第30話 地底世界の女王様

 窓の外を見ていると、二階からべるちょぱさんとルガーさんが降りてきた。


「騎士さんはどうなったんですか?」

「あーうん。大丈夫」


 飄々としすぎていて逆に心配になる。

 本当に問題があるならルガーさんも指摘すると思うので、大丈夫と見ていいんだろう。


「安心しろ。こいつの腕は本物だ。怪我の状態らして即病院行きだったが、有り合わせの道具で応急処置を済ませやがった」

「褒めても何も出ないぞー」


 袖で口元を隠したべるちょぱさんは、クスクスと笑い声を漏らす。


「今は寝ている。しばらく安静にしてから、病院に連れてった方がいいだろ」

「そっか。なら一安心ですね」


 騎士の無事を知り、胸を撫で下ろす。

 ただどうしても、窓の外から目が離せないでいた。


「そんなに仲間のことが気になるの?」

「……当たり前ですよ」


 私はここから、逸れてしまったバニラさんとダッシュさんを探している。

 外はまだあの生物で溢れている。見れば見るほど意味のわからない生き物だ。  

 ただ目的もなく彷徨っていて、家に入ってくる気は一切ない。


 バニラさんのスペシャルスキルも切れた頃合いで、派手な戦闘音も聞こえてこないことから、どこかに隠れているんだろうか。機転の利くダッシュさんも一緒だし、きっと大丈夫だと思うけど。


「ククク、もうヤツらに食われてたりして」

「縁起でもないことを言わないでくださいよ」

「少なくとも、運ばれた男の仲間はもう手遅れかもんねー」


 取り残されているのはあの二人だけではない。

 アラーラから来た騎士も同じだ。

 私が見た限りだと、彼らも未知の生物と戦っていた。

 戦闘音がしないのは、すでに全滅してしまったからなのか。


「あの生物は何なんですか?」


 窓の外を歩く二足歩行のワニ。

 それを指差して、べるちょぱさんに尋ねた。


「アレは女王の遣い。人呼んでナイトメア」

「悪夢、か」


 ルガーさんが近くのイスに腰を下ろした。

 私は女王という言葉に疑念を抱く。


「この街って帝国の領内ですよね? だったら支配しているのは皇帝。でも女王と言うからには王国の偉い人になりますよね? 他国から攻撃を受けてるなら、これって立派な領土侵犯になりませんか?」

「ウチとしても、そっちの方がまだわかりやすくてー、筋の通った話になる。生憎とそーとはいかないのがツラいとこ。何せ女王はつい最近、この街にしたばかりだかんね」


 つまり女王はどこからともなくやって来て、「今日からシャンガラは余のものじゃ」みたいな感じに統治しちゃったのかな。


「アレ見て」


 べるちょぱさんが外の一点を指差した。

 私はそれを見て愕然とした。


 街のど真ん中に、とんでもなく巨大なお城があったのだ。

 それもかなりメルヘンチックな外観をしている。絵本の中で王子様とお姫様が幸せに暮らしてそうな。


 しかし色は真っ黒。

 城のデザインが可愛いだけに、ヒドく不気味だ。

 ちょうど城の天辺が紅い月に差し掛かっており、何だか魔王の城みたいになっている。


「あんなのここに来る時はなかったのに」

「出現するのは真夜中だけの期間限定。朝には消えてなくなっちゃう。言うなれば夜の女王。きゃーエロい」


 何でこんなテンション高いんだろう。

 べるちょぱさんもこの騒動における被害者のはずなのに。


「ん? 何その不審者を見る目。もうちょっと被害者面しろ? やだなー、被害者だからこそヘラヘラしてんじゃん。だってウチ百パー悪くないんだぜ? 街をこんなことにした女王に石投げる権利あるんだし、多少は機嫌もよくなるってものよ」

