第12話 泥棒か被害者か

 馬車が止まる。


「着きましたよ、お客さん」

「ん……?」


 御者のおじさんの声で私は目を覚ました。


 どうやら寝ちゃってたみたい。

 二日間の馬車での旅は、思ってた以上に疲れる。

 まずガタガタ揺れてお尻が痛い。


 座席にクッションは敷いてあるけど、座りっぱなしの状態も結構腰にくる。


 半日ごとに休憩時間が設けられてあり、外の空気を吸って伸びをした時は、この世の天国にいる気分だった。


 ゆっくりと脳が覚醒してきて、私はあるものに体重を預けているのに気がついた。


 ルガーさんだ。


「っあ! すいません! ヨダレとかついてませんよね!」

「問題ない。俺が何度も寄りかかるお前を跳ね除けても、執拗に引っついてくる寝相の悪さは筋金入りだ」

「さっすがルガーさん! 女子への扱いのヒドさは筋金入りです!」

「退け」

「あふっ!」


 強引に腕で弾かれ、唇を尖らした私は扉を開く。


 外からひんやりとした空気が入ってくる。


 私は馬車から降りると、その空気を肺にいっぱいに吸い込んだ。

 そして凝り固まっていた体も伸ばす。


「んずうぅぅぅ〜! これこれ! これですよ! この感じ癖になります!」


 全身にちゃんと血液が行き渡っている感じがする。

 おかしな話、今の私ならルガーさんに体を雑巾絞りのように捻られても快感に変えられそうだ。


 私の後に、ルガーさんも馬車から降りてきた。


「ルガーさんは体痛くならないんですか?」

「血も肉もないからな」

「あは、スケルトンジョークですか?」

「ただ、しばらく動かないと関節に錆ができちまう」

「へー、そうなんですね」

「今のがスケルトンジョークだ」

「…………」


 すごく純粋にウザかった。


 御者のおじさんに二人分の銀貨を払い終えたルガーさんは、荷物をまとめて馬車乗り場を後にする。


 荷物といっても、港湾都市で買った食料の入ったリュックだ。ルガーさんは食事を必要としないそうで、私しか食べていないこともあり、そんなに減っていない。


 私はアラーラの街並みを見つめる。

 港湾都市より木造の家が多い気がする。空気も塩の匂いではなく、うまく表現できないけど自然の香りって感じがする。


 それも全て、街を囲むいくつもの山々があるおかげだろう。


「わー、見てくださいよ! 山! 山! また山!」

「俺たちは登山をしにきたのではない。前の街でもそうだったが、大自然を目にすると無性に興奮する癖は何なんだ」

「魂が叫びたがってるんですよ! ルガーさんもなるでしょ?」

「ならん」

「フン、連れないルガーさん」


 まだ朝ということもあり、通りは人が少ない。

 この街も帝国だとメジャーな都市に入るそうで、港湾都市のように昼間は人でごった返すのだろうか。


「気になったんですけど、とても殺人犯のいそうな街ではありませんよね」


 たまに見かける奥さんは朝の買い出しに行ったり、キツネの老人は散歩をしたりしている。ギルドの掲示板にもあった、アラーラでの連続殺人が起きている場所とは思えないくらい穏やかな朝だ。


