第15話 月影の槍主、骨は怖い

 そして夜になりました。


「聞いてた通り、騎士団がうろついてますね」


 建物の陰から通りを見渡すと、騎士団の人たちが何人も巡回していました。


 それなりに身を守ってくれそうな防具に、誰しもが腰に剣を携えており、いつでも戦闘は可能な状態。


「個々の力はたかが知れている。奴らを捻じ伏せる準備は万端だ」

「だからどうして物騒な話に持っていこうとするんですか」


 私の隣で、ハンドガンをカチャっと鳴らしたルガーさん。


 街に下りてからというもの、ルガーさんはやたらと周囲に目を光らせている。


「今や騎士団は俺たちの敵だ。そんな連中が警邏けいらしてる中で、どうして殺気立たずにいられよう」

「敵扱いは言いすぎでしょ。ちょっと見つかると面倒な人たちって認識でよくないですか?」

「知らん。俺の足を引っ張る奴は全員敵だ」


 それならワンチャン私も敵になるんじゃ……?


「あっ、隠れてください」


 と、近くに騎士団の人が通りかかったので、ルガーさんを物陰に押し込んだ。


 ちなみにバニラさんとは別行動だ。

 この街は広い。

 二人で一緒に見て回るよりか、手分けして殺人犯を探した方が効率的だと考えた。

 だけどまだ事件は起きていない。


 騎士団の人が去るまで息を殺し、気配が消えたのがわかると、外に顔を出す。


「ふぅ、行きましたね。でもどうします? これだと迂闊に歩けませんよ」


 身軽なバニラさんなら屋根伝いに移動できるけど、運動音痴な私には無理な芸当だ。

 もし犯人が事件を起こしても、どうやって現場まで駆けつけようか。


「背後から一人一人狩っていけば、少しは歩きやすくなるだろう」


 ルガーさんはナイフを取り出し、こちらに向けてくる。


 たから何でこの人は、そういう風でしか解決できないんだろ。


「思うんですけどルガーさん、私に何か隠してませんか?」


 外に注意を払いながら、意を決して尋ねた。


「どうしてそう思う?」

「直感です。ルガーさんのことそんなに知らない私でも、何か大事なことを隠してる感じがするんです」


 私が目覚めた直後のルガーさんは、記憶の制約もあって発言内容に制限がかかっていた。

 そのためゴッズゲームのルールという超重要な情報を口にできず、必然的に隠し事をしまうことになる。


 だけど今は違う。

 記憶の制約がなくっても、ルガーさんは何か大事なことを黙っている。


「…………」


 ルガーさんは何も言ってくれない。

 だったらこちらも切り札を使う。


「今日この街に来てから、ルガーさん言ってましたよね? 私たちが追っている殺人犯は一人だって。どうしてそれを知ってるんですか?」


 あの時はバニラさんが割って入ってきたことで、強制的に中断させられてしまったが、今は十分話す余裕がある。


「何を知ってるんですか?」

「…………」

「何か私にバレたらマズいことでもあるんですか?」

「………」

「諦めと沈黙は肯定を意味しますよ」

「チッ」


 最後の一言に、ルガーさんは舌打ちのような音を鳴らした。


「テメェも生意気になりやがったじゃねぇか」

「ここしばらくルガーさんといたからですかね。もうルガーさんに連れ回されるだけのは私はここにいません。言う時は言うって決めましたから」


 今の私にはバニラさんがいる。

 そしてダッシュさんも。


 一緒にいていいと思える相手はルガーさんだけではないのだ。

 だから私も強気に出れる。


「あー、イラつくぜ」


 帽子を深くかぶり、目元を隠したルガーさんはそう呟いて立ち上がる。


「おい、俺はどちらだと思う?」


 いきなりどうしたのだろう。


 話を逸らしている様子はなさそうなので、ここは素直に答える。


「悪ですね」


 即答すると、ルガーさんは腰のハンドガンから手を離した。


「合格だ」

「え? もしかして何か試されてた?」

「ああ。返答次第で俺の態度とお前の運命は変わっていた。故に俺は嘘偽りなく、お前に真実を明かしてやろう」


 どうやら悪でよかったらしい。

 ルガーさんを知っている人なら、大半は悪と答えそうだが。


「俺は犯人の正体を知っている。だが俺は犯人と関わりがない。一方的に俺が向こうを知っているだけの関係だ」

「いつ知ったんですか?」

「それを打ち明ける必要性はない」

「いえ、そこ一番気になるとこですから!」

「声がデカい。今ので騎士団がこっちに来るかもな。俺はもう喋らんぞ」


 ずるいずるいずるい!

 この人やっぱり悪だ!


