第25話 大円団とならずとも

「あ、れ……?」


 鳴り響く銃声。

 滲み出る血液。

 その一発が彼女の心臓を撃ち抜いた。


 被弾したアナベルさんはその場に倒れる。


「アナベル!?」


 バニラさんは血相を変えて彼女のもとに駆け寄り、その体を支えた。


「あれ? バニラじゃない。久しぶり。何でここに?」

「何だっていいじゃない! それより、早く治療しないと!」


 まるで危機感のないアナベルさん。

 バニラさんは彼女の傷口に布を当てているが、それでも出血は止まらない。

 どんどん手元が赤く染まる。


 バニラさんはアナベルさんの上半身を起こした。


「ダッシュ、足持って! 騎士団の詰所に運ぶよ!」

「ううん。いいよ、バニラ」


 だが、アナベルさんはそれを拒否した。


「何で! あそこには優秀な魔法使いがいる! その傷だって癒せるかもしれないんだよ!」

「騎士団に借りを作りたくないもの。それに私は戦いに負けた。でしょ? スケルトンさん」


 アナベルさんを見下ろす影があった。

 槍に打ち付けられたまま、彼女の胸にハンドガンの照準を合わせて引き金を引いたルガーさんだ。


 その槍も足元に落ちている。

 自力で抜け出したのだ。


 頭部を貫通してるように見えたけど、骨の隙間を通っていたみたいで、派手な外傷はない。

 ただ、戦士たちに袋叩きにされたせいか、額から目にかけてヒビが入っている。

 はだけたコートから肋骨が丸見えで、骨折こそいていないが、攻撃をたくさん受けたことで傷だらけになっている。


「ああ。数の暴力には堪えたがな」

「それでもあなたは五分間耐えに耐え、最後に勝利をもぎ取った。そういう意味だとあなたも立派な戦士なのかもしれないわね」

「死んでもテメェの戦士の魂エインへリャルに加わるのは御免だがな」

「私も嫌われたものね」


 アナベルさんが目を閉じると、バニラさんは心配そうに声を上げた。


「まだ死なないで! 死んだら絶対に許さない! 何にも言わずにいなくなったくせに、せっかく会えたと思ったらこんなこと……あんまりだよ!」

「かつてないほどの睡魔が襲いかかってくるのよ。なんならバニラも心臓に穴開けてみる? 思ったより痛みはないけど、悪寒と眠気と戦うのって、こんなにも忍耐力が必要なのね。気を抜くといつに行っちゃうかわからない」


