第33話 女王の正体

「ついにきましたね」


 私とルガーさん、ダッシュさんは都市長の邸宅前に来ていた。

 シャンガラのど真ん中に位置する家。

 女王の城が出現する座標でもある。

 今はまだ立派な家のままだけど。


「女王が君臨するのは日付が変わった直後だという。あと五分足らずといったところか」


 ここならナイトメアにも気づかれないと思って、私たちは邸宅を見下ろせる建物の屋根にいる。

 ダッシュさんが呟く。


「それにしても広い家だな。いろいろと不便じゃないか?」

「掃除とかはメイドさんがやってくれるんでしょうけど、私なら広すぎて落ち着かないと思います」


 都市長という立場上、それなりに富も有しているのだろう。

 敷地は広く、鉄製の柵に囲まれている。日光がないので庭に緑の芝生とかはない。

 代わりに銅像のようなものがたくさん建っている。

 マッチョの人がポーズをとってるものだったり、ドラゴンが火を吐いてるものもある。


「都市長さんの趣味でしょうか?」

「それなりに高値で売れそうだな」

「盗んじゃダメですよ」

「あんな重くて大きいのをどうやって運ぶんだよ」

「ダッシュさんならいけそうですけど」

「オレを過大評価しすぎるなよ。生身の人間より強い自覚はある。だが、所詮は強い止まりだ。ノノが思ってるような最強までは達していない」


 なんか言い出した。


「最強だなんて思ってませんよ。私からしたらルガーさんもダッシュさんも強いので、もしかしたらと期待しちゃうだけです」

「ノノもそのうち強くなるよ」

「嫌味ですか?」


 笑顔で言い放つ。


「嫌味だ」


 嫌味だった。


「まあ、可能性はゼロじゃないだろ」

「それ一番悲しいフォローですよ!」


 私に戦いの才能はない。

 まだ剣を振れるのだって、職業による肉体補正がかかっているからだ。

 それがないと、剣を持ち上げることだってできないと思う。


 あの時のバニラさんを思い出す。

 剣士での彼女は、私なんかと比べものにならないくらい強いし、頼り甲斐があった。

 才能に恵まれるって、ああいうことなんだ。

 つくづくバニラさんが羨ましい。

 独学で手品だってできるし、私の存在意義って何だろう。


「……」


 ルガーさんは無言で邸宅を眺めていた。


「何か見つけたんですか?」

「外部と隔絶されているな」

「え?」

「都市長の家だ。中から魔力を感じねぇ」

「わかるのか?」


 ダッシュさんが怪訝そうに睨む。


「魔力の流れなら多少はな。物理的な侵入はまず不可能だろうな」

「でもダッシュさんは昨日入ったんですよね?」

「形状が城なら入れるようになるんだろう」

「どんな魔法ですか?」

「魔法じゃねぇ。こんな大規模な魔法、使用者にも相当負担がかかる。結界も維持させてるとなると敵は複数人、あるいは強敵が一人」


 ダッシュさんは顎に手を置く。


「組織的なものなら、ますます意図が読めないな。ナイトメアって戦力もあるんだし、一人の強敵が興味本位でやってる線もありえる」

「こればかりは私たちの目で確かめる必要がありますね」


 二人の推論を聞き、気を引き締めてかかろうと思った。


「ーー始まる」


 ルガーさんの声で、空気が変わった。

 目の前の邸宅が黒い煙に包まれる。

 建物を完全に覆い隠してしまうと、真っ直ぐに空に伸びた。

 不思議な光景だった。


「…………」


 ほんの数秒で城の完成。

 黒一色しかない不気味な城の。

 空には紅い月も顔を出している。


「見てください」


 私は通りを指差す。

 そこには城の建立と同時に、ナイトメアも出現していた。

 地面から生えるように現れ、のそのそと徘徊する。

 すでに街に人はいない。襲われる相手はいないが、もしこちらに気づいたら真っ先に向かってくるだろう。


「行くか」

「はい、行きましょう」


 城の入り口は開いている。

 私はルガーさんに抱えられ、通りに降りた。ナイトメアに見つからないよう隠れて移動を開始。


 ーー到着。

 入り口に門番はいなかった。

 通りにナイトメアはいっぱい見えるけど、城の周辺にはほとんどいない。


「道案内は任せろ」


