第14話 デカい乳には気をつけろ
犯人はバニラさんの知人で冒険者。
いきなりとんでもない情報が手に入った。
「ダッシュ、喉乾いたから水汲んできて」
「あんたもいるか?」
バニラさんに言われ、外に向かうダッシュさんは私に聞いてくる。
「はい、お願いします」
「俺は必要ない」
「誰もあんたには聞いてねぇよ」
ルガーさんを睨み、外に出て行った。
バニラさんは腕を組んで「うーん」と唸る。
「どこから話したものか。あ、前もって言っとくけど、アタシとダッシュは盗みはしても殺人まではしてないからね!」
「そんなの疑ってませよ」
これは本音だ。
初対面だけど、バニラさんは性格的に人殺しは絶対にしない。
もししてしまっても、怖くなって自主するようなタイプだろう。私も多分そっち系だ。
「ならよかった。あと補足しとくと、犯人はアタシの知り合いって言ったけど、確たる証拠はないんだよね」
「決めつけってことですか?」
「まぁ言葉はアレだけどそうなるね」
バニラさんは頬をかいて苦笑した。
「アタシと犯人ーーってこの言い方そろそろやめよっか。アタシとアナベルは同じ日にこの街で目覚めたの」
「アナベルさんですか」
「お互い自分の記憶もなく、右も左もわからない状況だったからこそ、一緒に行動することを選んだ」
まるで私とシュラウドくんみたいな関係だった。
「あの警戒心の強いダッシュも、アナベルの仲間は信用してたしね。ノノんとこの仲間とは大違い!」
「へー、どんな仲間か会ってみたいです」
「オロバスって種族で、顔が馬で体が人間の悪魔なんだけど、すっごい凛々しくて素敵な女性なの! しかも職業は
剣士が嫌ってわけじゃないけど、なんか響きカッコいいし、いつかジョブチェンジできるなら
「ちなみにアナベルさんの職業は何なんですか?」
「村人」
「村人……?」
あまりパッとこなかった。
あの職業リストに載ってたかすらあやふやだ。
「こればっかしはアタシもよくわかんない。アタシの盗賊や、ダッシュの武闘家みたいにハッキリした意味がないから、職業の特徴みたいなのはサッパリ」
ルガーさんも何も話さないし、村人について詳しくないのだろう。
「話戻すけど、私たちはしばらく一緒に行動してて、食料面はアタシが盗みをして何とか生活はできてたの。でもアタシの存在はどんどん噂になって、その時住んでいた空き家に騎士団も押し入ってきた。これも何とか逃げきれたけどね。で、たどり着いたのがこの山ってこと」
「よりにもよってこんな場所に家建てる必要ありましたか?」
「ないよ」
真顔で即答だった。
「アタシもさ、もう隣街に行こって言ったんだけど、アナベルはこの街に残るって譲らなくてさ。よっぽど気に入ったんだろうね。空気も澄んでるし。アナベルは街が一望できる場所に住みたいってうるさいし、街で木材集めてここに家建てることになったの」
「何往復しましたか?」
「往復自体はそんなにだよ。ダッシュたちも手伝ってくれて、ただ家建てたことなんてないからさ、そこはみんなの知恵を出し合って、このボロ小屋が完成。めでたしめでたし」
自虐めいた風に言うけど、そういう話、結構素敵だな。みんなで協力するあたりとか。
「じゃあこの家も、ちょっと前までアナベルさんが住んでたんですね」
「そうだよ。ある日を境にいなくなったけどね」
「持ってきたぞ」
と、コンパクトモードではないダッシュさんがバケツ片手に戻ってきた。
バニラさんが入り口でバケツを受け取ると、コップで中の水をすくう。
それを飲んで、ぷはぁと息をつく。
「やっぱ天然の湧水はサイコーだね! ノノも飲みなって!」
「これ使えよ」
コンパクトモードのダッシュさんが、緑色の物体を口に咥えて運んできた。
持ってみると、何枚もの葉っぱで作られた受け皿だった。
「これ、ダッシュさんが?」
「まあな」
「器用なんですね!」
「うるせぇよ……」
クールなだけに、褒められると反応に困るタイプなのだろう。
そっぽを向いてしまった。
「じゃあ、いただきます」
自然のお皿で水をすくい、口に入れてみると、ひんやりとした冷たさが舌を伝い、脳に直接響くかのようだった。
正直なところ、神みたいな味だった。
「おっ、おいしい……! これ、天然水って名前で商品化しませんか?」
「ないない。もししたとしても、泥棒から商人って、どんだけ波乱万丈な人生なのさ、アタシ。こういうのは、アタシらだけで独占するのが何よりも楽しいんじゃんか」
バニラさんは残っていたパンも飲み込み、水で喉を潤した。
それから居住まいをただし、話を再開する。
