第16話 私の生きれる大合戦
ドタドタといくつもの足音が、たった一つの影を追う。
「おいこら待ちやがれ!」
「やっとその姿見せやがったな!」
「これ以上、この街で悪ささせてたまるかよ!」
先頭を走る騎士団から檄が飛ぶ。
私たちは最後尾にいるので、奇跡的に彼らには見つかっていない。
すっかり犯人に気を取られているのだ。
馬の被り物をした犯人は、風の抵抗を減らそうと低姿勢のまま駆けている。
まったくペースは落ちていない。
だが、騎士団も私たちもしつこく追いかける。
「ディーズ、アルン! お前たちは部隊を指揮して各門の隊長に伝令を飛ばせ! 都市を封鎖する!」
前にいた男が、隣につけていた二人の騎士に命令を下す。
「了解です!」
「直ちに!」
二人は自分たちの部隊を率いて、東と西の方角へ行ってしまう。
私たちがいるのは街の北側。
犯人は南へ移動している。
騎士団が都市を封鎖するのが早いか、それとも犯人が街を抜け出すのが早いか、正直なところわからない。
こればかりは騎士団の統率力と犯人の逃げ足との戦いだった。
犯人はこちらを一瞬だけ一瞥する。
嫌な予感がしたが、気のせいであってほしい。
だが気のせいではなく、それは現実として現れた。
ーー突如、先頭を走っていた一団が空高く舞い上がる。
「え!」
人がホコリのように舞うという現実味のない光景に、私は無意識に声を上げていた。
状況を把握できてない騎士たちは立ち止まり、自分たちの仲間が空から降ってくるのを眺めていた。
ただ立ち止まる理由は他にもある。
もっとも、そちらの方がインパクトが強い。
「あ、あれは……?」
私の指差す場所。
地面に叩きつけられて動かなくなった騎士たちの頭上。
そこにいたのは、建ち並ぶ家屋より大きい人だった。
いや、これは巨人だ。
巨人が私たちの進路を妨害している。
片手に待つ巨大な斧。
赤褐色の肌に、腰巻だけという簡素な格好。
凶悪な牙が口から覗き、黄色い双眸が私たちを睥睨している。
恐ろしい見た目だった。
こんなに大きな物体が、一体どこから湧いて出てきたのでしょうか。
「あがあああああああああ!!!」
ちょうど前にいた騎士が絶叫した。
硬いものが引き裂かれる音がすると、血飛沫のようなものが視界の隅に映る。
「ーーーーっ!?」
私は声にならない悲鳴を上げた。
だって、剣を持った男が騎士の一人を斬り伏していたのだから。
男は騎士団の者ではない。
そもそもまとう雰囲気が異様で、この世界の住人でないと直感的に判断していた。
でも冒険者でもなさそうだ。
上半身は裸で、ボロボロのズボンだけという粗暴な出で立ち。
何より目に正気が宿っていない。
死んだ肉体が動かされているような印象で、そこに生き物らしさを見出すのは難しい。
あの巨人と同様、どこからともなく出現したのか。
「ーーノノ!」
「あで!」
突然、ルガーさんに突き飛ばされ、地面に倒れる。
こんな時だというのに何するんですか! と苛立ちながら顔を上げると、私の背後に迫っていた甲冑騎士の剣を、ルガーさんが素手で受け止めていた。
「
ショットガンを甲冑の隙間にねじ込み、引き金を引くと、頭部は内部から破裂した。
黒い血が地面を汚し、頭を失った体は激しい音を立てて崩れ落ちる。
だが直後、甲冑の遺体は霧のように消えてしまった。
「い、今のは……?」
「この世ならざる者だ。もとより魂だけで、有るべき場所に還しただけにすぎん」
たった一撃で仕留めたルガーさんは、視線を前に向ける。
そこはまさに混沌とした戦場だった。
巨人、謎の男、甲冑騎士、ルガーさん曰くこの世ならざる者たちは、さらにその数を増し、騎士たちに襲いかかる。
カラスのマスクをした黒装束が騎士の体を切り刻んでいたり、獅子の顔をした男が槌を振り回していたり、火を吐くドラゴンもいれば、女王風の人物が象に跨って通りを荒らしたりもしていた。
これは夢なんじゃ? と思って頬をつねったけど普通に痛い。
「こ、これはどういった状況なんですか?」
「説明は後だ。奴に逃げられるぞ」
私たちが謎の軍団に足止めされている最中、犯人はかなり遠くまで行っていた。
もしかしてこれも、あの人が……?
