第三章 地底都市編

第28話 シャンガラのおもてなし

「じゃあ今からこのナイフを消してみます。よーく見ててね。瞬き厳禁だよ」


 そう言ってナイフを手に持つバニラさん。

 反対の手をナイフにかざし、私から見えないようにする。


「いくよ。せーのっ」


 掛け声と一緒に手がどかさせると、本当にナイフが消えてしまっていた。

 両手をパーにして開くけど、どこにもない。


「え! え! 今のどうやったんですか!?」

「ナイショ」

「えー、タネが気になって眠れませんよ〜」


 バニラさんは白い歯を見せてニッと笑う。


「手品を見せるとは言ったけど、タネ明かしするとは言ってないしね」


 馬車の中。

 こんな閉鎖空間でやることも大してなく、することといえば雑談くらい。シャンガラに向かう道中、初日あたりは楽しかった。

 港湾都市で目覚め、武具屋の店主にタダで装備をもらったことなど、まだ記憶に新しい出来事を話したりした。バニラさんも同様、アラーラでの苦悩の日々や苦しい生活。

 そんな、お互いのことについて語りあった。

 でも、三日目くらいから会話のネタもなくなり、無言の時間が続いたりした。

 ルガーさんとダッシュさんも寡黙な性格なので、基本的に馬車の中は私とバニラさんの声しかしない。

 本当に暇すぎて、さっきまでしりとりをしてたところ、何を思ったのかバニラさんが手品を見せてくれた。


「手品が好きなんですか?」

「まあね。前アラーラの路上でマジシャンがマジックしててさ、アタシもできるんじゃないかなと思って練習しまくってたら、できちゃった」

「え? マジシャンの人にやり方教えてもらってですか?」

「いいや。その時はもう街のお尋ね者だったから、屋根の上から遠目に見てただけ。タネも仕掛けもわからないまま、独学でやってたら成功しちゃった感じ」

「そんなあっさりと……! 才能あるんじゃないですか?」

「んなことないよ。ただ手先が器用なだけだって」


 そう謙遜しつつ素早く手を動かしたバニラさんは、消したはずのナイフを握っていた。

 もうちょっと芸数を増やしたら、その道で食べていけそうかもしれない。


「にしてもやることないね。外の景色を楽しもうにも、洞窟の壁が延々と続くだけだし」


 ナイフを仕舞ったバニラさんは、不満そうに窓を見つめる。

 私たちの馬車は今、洞窟の中を進んでいる。

 しかも若干斜面になっており、地面の中へ下っている感じに近い。

 地底都市シャンガラは、その名の通り地中に存在する。

 だから必然的に、このような道を通ることとなる。


 外はほぼ真っ暗で、壁に等間隔で埋められた光る石だけが唯一の光源。

 特別な鉱石みたいで、どんなに真っ暗道でも両サイドの壁がわかる。

 通行にはとても便利だ。


 もう何時間もこの調子で、今が昼なのか夜なのかわからない。

 ここであることを思いついた。


「ルガーさん時計持ってましたよね、今何時なんですか?」

「あれは壊れてるから使えねぇよ」

「じゃあ何で持ってるんですか……」


 騎士の手に渡った時、ブチ切れたかのように返すよう促していた。

 大事な物って言ってたけど、ルガーさんをあそこまでさせるくらいの時計って、どれほど価値があるんだろう。


「どうだっていいだろ。それより、そろそろだな」


 ルガーさんが話をうやむやにすると、窓の外が少し明るくなった。


 地面に打ち付けられた棒に、光る袋が吊り下げられている。

街灯としての役割なのかもしれない。それもたくさん立っている。

 袋には光る鉱石が大量に詰められているのだろう、明るさレベルは火と同じくらいだ。


 それに道も徐々に広くなっていく。

 いつしか天井も果てしないほど高くなっており、馬車は洞窟内の開けたスペースを走っていた。


「すごい広さですね」

「地殻変動による空洞化じゃないか? 流石にこの広さは規格外すぎるけどな」

「でもダッシュ、こんな広かったら天井落ちてこない? シャンガラはその空洞の中にあるんでしょ?」

「その心配はない」


 窓の外を見るルガーさんが言った。


「天井はドワーフが補強している。シャンガラは地底都市なだけに、大量の地下資源で富を得ている。人口の大半は建築、土木技術の高いドワーフだ。そう簡単に崩落しないのが連中の腕が立つ所以ゆえんだろうな」

