第17話 その女、死神を自称する

 不穏なことを口走るアナベルさん。


 表情は柔らかいけど、言葉の内容とのギャップが激しい。

 その点、まるでカイトさんのようだ。


 ルガーさんが殺しを推奨するようなことを言っても、そのビジュアルと読めない表情のおかげで、ちょっと危ない人くらいには認識できる。


 でもアナベルさんタイプの人は絶対に関わっちゃいけない系だ。


 彼女は負傷しているけど、油断は禁物。

 下手に刺激しないよう、細心の注意を払って接触を試みる。


「どうして殺人に手を染めてしまったんですか?」

「初対面なのに随分と私に興味津々ね。ひょっとすると私のファン?」

「違います。ただあなたの行いが見過ごせないだけです」

「冒険者よね? この世界にどれだけの期間いた? どれだけこの世界に思い入れを感じた? その顔を見る限り、かなり浅いわよね。なのにこの世界の秩序を守ろうだなんて、お人好しね」


 やっぱり、この人とは脳の作りが根っから違う。

 普通の人間ではない。


「バニラさんとは会ってあげないんですか?」

「それはまた最後。今はまだ、その時ではないのよ」


 その時ではない……?


 何かを企んでいるかのようだった。


「もしかして、あなたは何か目的があって殺人をしているんですか?」


 アナベルさんの眉がヒクついた。


「あら、わかっちゃった?」


 そう言って、アナベルさんは祭壇に手をついて立ち上がった。

 出血量も多く、頭もボーッとしてるだろうに懸命に立つ。


「私が無計画に物事を進めるはずないじゃない。これも全て私のため。私がちゃんとに戻れるための行い」


 自分に言い聞かせるかのように訴えていた。


「人間に戻る……?」

「そうよ、私は人でなくなってしまった」


 アナベルさんの見た目は人間だ。

 だから何かの喩えで自分が人でないと言っている。


「私には、罪悪感と呼べる感情が欠如してるの」


 この時、アナベルさんの目はとても哀しそうにしていた。

 その目はルガーさんに向けられる。


「ねぇ、そこのスケルトンの方。他人の命を奪ったことはあるかしら?」

「無論だ」


 返答に迷いはなかった。

 そして何の躊躇いも。


 胸の奥がギュッと締めつけられた。

 ルガーさんの殺した人というのは、先程、邪魔立てされたこの世ならざる者たちではない。


 それよりも前、まだ私のいないゴッズゲームでのことだ。

 ルガーさんも私と同じように冒険者をやっていた。

 そこで彼がRFを手にするべく、他者の命を殺めていても何の不思議もなかった。


 アナベルさんは続けて聞く。


「その時、何か感じた?」

「達成感と歓喜。他者を踏みにじることへの圧倒的な愉悦感」

「あらステキ」


 舌舐めずりをし、ルガーさんの言葉を愉しげに聞いていた。


 私は二人に何の共感もできなかったけど、次にルガーさんのした補足に思うところがあった。


「しかし、後に残るのは後悔だけだった。快感など一時的なもの。その後はずっと殺した相手の人数分、俺の中で罪が蓄積してってんだと自覚した時は、ロクな死に方しねぇと思ったんだ」


 ルガーさんでも罪の意識はあったんだ。


「ふーん」


 アナベルさんは残念そうに肩を落とす。


「じゃあ、私と同じじゃないのね」

「勝手に同類扱いしてんじゃねぇよ」

「なら、死神は私だけってことか」


 自嘲気味に呟く。


「私はあなたが羨ましい。だって殺すといろんな感情がほとばしるんでしょ。生きる心地よさ、抗えない罪の意識。私が享受するのはただの。何も感じないのよ。何も」


 アナベルさんは無感情な瞳で天井を見つめていた。


「アナベルさんが人でないというのは、人を殺しても何も感じない死神だからですか?」

「そうよ。まあ、本来の死神もは感じるんでしょうけどね。でも、そのは私と同じ虚無かもしれない。だったら私は死神と変わらないじゃない」


 彼女は手にする槍を愛おしげに撫でる。


「だから私ね、この街に住むいろんな人を殺すの。殺して、殺して殺して殺して殺してーー罪の味を知ることが私の目的。でもまだ、何も感じない。さっきの女を殺しても、虚しさだけが残るだけ」

「ーーならばバニラを殺してみてはどうだ?」

「ルガーさん!」


 私は声を荒げた。

 なんてことを提案するのだ。

 よりにもよってバニラさんを。


「バニラはテメェと行動を共にしてたらしいな。だったらこの世界で最も気の置ける人物のはずだ。そんな奴を殺すと、さぞかし美味い罪を味わえるだろうな」

「やめてください! そんなこと私が絶対にさせません!」

「落ち着け。冗談だ」


 それが冗談に聞こえないんですよ!


