第13話 盗んだパンを食わせるな

「ここがアタシらんね」

「はぁ………着いたぁ……」


 バニラさんの家に到着。

 達成感より疲労感の方が勝る。

 その場所は街の中ではなく、山の中腹という、あまりにも素人に厳しい道行きだったのだ。


 街を抜け、家畜の放牧された丘を登り、森に入る。

 森というより木々の多い上り坂といった感じで、景色が変わらないだけに、心への負担も相当なものだった。


 森を進んでからは本格的な登山になる。

 でっかい岩が一塊になったかのような山で、木はほとんどない。

 足場はゴツゴツしており、めちゃくちゃ疲れた。


 岩と岩の隙間を通ったり、足場を踏み外すと落下死するようなところを歩いたり、時にクモが鎧の中に侵入してパニックになったりして、ようやく小高い岩を越えた先にその家はあった。


 山の中の開けたスペース。

 見上げると太陽がすぐ近くにあるようだった。

 眼下ではアラーラの街が一望できるではありませんか。


 でもバニラさんの家は、とんでもなく崖っぷちに建てられていたのです。

 しかも家と呼ぶより、小屋の方が意味合い的に近いかもしれない。

 失礼かもしれないけどボロい


「すごい立地ですね」

「同感だ。ここに来るまでの移動時間も考慮すると、馬鹿みたいな場所にあるのは間違いない」


 これにはルガーさんも落胆してました。


 スケルトンで体力の概念がないせいか、疲労感はまったくにじませていない。


 もしこのゲームがクリアできなかったら、次はスケルトンの体になりたいな……あっ、でもそんなことしたら胸が小さいどころか、胸すらなくなっちゃう……!?

 やっぱ今のなしで!


 家の扉を開けて、バニラさんは手招きする。


「疲れたでしょ? 早く入って!」

「スケルトンのあんたはコンパクトモードで頼む。そのまま入られると家の広さ的に厳しい」


 いつもこんな道を行き来してるからか、余裕で呼吸が整っているバニラさんたちは家の中に消えていく。


 私たちも後に続く。


 やはり中は狭かった。

 部屋は一つだけで、家具はベッドとタンスのみ。それだけでも動けるスペースは限られてくる。


 バニラさんは床に胡座をかいて座り、ダッシュさんはコンパクトモードでただのオオカミになっている。


 私が足を踏み入れると、後ろでガツンと音がして、家全体が大きく揺れた。


「おいあんた! コンパクトモードになれって言ったろ!」

「ルガーさん! 絶対ワザとしてますよね!」


 入り口の大きさにルガーさんの身長が合ってなくて、頭をぶつけていたのです。


「コンパクトモードは好かん。だからこうして俺が入れるように玄関を広げているのだろう?」

「あんたのそれは住居破壊行為だ。大人しくできないなら外にいろ」

「だったらお前も来い。大型犬は外で飼うもんだろ?」


 ……また始まった。


 ルガーさんとダッシュさんはさっきからずっとこんな感じだ。


 特にルガーさん。

 向こうから質問がされても、返答に相手への貶し言葉も含めて、そこから不毛な言い争いに発展するのです。


 だから私とバニラさんが、


「ルガーさん、私たちお邪魔になってる立場ですよ? もっと礼儀よくしてください。コンパクトモードが嫌なら、体を折りたたんで入ればいいじゃないですか」

「ダッシュもやめなって。あんまり悪い子だと、もうアタシと一緒に寝てあげないよ」


 こうして仲裁するのだ。


「ふっ。ワン公の恥部が知れただけでも収穫か」

「バニラ……いくらなんでもそれを暴露する必要はないだろ」

「でないと鎮まらないじゃん」


 ダッシュさんの可愛い一面も知れ、ルガーさんは中腰で入ってくる。


 みんなして円を描くように床に座った。


「さて、それじゃ朝ごはんにしよっか! いやー、朝飯は大事だね。何も食べないまま盗みをすると失敗するわ」


 と笑ってバニラさんはパンを全員に配ります。


「食事まで用意してもらってありがとうございます」

「どういたしまして。でもそれ、さっき盗んできたパンなんだけどね」


 私とぶつかり、道に転げ落ちてたのとは違う。ポーチの中に隠し持ってたパンなのだろう。


「ちょっとした保存食ならあるけど、何個かいりますか?」

「おっ、マジ! なになに? 何があるの?」


 目を輝かせるバニラさんは、リュックの中を覗き込む。


 乾燥肉や乾燥野菜といったものばかりで、正直味はよくない。

 腹を満たすには十分そうだが。


「じゃ、これもらうね」

「どうぞ」


 乾燥肉を抜き取ったバニラさんは、パンに挟んでモグモグと美味しそうに食べる。


 私もご飯にしたいが、盗んだパンということで、食べるのに抵抗あった。


「俺は遠慮しておく」

「あ、そうかスケルトンだしね。食べらんないか」


 そう申し出たルガーさんを、私は羨ましく思う。

 なんなら私も「小麦アレルギーで食べれないです」って言おうかな。


 ルガーさんは自分のパンをこちらに渡してきた。


「ノノ、お前が食え」

「え? 返さないんですか?」

「お前に飢え死にされると困るんだよ」


 嬉しいような嬉しくないような気遣いだった。

 私は渋々受け取って、複雑な思いのままパンを口にした。

 あーあ、また罪を重ねちゃった。


「……なんだか私、この世界に来てから悪いことばかりしてる気がします」

「気に病むことないって。何の説明もなしにこの世界に連れこられたんだし、アタシら冒険者に非はないよ。生きるっていう大義名分もあるんだしさ。仕方ないことだって、割り切らないと」


 バニラさんから励みになる言葉を与えられた。


「それにしてもバニラさんはいつからこの世界にいるんですか?」

「三週間くらいかな」

「三週間!?」


 私は二、三日程度。

 同じゴッズゲームの参加者だとしても、ここまで滞在期間にズレがあるなんてフェアじゃない。


「早い奴なら一ヶ月前にこの世界にいる。その分、お前とシュラウドはかなりのハンデを背負ったな」

「私、運なさすぎ……」


 ルガーさんが私だけに聞こえる声で囁く。


「運のなさには自信あったけど、こんなのだとちゃんと犯人捕まえられるのかな……」

「犯人?」


 歯に挟まった肉を気にしていたバニラさんが、そのワードに食いついた。


「はい。私たち、この街を騒がす殺人犯を追っているんです。まだ何の手掛かりも掴めてないけど……」

「そう、だったんだ……」


 バニラさんの表情が真剣なる。ダッシュさんも、そんな彼女のことを気にしていた。


「実はアタシらも、その殺人犯を探してるんだ」

「え?」


 こんな偶然あるのだろうかと、間の抜けた声を上げる。


「何なら情報共有しよっか?」

「はい! 是非ともお願いします!」


 泥棒の手を取ってしまい、街で大胆な情報集めはできないので、こんなチャンスは逃すまいと考えた。


 だけどバニラさんの言葉に、私は驚かさせる。


「実はアタシの知り合いなんだよね。しかも冒険者の」





 

 

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