第18話 もらったパンなら食べてもいい……?
朝。
「んむぅ……あだだだ」
硬い床で寝てたせいか、体が痛い。
だけど寝つきは一瞬だったので、十分な睡眠は取れた気がする。
「起きたか」
「おはようごさいます、ルガーさん」
壁にもたれるルガーさんに朝の挨拶。
もしかして、その体勢のまま寝てました?
コートとハットは椅子にかけられていて、銃一式も机の上に置かれている。
「あれ? バニラさんとダッシュさんは?」
あの二人が部屋にいないことに気づく。
「食料の確保と聞いている」
「買い物じゃないですよね……」
昨日の朝のように、また盗みをしているのだろう。
早起きなのはいいけど、それが犯罪をするためとなると、やや複雑だ。
私はふと、水の入ったバケツを見つける。
バニラさんが用意してくれたのかもしれない。ありがたい。
だけどその水を心の底から飲みたいとは思えなかった。
「ちょっと濁ってません……?」
昨日のダッシュさんが汲んできた透き通るような綺麗な水と違い、この水は泥が混じって茶色がかっている。
「品質はともかく、水分補給にはなる」
「そうですけど……」
「郷に入れば何とやらだ。貧民街の連中は普段それを口にしている」
ルガーさんの口から出た貧民街。
私たちのいるところは、まさにそんなところだ。
場所はアラーラの南部。
昨夜、教会を後にし、バニラさんと合流した私たちは、街の東門が騎士団に封鎖されているのを見た。
アナベルさんを追っている時、騎士団の人が街を封鎖するよう呼びかけていたのをバニラさんに話した。
アラーラは東西南北に外と行き来できる門があり、私たちは東門から入ってきた。
バニさんの家がある山もそっちの方角だ。
他の門も閉じられており、外に出られない。
街の外周は壁や柵が建てられていて、越えること自体は簡単にできるらしいが、そしたら街を囲っている魔法陣に触れ、すぐさま街の魔法使いに伝わる仕組みになってるらしい。
意外なところにセキュリティーがしっかりしてて、驚いた。
家に帰れないとわかったバニラさんは、すぐさま街の南部に移動を開始した。
理由を告げられないままついていくと、この貧民街にたどり着いたのだ。
北部のように整った街並みと違い、ここは大小さまざまな建物が複雑に入り組んでおり、建物も古いものが多い。
そして、バニラさんは慣れた手つきでこの一軒家の扉を開けた。
中は荒れ果てており、廃墟と化していた。
都市が封鎖されている間、ここを仮の家とするようだ。
私も中に通され、互いの情報を交換し合う。
バニラさんたちは西部担当で、特に有益な情報は得られなかったらしいが、私たちは違った。
また犠牲者が出てしまったこと。
謎の軍団と騎士団が交戦したこと。
犯人がアナベルさんであったこと。
その事実を知ったバニラさんは、取り立てて何か言うでもなしに、ダッシュさんを枕に床に就いた。
私も今は声をかけないであげようと思い、その日は寝ることにしたのだ。
ーーガタガタと扉が音を立て、私はそっちに意識を移す。
無理やりこじ開けられると、外からバニラさんとダッシュさんが入ってきた。
「建て付け悪……。あ、ノノ起きてたんだ」
「おはようございます」
「おっはー」
バニラさんは軽い調子でニコッと笑う。
昨夜のことなど気にかけてないように。
「よく眠れたか?」
「はい、ダッシュさんもおはようございます」
「ああ。顔色が優れないようだが、もうちょっと寝てていいぞ」
「え? 顔色悪いですか?」
環境の変化によるストレスかもしれないが、特に体調不良とかはない。
ルガーさんに顔を見せると、
「酷い顔だな。俺の隣に立つ女としては不合格だ」
「何さらっと私の顔ディスってんですか!?」
ルガーさんの場合、本気で言ってるのかわからないからタチが悪い。
そこそこ自分の容姿に自信はあっただけに、この一言はかなり効く。
「まあ落ち込むな。テメェみたいなフラットな胸、まず女として見れやしねぇ」
「うわ〜ん! ルガーさんがいじめてきます〜!」
胸ことを指摘され、私はバニラさんに思いっきり抱きついた。
むにっと大きくて柔らかい感触に顔を包まれる。
中途半端に大きな胸に敵愾心を抱く私だけど、ここまで圧倒的だと一周回って愛せてしまう。
「よしよし、怖かった怖かった」
優しく頭を撫でられ、安心感がヤバい。
「だけどノノ、顔色悪いよ。もうちょい寝たら?」
バニラさんは、心配そうに私の顔を覗き込む。
でも私は顔を振り、
「いえ、大丈夫です。ちょっと昨日いろいろありすぎただけで、日常生活に支障はありません!」
「ならいいけど。朝ごはんにしよっか」
その言葉を合図に、ダッシュさんが本日の獲得物を机に並べる。
パンと包みに入れられた塩のみ。
食料の入ったリュックはバニラさんの家に置いたままなので、文句は言えない。
今日も質素な朝食だなと思っていたら、
「もらえたのはこれだけね。アタシも頑張ってお願いしたんだけど、みんなにも生活があるし、仕方ないか」
「誰かにもらったんですか?」
妙に気になる言い方だった。
そしたらダッシュさんは、
「オレらが盗みをするのに何の抵抗感もないと思ってるなら大間違いだぞ。ここにあるのは、貧民街の連中から分けてもらったものだ」
「……すいません。てっきり、またパン屋さんを襲いに行ってたのかと」
こればかりは謝罪だ。
勝手な先入観を持ってしまった私に、バニラさんは優しく肩を叩いてくれる。
「顔上げてよ。別にノノは悪くないって」
「ありがとうごさいます……」
「貧民街って聞くと、悪印象が持たれがちだけど、実際に住んでる人は大半が優しいよ。みんながみんなが苦しい人生を歩んでるからから、他人の苦しみも理解し合える。だから名前も知らないアタシにも、パンを恵んでくれるんだ」
「腹の肥えた連中にはわからん話だろうがな」
街の北側に目をやって、ダッシュさんは目を細める。
この街は北と南で経済的な格差が激しいようだった。
「もういいから食べよ食べよ」
暗い話はやめようとばかりに、手を叩いたバニラさんは部屋の中心にある机に近づき、椅子を引いて着席する。
私は彼女の対面に座った。
ルガーさんは食事が不要で、壁にもたれたまま床に座している。
ダッシュさんも大きすぎる体格上、椅子に座れないので床でパンをかじっていた。
「あのさ」
唐突に、バニラさんが尋ねてきた。
「アナベルについてなんだけど……」
自分の中で決心がついたように、やっと彼女の名前を口にした。
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