「どこまで言ったっけ……あっそうだ、家作ったところか」
ダッシュさんはバケツの中に舌をチロチロ入れて飲んでいた。バニラさんの話から、どんな内容かを察した様子だ。
「アナベルのことか? あの人なら帰ってこないぞ。帰ったとしても、オレたちはどんな顔で迎えてやればいいんだ? 人殺しだぞ」
「……わからないじゃん。アナベルと再会して、またこの家で暮らせる日が訪れるまで、アタシはこの街に居続けるから」
「強情だな」
アナベルさんのことは関心がなさそうに、ダッシュさんは水を舐めていた。
「いつからアナベルさんはいなくなってしまったんでしょう?」
「ある晩、衣服とか毛布が欲しいなって思って、アタシが民間に侵入して盗むことになったの。そしたら珍しくアナベルがアタシを手伝いたいって申し出て、一緒に街に下りることになった」
バニラさんのコップを握る手に力が入る。
一方、ダッシュさんは「ふん」と鼻を鳴らしていた。
「アタシも特に断る理由なかったし、人手がある方が効率いいと思ってたけど、事件が起きたのはその時。ダッシュたちには街の入り口で待機してもらって、アタシとアナベルで夜の民家に忍び込んだ。でも、運悪く住人とばったり」
「どうなったんですか?」
「殺したよ」
「え」
あまりに自然な物言いだった。
「アタシは盗んだ物をまとめてトンズラするつもりだったんだけど、アナベルは相当パニクっててさ、護身用に持たせていたナイフでグサッとね」
「そんなことが……」
かけるべき言葉に困った。
そんな私とは対照的に、バニラさんは軽い調子で話してくれる。
「その後、すぐに家に帰ったんだけど、それまでアナベルは一言も喋らなかった。最後に聞いたのが「おやすみ」だよ。朝起きるとアナベルとその仲間はいなくなっててさ、あの時はホント探し回ったよ」
冗談めいて手を上げるバニラさんは、水のおかわりをし、軽く息をつく。
「アナベルが失踪した日から、街で殺人事件が多発したの。ねぇ、これって偶然だと思う?」
「それは……」
答えに迷う。
個人的にはアナベルさんが犯人だと思っている。
アナベルさんが殺人をしてしまったタイミングで、似たような事件が連続して起きるなんて、同一人物がやっていると考えるのが普通だ。
犯人がアナベルさんとは無関係の別人という線は、なかなかに信じがたい。
バニラさんも最初にアナベルさんが犯人だと言ってたことから、私と同じ思考で導いた答えなのだろう。
「諦めと沈黙は肯定を意味するぞ」
ルガーさんから余計な一言が飛んでくる。
言い淀む私から、バニラさんは朗らかに笑って、
「ノノもアナベルを疑ってるんでしょ。別にいいよ、変に気ぃ遣わなくても」
「はい、ありがとうございます……」
「アタシ空気読めないし、言葉にされてないものを察しろっていうの苦手だから、思ったことはズバズバ言ってもらえた方がいろいろ助かる。だからノノも遠慮なんかしなくたっていいよ。アタシたち、もう友達じゃん」
今日ーーなんならさっき出会ったばかりなのに、もう友達認定とはコミュ力の塊だ。
「で、今日のところはあんたらもついてくるのか?」
「今日何かするんですか?」
ダッシュさんが尋ねてきた。
そしたらバニラさんは、
「夜になると、街に下りるの。犯人は毎晩、街で誰かしらを殺してる。夜は騎士団も警備を固めてるけど、正直当てにならない。いまだ犯人の顔すら掴めてないね。だからアタシらはアタシらで犯人を調査しようって考えてるの」
「なら、私とルガーさんも協力させてください」
「もちろん!」
勝手にルガーさんの名前を出したが、彼から特に言及はなかったのでオッケーなのだろう。
バニラさんは手を差し伸ばしてきた。
「一緒に頑張ろう」
協力のための握手だ。
握手で思い出したが、これと同じような手法でシュラウドくんは殺されたんだっけ。
そんな逡巡はあったけど、カイトさんとバニラさんの握手には明確な違いがあった。
それは単純に互いの信頼関係だ。
「はい、よろしくお願いします!」
バニラさんの手を握り返す。
ナイフが飛んでくるなんて杞憂だった。
それどころかバニラさんは私を思いっきり抱きしめてきた。
「うん! 一緒に頑張ろう!」
だけど命の危機を感じたいことは一つ。
バニラさんは私より身長が大きい。
そのため、目の前のおっぱいで窒息死しかけたこと。
握手を求められた時、また新しく警戒しないといけないことが増えた。
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