第34話 幻影の使役者

 私を取り囲んでいた家具が、次々と床に落ちる。

 開けた視界には、同じ容姿の女の子が二人。


「……」

「……」


 見つめ合うようにして立っている。


「ノノ!」


 ダッシュさんが私を庇う。

 未知の力を使った女の子を警戒していた。

 ルガーさんもまた、両手のハンドガンを二人に向けている。

 不思議とその意識は、外から来た子ではなく、初めから部屋にいた子に強く向けられている気がした。


 やっと沈黙が崩れる。

 最初から部屋にいた女の子。

 彼女は、か細い声で言った。


「だって、パパとママの思い出を壊すから」

「……」


 縋るような視線をもう一人の自分に浴びせる。

 すると、その体が黒い煙に包まれた。

 女の子の姿が完全に隠れてしまうと、煙は部屋の壁へと吸い込まれていった。

 そこに女の子はいなかった。


「消えた……?」

「勝手に人の姿に化けといて、はた迷惑な奴じゃ」


 扉の前の女の子が息を吐く。

 さっきの子とは違い、この子には敵意といったものがなさそうに見える。

 だから私は、


「あの、ありがとうございました」

「……? 何ゆえ、わしが感謝されねばならん」


 随分と見た目にそぐわない一人称だな。

 言葉遣いもそうだけど。


「家具が飛んで来た時、あの子に呼びかけて止めてくれましたよね」

「あー、あれ」


 虚な目を瞬かせる。


「助けたように見えたか。……そうか。じゃが、わしの行為は仲裁であって、お主らのことを思ってやったのではない」

「私たちのことを思ってないと、仲裁もしないと思うけど……」


 女の子はむっとする。


「ええ加減にせい。勘違いするな。とにかく、わしはお主らを助ける気など皆無じゃった。用件が済んだのなら、とっととズラかれ。この侵入者ども」


 女の子は背を向け、部屋を出ようとする。


「待ってください!」

「まだ何かあるのか?」

「用件が済んでません」


 女の子は出た足を引っ込める。

 そのまま反転し、こちらに体を向けてくれた。

 完全なる聞く姿勢だ。

 なんだかんだ素直な子でホッとする。


「で、用件は?」

「はい。私たち、結界を解くために女王に会いに来ました」

「女王? おお、巷ではそう呼ばれておったのか」


 まるで女王を知らないような反応だ。


「私たちは女王に会いました。でも、何を言っても無反応で、ましてや女装したおっさんで、気がついたらこの部屋にいて、もう何が何なのかさっぱりなんです」

「ということはお主ら、道中の罠も潜り抜けたのじゃな?」

「はい……いろいろありましたけど」


 横目でルガーさんを睨みながら。


「ふっ」


 なぜか本人は鼻で笑った。

 鼻もないのに。ウザかった。


「そういうアンタは何者なんだ?」


 ダッシュさんが核心を突いた質問をする。

 私もずっと、あの女の子が気になっていた。

 外はナイトメア、城はトラップだらけ。

 なのに彼女は武器の一つ持っておらず、私たちに接してくる。

 どう考えても場違いな存在だった。


「わしも冒険者じゃ」


 薄々、そうだろうとは思っていた。

 これまでシュラウドくん、カイトさん、バニラさん、アナベルさんと、冒険者との縁があった。

 体も冒険者慣れてしている。

 そのことで驚きはしなかった。

 ただ彼女が「も」と言ったところに、ある引っ掛かりを覚える。

 私たちが冒険者であることを、事前に知っているかのようだった。

 この世界では、人間と非人間の組み合わせで、冒険者とみなされる。

 彼女にもその知識があるなら話は終わり。

 でも、別の事情で私たちのことを知っている様子だった。


「この城には、私たちの他に冒険者がいるんですか?」

「左様」


 もしかすると。


「その人は、おっぱいが大きいですか?」

「……」

「その人は、おっぱいが大きいですか?」

「……」

「その人は、おっーー」

「年頃の娘がおっぱいおっぱいと恥ずかしくないのか?」

「あなたが無視するからじゃないですか!?」


 恥ずかしいかと聞かれたら、恥ずかしいに決まっている。

 女の子はやれやれと肩をすくめた。


「確かに胸の大きい娘じゃった」

「じゃあ、バニラさんもいるんですね!」

「手がかりが胸だけとなると、あの娘も浮かばれんのう」


 否定はない。

 それに、女の子もバニラさんと面識があるような言い方だった。


「バニラさんのところに連れてって下さい! 私たち、あの子を探しに来ました!」

「ならん」

「どうしてですか」


 女の子は言いづらそうな顔をする。


「事は、わし一人の問題ではないからのう。それさえなければ、とっくに返しておる」


 女の子には協力者がいるのだろうか。

 その人にはバニラさんを誘拐した理由もちゃんとあって、街をこんなことにしてるのかもしれない。

 幸いなのは、女の子に敵意がないこと。そして、こちらに対して友好的であること。

 うまく説得すれば、バニラさんの居場所を掴めるかもしれない。


「どうしても返してくれないのですね」

「話を聞いてなかったのか?」

「場所だけでもいいです。何かヒントでも」

「しつこいぞ」