「グズグズするな! 走れ!」
「っ! はいっ!」
ルガーさんが叫んだのは初めてかもしれない。
私は言われたまま、戦場の中を一心不乱に走り続けた。
騎士団は戦いに夢中で、見つかっても声をかけられる心配はない。
走れと言われたから走った。
だから目の前でーー大人を丸呑みできそうな巨大ヘビが襲いかかってきても、私は走り続ける。
でも怖いし、その気を誤魔化そうと大声を上げて。
「あああああああああああ!! もう焼けくそじゃあああああ!!」
ーーヘビの眉間に穴が開き、その巨体は倒れ落ちる。
振り向くと、ルガーさんがしゃがんだ状態で煙の立つスナイパーライフルを構えていた。
「立ち止まるな! 援護は俺がする! お前は俺を信じて突き進んでいろ!」
「何でここにきてちょっとカッコいいんですか!?」
ちょっと優しくされて、泣きそうになった。
男が女にさせることとしては滅茶苦茶だけど、ルガーさんらしい。
私は走ることを再開する。
騎士の首を刈り取った覆面男と赤いドラゴンが私に迫る。
発砲音が二回。
胴に命中した覆面男は吹き飛び、片目を潰されたドラゴンはのたうち回る。
それらは瞬時に消え、残滓のような靄をくくり抜けると、次に立ち塞がったのは大暴れする象だった。
背中の女が私を見つけるなり、騎士たちを蹴散らして襲いかかる。
でもそれらの脅威も、ルガーさんの手にかかれば屁でもない。
連続して放たれた銃弾が、象の太い前脚を破壊する。
バランスを失い、前に倒れかけたところで、すかさず一回の発砲音。
騎手である女王の頭を吹き飛ばすと、象と一緒に消え失せた。
すごい命中率だなと感心しつつも、私は走り続ける。
右から左から、地中から空から、あらゆる敵が私の命を狙いにきても、ルガーさんは一体、また一体と駆除していく。
一方、無限に沸き続ける相手に、騎士たちはなす術なく命を散らしている。
中には洗練された立ち回りで勝ち続ける者もいるが、息つかせぬ敵の攻勢に、体力が果てて殺されてしまう。
そんな地獄にいて私だけが生きているなんて奇跡みたいなものだ。
ルガーさんの援護がなければ、最初のヘビの餌になっていたに違いない。
そして私はたどり着いた。
通りを塞ぐ巨大な影。
最初からそれが目的であったかのようで、これまで手にする斧を一度も振るっていない。
そんな巨人であったが、私を見つけるなり動きがあった。
空いた片手を持ち上げ、一気に振り下ろす。
虫を叩く要領で、私の頭上に巨大な手のひらが迫りくる。
私はルガーさんを信じて避けようはしなかった。それに、今さら動いても遅いところまで来ている。
だけどルガーさんからの援護射撃は飛んでこない。
ここにきて裏切られた? と暢気に思うことはなかった。
ーー潰される。
目の前の出来事で頭がいっぱいいっぱいだったのだ。
途端、体がふわりと宙に浮く。
いや違う。後ろから誰かに抱えられたのだ。
顔を上げると、ルガーさんがそこにいた。
「ルガーさん……!」
私の声をかき消すかの勢いで、ショットガンが銃声を上げ、頭上ギリギリに迫っていた巨人の手は木っ端微塵に散っていた。
肉の塊が降り注ぎ、鉄臭がする。
そんな中、私をお姫様抱っこして走るルガーさんは、
「耳を塞いでいろ」
「言うのが遅いですよ!」
やっぱりこの人に全幅の信頼は寄せない方がいい。
片手を失った巨人はまるで痛みなど感じていない様子で、今度は斧を使った。
縦に振るのではなく、横になぎ払う。
近くの家々は破壊され、その進路上にあるもの全てを巻き込む。
敵味方関係ない。
大きすぎるがゆえのデメリットだから、動かずじっとしていたのだろう。
