第23話 銃声
手荒なことが苦手だ。
どう刃を振るえば肉を裂き、骨を断てるのかも。
イメージはできるけど、実行に移すとなると話は別。
それこそルガーさんのような冷酷さが求められる。
なんて。
考えていても何も変わらない。
闘う。
いやーー戦え、私。
「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「! 右っ!」
獣のような咆哮と、雷のように放たれる右腕。
奇跡的に見切れた私は、咄嗟に右に躍り出て回避。
カウンターを打てる隙ができる。
生まれた隙は絶対に活用しろ。
躊躇うな。
相手は生霊みたいなモノ。
現世に喚ばれた過去の遺物。
かつて戦士だった人たちが、その在り方を大きく歪められた哀れな姿。
本当に彼らが優れた戦士なら、私なんてもう握り潰されている。
私の生存が、彼らの「歪み」を裏付けている。
彼らのことを何も知らない私でも、開放してあげることは私のかけられる唯一の情け。
「やあっ!」
だから、斬る。
足元で止まったままの巨腕を断ち切らんと、真上から剣を振り斬る。
鶏肉に包丁を通す感触に近い。
私が非力でも、剣の角度と質量だけで骨まで滑らかに両断できた。
自分でも驚き。
こればかりは武具屋のおじさんの技術あってのもの。
「ごわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
切断面を押さえて大男はよろめく。
血走った双眸がこちらを睨んでいた。
こんなに純粋な憎悪を向けられたのは初めてかもしれない。
大男は飛びかかってきた。
私は範囲外に逃れようと急ぐ。
でも、動き出すのが遅かったらしい。
「あ!?」
片足を掴まれた。
大男は地面に這いつくばったまま、私の足を引っ張る。
それにより転倒した私をずるずると引きずる。
地面に剣を突き立てようにも、浅くてすぐに抜けてしまう。
剣の先端で掴む手を突こうにも、血は流せど離してくれない。
だったらと思い、顔を上げて大男と対峙した。
目玉を狙おう。それしかない。
だけど、こちらにも違和感があった。
手に力を込めるだけで私の細足なんて砕けるはずなのに、それをしてこない。
私を硬い地面に叩きつけることだってできるはず。
そんな想定し得る最悪のケースは起きず、どんどん大男の顔が近づいてくる。
髪はボサボサで脂っこく、無精髭が生えていて、口はヒドい臭いだ。
まさか私を食べるつもりなのか。
黄ばんだ歯が覗き、その口元が動く。
「ーーころ、してく……れ」
「え?」
一瞬、自分の耳を疑った。
「ころ、せ……。ニンゲン……おれを……頼む」
間違いない。
この大男が言ったのだ。
殺せと。
そう私に。
にわかには信じられない。
こんな戦いの「た」の字も知らない私に。戦士である彼がそんな自身の名誉に関わることを。
「やれ……おれを……おれたち、を、ラクにしてやってくれ……」
「!?」
その一言で気づいてしまった。
きっと、彼らは故意で私たちを傷つけているのではない。
ルガーさんと交戦中のアナベルさんに意識を向けた。
「あはははは! もっとよ! 私のために踊り狂いなさい!」
いつしか、教会は戦士たちに埋め尽くされていた。
縦横無尽に迫りくる敵を、ルガーさんはたった一人で捌ききる。
銃声が数回響くと、その倍の数、敵が追加される。
もうこれは戦いとしての体を成していない。
単なる作業だ。
無限の相手を敵に回し、公平な戦いなんて成り立つはずがない。
減った同胞の分、自動的に「代わり」が足される。そこに生物らしさはどこにもない。
使い捨ての道具だ。
私は大男に視線を向ける。
殺せと、そう言われた。
あんな道具のような扱いを受けていて、なおそれでいたいと思える方がどうかしている。
「わかりました」
私が決断すると、大男の表情は和らいだ気がきた。
剣の柄を両手で握り、目玉に突き刺す。
