第31話 思わぬ再開

「うつ……頭がじんじんします……」

「ありゃ、医療機関で使われてるような相当強力な睡眠剤だ。頭痛で済んでるだけマシだろ」


 目を覚ますと昼になっていた。

 といっても流石は地底都市。外は暗いままなので、何だか違和感しかない。


 私とルガーさんは、空気を吸ってこいとのべるちょぱさんの勧めで外を歩いていた。

 街には何人か人もいる。昼間なら出てきて大丈夫なんだろう。


 昨夜、街中を闊歩していたナイトメアはどこにもいない。空にもあの紅い月はなく、真っ黒な城も消えていた。

 ナイトメアもあの城も物質的なものではないのだろう。

 きっと魔法的なもので動いているのだ。

 女王の君臨が夜間だけというのも、これで証明された。


 睡眠剤の効果が完全に抜け切れているわけではなく、たまに頭痛がする。


「痛い……いえ私も短絡的だったのは反省しですけど、ここまでする必要ありましたかね……」

「俺でも昨日は休むべきだと考えた。べるちょぱのファインプレーだったな。ただどうして、テメェにしては珍しく積極的だったんだ?」

「助けてもらって身で何ですけど、べるちょぱさんが怖かったんです」

「ほう」


 昨日の私は、すぐにでも城に向かおうとした。

 外にはナイトメアがうじゃうじゃいるのに。それこそ私のことをよく知ってるルガーさんからしたら、不思議なことだ。


「怖いか。奴が」

「見た目は女の子なのに、中身がどうもヘンというか、外見にそぐわないというか」

「同感だな」

「やっぱりルガーさんもですか?」

「お前の感じる怖いとは違うが、奴は歪だ。特殊なキャラを演じてるならまだしも、素でやってるなら警戒すべきだろうな」


 アナベルさんに対しても、ここまで真剣な評価はしなかった。あの時はまだ、彼女のことを受け入れられる余裕があった気がする。


「医者としてなら奴の腕は確かだ。俺もこの目で見た。眼球はねぇがな」


 ダダ滑りのスケルトンジョークはスルーする。


「他人の死を直視しすぎて頭のネジがぶっ飛んじまったんだろう」

「治療を受けてる騎士さんが心配ですね」

「マッドサイエンティストでないことを願うしかねぇな」


 私は少し、歩調を緩める。


「ルガーさんも、べるちょぱさんのことはわからないんですね」


 アラーラでの殺人鬼はアナベルさんであると目抜いた。マリリアさんが彼女の仲間であり、村人の力で戦乙女ワルキューレに転職したということも。

 だけど、べるちょぱさんになるとわからずじまい。

 何でも知ってるルガーさんも、本当に何でも知ってるわけじゃないんだな。


「俺はスケルトンであって、万物を見通す神じゃねぇからな」

「でもルガーさんが神なら、私なんか足手まといだって切り捨てそうですけどね。だからルガーさんが神じゃなくてよかったです。でないと一緒に冒険もできませんでしたし」

「…………」


 なぜが無言だった。


「ルガーさん?」

「いや。今のお前も十分な足手まといだからな」

「うわショック!」


 でも、こんな経験も慣れたものだ。

 他人に冷たくされて喜ぶ趣味はないけど、ルガーのなら嬉しい。

 それだけルガーさんのことを理解できてる証拠かな。


「あれ? あそこ人だかりがありますね」


 通りの一画に、街の人が集まっていた。

 私たちも近づくと、ある一団を囲んでいた。


「騎士団の人たちじゃないですか! よかった! 無事だったんですね!」


 昨日の生き残りなのかもしれない。

 人数こそ減っているが、あの状況で生存したのはすごいことだ。

 だけど彼らは酷く疲弊しきっている様子だった。あんな凄惨な場所にいたら、心身ともに疲れ果ててしまう。


 街の人も騎士団を称えるためにいるのかと思ったけど、違った。


「せっかく助けが来たと思ったら、この有馬様か」


 ドワーフの男が、騎士たちに冷たい眼差しを送る。

 それに続き、他の人も本音を打ち明けた。


「まったくだ。いつになったら結界を解除できる」

「俺らも不安でいっぱいだ。毎晩、あの恐ろしい化け物が出るせいで、まともに眠れやしない」

「ナイトメアは家に入ってこないみたいだが、夜の商売はできやしねぇ。おかげでウチの売り上げはガタ落ちだ」

「みんなのストレスももう限界よ! 騎士団も役に立たないんじゃ、どうすればいのよ!」


 街の人は、口々に不満をぶちまける。

 それらは全て騎士団に向けられていた。


 彼らも文句の一つ言えばいいが、無言を続けて、言われるがままの状態だ。


「こんなのあんまりじゃないですか。騎士団は何も悪くないのに」

「それだけ住人の我慢も限界なんだろう。来て間もない俺たちと違い、ここの奴らはずっと地獄を耐え忍んでいた。まだ殺し合いに発展してないだけマシだろうよ」

「そうですけど……」