「ホント、ルガーって物知りだね」


 バニラさんが食いついてくると、ルガーさんは腕を組んだ。


「情報は時として武器になる。たとえそれが街の歴史に関するものでも、知っていて損はねぇよ」


 だからって、いつ情報を仕入れてるんだろ。

 前回のゴッズゲームでの記憶かな。

 少なくとも私がいる時に、情報収集をしてるところを見たことがなかった。


「着いたぞ」


 ルガーさんの声でハッとなる。

 そうこう考えているた、馬車は止まっていた。


 正面の小窓から御者の騎士が顔を出す。


「長旅ご苦労さん。無事に着いたぜ」


 あくまで洞窟の中なのに、外はビックリするくらい明るい。

 これもあの鉱石を用いた街灯が街中に置かれているからだろう。

 天井がくらいだけに夜の街みたいな印象だ。

 建物は石造りのものが多い。遠くには工場の煙突みたいなのが見える。

 ここが地底都市なのだと実感する。


 それなのに私は胸騒ぎが止まらなかった。


「なんかあっさりと着きましたね」

「だよねー。連絡が取れないって言うから、道中で危険生物とかヤバい集団に襲われるのかと思ってたけど、何もないら拍子抜けもいいとこだよ」


 バニラさんも思うことは同じみたいだ。

 望んでたわけじゃないけど、何か危険があるんじゃないかと身構えてただけに、呆気なく着いたから「え?」ってなる。


 真剣な面持ちの騎士も、私たちと心境は同じみたいだった。


「やっぱり嬢ちゃんらもそう思うか……?」

「はい。想像してたより街は平和みたいですし、街そのものも何者かに占拠された感じはしませんよね」

「連絡が取れないってのも、騎士団がサボってるだけじゃない?」

「バカを言え。だったら帰還してこないのはどうなる?」

「騎士団が嫌すぎてバックれたとか」

「お前なぁ」


 バニラさんの身も蓋もない発言に、騎士は頭をかく。

 するとルガーさんがおもむろに、


「お前らはこの状況を目の当たりにして、どうして違和感を持たずにいられる」


 続いて険しい顔のダッシュさんも、


「珍しくアンタに同感だ。特に騎士、外にいるならこの街のに気づきやすいんじゃないか?」

「異変つっても、通りに以外何もーー」


 騎士の表情が固まった。

 そして私とバニラさんも。


 その言葉で外をよーく観察したけど、街は人っ子一人歩いていない。

 完全なる無人だった。


「ウソ……いやまさか。家で寝てるだけでしょ」

「じゃあバニラ、あの家の窓を見てみろよ」


 ダッシュさんの示す家を見ると、窓が木の板で塞がれていた。まるで何者かの侵入を防ぐかのように。

 そうなっているのは一軒だけではない。

 視界に入る建物の全ては、そのような工夫がなされている。


「お、おい何なんだよ……」


 何やら騎士が慌てていた。

 それに、どうしてだか空を向いている。


 窓に顔を近づけて空を見上げると、ありえないものがそこに浮かんでいた。


 ーー紅い月だ。

 紫色に染まる空と、血のように紅い月が禍々しく存在している。


 ここは洞窟の中。

 天井の一部が外と繋がってるならまだしも、こんな広範囲に及んでいては、もう天井ではなく空だ。

 常識的に考えて、夜空なんて見えるはずがない。

 それもあんな紅い月なんて、今までみたことがなかった。


「ルガーさん、これはどういう……?」

「さあな。ワルプルギスの夜でも始まるんじゃないか」

「そんな暢気なことを言えるくらい、無視していいものでもないだろ。確実に不吉なことが起こる前兆だ」


 周囲への警戒を示すダッシュさん。

 私も外を確認したけど、月以外は何も出現していない。


 しいて変化を挙げるなら、前の馬車から一人の騎士がこちらに走ってきたこと。

 こちらの騎士と合流し、何か話している。

 すると小窓に振り返り、


「騎士団の詰所に向かうみたいだ。街の中心にあるから、外の空気はもう少しおあずけだな」


 月の出現も気になるが、それよりも任務を優先するらしい。

 あの月も気味が悪いけど、直接的な害にはなってないから問題ないと判断したんだろう。


 二人の騎士は敬礼を取り合う。


「では、前の馬車に続いてお願いします。私は後列に伝えてきますので」

「ああ。了解した」


 と告げ、馬車の横を通り過ぎていく。

 徒歩のあの人はどう追いつくつもりなんだろ。

 あ、後ろの馬車に乗せてもらうのか。


 なんて超どうでもいいことを考えていると、ふと目に入った建物の中で、何かが動いた気がした。

 気のせいではない。

 ーーだって向こうも私と目が合っている。


 板の打ち付けられた窓の隙間、そこに女の人が顔を覗かせていた。

 なぜか目を見開いていて、怯えた様子でこちらを眺めていた。


 だけどそこには注目せず、住民がいたことに喜んだ。


「見てください! あそこに人がーー」


 隣に座っていたルガーさんの肩を叩く私。