 もどかしい気持ちでいっぱいだが、私たちは場所を移動することにした。


 月明かりのおかげで、夜でも足元は見えやすい。


「ところでさっきの質問、もし私が善って答えてたらどうなってたんですか?」

「お前を殺していた」


 ジョークめいた言い方ではなかったため、本気なのだろう。

 私の命が最優先とか言ってながら、そのくせ殺すと意味がわらないけど、ルガーさんらしいなと納得した。


 ちょうど次の物陰に隠れる時だった。


「ーーきゃあああああああああ!!!」


 女性の悲鳴が夜の街を切り裂いた。


 騎士団の人たちも顔を合わせて、声のした方角に注意を向けていた。


「おい! 聞いたから今の!?」

「ああ! 北門の方だ!」

「今夜も現れやがったな! 行くぞ!」


 騎士団たちの足音は北へと消えていきました。


「ル、ルガーさん……!」

「ああ、俺たちも追いかかるぞ」

「はい! ってあれ……?」


 だけど私は足はぷるぷる震えて動けません。

 さっきまで普通に歩けていたのに、急にどうしちゃったんだろう。


「緊張か不安によるものだな。深呼吸が手っ取り早いが、平和ボケしたお前にはーー」


 と、私の目の前にハンドガンが向けられていました。引き金にはしっかりと骨の指が添えられている。


「ど、どうしちゃったんですか……? ルガーさん……?」

「気が変わった。ここで死ね」

「な……何で……?」


 ルガーさんの好きなタイミングで、私は死ねる状態にある。


 いつぞや聞いた発砲音。

 中身をぶちまけて破裂した酒瓶が脳裏に蘇る。


 そして意識する。

 次は私がああなる番なんだと。


「嘘だ」

「え?」


 ルガーさんはゆっくりと銃を腰にしまう。


「足を見ろ」


 言われた通りに下を見ると、足の震えはピタリと止んでいた。

 しかも動く。

 さっきよりも快適かもしれない。


「緊張や不安など、死の恐怖の前には塵芥ちりあくたに等しい。それを乗り越えた今、お前の精神は鉄壁頑強。来い、あまり俺を待たせるな」

「あ、はい!」


 本当に無茶苦茶な人だ。

 怖いようで優しい。優しいようで怖い。

 善とか悪とか決める以前に、問題にすべきところがいくつもある。


 でも、こんな人が私の仲間。


 いつかゴッズゲームの運営にルガーさんを返品してやる。

 その時は私も、よくもこんなゲームやらせてくれたなと悪質クレーマーになってやる。


 私はルガーさんの後を追いかけた。

 住人も夜は出歩かないようにしているのだろう。

 騎士団の人は北に向かっており、道中誰とも出会わなかった。


 バニラさんも向かっているかもしれない。


 しばらくすると、通りの奥で何やら騎士団が集まっていた。

 松明たいまつが焚かれていて、幾分か明るくなっている区画。

 場所は道沿いの民家の前。

 近くの住人も戸から顔を出して、その様子を眺めている。


 私たちも物陰を移動し、バレない程度のところに接近すると、騎士団の会話内容を盗み聞く。


「また一人殺されたみたいだ。被害者は亜人の女性。さっきの悲鳴もこの人のだろうな」

「隊長が見たところ、槍のようなもので胸を一突きされたらしい」


 槍……?


「これまでの事件と同じだな。しかし、また犯人に逃げられちまった……」

「こんな大都市、住人を守るにしても俺たちだけだと人数不足だ。ロクに援軍も送ってこない団長は何をしている……!」

「この前急逝した先代団長の姪っ子だったか? 大した戦歴もなく、急ごしらえの団長だとしても、もうちょっと仕事してほしいものだな」

「まったくだ。それに今の団長には黒い噂も立ってるらしい。どうやら裏にとんでもない黒幕が…………なあ、おい。あれ、何だ?」

「どうした? ーーっ!?」


 ある団員が屋根の上を指差していた。

 それに釣られて目を向けた者は、信じがたいものを見るように、唾を飲み込んでいた。


 その反応はどんどん周りの騎士団にも伝染していき、私とルカーさんも屋根の上に釘づけになっていた。


「ルガーさん、あの方は……!」

「お前の推測は概ね間違っていない」


 月をバックに佇む一つの影。

 頭部は馬ーーしかし、背後からは漆黒の髪が風にあおられなびいている。

 そのことから、馬の頭部で顔を隠した人間だということがわかった。


 黒を基調とした禍々しい衣装でも、スレンダーなラインから女性であると想像がつく。

 そして、手に握られている蒼銀の槍。


 その人物は通りに集まる騎士団を見下ろす。

 感情ばかりはわからないけど、明らかに私たちを発見すると、


「あっ! 逃げたぞ! 追いかけろ!」


 屋根の上を走って行ってしまう。


「ルガーさん!」

「ああ」


 私たちも騎士団の後をついていく形で、あの犯人らしき人物を追跡しました。























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