第20話 村人という職業

 マリリアさんはすでに死んでいる。


 ルガーさんの衝撃的な一言に、二人は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてきた。

 私もそうだ。


 ルガーさんはこの世界に関する何が重要な鍵を握っている。

 これはただの予感に過ぎない。


 もしかすると私の勘違いで、ルガーさんが博識なだけかもしれない。


 でも、それを抜きにしてルガーさんは何かを隠している。

 聞いてもそれが何なのか教えてくれない。


 ならばとおもい、私はルガーさんのいい取り扱い方法を思いついた。


 それは、今抱える問題に対する突破口のような役割だ。

 ルガーさんの隠していることは教えてくれなくてもいい。

 だったら、彼の持っている知識をこちらから引き出して、役立てればいいのだ。


 ここしばらく一緒にいて、ルガーさんの性格もだいぶ掴めてきた。


 彼は重度のカッコつけで、自己中で、口も悪いクズ野郎だ。

 今だってカッコいいと思ってやってるのか知らないけど、壁に背中を預け、立てた片膝の上に手を重ねた状態で座っている。

 そういう座り方をする人って、私の偏見かもだけど、かなりイタイ。


 一部の女性は好きそうだが、完全に私の守備範囲外。


 でも強くて頼りになるし、実際に頼って断られたことがない(私の感覚だけど)。


 お世辞とかも真に受けるタイプだろう。お立てたら木に登りそうだ。


 だからこうして私がお膳立てをし、ルガーさんに発言の場を与えると、簡単に口を開いてくれた。

 極論、わからないことがあればルガーさんに聞けばいいのだ。


「その、死んでるってどういうこと……?」


 代表しておずおずと手を挙げたのはバニラさんだ。


 私も同意見。

 アナベルさんとマリリアさんが同一人物だなんてぶっ飛んだことを言った私でも、ルガーさんのはその斜め上を行っていた。


「一つ聞こう。アナベルの職業は何と言った?」

「村人でしたよね」


 地味過ぎて逆に思えやすい。

 スパッと出てきた。


「そうだ。ここで一つお前らの考えを正す必要がある。ノノ、村人とは何だ?」


 いきなり哲学的なことを問われた。


「えっと、一般人? でしょうか」

「バニラは」

「ノノと同じ。普通の人。アナベルも深い理由もなく村人を選んだみたいなんだけど、本人ですら何をする職業なのかわかってなかった感じ」

「ダッシュ」

「可能性の塊みたいなのか?」

「ほう。おもしれぇ答えだ」


 ダッシュさんの答えが好感触だった。

 ルガーさんは続けて問う。


「なぜそう思う?」

「村人って職業じゃなくて役職だろ。村に住む人がどれだけ金を持っていて、どんなにいい職に就いていようと、村人なんて言葉一つで括られる。だから村人って、それ自体はいろんな意味を持つからなぁって」


 それなりに頷ける解説だった。

 言葉の意味を見直すと、そこまで見えてくるなんてダッシュさんはすごい。


「もしかしてダッシュって頭いい?」

「そんなことはない」


 なぜか焦る様子のバニラさんを、華麗な謙遜で受け流した。

 ダッシュさんが自分より頭いい事実に納得いかないみたいだ。


 頭いい人を羨む性格なんだろう。

 よりにもよって、それが仲間となると追いつきたいという対抗意識が余計に燃える。


 私は頭の良し悪しで人の価値は決まらないと思っているから、気にならないけど。

 何ならバカのままでも幸せならいい。


 話は戻る。


「そういうことだ。俺の解説は不要だな。つまり村人とは、それだけに複数の意味を含む概念ってことだ」

「それはわかりましたけど、結局のところルガーさんは何が言いたいんですか?」


 ルガーさんの真意が気になる私は、その先を急かす。

 そして、ルガーさんの言葉に私は驚愕した。


「村人って職業はな、最初に殺した冒険者の職業に転職できるんだよ」


 バニラさんとダッシュさんは別々の反応を示した。

 バニラさんは青ざめた顔になり、ダッシュさんは天井を仰いでいる。


 二人とも気づいてしまったのだ。


 私の見たアナベルさんの格好。

 死を告げられたマリリアさん。

 私の唱えた同一人物だという仮説。


「アナベルがマリリアを殺し、戦乙女ワルキューレに転職したんだ」

「いや待ってよ!? そんなの……!」


 バニラさんが声を荒げる。


「百歩譲って、百歩譲ってだよ! アナベルが理由もなく無実の人を殺してたとしても、マリリアを殺す動機はどこにもないじゃない!」

「なぜそれがわかる。お前はアナベルなのか? 他人だろ」


 この一言は余計だと思った。

 ただでさえバニラさんは友達が殺人鬼である事実を知り、だいぶ気が滅入っているのだ。

 もっと優しくなれないのか。


「村人が転職できるのは最初の一回だけだ。ノノを殺せば剣士に。俺を殺せば公爵デュークに後はずっとなる。マリリアではない戦乙女ワルキューレの冒険者を殺した線もあるが、だったらどうして昨夜、オロバスを想起させる衣装で登場した?」

