第21話 ぶらりぶらり貧民街

 貧民街と呼ばれるだけあって、この辺りの景観はお世辞にもよくはない。

 屋根が落ちかけている家や、壁がボロボロの建物が多い。

 夜見ると不気味な街だなと思ってたけど、明るい内だとゴーストタウンみたいだ。


 道も全然舗装がされておらず、ボコボコとしていて歩きにくい。

 そんな場所を、バニラさんは軽い足取りで進んでいく。


「バニラさん、歩くの早くないですか?」

「そう? ノノが遅いだけじゃない?」


 いや、そんなことはないと思う。

 身長差があるルガーさんと一緒に歩いている時も、特に気にならなかった。

 もしかすると客観的に見て遅いけど、ルガーさんが私のペースに合わせてくれてたとか……?

 いやいやいや!? それこそ絶対にない!


 単に道が悪いだけだ。

 なのにバニラさんは何でもなさそうに歩いている。


「何でそんなに慣れてるんですか?」

「だってアタシ、一時期この辺りで活動してたもん」


 ああ。そういう。


「アタシが目覚めた場所は貧困街なんだ。ノノはどこなの?」

「港湾都市です」

「えー、いいーなー。すっごい海綺麗なんでしょ?」


 羨ましそうに上半身をうねうねさせていた。

 私としてはバニラさんが港湾都市で目覚めるのに反対だ。

 もしバニラさんが私と出会って意気投合し、ぶつかったカイトさんに騙され、シュラウドくんと同じ運命を辿りそうだからだ。


 別にシュラウドくんなら死んでもらっていいってわけじゃ当然ないけど、ここまで仲が深まってしまっては、安全を願うのは当たり前のようになっていた。


「聞きたいんだけどさ、どうしてノノたちは山岳都市にやってきたの? 殺人犯を捕まえるって目的以外に何かあるよね?」


 バニラさんはややペースを落とし、軽い調子で尋ねてくる。


「気づいてました?」

「そりゃノノはともかく、ルガーは別のこと考えてそうだったもん。何がスッゴいこと企んでそう」


 あのスケルトンフェイスをよく見抜いたなと感心した。


「スッゴいと言えば大袈裟ですけど、私たち永年大槍えいねんたいそうを目指してるんです」


 これについてはルガーさんに口止めされていないので、包み隠さず話した。


 バニラさんは、その地名に心当たりがあるようだった。


「知ってる知ってる。帝国の首都でしょ。何か知らないけど、ダッシュもそこに行きたいって言ってたし」


 ゲームをクリアするには、RFを四つ集めて永年大槍えいねんたいそうの最上階に持っていかないといけない。


 記憶の制約がありつつも、ダッシュさんも彼なりのアプローチでゲームクリアを目指してるんだ。


「でもこの街に留まることにしたよ。アタシも女の子だし都会には憧れるけど、まず先はアナベルじゃん。彼女と一緒にオシャレして永年大槍えいねんたいそうの街を飲み物片手に歩きたい」


 あくまで自分のことよりアナベルさんを優先する。

 余程、彼女のことが好きなのだ。

 そりゃ、見知らぬ世界で同じ境遇にある者同士、心の距離も近くなるのだろう。

 シュラウドくんも生きてたら、私も彼のことを第一に考えてたかもしれない。


「あの、バニラさん」

「ん? どしたの?」


 バニラさんは誰よりもアナベルさんのことを知っておく必要がある。

 私とルガーさんだけが、あの情報を持っているのは何が違う気がした。

 だから打ち明ける。


「実はですね、まだアナベルさんについて話してないことがあるんです」

「うん」


 隠してたのを怒られると思ったけど、杞憂だった。

 神妙な顔に切り替え、私の言葉を待っていた。


「アナベルさん、人を殺しても罪悪感がないらしいです」

「………………そう、なんだ」


 明るい彼女に似合わない暗い表情。

 だけど、すぐさま頭を振り、


「うん、うん」


 と自分を納得させようとしていた。

 辛い思いをさせたみたいで、心が痛い。


「言わない方がよかったですかね?」

「いやいや!? そんなことないよ! いい意味でも悪い意味でもアナベルらしい!」


 どんなフォローの仕方ですか。


「そっか……。あの人、感情の起伏がほとんどなかったし、ちょっと怖いところはあったけど、なるほどね。そういうこと」

「はい。どうやら罪悪感を得るために、殺人をしているみたいです」

「うわぁ、すっごい理解できない動機」


 露骨に引いていた。

 また、私は一つ気になることを見つけた。


「たとえアナベルさんが冒頭者でも、よくそんな怖いと思える人と一緒にいましたよね」


 私なら、ちょっと距離を取りたい。

 ルガーさんも十分怖いけど、あの人はヤンキー系の怖さだ。一方アナベルさんの怖さはオバケ系。

 ずっと仲良くしたいとは思えない。


 バニラさんは真面目な顔で言う。


「だってアタシさ、自分で言うのも何だけど結構なトラブルメーカーじゃん? だから、アタシが後先考えずに行動に出た時、すぐに止めてくれるような人と友達になりたいの」

「なるほど。危ない道に走っていると止めてくれる友達。素敵な友情です」

「そ! ちな、ノノに使う友達は一緒に悪さする仲間的な扱い」


 喜ぶべきなのか……?