「舌を噛むなよ」
奥歯を噛みしめた次の瞬間、ルガーさんは跳躍し、斧の攻撃を避けた。
めくり上がった石畳から土煙が吹き上がる。
飛ぶところまで飛び、私たちは落下する。
その間、ルガーさんはスナイパーライフルに持ち替え、スコープは覗かず、先端を巨人に向けていた。
「この距離でデケェ図体、外す道理はどこにある」
私が耳を塞いだ直後、引き金が引かれ、弾が一直線に飛翔する。
反動で後ろに引っ張られるかのようだったけど、ルガーさんは着地し、巨人を見据える。
たった一発の小さな弾丸に、頭を抜かれた巨人は白目を剥いて大の字に倒れた。
いろんなものが壊されていく音がしたが、ルガーさんは私を抱えたまま再び走り出す。
「犯人を追うぞ」
「で、でもまだ敵はたくさんいます!」
巨人は倒した。
しかし、騎士たちは無尽蔵に湧く敵と交戦中だ。
助けるべきだと私は思う。
「もうすぐ使用時間が切れる。それについては問題ない。……チッ、ここから当てるか」
巨人は消え、ある程度のところまで進んだルガーさんは私を下ろし、スナイパーライフルを遠くに向ける。
その先を目で追うと、犯人と思われる人物が見えた。
でも、かなり遠いところにいる。
ルガーさんはここから当てるつもりなのだろうか。
「殺さないでくださいね」
「言うと思っていた。血は流れるかもしれねぇがな」
狙いを定めたルガーさんは、撃った。
「ヒット」
その呟きが聞こえ、跳ねるように私が見ると、犯人は体をよろめかせ、通りに落ちていくところだった。
「あっ!」
「手応えは薄いな。あれで死にはしねぇよ」
私は犯人のところまで全力で走った。
「このあたりのはず、でしたよね?」
「これを見ろ」
通りの地面を指差すルガーさん。
そこにはポツポツと血の跡が。
ルガーさんに撃たれたことで、犯人の流した血なのだろう。
まだ新しい。
「こいつの跡を追うぞ」
血は路地に向かって延びている。
その跡を追って路地に入り、狭い道を進み続ける。
ある建物へ血痕は続いていた。
「ここは……?」
「教会だな」
ひっそりとした場所に佇む教会。
扉は開いており、取手には血がべっとりと付着している。
中に入ると、長椅子が規則正しく整列しており、奥の壁はステンドグラスになっていた。
「あ」
私は見つけてしまった。
入り口を真っ直ぐ進んだ先、十字架の祀られた祭壇に、その人物は背中を預けて私たちを見ていた。
手元にあるのは、血に濡れた馬の被り物で、一部分は欠損している。
素顔は丸見えだった。
その人物を一言であらわすなら、優しそうなお姉さんだ。
黒くて綺麗な長い髪に、柔和な印象を受ける垂れ目。
街を騒然とさせる殺人犯には見えない。
そんな彼女の顔面は血だらけだった。
ルガーさんの一撃を馬の被り物が守ってくれて、幸い傷で済んだといった感じだ。
「あなたがアナベルさんですか?」
私の質問に、その人は目を細めた。
「あら、バニラちゃんのお友達?」
「そんなとこです」
「そう。あの子やっと友達ができたのね。これから仲良くしてあげて。あの子、自分勝手でわがままなとこがあるから、いろいろ大変かと思うけど、嫌って思わず受け入れてあげてね」
「ルガーさんっていう人類史上見たことないような自己中がいるので、なんてことないです」
どうやらこの人が例のアナベルさんらしい。
彼女はさらりと、とんでもないことを口にした。
「あの子の友達なら、殺すとさぞかしイイのを感じられそうね」
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