第22話 私の闘う決戦

 約束の教会に着いた。

 騎士団は今日も街を巡回している。昨日の一件で死傷者が出たこともあり、またあの一軍に襲われるのではないかと、緊張感を持って街の警備に当たっていた。


 緊張しているのは彼らだけではない。


「一つだけお願いがあります」


 教会の扉を前にして、私は隣に立つルガーさんに言った。

 返事がないのは先を促している証拠だ。


「私たちはこの街を脅かす殺人犯を捕まえに来たんです。ですのでアナベルさんは殺さないであげてください」

「どこまでテメェは馬鹿なんだ。向こうは殺す気満々だってのにか?」

「怪我を負わすくらいならまだしも、命まで奪ってしまっては彼女のためになりません。きちんと牢屋の中で反省してもらわないと」 


 ルガーさんの言い分もわからなくはない。

 相手も本気だから、こちらも本気で挑む。

 勝者と敗者の決まる戦いでもある。それも命をかけた。


 でも、私はアナベルさんに自らの罪と向き合わせてあげたい。


 私たちが勝者になっても、敗者であるアナベルさんの命までどうこうするつもりは微塵もない。

 だからルガーさんには勝者になってもらい、彼女にチャンスを与えてあげる。

 我ながらお人好しだなと思っている。罪悪感のない人に反省だなんて無意味かもしれないと。

 ルガーさんは首を横に振った。


「その辺は状況による。なるべく急所は外すようにするが、その際に俺ではなくお前が襲われる懸念もある。お前を守りきれんと判断した時は、容赦なく頭を狙うからな」

「はい! 自分の身は自分の身で守るので大丈夫です。その覚悟があるから、ルガーさんの隣に立つことを決めました」


 今回の戦いはルガーさんとアナベルさんによるもの。細かいことを言うと私まで参加する必要はないと思うが、ルガーさんは唯一の仲間。

 そこに駆けつけないで仲間を語る資格はない。


「お前がいると余計に考えることが増えそうだがな」


 嫌味なら言われ慣れた。

 本当に余計なら、力ずくでも私をあの家に縛り付けているはずだ。

 実践経験ゼロの私でも、逃げることならお手のもの。


「時間稼ぎなら任せてください。じゃんじゃんアナベルさんの足引っ張ってあげますから」


 バニラさんたちはここにいない。

 今頃、西部か南部を調べていることだろう。


「行くか」


 ルガーさんが扉の取手に触れる。

 アナベルさんの血が付いたままで、この教会は使われていないのかもしれない。


 そのまま扉が全開すると、中には誰もいなかった。


「まさか約束すっぽ抜かれちゃいました?」


 そもそも、あんな狂った人と真面目な約束ごとが通じるとは思えなかった。

 アナベルさんの姿はどこにもない。


 扉と同様、床に血溜まりなら残っているままだったけど。


「うげっ!?」


 だが突然、ルガーさんは私を抱えて中へと駆け込んだ。

 何事かと思ったが、背後から爆発とともに入り口が吹き飛んだ。

 それにより壁と天井が崩落し、退路は塞がれてしまう。

 ルガーさんの反応が少しでも遅ければ巻き添えをくらっていただろう。


「何ですか何ですか!?」


 抱えられるといってもお姫様抱っこではなく、荷物を小脇に持つ感じだ。

 雑ではあるが、緊急時のため仕方ない。


 私が叫んでも、ルガーさんは黙ったまま。

 爆音が止んだ頃には、次の場所に移動していた。

 教会の中央を通るのは避けるように、脇に並ぶ長椅子へと飛び込む。

 その衝撃でいくつかへし折れてダメになってしまったが、ルガーさんはまだ使えようなものを見つけると、それに身を隠した。


 何から隠れているのか知らないけど、私が外に顔を出すと、アナベルさんの血溜まりに何やら異変が生じていた。

 まだ粘度のある表面に、謎の模様が浮かんでいる。


