になる。あの帽子も、奴が気に入って使っておるのじゃろう」

「自我って……! オボロちゃん、そんな倫理的にまずいこともできるの!」

「わしではなく、ファントムの能力じゃ。わしの職業は僧侶プリースト。不浄なものは清めても、これなるものを生み出すことはできぬ」


 バニラは僧侶プリーストであることに驚く。


僧侶プリースト感ないよね」

「やかましい。直感で選んだだけじゃ。ナイトメア、バニラを開放しろ」

「え?」


 目を丸くバニラはよそに、ナイトメアが鋭い爪を豪快に振るった。

 それだけで、バニラを拘束していた糸が切れ、ぽろぽろと床に落ちた。

 久しぶりに体を動かせたバニラは、思いっきり背筋を伸ばす。


「助けてくれたの?」

「どの道、外に出られぬからのう。縛っておることを無意味と感じたまでじゃ」

「ありがとう!」

「のぉっ!」


 バニラはオボロを抱きしめた。

 身長差もあるため、柔らかいものがオボロの顔を圧迫する。

 バニラに同情して彼女を自由にしたわけではない。

 ただ新鮮だったのだと思う。

 こんなに誰かと仲を深めたことが。

 それで、彼女を助けてしまった。


「ありがとう! この恩は一生忘れません!」

「わかったから、とっとと離せ!」


 間近に感じる息苦しさに、助けなければよかったと後悔した。
























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