「私の友達なんです」

「友達……」


 友達という言葉に思うところがあるのか、考えるように目を伏せた。

 理由はどうあれ、このまま突き詰めればいけるかもしれない。

 説得もクソもないゴリ押しだけど。


「はい、友達です。私にとって生まれて初めての。だからお願いします。バニラさんを助けたいんです」


 演技には自信ないけど、胸に手を当てて悲しそうに下を向く。

 伝われ、この思い。


「おらん」

「はい?」


 おらんって誰。

 急にどうしたの。


「わしに友達はおらん」

「あっ……」


 衝撃の告白だった。

 今一番どうでもいい情報だけど、女の子は心底恨めしそうに私を見ている。

 幽霊みたいな見た目なだけに、かなり怖い。


「もう埒があかん」


 と、いてもたってもいられなくなったダッシュさんが女の子に詰め寄った。

 バニラさんが関わっているので、いつになく本気だ。


「バニラはどこだ。手荒なことは好かんが、場合によってはそうする覚悟でいる」

「昨日の犬か。名は確か……ジャンプ」

「ダッシュだ」


 二人の距離が縮まる。

 女の子は全く怯んでいない。

 すごく堂々としている。


 両者の距離は、手を伸ばせば触れられるほどになった。


「何かあったらダッシュさんを止めて下さい」


 背後のルガーさんに声をかける。

 きっと今のダッシュさんは、目的のためなら手段を選ばない。

 万が一の時に備えてだ。


「敵の不意打ちからダッシュを守れなら了解し得るが、その逆とはな」

「冒険者とはいえ、まだ子供じゃないですか。怪我させたらダメです」

「マジで吐き気がするほどのお人好しだな」


 言い慣れてるので無視。


「どうしても口を割らない気か?」

「さらさらないのう」


 この言葉をきっかけに、ダッシュさんは動いた。

 体毛に覆われた手が、女の子の肩に触れようとする。

 ここで、ルガーさんはハンドガンを腰のホルスターに仕舞った。


「あれ? 何やってるんですか?」

見たら、ガキ助ける必要もなくなった」


 ルガーさんの視線を追う。

 ダッシュさんの背後にいた人物を見て、私は同意しかけた。

 黒いコートを着込んだ人物だ。身長はルガーさんほどになる。

 ただ異様なのは、頭部が存在しないこと。断面から、黒い煙が出ている。

 その人物は、剣をダッシュさんの首に当てていた。

 わずかにでも力を込めれば、いつでも首を切り落とせる状態で。


「ーーーー」

「と、いうわけじゃ」


 女の子の警告だと悟ったダッシュさんは、伸ばした手を引っ込める。

 そして、謎の人物は黒煙とともに消えた。


 ここからだとダッシュさんの表情は見えないが、感情を抑えた声で言う。


「……アンタが街をこうした首謀者か」

「どうなんじゃろうな。その辺はわしも判断しかねる。じゃが、大元の原因は此奴にある」


 女の子の影が蠢く。

 それは床から這い上がり、不安定な形を目の前に晒した。


「黒い、煙……?」


 私は思わず呟いた。

 先程から何度も目にしていた。

 邸宅が城に変わる時、女の子が消えた時、さっきの人物の首からも。

 黒い煙は、どんな時にも関係していた。

 女の子は背後の煙を指差して、


「此奴はわしの仲間、名はファントム。まあ、わしはもっさんと呼んでおるが」

「私はノノ、こっちはルガーさんです」

「わしの紹介はまだじゃったな。オボロじゃ」

「オボロさんと、ファントムさんですね」

「呼び方は好きにせい。見たところ、わしより年上な気もするが、何ゆえ敬称をつける」

「だって言葉遣いが大人びてますし。どうしても違和感あるなら、オボロちゃんに変えましょうか?」


 露骨に嫌な顔をされた。


「よせ。お主に子供扱いされるのだけは御免じゃ。さん付けでよい」

「わかりました。こだわりってやつですね」


 なんか下に見られてるのは、気のせいだろうか。

 後ろでルガーさんのため息も聞こえた。気のせいであってほしい。

 とはいえ、この二人がシャンガラを魔境にした元凶。

 でも、気になることがあった。

 ダッシュさんも同じ疑問を持ってたらしい。


「その煙が仲間だと? 意思疎通はどうする」

「わしの脳と繋がっておるゆえ、テレパシーで行う。他には声帯のある生き物にふんして会話もできる」

「失礼ですが、職業をお伺いしても?」


 私が尋ねると、オボロさんは頷いた。


無言劇パントマイマー


 白い部屋での職業リストにも、そんなのがあった気がする。

 イマイチ、どんなものかは想像しずらいが。

 表情に出ていたのか、ルガーさんが解説してくれた。


「別名、擬態者。何者にもなれる力だ」

「何にでも化けられるってことですか?」

「そうだ。しかし、普通は物や生物単体にしかなれねぇ。城に化け、さらにナイトメアまで従軍し、街そのものに影響を及ぼすほどの力は規格外だ」


 職業のパワーバランスが崩壊してるってことなのか。


「よく知っておるのう。言い遅れたが、もっさんの種族はポルターガイスト。はなから実態などない。がないゆえ、何者にもなれる無言劇パントマイマーと親和性もよい。街そのものを、もっさんの支配下に置くことも可能となるわけじゃ」