 途中、言葉が止まったのは、あの女性の口元が動いたからだ。


 声は聞こえない。

 ただ、口の形から何と訴えかけているは読み取れた。


 ーー「逃げて」と。


 クチャリと果物が潰れたような音がすると、左の窓が赤一色に染まった。


「え?」


 一瞬、何が起きたのかわからなかったけど、そこに肉や内臓のようなものが貼り付いていたりして、これが横を走っていた騎士のものだと悟った時。

 寒気と吐き気を催した。


「ノノ! あれ!」


 バニラさんが反対の窓を指差す。

 反射的に顔を動かすと、そこに見たこともない生物を発見した。


 一言で表すなら、二足歩行のワニだ。

 鱗は黒く、ゾンビのように街を徘徊している。

 それも数は一つだけではない。

 さっきまで誰もいなかった通りは、その生き物で溢れ返っていた。


「やっ、やめろ!? 来るな!」


 悲鳴が耳を突く。

 見ると、あの生き物の一体が御者の騎士に牙を剥いていた。

 しかも、その足で鎧のまとわりつく肉塊を転がしながら。


 私は咄嗟に剣を掴み、扉を開こうとしたが、ルガーさんに止められた。


「外には出るな」

「どうしてです! あの人を助けないと!」


 あの生き物は人を踏み潰せるだけの力がある。

 こんな近くにいるのに、騎士一人だけで戦わせるわけにはいかない。

 ようやく戦い方を知ったのだ。それを守るために生かさないと。


 ルガーさんの手を振り解こうとした時、バニラさんとダッシュさんの姿がないことに気がついた。

 すると、


「キングダムパンチーー!!!!」


 気迫のこもった声と共に、大気が大きく揺らいだ。


「今のはダッシュさん!」


 血のついた扉が開いており、そこから顔を出すと、上半身を失ったあの生物がバランスを崩して地面に倒れていた。

 その正面には、自分の手を見つめるダッシュさんがいる。手からは煙が立ち込めていた。


「スッゲー!? さっきのがスペシャルスキルってやつ? もっかい使って! あのバーンってパンチ!」

「無理だ。一回使うと、二十四時経つまで使えない」


 スペシャルスキルの発動に感激するバニラさんたち。

 横には騎士がいて、どうやら彼女たちが率先して助けに入ったみたいだ。


「もう少し慎重に使え」


 初手でスペシャルスキルを切るダッシュさんに、ルガーさんが指を差す。


「敵の力量もわからない今、出し惜しんでいてもしょうがないだろ」

「ダッシュの言う通り。これで倒せない敵ってわけじゃなくなった。アタシもいくよーースティール・ザ・ジョブ!!」


 バニラさんのブレスレットーーもといRFが光を放つ。

 ただそれだけで目に見える変化はない。

 するとバニラさん、私のところにやって来て、


「ちょっとノノ、剣貸して」

「? どうぞ」


 言われたまま渡すと、

 

「ーーってりゃあ!」


 雑に振り回し、背後に迫っていたあの生物の首を切断した。

 盗賊らしい荒技だったが、すごく力の入った一撃だった。


「剣も使えたんですね」

「違うよ。一時的にノノの職業を奪ったの」

「無職になっちゃいました!?」

「いいや」


 スナイパーライフルを構えたルガーさんが、隣から言う。


「盗賊のスペシャルスキルは近くにいる冒険者の職業に転職することだ。安心しろ。まだお前は剣士のままだ」

「なんだ。……って、剣が使われちゃった以上、私今は戦えないじゃないですか!」

「構わん。……俺は遠くの敵を片付ける。お前らは撃ち漏らしたのを片付けていろ」


 スナイパーライフルのスコープを覗き、こちらに向かってくる敵を一体、また一体と撃っていく。

 弾に撃たれてもまだ動いているものは、バニラさんとダッシュさんがトドメをさす。


 すっかり私は手持ち無沙汰に。


 すると、ルガーさんがハンドガンを手渡してきた。


「そっちは任せる」


 どっちかわからなかったけど、血の付いていない方の扉の窓が勢いよく割れた。

 奇跡的に怪我はない。


「ぎゃああああああ!!」


 でもワニが窓に突っ込んできて、私はパニクり銃を乱射。

 至近距離で放たれた全弾は黒い鱗を貫通し、致命傷を負ったワニはそのまま絶命する。


「弾薬の心配なら不要だ。俺の魔力で自動的に補充されているからな。銃初心者のお前でも安心して使える」

「お気遣いどうも」


 丁度、ルガーさんが一体処理したところだった。バニラさんは「おらおらおら!」と剣を振り回し、ダッシュさんは殴る蹴るで数を減らす。

 こう見ると、まだ私のところは敵が少ない。

 これなら、私一人でもどうにかなりそうだ。


 地底都市での冒険は、何とも波乱万丈なスタートになってしまったが。



















































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