 ダッシュさんが先頭に立った。


「女王への道はわかるんですか?」

「昨日は女王の居室っぽいところまでたどり着いたんだが、中に入ろうとしたところで城は消えてしまった」

「じゃあ案内お願いします」

「おお」


 ダッシュさんについて行き、私たちは入城。

 外観とは裏腹、中はしっかりと色があった。


 入ってすぐ、真っ赤な大階段が私たちを出迎えた。

 すぐさま周囲を確認。


「ナイトメアは……いないですね。警備が手薄すぎやしませんか?」

「なおさら好都合だ」


 両手のハンドガンを指で回し、ルガーさんが言う。


「罠かもしれませんよ?」

「オレも昨日そう思ったが、敵の強襲みたいなのはなかった。だがーー」


 シュンと、風を切る音がした。

 ダッシュさんの手には矢が握られていた。

 先端は私の方を向いていて、ダッシュさんがキャッチしていないと、刺さっていたところだ。


「トラップがいくつもある」


 ダッシュさんが言った直後、続け様に矢が飛んでくる。


「チッ」


 銃声が数発。

 ルガーさんが矢を撃ち落とした。


「どこから……!」


 飛んできた方角を目にする。

 その壁には一枚の絵画があった。

 狩人がテーマになっているのか、男の人が弓をこちらに向けている。


 絵の人物が動き、また矢が飛来する。

 それをルガーさんが撃ち落とし、漏らしたものをダッシュさんが受け止める。


「ここにいたら危険だ! ついてこい!」


 ダッシュさんに続き、私は大階段に足をかける。ルガーさんは矢を落としながら、ついてくる。


「え?」


 そのまま登っていると、足が沈んだ。 

 危うく転びかけたところを、ダッシュさんに支えてもらった。


「大丈夫か?」

「はい、段差が崩れちゃったみたいで」


 崩れたというと都合よく解釈しすぎかもしれない。

 振り向くと、その段差だけが中に埋まっていた。

 嫌な予感がする。


「これ、何かのスイッチでしょうか?」


 予感は的中。

 すぐ近くからゴゴゴと何かの音がする。

 踊り場の壁が開き、巨大な岩が転がってきた。


「すごくベタな罠にかかった!?」

「言ってる場合か!」


 ダッシュさんは私を抱え、空高く跳んだ。

 それにより岩に押し潰されずに済んだ。

 ただ。


「ルガーさん!」


 矢に夢中のルガーさんは、転がる岩に気づかず背を向けたまま。


「?」


 ようやく振り返った時にはもう遅い。

 巨大な岩にルガーさんの姿は消え、そのまま入り口に転がる。

 障害物がないため外に出てしまい、どかんと大きな音が響いた。

 建物にでもぶつかったのだろうか。


「ルガーさん!」


 ルガーさんは階段の端で倒れていた。


「心配はいらん」


 何事もなかったかのように起き上がった。

 見た限り、思いっきり轢かれてたようだったけど。


「大丈夫なんですか?」

「ギリギリのところで隙間に逃げ込んだ形だな」


 岩は球状。

 かなり危ないけど、その両サイドに身を潜めれば避けられる。


「もう、心配しましたよ」

「テメェがくだらねぇ罠にかかるからだろ」


 ぐうの音も出ません。


「トラップに気をつけて慎重に行くぞ」


 ダッシュさんは先を急ぐ。

 私は不安でいっぱいだった。


「こんなのがあと何回あることやら……」

「上に行くにつれ殺傷力も高くなってくる。天井から毒ヘビが大量に降ってきた時は驚いた」


 もう行く気失せるんですけど。


 それでも私は進んだ。

 道中、多種多様なトラップが私たちを襲う。 

        

「な、何でしょう、これ?」


 壁にボタンのようなものがある。


「間違っても押すなよ」

「あ」


 ポチ。

 ダッシュさんの警告を無視し、ルガーさんが押した。


 背後から大量の水が押し寄せてきた。

 私たちは全力で逃げる。


「押すなって言ったろ!」

「好奇心には勝てなくてな」

「何で開き直ってんですか!」


 好奇心は本当にネコを殺すらしい。ダッシュさんもいるし、この場合はイヌか。いや、そういえばオオカミだったな。

 なんてことを思いながら、上の階へ退避した。

       