 生死の間に立たされてなお、その冷静さを保ってられるのだから、アナベルさんには感服する。


「けどまあ、安心した」

「安心って何? アタシはいっつも不安だった! ある日から急に友達がいなくなっちゃう気持ち、アナベルにわかる?」

「わかってたら今こうしてバニラの腕に抱かれ、あなたが涙する理由もないでしょ」


 アナベルさんの顔は、上から降り注ぐバニラさんの涙でぐしょぐしょだった。


「安心したのは本気。だって私がこれまで殺めてきた人たちは、少なくとも苦しまずには済んだってことなんだから」

「アナベル……あなた、人の気持ちがわからなかったんじゃ……?」

「人を薄情者みたいに言わないでちょうだい。人の気持ちはわかる。わからないのは自分の気持ち。だからそれを得ようと人を殺して回ってたの」


 そこにルガーさんが割って入る。


「結果としてお前は人としての道を外し、罪だけを背負う羽目になった。自分のこともわからないままな」

「随分と勝手な言い草ね。誰が自分のこともわからないですって?」

「じゃあアナベルさん、今は……」

「そうよ、小さな冒険者さん。ここに来てやっと気づいた。道のりは思ってたより長く、険しいものになってたけどね。……ふぁ〜、早く寝たいし言うわね」


 もう彼女の体も限界を迎えている。

 傷口は一向に塞がらず、溢れ出る血が教会の床に滴り落ちる。


「こんな私でも生きてていいんだって思えることがありました。それもバニラ、あなたがいたから」

「アタシが……?」


 そこにいたアナベルさんには、戦士たちと共に槍を振りかざしていた時のような闘争心はなく、


「死を前にした私に、あなたはみっともなく顔を涙で汚してくれる」


 己が罪悪感のために罪を犯し続ける女性でもなく、


「それでようやくわかった。私、バニラの友達だったんだなって」


 私と同じ友達想いの女の子であった。


 彼女は笑顔を浮かべる。

 やっといいたいことを言い終えたとばかりに、それで気が落ち着いたからか、アナベルさんは瞼は次第に閉じていく。


 その体はオレンジ色に発光している。

 あの日のシュラウドくんのように。

 終わりが近いのだと思わせる。


「というわけでさようなら、バニラ。それとダッシュ」

「待ってよ! 勝手にこんなことしてタダじゃーー」

「ただで済まなくたっていい。頭の悪いバニラのことだし、それで済んじゃうと私のこと忘れちゃうでしょ」

「ぁーー」


 と、最後にそれだけ言い残し、彼女の肉体は光に包まれ、ガラスのように飛び散った。

 そして光の球体がバニラさんの手の中に落ちると、それはブレスレットに姿を変えた。


「何、これ?」


 バニラさんはRFの存在を知らない。

 急にアナベルさんが消えたと思って、こんなのが出たきたら驚きだ。


「……持っていろ。いつか役に立つ」


 そこに気の毒そうな面持ちのダッシュさんが。


「ダッシュはこれが何なのか知ってるの?」

「……まあ、それはアイツの形見だ。そして、いつかオレたちの助けになる」

「そう、なんだ……」


 記憶の制約があり、上手いこと説明できずにいるが、それらしい理由でバニラさんを納得させた。

 複雑そうな表情をしたバニラさんは、そのブレスレットを大事に手の中に納めた。

 祈るようにRFを握るバニラさんのかすかな声を、私の耳は拾ってしまった。


「……ごめんね、アナベル。助けてあげられなくて……」


 それを聞いて俯く私の隣に、いつの間にかルガーさんが立っていた。


「アイツらを呼んだのはお前だな」

「はい。怒られる覚悟でやりました。バニラさんたちには、今夜のことを知る権利があります」

「怒りはしねぇよ。テメェがつくづく度し難いほどのお人好しなんだなと呆れはしたが」


 ルガーさんはヒビの入った額に触れると「チッ」と舌打ちをした。


「痛むんですか?」

「いいや、流石にあの状態が続くと不味かった。スケルトンにとっての死の定義とは何か知ってるか? 脆弱な人間なら脳や心臓、その他の臓器がダメになるとイッちまうが、スケルトンの場合は骨格の崩壊が死に繋がる」


 体が壊されると、魂も飛んじゃうってことでいいんだろう。

 だったら骨への亀裂ーーそれも額ともなると常に弱点が露出している状態に近い。


「治るんですか?」

「牛乳を飲んでカルシウムを摂取すれば、自然に傷は塞がる……って冗談だ。一生治らねぇよ。今の笑うところだろ?」

「こんな状況です。面白くないですし、笑えませんよ」


 私の視線の先にいるのは、RFを握って涙を流すバニラさんだ。

 アナベルさんを助けるって約束したのに、できなかった。

 今さらどんな顔をして、彼女に話しかけたらいいのだろう。


 それがわからないから、こうして遠くから眺めることしかできない。


「ノノにしては意外だな。俺をもっと責めるものかと思ってたぜ」

「やむを得ない理由だと殺害はいとわないって話でしたよね。こうなるのを望んでいたわけじゃありませんけど、ああでもしないとルガーさんこそ負けていたかもしれません」

「否定はできねぇよ。俺も今回は無茶が過ぎた。油断こそしてなかったが、心のどこかに余裕があったのは確かだ。それが負けに直結してたかもしれねぇな」


 もし次があるのなら、その時はもっと気を引き締めてほしい。

 その次というのも、できれば来てほしくないものだけど……。

 今回のように、誰かの死で誰かが悲しむようなことにはさせたくない。


「これがゴッズゲームだ。無知なる者を知者が狩る。そんな、どうしようもなくクソったれな神の娯楽」

「変えようとは思わないんですか?」


 私の問いかけにルガーさんは「ほう?」と首を傾げた。


「変えるだと?」

「RFの入手方法がこんなやり方じゃなく、もっと平和理に行えるよう探ってみるとか」

「お前らしい発想だな。ないとも言い切れないが、あるとも断言できない。仮にそのやり方を探るだけで、時間だけがいたずらに過ぎていく。勧められたものじゃねぇよ」


 何でも知ってるルガーさんも、こればかりはお手上げのようだった。


 そうこうしていると、目を赤く腫らしたバニラさんがこちらに歩いてきた。


「決別はちゃんと惜しんだな」

「……ちょっとルガーさん」


 無神経な発言をするルガーさんを肘で小突く。

 けれど、バニラさんは「ううん、いいよ」と作り笑いのようなものを浮かべて手を振った。


「もともとアタシたちが邪魔していいところじゃなかったし。それにルガーもアナベルを止めてくれてありがとう。あのままだと、どんどん被害者が出てただろうから、あの子の暴走を食い止められただけで、この街は平和になる」