 もし私の職業が盗賊なら、バニラさんと女盗賊団でも結成してたりして。


「アナベルはいつも冷静で穏やかだったよ。アタシも彼女がいたから今日まで騎士団に捕まらず、盗賊ができた」


 バニラさんと初めて会った日のことを思い出す。あの時は盗みを失敗して、危うく連行されかけていたが、私たちが偶然通ったから助かった。

 アナベルさんがいたら違っていたのだろうか。

 でもバニラさんが盗みを失敗したから、私たちは出会い、こうして散歩ができている。


 その道中、騎士団の人とすれ違うことはなかった。本当に貧民街は治安維持がされてないんだなと痛感する。


 代わりにすれ違うのは目つきの悪い男性や、汚れた服を着た女性、痩せた子供も歩いてる。


 私たちのことを見ていても、騎士団に通報するような動きはなかった。

 私はともかく、バニラさんはアラーラで顔の知れてる泥棒だ。

 パン屋のおじさんと大違いの反応だった。


「本当にバニラさんが出歩いてても何も起きませんね」

「彼らも盗みや犯罪をしたことがあるからだろうね。仲間は売れないって心理が働くんじゃない?」

「どうして南部だけ貧困層が多いんでしょうか?」


 他の地区と違い、南部だけ経済格差が顕著に出ている。これを解消しない限り、ここにいる人たちはいつまでも不幸なままだ。


「アタシも詳しくは知らない。噂だと都市長が収入の低い人にも、下には下がいるって安心してさせるために、貧しい人を南部に寄せ集めて差を見えやすくしたってものある」

「噂だとしてもヒドい話しですよね……。ここに住んでる人は、貧民街ってだけで白い目で見られてしまうんですよね?」

「そうだよ。でも彼らを不幸だと思うなら、まだ早計だよ」


 貧しいけど、不幸じゃないって意味かな?