「宝箱でしょうか……?」


 廊下のど真ん中。

 わかりやすい罠が置いてある。


「昨日はこんなの見なかった。別の道から迂回するか」

「怖いですし、そうしましょう」


 ダッシュさんと踵を返したが、ルガーさんは歩みを進める。


「ルガーさん?」


 しかも宝箱を開けた。

 中は財宝が入っているわけでもなく、鋭い歯が並んでいた。

 宝箱がルガーさんの腕に噛み付く。


「ルガーさん!?」


 宝箱の中で銃弾が炸裂。どうやらハンドガンを持ったままだったらしい。

 腕から離れた。


「金目の物をな。つい」


 骨なので怪我はないけど、ヒヤヒヤするからやめてほしい。


「その宝箱、何なんですか?」

「ミミックだ」

「あの宝箱に化けてる有名なやつですよね」


 そんなものがこの世界に実在したとは。

 もう動く気配はない。

 ていうかこの人、遊び感覚でトラップにかかってません?


 またしても廊下を歩いていると、天井に糸が垂れ下がっていた。

 なんなもう露骨すぎる。


「上の階に行くにつれ、トラップの殺傷力も高くなるんですよね? 私たち、かなり上った気もしますけど、最初の矢が一番それっぽかったですよ?」


 なぜかダッシュさんは苦い顔をしていた。


「……これを引っ張ったら頭上からヘビが降ってくる」


 経験者がここにいた。


「……ワザと、ですよね?」

「いいや、ここに来て引っ張らなかったらトラップが発動すると裏を読んで引いたら普通の罠だった」

「心理戦に負けたんですね」

「まあな」


 私たちは糸をスルーする。


「本当にそれでいいのか?」


 だけど、ルガーさんは糸に触れていた。


「もう余計なことしないでください。ダッシュさんの話し聞いてましたよね? それ引っ張ったら、ヘビが降ってくるんですよ」

「敵も馬鹿じゃねぇ。次は趣向を凝らして、俺たちが横を通り過ぎたところをトラップが発動。なんてこともある」


 なるほど。

 わからなくもない。


「じゃあ、引きますか?」

「元よりそのつもりだ」


 ルガーさんは糸を引っ張る。

 ガタンと天井が開いた。

 大量のヘビが降ってきた。

 私たちは心理戦に負けた。


「はぁ……! はぁ……! もう大丈夫ですね」


 ヘビトラップを突破し、私たちはある扉の前まで来ていた。

 もう、ここが何階なのかも数えていない。かなりの数上った。


「ここが女王の部屋……」

「多分な」


 ダッシュさんが訪れたという女王の居室。

 うん、いかにもな扉の造りだ。


 なぜかここだけ色合いが派手で、扉も一回り大きい。


「どこかの誰かさんが余計なことしなければ、もっと早くに着いてただろうな」

「ノノ、次は気をつけろ」

「ルガーさんのことですよ!?」


 清々しい責任転嫁だ。


 ルガーさんの目の穴から、ヘビが顔を覗かせている。

 頭蓋骨の中が心地いいのかもしれない。


「さっきのヘビですか? 危ないので、退けてくれません?」

「俺は気に入ってるがな」

「それ以上近づくなら、ルガーさんと絶好しますよ」

「…………チッ」


 ルガーさんはヘビを引っこ抜く。

 そのまま下の階に投げ捨てた。


「茶番は済んだな。行くぞ」


 ダッシュさんは扉に手をかける。

 重厚な音を立て、ゆっくりと開かれた。


「…………」


 部屋の中は暗かった。

 廊下の照明が、かろうじて部屋の中を明るくする。


 扉の期待を裏切らないだけに、部屋の中は豪奢ごうしゃな装いとなっている。

 毛の長い絨毯に、天蓋付きベッド。大きなタンスや長いテーブル。

 ザ・金持ちの部屋といった感じだ。

 ただそこに目当ての人物はいない。


「女王はいませんね」

「他の部屋かもしれない。ここはハズレだな」


 ダッシュさんの言葉で、部屋を後にすることに。

 私たちが出ようとした時、扉が勝手に閉まった。


「うそ! 閉じ込められました!」


 どれだけ力を込めても、扉はびくともしない。


「下がってろ」


 ダッシュさんが扉に蹴りをお見舞い。続けて拳での連続攻撃。

 開けるということから、壊すことにシフトしたらしい。

 それでも扉は微動だにせず、傷ひとつ付きやしない。


