第29話 べるちょぱ

「ーーダッシュ! そっち行った!」


 バニラさんの指示に反応し、ちょうど敵の一体を葬り去ったダッシュさんは、迅速に行動を開始。


 助走をつけ、低姿勢のまま突っ走る。

 拳を引き、放つ。

 拳のまとう空気が錐状に回転。


 そして、

 馬車に最も近い敵が、その体を爆散させた。


 断末魔を鳴かせる暇もなかった。


「すごい……」


 今更だけど、ダッシュさんの実力に感心した。

 バニラさんもそうだ。


 剣を雑になぎ払い、包囲網に侵入してくる敵を駆除、あるいは無力化。

 剣は初めてのはずなのに、もう感覚を物にしている。


「死ねぇ!」


 職業と一緒に人格まで変わってしまったのか。

 物騒なことを叫び、開いたワニの口に剣をぶっ刺す。

 四方から新手が迫ってきたが、口から剣を抜き、血飛沫を撒いて振り回した。


「ははははは! 次! 全員まとめてかかってこい!」


 悪役のようなセリフを吐いて、ワザと敵の入り乱れる場所に飛び込んでいった。


「大丈夫なんでしょうか、バニラさん……」

「与えられた職柄に応じ、人の中身は変化する。アレはどう見ても重症だな。スペシャルスキルが終わるまで、見守るしかない」

「もう剣士というより狂戦士ですもんね」


 アナベルさんのエインヘリャルみたく、発動時間は5分なのかな。


「ちっ……。あの馬鹿どこまで突っ込むつもりだ。おいダッシュ! 連れ戻してこい!」

「言われなくとも」


 本来ならルガーさんが倒すべき距離にいる敵も、バニラさんが片付け始めている。

 危険と判断したダッシュさんは、すぐさま動き出す。


 一方、私の任された側は敵が少ない。

 遠くにいるけど、銃の扱いに慣れていない私は当てられるわけもない。もし当てても、距離的に大した威力にはならないだろう。


 背後にある騎士団の馬車を見ると、そこでも騎士たちが謎の生物と戦っていた。

 騎士たちは苦戦してるようだが、敵の数は比較的少ない。


 バニラさんたちは濁流のように押し寄せる敵と交戦してるのに、どうしてこんなに差が出るのか。


「もしかして、強い力に引き寄せられているとか……?」

「ファンなら大歓迎だが、流石にこの数、相手をするには体力が持たねぇぜ。休憩時間くらい寄越せっての」


 スケルトンに体力はないんじゃなかったのか。

 ともあれ、このままだとジリ貧になる。

 エインヘリャルは時間制限があったけど、これは誰が操っているかわからない。

 自然発生的なものだとすると、それこそ勝ち目がない。


 その時。

 私たちの乗る馬車が大きく揺れた。

 衝撃で外に投げ出されたけど、同時に飛び出したルガーさんは私を抱いて地面に着地。


「あ、ありがとうございまーー」


 うっすらと目を開けると、馬車の前方にあの生物がいた。

 恐らく上から降ってきて、馬車を踏み潰そうとしたのだ。


 だけど狙いは外れ、馬と近くにいた騎士のところに落ちーー。


「あの人はどうなったんですか!」


 ルガーさんがショットガンでワニを撃ち倒す。

 私はルガーさんの腕から降りると、騎士の安否を確かめるべく走る。


 馬は即死だった。

 ただ離れたところに騎士が血だらけで倒れていた。


「大丈夫ですか!?」


 まぶたが重そうに開けられる。


「……ん、ああ、大丈夫……体が死ぬほど痛いのと、これっぽっちも動かないのを除いてな……」


 ルガーさんが傷の状態を見る。


「さっきの衝撃で宙を舞って、地面に叩きつけられたんだろう。全身の骨がバッキバキに折れてやがる。受け身を取ってなかったら、死んでただろうな」

「死んでた方が……ある意味楽だったかもしれな……いでで」


 無理に体を動かすだけで、激痛が走る。

 今すぐ安全な場所に連れてかないと、本当に命に関わってしまう。