 すごい話になってきた。


「わしも細かいことはわからん。たまたま種族と職業の相性がよかったのじゃろう」

「つまり、結界はファントムが張ったんだな?」


 神妙な顔でダッシュさんが問う。

 ファントムさんの姿が揺らいで、肯定してるようだった。


「いかにも。もっさんがいなくなれば、街は開放される」


 オボロさんは挑戦的だった。

 こちらを煽ってくるかのように。

 でも、ルガーさんもダッシュさんも、攻撃に移ろうとしない。

 わかっているのだ。

 この城において、私たちは不利だということに。

 さっきファントムさんは首なし男に化け、ダッシュさんの背後をとった。

 あれが何よりの裏付け。

 今のファントムさんは無敵に近い。


「一つだけ教えてください」


 私は言った。


「どうして、街をこんなことにしたんですか?」


 バニラさんのことは一旦後回し。

 私たちの出方によっては、彼女を人質にされかねない。

 だからまず、オボロさんの目的を探る。


 それに、オボロさんに扮したファントムさんは言っていた。


 ーー「あなたたちはいらない」

 ーー「だって、パパとママの思い出を壊すから」


 あれは、どういうことだろう。


「……」


 わずかな沈黙の後、オボロさんは口にする。


「笑わないと約束するか?」

「します」

「この街で目覚めて直後、わしがもっさんに願ったのじゃ。パパとママに会いたいと。そしたら、街はこんなことになってしまった」


 オボロさんは苦い顔で、こちらを見る。


「それだけじゃ。実にくだらんじゃろ」

「いえ、子供が親に会いたいと思うのは当たり前です」

「小馬鹿にしておるのか?」


 ファントムさんが、首なし男に変形。

 オボロさんの機嫌が悪くなったら、ああなるのか。

 執行モードと呼んでおこう。


「いえ、そのつもりはありません」


 ファントムさんは、また煙に戻った。 

 私を無害と判断したようだ。


「でも、何で親に会いたかったら、街がこんな風になるんでしょう?」

「もっさんに聞いても、まともな返答は得られなんだ。ただ、変な光景は見せられた」

「変な光景、ですか?」

「説明は難しい。気分がよくなるものではなかった。流してくれて構わん」


 それでも、オボロさんはその光景を引きずっているようだった。

 すぐに表情を改めて、


「今日のところは帰れ。もうすぐ夜明けじゃ」

「え? まだ夜になったばかりですけど」


 窓がないから確かめようもない。そもそも地底都市なので、太陽も見えないけど。

 でも、来た時は深夜も始まったばかりだった。

 それほど、長居していた感覚はない。


「ここは時間感覚を狂わせる。ここでの一時間が、外での三時間に相当するのじゃ」


 それが本当なら、外はもう朝になる頃だ。

 気のせいか、部屋の色合いが薄くなっていた。

 足元に転がる家具に目をやると、やや透けており、城の消失が近いのだと感じた。

 その前に、オボロさんに伝えたいことがあった。


「明日、またお邪魔させていただきます」

「邪魔するなら帰れ」


 途端、浮遊感が押し寄せる。

 足元の感覚がなくなり、実体が朧気おぼろげな障害物を通り抜け、私たちは落下する。