 入る時は、あんなにあっさり開いたのに。

 ある予感がした。


「もしかして、これもトラップなんじゃ……?」

「そうかもしれないな」


 ダッシュさんはまだ諦めていない。

 他に出口はないか部屋の中を探っている。

 私も一緒になって家具の裏やベッドの下を確認する。


「ルガーさんも手伝ってください!」


 私たちは頑張っているのに、ルガーさんだけはその場に立ち尽くしていた。


「その必要はねぇよ」

「それってどういうーー」


 突如、天井のシャンデリアが点灯した。

 視界が明るくなる。


 これで見やすくなったと思った矢先。

 部屋の真ん中に知らない誰かが立っていた。


「あなたは……?」


 愚問だったかもしれない。

 それが誰なのか、服装を見れば想像がつく。


 青と白が基調となったドレス。

 ティアラに付属するベールで、その素顔はちゃんと見えない。


「もしかして女王……?」

「ーーーー」


 彼女は何も答えない。

 置物のように、ただその場にいるだけだ。

 何だか気味が悪くなってきた。


「ダッシュさん、この人……」

「本当に女王……なんだよな?」


 まず敵意がないか確認する。その様子はなさそうだ。

 この人が街をこんなことにした元凶なのか。


「私たちは冒険者。街の結界を解いてもらうために訪れました。なんのアポもなしにすいません」

「ーーーー」


 やっぱりダメだ。

 そもそも言語が違うのか?

 だとしても何かリアクションがあってもおかしくない。


「どうしますか?」

「オレもお手上げだ。ここは一つ、アンタの意見も参考にしたい」


 ダッシュさんは、ルガーさんに視線を移す。


「こうすればいいだろ」


 ハンドガンで女王を撃った。女王は後ろに倒れる。


「何やってるんですか!?」


 私はすぐさま女王を支えた。


「殺しちゃいねぇよ。ティアラを破壊した」

「ティアラ……?」


 足元にはティアラの破片が散っている。

 そのことでベールも一緒に吹き飛んでいた。


 つまり、女王の素顔も丸見えということ。


「ひっ……!」


 私は戦慄した。


「どうした! う……」


 ダッシュさんも言葉を失う。


 女王の顔は中年のおっさんだった。

 気を失っているのか、目を瞑ったままだ。

 それにドレス姿で。


 果てしない嫌悪感というか、味わったことのない感情が込め上げてくる。


「見ろ」


 ルガーさんが壁を目にして呟いた。

 部屋全体がぐにゃりと歪んでいた。

 水に絵の具を溶かしたみたいに、ぐるぐると回っている。


「あれ?」


 腕の中で女装したおっさんが消えていた。

 部屋の装いも別のものに変わる。


 絨毯は薄っぺらいカーペットに。タンスはワンサイズ小さいものに。

 天蓋付きベッドも全体的に小さくなる。

 部屋の隅には大きなクマのぬいぐるみが座っている。


「子供部屋……?」


 と呼ぶに相応しい場所だった。


「ーーーー」


 部屋の中央に誰かがいた。

 登場方法はまるでさっきの女王だ。


「子供……?」


 白い肌と白い髪。

 そんな女の子が立っている。


 この部屋の住人かな。

 話し合うにしても、ここは同性の私がいった方がいい。


「あの、あなたは誰?」

「ーーない」

「え?」


 小さくて聞こえなかった。


「あなたたちはいらない」


 だけどその言葉は、明確な敵意を孕んでいる。


「ノノ!?」


 ダッシュさんがこちらに疾駆する。

 周囲を見渡すと、部屋中の家具が私の方へ飛んできていた。

 あんな物、被弾したら絶対に終わる。

 私は目を瞑った。


 ーーその時。

 扉が開かれる音がした。


「ーーそこまでせんでもいいじゃろ」


 うっすらと目を開ける。

 それは、今私に敵意を向けている人物と瓜二つの女の子。


 そして、飛んできていた家具はピタリと空中で止まっていた。

 あと数秒遅ければ、ぶつかっていた距離に。









































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