第27話 少ジョ
ノノたちを乗せた馬車がアラーラを出発する。御者以外に乗っている騎士はおらず、お ほぼ貸し切り状態となっている。
荷台の扉には騎士団の紋章が描かれている。
その馬車が計3台。列になって門を出た。
ノノたちの馬車は前から2番目。
今回、シャンガラの調査に充てられた騎士の馬車を前後に挟み、旅の始まりとなる。
アラーラからシャンガラまでの道のりは馬車で5日。前よりも長い旅路にノノはやや不機嫌になるかと思ったが、バニラとダッシュもいるので、話し相手には困らない。
互いの歩んできた冒険について話は弾み、
「ーーフフフ」
彼らの出立を見守る少女がいた。
いや、彼女だけを切り取って表すとそれは見守るという行為なのかもしれないが、より人間的な尺度で言い換えるならこれは「見守る」ではなく「眺望」に近い。
なぜなら彼女のいる場所はアラーラの外周にそびえる山の中腹。
眼下の街を一望できる標高の高い場所にいるのだから。
なのに馬車に乗るノノたちを、さも近くで見てるかのように振る舞っている。
普通ならこんな距離、ぼんやりと景色は掴めていても、人の顔までは判別できない。
魔法を使っている様子も一切ない。
彼女という生物に備わる機能だけで、これほどまでの視力を発揮している。
すると「ぐぅ〜」という音が少女のお腹から鳴った。
「あーあ。お腹空いたな。今までの混乱に乗じてエサの一つや二つ確保しとくんだった。どうして今日に限って解決しちゃうかな、空気の読めないルガーちゃん」
彼女が立っているのはバニラの家。
手にはノノが置いて行った保存食が握られており、一口だけ齧られた形跡がある。
屋根から崖に向かって、肉のカケラを吐き出した。
「こんな犬小屋に相応しい不味さ。よくノノちゃんはこんなのを口にできるね。これ食べるくらいなら、自分の指食ってる方が空腹を紛らわせるだけまだマシ」
手に持っていた食糧も、崖に放り投げる。
少女の着る白いワンピースには、赤黒いシミが付いている。
もう我慢できないとばかりに、その生地を顔に近づけると、ピンク色の舌をシミの部分に這わす。
すっかり乾いているが、わずかに残る鉄の味が舌を刺激すると、彼女はおっとりと目を蕩けさせた。
「ぁ〜。やっぱりこれ。この味。際限なく昂る我が本能。あ!……でもダメ。そっちに呑まれてはダメよ私! そんな醜く穢らわしいもの喚起させては……私はこの世で最も清らかで崇高な存在。そう、あるべきなのに……」
これまで非人間なことをしてきた彼女だったが、その見た目は愛くるしい少女のそれ。
殊更タチが悪いように思える。
だが、今は違う。
片方の手は巨大化しており、紫色の甲殻に覆われている。そこから生える鋭利な巨爪は、獣の腹を容易に穿てる。
口は耳まで裂けており、恐ろしく生え揃った牙が虚空を噛み殺す。
二つだけだった眼球は、今や顔全体に散りばめられていて、その一つ一つが狂気に彩られていた。
まさに少女の皮を被った化物だ。
「……
化物はそれだけ紡ぐと、巨大な爪がみるみるうちに元の細腕へと戻っていく。
「
凶暴に開く口も、次第に小さく引き結ばれ、
「
目も徐々に数を減らすとーー。
そこにいたのは、ただの無垢で愛らしい人間の女の子であった。
「ふぅ〜、やっぱりこの体は制御するのに大変ね。最高と最低の組み合わせって、ただ使うのがしんどいだけだもん。天才と馬鹿に口論をさせるようなもの。本質的なところが違うだけに、まともな会話が成立しない。……まただ。また昇ってくる……」
爪先をこそばそうにして身をよじると、一瞬、少女の姿があの化物へと転じた。
少しでも気を抜くと支配される。
ならばと思い、少女も切り札を使った。
「
これが、気分を落ち着かせるためのおまじない。
なぜかこれを唱えるだけで、複雑に入り組んだ彼女の心はすっきりと一つにまとまる。
「これも全部、ルガーちゃんのおかげかな?」
ノノたちの馬車は、かなり遠いところまで行っていた。
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