 数字の「4」をバランスを崩して書いたかのような模様で、気になった私は目を凝らして見ていると、すぐにルガーさんに頭を掴まれ、強制的に屈ませられた。


「死にたくなければじっとしてろ」


 直後、ズゴンという爆発音が轟いた。

 石片が飛んできたりしたが、長椅子が遮蔽物になったおかげで怪我はせずに済んだ。


 私は恐る恐る顔を出すと、血溜まりのあった場所だけ床がめくれ上がり、土が丸見えになっていた。


「ば、爆弾でも仕掛けられていたんでしょうか……?」

「ーーまあ。今の洗礼で生きてられるなんて」


 どこからともなく響く女の声。

 この声は。


「アナベルさん」


 祭壇に築かれた巨大な十字架。

 その頂点に腰を下ろす一つの影。


 屋内に差し込む月明かりが、そこにいるアナベルさんを妖しく照らしている。

 彼女は両者を顔の前で合わせて、


「ごめん、遅刻しちゃった」

「安心しろ。俺たちも今来たところだ」

「あら、さりげなく女性をフォローできるその気遣い。見た目が骨じゃなかったら好きになってたかも」

「人の感性で受け付けないなら、俺がスケルトンにしてやるよ」


 ルガーさんがハンドガンを数発撃つと、十字架の根本に命中。

 支えていた金具も古くなっていたのか、それが破壊されると、十字架もバランスを崩して前に倒れる。


 上にいたアナベルさんはひらりと身を宙に踊らせて、床に着地。

 彼女は倒れた十字架に視線を落とす。


「神聖な十字架に傷物にするなんて、とんだ罰当たりね」

「尻に敷いてたテメェが言うな。これ以上の悪行なら腐るほどやってきた。俺の人生など罰そのものだ。それが一つ二つ増えたくらい、気に留める方が馬鹿げている」

「神様もあなたの罪一つ一つに罰を与えるなんて大変ね。だったら私が神に代わってお仕置きしないと」


 アナベルさんの気配が変わった。

 やんわりとした物腰の中から、冷酷さが溢れ出ている。


「来るぞ、備えろ」

「はい」


 右手にハンドガン、左手にショットガンを持ったルガーさんの言葉で、私も気合を入れ直す。


 背中の剣を抜き、正面に構える。

 今思えば、実践って初めてだな。


「……初歩的なことですけど、剣ってどう使えばいいんですか?」

「銃と同じだ。敵の急所に狙いをつけ、刈り取る」

「わかりました。そういうのって結局のところ慣れですよね」


 アドバイスにならないアドバイスをもらい、私は呼吸を整える。


 アナベルさんが動いた。


「ーーエインヘリャル」


 不意に放たれた言葉の意味はわからなかった。

 ただ何かの呪文であるのと、それにはちゃんと意味が含まれているんだなということは、私の目の前に現れた甲冑騎士が如実に語っていた。


「ーーぁ」


 いつか見た相手。

 振り下ろされた剣には反応できず、か細い声が漏れてしまう。

 しかし剣が私に届くより、一発の銃声で甲冑騎士の半身は吹き飛んだ。

 ゼロ距離でのショットガンは甲冑を破壊して致命傷を負わすのに十分だった。


「それと剣と銃は敵を殺すのに使えるが、仲間を守るのにも使える」


 ルガーさんが止めの一発をお見舞いすると、甲冑騎士は跡形もなく消滅した。


 私を庇うように立つと、アナベルさんに銃口を向ける。


「というわけだ、死神。俺たちも黙って殺されると思ったか?」

「不意打ち失敗ってところかしら。さっきのアレもそうだけど、あなた何者? どうして私の血液にルーン魔術が仕込まれているのを見抜いたのかしら」

「ルーン魔術ですか?」


 私の疑問にルガーさんは、


「ルーン魔術は戦乙女ワルキューレ十八番おはこだ。ルーンと呼ばれる概念を有した文字を使って魔術を行使する。さっきの爆発は、奴自身の血に爆破のルーンを刻んで起こしたものになる」