血と白濁液の混じったものが飛び散る。
「ーーっ」
果たしてこの呻き声は、私と大男どちらのものなのか。
そのまま力を振り絞り、「奥」目掛けて剣を押し込む。
剣越しに何か柔らかいものに触れた。
それが何なのかを理解した上で、さらに奥へ奥へ剣をねじ込む。
カツン。
硬いものに触れたところで、剣はそれより先に行かなくなった。
「あり、がとう……、ニンゲン」
それを最後に、大男の全身は糸が切れたように脱力した。
光と共に消えるのに、さして時間はかからない。
私はその場に膝をつき、茫然としていた。
これが殺めるってことなんだ。
感覚としてはハサミで糸を切るのに近い。
それもたった一本の。
二本、三本といくつも用意されているのではなく、たったの一本。
だからかもしれない。
殺めた私にも責任が付きまとう。
それをアナベルさんは感じない。
今この瞬間だけ、彼女のことが羨ましいと思った。
「って、こんなことしてる場合じゃなかった。ルガーさん!」
すぐに切り替える。
敵が入り乱れるそのど真ん中に、ルガーさんの姿を見つける。
かなり劣勢だった。
武器を持つ者、素手で挑む者、魔法が使える者。
全員がルガーさんを敵として認識している。
個としての戦力には目を瞑っても、それが数となって押し寄せてくるのだから多勢に無勢。
銃とナイフと体術を使い分け、ルガーさんは果敢に戦い続ける。
私なんかじゃ到底できないような戦い方。目で追うのが精一杯。
それにスケルトンは疲労を感じない。思考が続く限り、その体は永久的に動く。
その恩恵があるからか、人間だととうに限界を迎える戦い方をしていても、ここまで戦況を維持できた。
正直なところ奇跡だ。
こんなのを相手に時間稼ぎができるなんて。
「あっ!」
ルガーさんが魔法使いの女を撃った直後、後ろに回っていたアナベルさんが、槍でルガーさんの後頭部を貫いた。
口から槍を生やし、ルガーさんは持ち上げられる。
「ルガーさん!」
「そこで見ていて。大丈夫、骨の一本くらいならちゃんと返してあげるから」
宙に掲げられたルガーさんは、戦士たちの恰好の的となる。
私も急いで助けに入る。
ルガーさんに群がる戦士たちを斬り払い、一人一人消していくも、奥からバキバキと嫌な音が鼓膜に響く。
「やめてください! アナベルさん!」
「喧嘩をふっかけたのはそっちでしょ。スペシャルスキルもあと少しで切れるし、クライマックスにしては文句ないわね。ああ、ああ、やっと頭蓋骨にヒビが入った。いいわ、もっと続けなさい、あなたたち。心臓のような急所のないスケルトンってどうやったら死ぬんでしょう。楽しみだわ。やめられないわ」
「ルガーさん! 死なないで! 死なないでください!」
私は涙と一緒に敵を斬る。
ゆっくりだけど着実に前に進んでいる。ルガーさんに近づいている。
だけど近くにいるだけ、ルガーを傷つける音は大きくなっていく。
その度に私の心は悲鳴を上げる。
どうしても失いたくはない。
ルガーさんだけは、ルガーさんだけは。
どれだけ性格が悪くても、悪党が似合っていても、私にとってはかけがえのない仲間なんだから。
「私が絶対に助けてみせる!」
と、入り口を塞いでいた瓦礫が弾け飛んだ。
外から月明かりが差し込んでくる。
それを背景に立っていたのは服を着た人狼と、
「ーーアナベル!」
バニラさんである。
「ん? どうして?」
突然の乱入にアナベルさんと戦士たちの動きは止まっていた。
ーーやっと来てくれたんだ。
私がそう思った次の瞬間。
「五分きっかし。じゃあな、死神」
一発の銃声が辺りに響いた。
直後、目の前に大勢いた戦士たちは一斉に消える。
晴れた視界の中に飛び込んできたのは、串刺しにされたルガーさんと、胸から血を流すアナベルさんであった。
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