 するとバニラさん、道端に寝転んでいた老人に目をつけました。ホームレスなのか、麻布を布団代わりに使っている。


 そしてバニラさんは驚くべき行動に出ます。

 隅に置いてある雨水の貯まったバケツを掴み、


「起きっろー!!!」

「ババババニラさん!?」


 老人に水をぶっかけました。

 突然のことに、老人は跳ね起きます。


「な、何事じゃ!?」

「うっす。ジジイ」


 バニラさんは気軽い挨拶。

 もしかして知り合いなのか。だとしてもこの起こし方はいろいろと問題がある。


 長いヒゲを生やした老人はバニラさんの顔をまじまじと観察すると、思い出したかのように手を打った。 


「おう、バニラちゃんじゃないか!」

「久しぶり」

「知り合いなんですか?」


 私の質問にバニラさんは、


「ちょっとね。にしてもジイさん元気してた?」

「ああ、元気じゃい元気じゃい。バニラちゃんのどでかい乳にも触られてくれたら、もっと元気出そうじゃがな」

「おしジジイ、今日を命日にしてやろうか?」


 セクハラをする老人に、笑顔で対応するバニラさん。

 冗談も一段落着いたところで、私はびしょ濡れになった老人の元に近づきます。


「失礼します」

「ノノ、何してんの?」

「見てわかりませんか? 拭いてあげてるんですよ」


 幸いハンカチは持参していた。

 それで老人の濡れた肌や衣服などを上から拭く。


「すいません、バニラさんがとんだご迷惑を……」

「はい? 何のことじゃ?」

「え?」


 水をかけたことを謝ったつもりだったが、まさかそれを被害者である老人に疑問で返された。


「あの、寝てるところに水かけられたんですよ? なんなら、もっとバニラさんを叱ってくれても構いませんよ?」

「なぜワシがバニラちゃんを叱らにゃいかん? こんなとこで寝ているワシが悪いじゃろ」


 これは予想外だった。

 私に拭かれまいとして、あの手この手でハンカチを避けようとしてくる。


「水をかけられるのなんてすっかり慣れたもんじゃ。こんなの直に乾く。何なら今の朝風呂みたいですっきりしたがのう」

「さっすがジジイ! 紳士的なところに痺れるぜ!」

「もっと言ってくれても構わんぞ。ところでバニラちゃん、いつになったら乳触られせてくれるじゃろう?」

「一生ねーよ。あんましつこいとブッ刺すぞエロジジイ」

「ひー、おっかない娘じゃ」


 さっきからこの人たちのやり取りは何なんだ。

 老人は私に話しかける。


「だから嬢ちゃんも、こんな老いぼれの相手せん方がよいぞ」

「だからって、困ってる人は見捨てておけません」

「ワシがいつ困ってるなんぞ言った? 本当にワシが困ってるなら、今頃嬢ちゃんにプロポーズして、残された人生を介護してもらうつもりだったがのう」

「いや、そこまではちょっと……」

「冗談じゃよ。ワシも結婚するなら、バニラちゃんみたいな胸のデカい娘が好みじゃし」


 この一言で私はハンカチの動きを止め、老人と距離を取った。


「んじゃ、ジイさんが生きてることもわかったし、またな」

「達者でのう。……代わりにと言っては何じゃが、尻はどうじゃ?」

「いいよ。とっとと死にたいなら、ジジイの尻穴にアタシがナイフブッ刺してあげるから」


 バニラさんは別れを告げ、凸凹道を歩き出す。

 私も彼女について行った。


「バニラさん、さっきの老人に容赦なかったですね……」

「そう? ならもっとスゴいの見せてあげようか?」


 と言って、バニラさんは道に落ちていた石を拾う。握り拳ほどありそうなサイズで、これをどうする気なんだろう?


「こうするの」


 その石を全力投球。

 しかもすぐ近くにあった民家に向けて。

 石は家の壁を貫通し、中へと消えていく。

 かなり老朽化した木造の家で、壁も石を投げられただけで簡単に穴が開く。


 中で住民が慌てる音がし、扉がちぎれんばかりの勢いで開かれる。


「おいおい。やってくれたのう……」


 中から出てきたのは、私よりも背の低いおっさんだった。ドワーフという種属だろう。

 顔のほとんどがヒゲで覆われていて、鋭い目がこちらを睨んでいた。

 その手にはあの石もある。


「アンタか? 俺の家に石投げたヤツは?」

「私じゃありません! バニラさんです!」

「いや、おっちゃん。アタシは無実だよ。やったのはノノ」

「え!?」


 とんでもない濡れ衣を着せられた。 

 今度はバニラさんの知り合いじゃないようで、実行犯になった私はドワーフさんに睨まれる。


 でも、すぐに笑顔になった。


「ったく。しょうがねえ、自分で修理するか。あー面倒だ。面倒だ」


 と、家の中から工具を持ってきて、家の穴をすごいペースで塞いでいく。

 面倒臭がっている割に、瞬く間に取り付けられたベニヤ板で代わりの壁が完成し、元通りに。


 額の汗を拭ったドワーフさんは私に向けて、


「これに懲りたら二度と人ん家に穴開けるんじゃないぞ」

「え……はい。すいません」

「あばよ」


 最後まで私が悪者だったが、彼はそのまま家の中に消えていった。


 隣でバニラさんはクスクスと笑っている。


「やってくれましたね……」

「ごめんごめん。この家にドワーフが住んでるのは知ってたけど、まさかここまでだったとは」

「どういうことですか?」

 

 バニラさんが何を企てていたのかわからない。彼がドワーフであったことに、何か狙いでもあるのだろうか。


「ドワーフってさ、手先が器用な人多いの。自分の腕に自信持ってる人がほとんどで、彼もそんな感じ」


 だからあんなに張り切って修理してたんだ。


「だからって人の家に石投げるのはどうかと思いますけど」

「それはそれ。これはこれ」


 やっぱりバニラさんってメチャクチャだ。


「散歩をしているだけなのに、どうしてこういろんな人にちょっかいをかけるんですか」

「散歩だからに決まってるじゃん。目的もなくぶらぶら歩いているから、ちょっと寄り道したくなるんでしょ。それに、ノノだってこ貧民街のことについて知れたでしょ?」

「はい。何というか、もっとやさぐれた人ばかりかと思ってるましたけど、楽しい人もいるんですね」


「そっ!」とバニラさんは笑みを浮かべる。


「貧民街の人って生活は貧しいけど、心は裕福な人が多いんだ。だから、今日もパンをもらえたりもした」


 私も貧民街について詳しくは知らない。

 あの老人やドワーフさんはいい暮らしをしているとは言えない。

 けど、何か余裕があった。


 パンを恵んでくれた誰かだって、きっとそんな人なのだと思う。


「悪い意味だとプライドがないんだろうね。こんな汚い街に住んでてさ。とはいえ、他の地区に住んでる連中にはないものをもっているのは確実」

「わかります。普通、寝てるところに水かけられたりしたら激怒しますよね。家に石投げられたりしたら、騎士団沙汰ですし」


 老人は怒るどころか、こんなとこで寝てる自分に非があると言っていた。ドワーフの人も、腕前を自慢するかのように家を修理していた。


「ここに住む全員がそうってわけじゃないけど、みんな心だけは豊かなの。それこそ心まで貧しくなっちゃうと、自分自身も見失っちゃう。だから、ここも悪い場所じゃないかも。ある意味、人の人らしさが滲み出るところだと思う」


 富や名誉、そんなものを全て手放し、何もないからこそ改めて自分が見える。


 歩きにくい地面を何てことなさそうに歩くバニラさん。

 彼女の歩き方を手本にすると、少しは快適に進めるようになった。


 ーーもう、あれも言っちゃって構わないだろうか。


「バニラさん」

「ん?」


 私の声に、彼女は足を止めた。


「どしたの?」

「実は……」


 随分と遠くまで行ってたらしい。

 家に着いた頃には、太陽はすっかり真上にいた。

































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