 そうか。取手に血が付着していたから、扉は爆発したんだ。

 祭壇前の血溜まりも、あらかじめルーン魔術が起動していたから爆発した。


 ルガーさんはそれを知っていたから、あんな機敏な立ち回りができたんだ。

 ルガーさんがいないと、今頃瓦礫の下敷きだったに違いない。


「まあ、いいわ。精々楽しませて頂戴」

「あ、あれは……!」


 アナベルさんの周囲にいくつもの人影が出現した。

 傷だらけの剣士、巨大な斧を持った戦士、人の形をした炎の精霊まで。

 そこにいる面々は騎士団を襲った謎の軍団だ。

 彼らはまるで、アナベルさんを守るような位置にいる。


「ルガーさん、あの人たち何者なんですか?」

戦乙女ワルキューレのスペシャルスキル……チッ」


 背後から奇襲を仕掛けようとしていた暗殺者風の男に、ルガーさんのショットガンが華麗にヒット。

 たちまち消える。


「スペシャルスキルって、確かカイトさんが言ってましたよね。RFを一つでも手に入れると開放されるみたいな」

「各職業に固有に存在する必殺技みたいなものだ。戦乙女ワルキューレのエインヘリャルは五分間、戦士の魂を召喚し続ける。次に使えるのは二十四時間後になるな」

「やけに物知りなスケルトンだと思ってたけど、どこまでそれを……?」


 不快さを滲ませるアナベルさん。

 彼女の気分を反映させているかのように、召喚された新たな戦士がルガーさんに襲いかかる。


 数は四人。

 戦士たちの体格、持っている武器、何もかも統一性がないのに、ルガーさんだけをターゲットに入れている。


 だが、それら全ての強襲をたった一人で相手取る。

 飛来する矢をハンドガンで撃ち落とし、続いて射主の頭にもう一発。


 両サイドから剣と斧が挟み込んでくるが、一歩下がって躱し、両手の銃を撃つと戦士たちの頭は吹き飛んだ。

 そんな遺体を死角に用い、凄まじい速さでルガーさんの懐に潜り込む影が一つ。


 小柄な体格。手には刃物が握られている。

 その超至近距離に入られては、銃口を向けた時には攻撃をくらっている。


「この三流戦士が」

「ーーーーっ!?」


 銀色の弧が描かれたと思ったが、ルガーさんの膝蹴りが影を宙に浮かせていた。

 呻き声が聞こえると、ルガーさんは逆手に持ったナイフを影の背中に数回突き刺す。

 床に落ち、息絶えた影は消滅。


「さて、もう終わーー」


 この時、ルガーは油断していた。

 真隣に出現した大男の殴打が、ルガーさんの横っ面を抜いた。

 流れるように飛ぶルガーさんは、長椅子を破壊して壁に激突。


「ルガーさん!?」


 叫んでも返事はない。

 それどころか壁にもたれたまま微動だにしない。


 まさか気を失っている……?


 それよりもーー、


「や、やばい……」


 私なんか一握りで潰されそうな大男がこちらを見下ろしていた。

 ルガーさんよりも大きい。でも、あの巨人ほどでもない。

 どちらも私より大きいが……。


「あら呆気ない。あんな啖呵切っといて、一撃で沈むなんて所詮は口だけだったのかしら」

「ーー舐めんな」


 アナベルさんの元に弾丸が数発飛んでくるが、隣にいた剣士がそれらを弾く。


 見ると、ルガーさんが起き上がっていた。


「ルガーさん!」

「心配かけたな、ノノ。俺はこの程度で落ちねぇよ」

「ふーん。まだくたばってないんだ」


 退屈そうにアナベルさんは毛先を弄る。

 だが、その目は狂気に揺らいでいた。


「そろそろ私の出番ね」


 アナベルさんは虚空に手を伸ばすと、そこにルーン文字が浮かび上がる。


 ルーン魔術起動。

 文字は蒼白い光を帯び、一本の槍へと形を変えた。

 槍を回し、周りの戦士に伝える。


「あなたたち、私の援護をなさい」

「ノノ、その木偶の坊は任せた」

「はい!?」


 まさかこの大男を私が倒せと。

 無理。


「もって数分。それくらい生き延びてみせろ」

「いや無茶ですって!」


 私の叫びはどこにも届かない。

 戦士たちを付き従えたアナベルさんは動いていた。

 ルガーさんも、それに備えて弾薬を装填。


 両者が激突。

 一対複数。

 どう考えてもアナベルさんに分がある。

 それでもルガーさんは果敢に挑む。


「死んじゃえ!」


 アナベルさんの突きを躱し、カウンターにショットガンを撃った。

 しかし、間に入った炎の精霊に銃弾が軌道を変え、吸い込まれた。


「チッ」


 舌打ちしたルガーさんの真上から、巨大な斧が降りかかる。

 直前で避け、男の脇腹に蹴りをお見舞い。

 その隙に、アナベルさんと剣士の攻撃が続く。


 両者の戦いを見守っていたことで、すっかり自分のことが疎かになっていた。


「うわっ!?」


 大男のパンチを避けれたのは奇跡だ。

 すごい破壊力。床が抉れている。


「これが戦士。今はこの世になくても、昔は存在したすごい人」


 どう考えも私が太刀打ちできる相手ではない。


 見るとルガーさんは斧使いを倒したところだった。

 しかし、空いた穴を埋め合わせるように新手が投入。分厚い鎧を着て、巨大な盾を持った男が銃弾を防ぐ。


 それでもルガーさんは諦めていない。

 私も頑張らないと。

 自分の身は自分で守るんだ。


「かかってこい!」


 私は闘うことを決意した。

 













































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