「ふふ」


 笑い声がした。


「ふふふ、そうね。あなたの言う通り、あの子を殺せば……ふふ」


 アナベルさんだ。


「でもね、それは最後。まだその時ではないのよ」

「ーーだったら俺たちを殺すか?」

「え」


 私は素っ頓狂な声を漏らす。


「まぁ」

「悪い話ではないだろ? バニラの友人を殺す。バニラにとって大切な者を奪う。そろそろ自分とは関係のない一般人を殺すのに飽き飽きしてた頃合いだろ? 飛びっきり、最高なのを感じようぜ」

「ステキなお話ね。おねぇさん、大賛成」

「決まりだな」


 二人だけで、勝手に話がまとまってしまう。 


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 そこに異議を唱えようと、私は水を差す。


「ルガーさん、自分が何言ってるかわかってるんですか!? 殺されるんですよ! しかも私まで巻き添えだし!」


 そんな滅茶苦茶な話、断固として御免被る。


「安心しろ。俺も大人しく殺されるわけじゃない。最大限の抵抗はするさ」

「いいわ。惨めに足掻いてくれた方が、こちらとしてもヤり甲斐があるもの」


 嬉しそうに手を組むアナベルさんを、ルガーさんは親指で指し、


「死神もそう言っている。お前も呑め」

「呑めませんよ!?」


 やはり、この二人は頭がおかしい。

 常人の私には理解できないほど、思考回路が歪んでいる。


 私は必死に抗議したが、ルガーさんはそれをスルーすると、アナベルさんに向き直った。


「明日また、ここに来る。時刻は今くらいでいいだろう。その方がお前にとってがいいんだろ?」

「気が利くこと。では約二十四時間後、この教会をあなたたちの墓にしてあげる」


 そう言い残すと、アナベルさんは飛び上がり、背後のステンドグラスを割って外に出た。


 生暖かい夜風が私の髪を揺らす。


「本当にいいんでしょうか?」

「安心しろ。お前のことは全力で守る。俺も死ぬ気などさらさらない」


 ルガーさんは強い。

 それはさっき証明された。


 でも疑問が一つ。


「ルガーさん、アナベルさんを殺そうとしてますよね?」

「悪いか?」


 答えづらい質問だ。

 殺人犯を正義の名の下に殺すことは、果たしていいことなのだろうか?


「アナベルさんを逮捕するのが目的でしたよね? いつの間にかルガーさんが主導権握って決めちゃって、最終的に決闘みたいになるのはどうしてなんですか……」

「お前に発言力がないのが理由だな。それと、お前は博愛主義が過ぎる」


 それこそ「悪いですか?」と言いたいところだ。


「平和が一番です。そのために、一人でも傷つかないよう考えて行動してるんじゃないですか。なのにルガーさんは、やれ人殺しだ、やれ争いだで解決しようとする」

「武力での解決が最も手っ取り早い。お前は愛する母親が夜盗に犯された末に惨殺されても、仕方ない、夜盗にも夜盗なりの考えがあったと許せるのか? 許せないだろ。俺なら復讐に身を燃やし、地獄の底まで夜盗を追い詰め、死よりも辛い目に遭わせるがな」

「お腹空かせて痩せ細った子供がいたら食べ物を恵んであげますよね。ルガーさんは、見て見ぬフリをして、食料を独り占めするんですか? 最低ですね」

「誰もそういうことが言いたいんじゃねぇ」


 骨の後頭部をがしがし引っかいたルガーさんは、教会から出て行ってしまう。


「この話は仕舞いだ。まずはバニラたちと合流するぞ」


 バニラさんとは街の入り口で落ち合うよう約束している。

 何か一つ情報を得るのがノルマなので、アナベルさんと接触できた成果は大きい。


 明日のことは心残りだが、まずはバニラさんたちと情報を整理することから始めたい。


 






































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