 昨日、ダッシュさんもこうして帰ったと言っていた。その時が来たんだ。

 見ると、シャンガラの街が一望できる。

 通りにナイトメアはいなくなっていた。

 ちゃんと着地ができるよう、ルガーさんに抱き寄せられた。


 私は一安心し、上を向く。

 オボロさんに届くよう、声を張り上げて。


「一緒に、おままごとしましょう!」


 子供扱いするなと聞こえなかったが、その思いが別の形でやってきた。


「あどぅっ!?」


 着地の衝撃で、舌を思いっきり噛んだ。


「舌を噛むなよ」

「やはらいふのおほいれふっへ(だから言うの遅いですって)!」


 相変わらずのルガーさんに抗議し、地面に降りる。

 場所は都市長の邸宅前。

 閉まった門が、目の前に立っている。


「バニラ……」


 着地の姿勢から直ったダッシュさんは、邸宅を見つめる。


「ん?」


 そして、その耳がピクリと動き、上を見上げた。


「何か降ってくるぞ」


 見ると、小さな点が落ちてきていた。

 目を凝らすと、ドレスの裾がひらひらと舞っていた。

 嫌な記憶が蘇った頃には、ダッシュさんがその人を受け止めていた。

 お姫様抱っこで。


「なあ、コイツって……」


 腕の中の人物を見て、ダッシュさんも嫌そうな顔をする。


「ずぅ〜、んずぅ〜」


 いびきをかいて眠っている男こそ、女王であるおっさんだった。


「ーーこの街の都市長じゃ」

「この声は……」


 オボロさんの声だ。

 でも、近くにいない。

 ルガーさんは、邸宅の方を目にしていた。

 ファントムさんの力を借りて、あそこから声を飛ばしているんだろう。


「この豪邸に住うにあたり、邪魔だったので、城の主を演じるよう催眠をかけた。もっさんにちょうど合うサイズの服も用意してさせたのだが、まさか女王と呼ばれていたとはな。お姫様のつもりじゃったのだが」


 だからといって、女物の服を着せるのはどうかしている。


「わしらの存在がバレてしまっては、其奴そやつも用無し。くれてやる、あとは煮るなり焼くなり好きにせい」

「……煮ませんし、焼きませんよ」


 返答がないので、もう切れてしまったのだろう。


「とりあえず、べるちょぱさんのところに預けましょうか」

「……そう、だな」


 え? オレが運ぶの? って顔をしたダッシュさんと通りを歩く。

 おっさんはまだ寝ている。

 起きたら催眠とやらも解けているのだろうか。

 それに、


「思い出した! この人、あれですよ! 庭にあったマッチョの人!」

「ああ、あの像か。にしては、乖離かいりした体型だな」


 言ってしまえば、都市長は肥満体型にある。


「まあ、あれが理想なんでしょう」

「理想、か」


 通りには、人がちらほら目につく。

 ナイトメアも去り、街は新しい朝を迎えたのだ。

 でも、表情はどこか暗い。

 オボロさんたちをどうにかしない限り、あの人たちは安心した日常に戻れない。

 だからこそ、今夜、決着をつける。

 そう、オボロさんに満足してもらえるおままごとで。


































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