「ルガーさん、その人を運んであげてください」

「構わんが、どうするつもりだ?」

「安全な場所、近くの家にお邪魔させてもらえば」


 理由はともあれあの生物は、外にいる私たちしか襲ってこない。

 家の中に人がいるのをさっき見た。


 もしかすると屋内には入ってこれないのではないだろうか。

 そう簡単に入れてくれるかなって不安が過ったけど、


「ーーそこの冒険者! 生きたかったらこっち! 死にたいたら、その場に留まれ!」

「今の声……!」


 声の主を探す。

 すると、近くの建物から女の子が手を振っていた。手と言っても服が大きすぎて、袖を振り回している感じだが。

 体格に見合わぬ紫色の大きな帽子を被っている。

 だが、今はそんなことどうでもいい。


「ルガーさん」

「つくづく運のいい奴だ」


 騎士を担いだルガーさんは、私の後に続く。

 騎士は意識を失っており、早く治療を施さないとと急かさせる。


 途中、私たちの邪魔をしてくる敵はルガーさんがショットガンで援護をする。


 私も近接戦で戦える武器がないので、攻撃を避けたりして前にすすんだ。


 そして遂に扉の目の前のところに来た。


「さー早く!」


 女の子の声に続いて中に入る。

 ルガーさんも入ったところで、扉はすぐに閉められた。

 あの生物が扉を破ってくる気配はない。


 一安心したところで、私はその場に膝をついた。


「ふぅー、助かりました」

「バニラはどうする」

「あ!? 忘れてました!」


 騎士の命を優先しすぎて、うっかりしていた。

 バニラさんたちはまだ外だ。

 今からだと間に合うかもしれない。


 と思い扉を開けようとした私だったが、後ろから女の子の間延びした声がかかる。


「やめときなー。外は連中がうじゃうじゃいる。どーしても奴らのご飯になりたいってなら話は別だけど、せっかくウチが拾ってあげた命。もっと大事に使いなって」

「ですけどおぼっ!」


 振り返った私の口に、柔らかいものが詰め込めれた。

 抜き取ると、それは普通のパンだった。


「それ食って口の中パサパサになってな。水が欲しいなら、口閉じて舌ぐるぐる動かしとけ。そしたら唾液も分泌されるし、耳障りな声も聞かずに済む」


 助けてもらった身なので言わないが、何なんだろこの人。ルガーさんと同じ臭いがする。


 私がそう思っていると、眠たげに細められた目がルガーさんに向けられた。


「あとそこの骨。その男どうしたい? お前一人で食うか? それとも医療の心得があるウチに預けて、助けてもらいたいか?」


 こんな偶然あっただろうか。

 助けてもらえた上に、騎士の怪我まで治せるなんて。


「できれば後者にしたい」

「合点承知。なら二階の寝台に運べ」

「ったく。人遣いの荒ぇガキだ」


 ルガーさんの言えたことではないが、女の子と一緒に二階へ向かう。


 私は思わず彼女に尋ねていた。


「あの、あなたは何者なんですか?」

「あー? まずそっちから名乗るのが礼儀ってもんじゃないかー?」

「うっ……ノノです。こう見えて剣士をやっています。で、そっちのスケルトンはルガーさんになります」

「べるちょぱ」

「はい……?」


 意味不明のことを言われたので、聞き返す。

 すると女の子は眉をヒクつかせた。


「ウチの名前だって」

「あっ、これはすいません!」

「まーいいよ。笑わないだけさ。もしそうしてたら、ノノの額にメスでウチの名前彫ってたかんね」


 彼女なら本気でしかねないと思い戦慄した。


「何者かって聞かれたら、そりゃ答えるのは世界一難しいかもんね」

「?」


 ルガーさんと別の意味で、底の見えない人だなと思った。





























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