「バニラさん……」


 思っていた結末と違うものになってしまった。

 それもバニラさんにとって一番辛い結末に。


 それでもルガーさんに復讐するでもなしに、アナベルさんを止められたことへの感謝をする。

 私なら、ここまで早く切り替えはできない。


「お前個人はどう思っている?」

「ーー死ぬほどアンタが憎い」


 前言撤回。

 友達の喪失は、そうすぐ受け止めきれるものではない。


「アンタがノノの仲間じゃなかったら、今すぐ飛びかかって、目ん玉の穴にナイフ突き立ててた。……でも、そんなことしてアナベルも戻ってくるわけでもない。アタシの気が晴れるだけ。アンタに一つだけ言いたいのが、アナベルを救う方法はもっと別にあったんじゃないかということ」

「なるほど」


 ルガーさんは大人しく聞き入れていた。

 もっと嫌味ったらしい反論でもするのかと思っていたけど、意外だった。


「先ほど、ノノにも同じようなことを注意された。以後気をつける」


 珍しく反省の色を見せたルガーさんは、バニラさんの持つブレスレット型のRFを目にし、


「そいつはくれてやる。大事に持っていることだな」

「アタシもこれがよくわからないけど、アナベルが残したものなら大事にする」

「形見ならもう一つあるぜ」


 私が疑問に思った次の瞬間、


「ーーおい、そこにいるのは誰だ!」


 入り口に複数の人影が。

 剣を持った男たちが、こちらに警戒を示していた。


「あれは騎士団ですか?」

「あんなドンパチ音立ててりゃ、気づかれるのも無理もない」


 爆音や剣戟、銃声が鳴り響いていた。

 正直、あれだけ騒いでおいて、近隣住民から通報が入っていてもおかしくなかった。


「げっ! 逃げなきゃ!」

「いや、その心配はなさそうだぞ」


 騎士団と知るや否や逃げ出そうとするバニラさんを、ダッシュさんが止めた。


 彼の視線の先にいるのは場所を移動したルガーさん。

 足元にある蒼銀の槍を手に取ると、騎士団に見せる。


「聞け、騎士団。この槍に見覚えはあるだろ。そうだ、俺たちが奴を始末した」


 それを聞き、騎士団に動揺が走る。

 言葉だけならまだしも、アナベルさんの使っていた凶器という物的証拠もある。

 これだけで信憑性は段違いに増す。


 さっき言っていたもう一つの形見というのは槍のことなのだろう。

 でも、どうしてアナベルさんは消えたのに、槍はそのままなんだろう。


 顔に出てたのかもしれない。

 それを見抜いたダッシュさんが、


「ルーン魔術は使用者がいなくなっても効果を持続する。術が切れる前に魔法使いの鑑定に回さないと、使用者を特定できなくなる」

「じゃあ、早く騎士団に動いてもらわないと信用を得られないわけですね」


 私の言葉を裏付けるかのように、騎士団は行動していた。

 ルガーさんをやや警戒しつつも、槍を受け取った騎士はそのまま教会から出て行く。


 別の騎士は私たちの顔を順に見るなり、最後にバニラさんのところで大声を上げた。


「って! お前は大泥棒バニラ!?」

「やっぱりか。通りで見覚えがあるわけだ」

「それに、そこにいるスケルトンと連れの嬢ちゃん。この前バニラの盗みを手助けしたとかで、通報が入っていたぞ」


 マズい。

 このままだと私たちまで逮捕されちゃう流れだ。


 ブルブルと震える私とバニラさんであったが、そこに騎士を連れたルガーさんがやってきて、


「どうやら詰所に来てほしいとのことだ。今回の件に関して、色々と聞きたいことがあるらしい」

「ルガーさん、私たちブタ箱に入れられちゃうんですか……?」

「お前が余計なことを話して、騎士の機嫌を損ねなければな。何、ありのままの真実を伝えれば問題ない」


 聞いたのは私だけど、それを騎士の隣で言うか普通。 


 不安もやや抱きつつ、私たちは揃って教会を後にした。

 今日のところは騎士団のお世話になる。


 後から聞いた話だと、今夜、街で死人は出ていないそうだ。

 ただ一名、アナベルさんを除いては。


 これで負の連鎖は断ち切れても、しばらくの間、心残りだけは喉の奥につかえていた。


























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