「それは……」

「たまたまその日はオロバスを演じたい気分だったから、とでも宣う気か?」

「おい、それ以上バニラを傷つけるならオレも容赦しないぞ」


 ダッシュさんの助太刀で、ルガーさんの言葉の矢は止んだ。


 バニラさんは今にも泣きそうな顔をしていた。

 でも私やダッシュさんの手前、泣かないように努めている。

 私と歳の変わらない女の子なのに、芯の強い人だなと思った。


「とまあそんなところだ。奴が何を思ってマリリアを殺害したかは知らん。興味もねぇ。俺たちの敵がアナベルってことには変わりねぇからな」


 今夜、アナベルさんと会う約束をしている。


 内容は仲良く話し合うことではなく、どちらかの命をかけた戦いなのだが、私はそのことをバニラさんに伝えていない。


 ルガーさんに口止めをされている。

 何が不都合でもあるのかと思ったが、そこは有耶無耶にされた。


 私も考えてみたところ、今夜アナベルさんとバニラさんが会うのはまずいという答えにたどり着いた。


 言葉は悪いかもしれないけど、私とアナベルさんは敵みたいな関係だ。

 でも、バニラさんからしたらどちらも同じ時を過ごした友達のような間柄。


 もしルガーさんとアナベルさんが戦闘になってる中、そこにバニラさんもいたらどちらの肩を持つか。


 場合によっては、ダッシュさんを敵に回すことになりかねない。

 ルガーさんはそれを良しとしないだろう。


 だから、バニラさんに今夜のことを言うのは避けた。

 そんな気がしてならない。


「奴はもう力ある戦乙女ワルキューレとして見るべきだ。今日もまた、誰か犠牲になる。もしかしたら被害は一件どころじゃ済まされねぇかもな」

「どういうこと……?」


 バニラさんは表情を引き締めて尋ねるが、ルガーさんの言ってることは嘘だ。

 今夜の標的は私たちだからだ。

 バニラさんの意識を逸らす目的だろう。


「街は封鎖され、今頃アナベルもどこかに身を潜めていることだろう。つまり俺たちは、殺人鬼と同じ部屋にいるにも等しい。気をよくした奴が住民を連続的に始末するなんてシナリオもあり得そうだがな」

「じゃあ、なおさらアタシたちが頑張らないといけないじゃない」


 心は痛いが、まんまとルガーさんの策にハマっていた。


「そんな日常が続けば、市民感情もいつかは爆発する。殺人鬼がにいるではなく、にいるという恐怖から、最悪住民と騎士団との血で血を洗う戦いに発展するだろう」

「それだけは絶対に阻止しないと……!」

「これは都市封鎖に乗り切った騎士団の非でもある。外部との関係を断ち切ったがゆえに起きた悲劇だ。その悲劇の元凶アナベルがなくならない限り、この街は必ず終わる。それを食い止めるのは誰だ?」

「アタシたちしかいないじゃない」


 決意にみなぎる眼差しで、バニラさんは強く言った。


「そうだ。今日もお前たちには西部、そして南部も任せる。北部と東部はこっちでする。俺からは以上だ。夜になるまで英気を養っていろ」


 ルガーさんは顔を俯かせた。

 寝ているのだろうか。

 瞼がないからわからない。


 そもそもスケルトンに睡眠が必要なのかわからないけど、たまにこうして静かになる時があるから、その時はきっと寝ていたのだろう。


「よし、絶対にアナベルを見つけて、全部吐き出させる」


 言葉巧みに利用されてしまったバニラさん。

 騙されてますよと言いたいところだけど、できないのが辛いとこ。


「ダッシュ、しばらくお留守番してて」

「どこか行くのか?」

「散歩」


 外に出ようとするバニラさんは、私のことを手招きした。


「ノノも来る?」

「え、でも騎士団の人に見つかったらどうします?」

「大丈夫だって。貧民街なんて取り締まってどうなる場所じゃないし、騎士団は手薄なの。昨日、北部で騒ぎもあったし、そっちに人員割かれてるだろうから」


 北部の騒ぎとは、謎の軍団のことだ。


 気分転換に散歩に行きたいし、ルガーさんの許可を得ようにも寝ているので声はかけづらい。


「行ってこいよ。なんかあったら叫べ」


 ダッシュさんとルガーさんを同じ部屋に入れてて大丈夫なのかと不安だったが、ここまで信用されてるなら問題ないか。


「はい、行ってきます」


 私は今日初めて外の空気を吸った。






























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