 たけど不満の矛先が騎士団というのは納得がいかない。


 私自ら止めに入ろうとすると、違う人物が騎士の前に立ちはだかった。


「ーーもういいだろ」


 白い体毛に赤いジャケット。

 ダッシュさんだ。


「アンタらの気持ちは十分にわかる。でも、それを騎士団にぶつけて発散するのは無意味で愚かだとは思わないか?」

「何だいきなり」


 先ほどのドワーフが低い位置からダッシュさんを睨み付ける。


「無意味だと言った。彼らもオレたちと同じ被害者なんだ。互いに手を取ることはできないのか」

「はっ。役立たずを役立たずと罵るくらいいいだろ。何が悪い」

「じゃあーー」


 風のように動いたダッシュさんは、ドワーフの襟を掴んでいた。

 後ろに引かれた拳に、殴られるの悟ったドワーフは浮いた足をジタバタと暴れさせる。


「は、放せ!」

「ーーわからずやを改心させるのに何が悪い」


 放たれた拳は、ドワーフの目の前で止まった。


「は……」


 解放されたドワーフは、その場で尻餅をつき、呆然と一点を見つめていた。


「オレに意見があるヤツがいるなら、遠慮せず出てきてもいいぞ」


 誰一人としていない。

 顔を見合わせた人々は、その場から去っていく。


 私たちだけが取り残された。

 ダッシュさんと目が合う。


「よかった、無事だったんですね」

「そっちもな」


 ダッシュさんの生存もわかり、ほっと息をつく。

 すると騎士の一人がダッシュさんに声をかけた。


「何であんなマネをした?」

「本意じゃない。ご存知の通り、オレも騎士団とは協力関係にある。アンタらだけが言われるがままならまだしも、協力しているオレたちにまで悪評が立ちそうだったからな」

「とんだ借りができたな」

「とっととうせろ。それでチャラだ」

「ああ。ありがとう」


 ダッシュに礼をした騎士たちは、その場から去った。

「チッ」と舌打ちをするダッシュさんに、私は話しかける。


「ところでバニラさんは?」


 ダッシュさんの近くにはいない。別のところにいるのだろうか。


「ノノたちと合流してるのかと思ったが、その様子だと違うみたいだな」

「え? 一緒じゃないんですか?」

「残念ながら。戦闘狂とかしたバニラを追ったんだが、どんどん敵の数は多くなってな」

「じゃあバニラさんは……」


 あのままナイトメアに殺されてしまったというのか。


「でも安心してくれ。あのブレスレットからバニラとの繋がりを感じる」

「じゃあ無事なんですね!」

「きっとな。あの城見ただろ。バニラはあそこに囚われている」

「位置情報までわかるんですか?」

「いいや。スペシャルスキルが解けたバニラのもとに、あの怪物が殺到してるのを見た。攻撃を受け、気絶したバニラを抱えた一体が、地面に消えたんだ」

「城に拉致されたという確証は?」


 ルガーさんが問う。


「ない。直感だ」

「ダッシュさんにしては珍しいですね」

「オレだってこういう時もある。敵の気持ちになってみたら、あの城に連れ込むと思ってな」

「目立つ建物があれしかないですもんね」


 ナイトメアに意思があるようには見えなかった。まるで使命を与えられた動物のような印象で、そこに生物らしさはない。

 彼らより上の存在がいるとすると、それは女王と考えられる。

 べるちょぱさんはナイトメアを女王の遣いと呼んでいた。


 城に女王が住んでいるなら、きっとバニラさんもそこにいる。

 明確な根拠はないけど、今はこれに縋るしかない。


「実はあの城に入ってみたんだ」

「え」


 ダッシュさんの一言に驚いた。


「どんな感じでした?」

「外観からは想像がつかないほどの迷路だ。至るところにトラップが仕掛けられていて、何回も死にそうになった」

「よく生きて帰れましたね」

「ある時、城そのものが消えて空中に投げ出されたからな。帰り道もあったもんじゃない」

「女王が君臨するのは夜だけって話でしたし、ちょうど夜明けを迎えたんでしょう」


 女王という言葉に、ダッシュさんは耳を動かせた。


「その女王ってのは何なんだ?」

「街をこんな風にしてしまった元凶です。私たちも今夜、お城に向かいます」

「なるほど。オレも付き合う」

「ありがとうございます!」

「バニラがいるかもしれないしな。城で見てきた状況を話す。落ち着いた場所ーーそういえばノノたちはどこで夜を越したんだ?」

「べるちょぱさんの家です。変な人ですけど、助けてくれました」

「そうか。じゃあ、そこで話をしよう」

「はい」


 こうして、「(いるかどうかさて置き)バニラさん救出アンド女王説得して結界解除作戦」が始まる。







 












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