「そ、そうですか」


 べるちょぱさんの言い分もわからなくないけど、なんかズレている。


「その女王の目的は何なんでしょう?」


 本筋に戻ると、べるちょぱさんは袖で頭をかいた。


「さっぱり不明。国でも作りたいんじゃね」

「じゃあ、どう対処すべきなんでしょ……」


 私が頭を悩ますと、べるちょぱさんは不思議そうな顔をした。


「てゆーか、あんた冒険者でしょ? 女王もそーだけど、冒険者の目的も不明なんですけど。あんたら何のために生きてんの? どこから出てきて、どこに向かうの?」


 本質を突いてきた質問に、どう返すべきか迷う。

 無言の私に痺れを切らしたのか、ルガーさんが口を開いた。


「何だっていいだろ。物事に「何」を問い詰めたところで、んなモン無限に湧いてきやがる。芝生の草を全部引っこ抜いても、その下から土や砂利、嫁のヘソクリや先祖の埋葬金が出てくるくらいにな」

「何それ。じゃー質問を変えて、どこに向かってるの?」

「ひとまず永年大槍えいねんたいそうに向かってます」


 べるちょぱさんは「ふーん」と鼻を鳴らした。

 そこに間髪入れないルガーさんが、


「テメェはなぜ、俺たちを助けた?」

「ん? 気紛れだけど」


 べるちょぱさんは「ククク」と密かに笑う。


「何か深い理由でも期待してたー?」

「いいや。敵でないとわかっただけ有力な情報だ」

「クク、それはどーも。あと、いらないと思うけど、お茶いる?」

「遠慮しておく」

「あ、私ほしいです」


 私の言葉で、べるちょぱさんはキッチンに移動した。

 カチャカチャと食器を鳴らし、すぐにカップが運ばれてくる。


「はい、どーぞ」

「ありがとうございます……何ですこれ?」


 中には紅い液体が入っていた。

 ただ紅いといっても、紅茶のように透明度があるわけではなく、カップの底が見えないくらい紅い。


「気になる?」

「は、はい。トマトジュースですか?」

「ううん。血」


 それを聞いて、私は飛び退いた。

 べるちょぱさんは冗談めいて笑う。


「ウソ。トマトジュース」

「やめてくださいよ……」


 目の前で騎士が潰されたばかりなので、こういうジョークはやめてほしい。

 舌先で舐めてみたけど、本当にトマトジュースだった。


 飲み物のチョイスに悪意しかないが、せっかく用意してもらったので文句も言えず、チビチビと飲むことにした。


「とまー、君たちが永年大槍えいねんたいそうに行きたいとゆーなら、それは難しいかも」

「どうしてですか?」

「この街は摩訶まか不思議な結界が張られていて、出られないから」


 そっか。

 だからシャンガラに行ったはずの騎士は帰ってこなかったんだ。


「結界は入る者拒まず、出る者許さずのダルいやつね。あんたらももう出られないってわけ」

「どうやったら出られますか?」

「女王の君臨と同時に張られたから、因果関係からして女王を倒せばいーんじゃね? 知らんけど」

「わかりました。ありがとうございます」


 トマトジュースを飲み終えた私は、すぐに二階に向かった。

 そこはベッドが二台あり、階段に近い方には包帯を巻かれた騎士が静かな寝息をたてていた。

 ただ私は彼のお見舞いに来たのではない。


「ちょっと借りますね」


 近くの机には剣が置いてある。騎士が携帯していたものだ。

 私はそれを持って階段を下りると、真っ先にルガーさんが口を開いた。


「まさか女王と戦う気か?」

「できれば避けたいですけど。さっさと女王を説得して、結界を解いてもらいましょう」


 こういうのは速いに越したことはない。

 一応、今の私たちは騎士団と協力関係にある。結界があるせいで街の人が困っているなら、それを解決するのも私たちの仕事だ。


「さ、行きましょう。ルガーさ……」


 私がドアノブに手をかけた時、足下がフラついた。


「あ……れ?」


 それに意識まで朦朧とする。

 だんだん体に力も入ってこなくなり、ついにはバタンと倒れてしまった。


 そんな私を目の当たりにし、ルガーさんは危機感を露わにするでもなしに、椅子に座ったままべるちょぱさんに話しかけた。


「何をした?」

「睡眠剤」


 あのトマトジュースか。

 してやられたと思いながら、私は睡魔に抗えず、まぶたを閉じる。


「まー、休んどきなって。そんな急いだところで、また明日が来るんだし、そん時にでも頑張りなよ」

「う……すぅ……」


 そして私は寝た。

 ベッドに移されることもなく、硬い床で。






























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