「この街でも人口が何万いると思っている? そのうち、自分がたった一人の犯人に標的にされるなど大半の奴は思わん」


 確かにそうかもしれない。


「そんな悪者を私たちがとっ捕まえましょう! ……ところで、ルガーさんはこの街でする用とかありますか? 冒険者を探す以外で」

「ないな。強いて挙げるなら、冒険者を見つけて殺すことだ」

「そうですか……」

「お前の案を試してみようかと思う」

「え? それってカイトさんの足取りを追うってやつですか?」


 ルガーさんは静かに頷いた。


 驚いた。

 てっきり、ルガーさんは私の意見なんて歯牙にもかけていないのかと。


「冒険者を殺す方法だと、どうしてもお前が嫌がるだろ」

「ルガーさん……」


 私は両手を胸の前で組んだ。

 ルガーさんに認めてもらったみたいでちょっとだけ嬉しい。


「手っ取り早くRFを回収する考えならいくらでも思いつくが、そのどれもがお前なら全力で阻止しようとするだろう」

「つまり、ルガーさんは殺すことしか考えていないんですね」

「当然。俺のやり方を通してお前の意見は断固拒否、という方針でいたのだが、この二日間考え直してみた」

「それで、私の提案を受け入れてくれたと?」

「多少はな。全てではない。時と場合によってはだが、殺人は行使する」


 淡々としたトーンでルガーさんは言った。


 それだけでも私が彼の中に変化を起こしたことが素直に嬉しかった。


永年大槍えいねんたいそうへは、地底都市シャンガラから馬車が出る。アラーラの隣街だ。シャンガラ行きの馬車は三日後に着く予定だな」

「じゃあ、その三日間で犯人を突き止めればいいんですね!」


 アラーラにおける私の目標は、その犯人の確保だ。

 まずゴッズゲームのクリアを優先すべきだけど、どこに冒険者がいるかわからないし、殺してRFも入手したくない。

 そんなことをすると殺人犯とやっていることは同じだ。


 ルガーさんも積極的に殺しはしないと宣言してくれたし、しばらくは犯人確保に専念できる。


「でもルガーさん、どうしてさっき、だなんて言ったんですか?」


 この情報はギルドの掲示板で得られた。

 そこに記載されていた内容に殺人犯は単独だなんて一文字も書いていなかった。


「…………」


 ルガーさんは何も言わず、前だけ向いて進んでいる。

 表情はよく見えないし、見えたとしても骨だから読み取れない。


 そんな疑問だけが膨れ上がっている私だがーー曲がり角に注意を払うのを忘れていた。


「あ」

「お」


 急に角から飛び出してきた金髪の女の子と目があった。

 私が「あ」で彼女が「お」。


 そして、


「「あがっ!!」


 ぶつかる。


 頭と頭が衝突し、もみくちゃになりながらも私たちは道路にすっ転がる。


 私はといえば、目をくるくる回して大の字になっていた。


「あいてて……って! 大丈夫!」


 女の子が私の背中に手を当て、体を起こす。


 視界に入ってきたのは、叫ぶたびに振動でプルプル揺れる二つの山。

 今の私からすると、アラーラの山々より高い霊峰に見えた。


 おそらく、私が一生かけても手に入らないであろうものだ。


 それをこの娘は……、


「大丈夫! ねぇ! なんでアタシの胸の見たまま真顔なの!」

「がぶっ!」

「んあはぅ……!」


 その頂にかじりついた私に、女の子は路上ではしたない声を漏らす。


 中々に悪くない噛み心地に私は頭の痛みなのすっかり忘れて、夢中になっていた。


 ところが、


「おい! 盗人!」


 向こうの方から男の人が怒鳴り声を上げて走ってきた。

 エプロンのようなものを巻いている。


「っと! ヤバい! こんなことしてる場合じゃなかった! ねぇ、ちょっといつまでアタシのおっぱい咥えてるの!」

「逃さん……夢と希望が詰まった私だけの世界遺産……」

「ちょっと……アンタ、ねぇ……」


 理性なんて全部消し去り、私はただ本能のままに舌を動かし続けた。


 女の子の方は頬を赤らめて、私を引き剥がそうとするが、そんな抵抗無意味に終わる。


「捕まえたぞ」


 おじさんが女の子の肩を掴んだ。

 その声で、私もやっと正気に戻る。


「ありがとよ、嬢ちゃん。大悪党の捕縛に協力してくれてよ」

「大悪党……?」

「離してよ!」


 私の疑問は他所に、女の子はおじさんの腕を払おうとするも、その手も掴まれてしまい、地面に組み伏されてしまった。


 華奢な女の子だ。こんなガタイのいい男性に力では勝てるはずがない。


 それに彼女は私を支えていたこともあり、ただでさえ体の自由はきかなかったであろう。


「さっそく騎士団に連絡だ。巷を騒がす泥棒娘を確保。明日の朝刊が楽しみだな」

「離してよ! このクズ!」

「どっちがクズだ! 店の商品盗む泥棒が! テメェなんてブタ箱がお似合いなんだよ! 何件、この街の人を困らせてきた!」

「生きるためには必要なんじゃんか!」


 下にいる少女に怒鳴り散らすおじさん。

 言葉の端々から二人がどんな関係にあるのな見えてくる。


 胸に夢中で全く気づかなかったが、私たちの周りにはパンが何個か落ちている。


 それも全部、あの女の子が盗んだのだとすると……。


「ちょっと待ってください」


 私の声に、おじさんと女の子は私の方を見た。

 私は鎧の中から、ルガーさんにもらった銀貨を差し出す。


「これ、その子が盗んだパンの代金です」

「んあ? 何言ってやがる?」

「だからおじさん、その子を解放してあげてください」


 私の行為を理解したおじさんは、はっと息を吐いて眉根を寄せる。


「あのな嬢ちゃん、そういう話じゃないんだ」

「じゃあ、どうすればその子を解放してくれますか?」

「また面倒なのに絡まれたもんだ……」


 ため息をついたおじさんは、今なお暴れる女の子を力ずくで抑える。


「騎士団を呼んできてくれ。話はそれからだ」

「その子を離してくれたら呼びます」

「ぶざけるな。この盗人に情けを与えるなら、それは間違いだ。こいつを野放しにしておくと、ますます街で厄介ごとが増える。ただでさえ殺人鬼がうろついてるのによ……」


 舌打ちをしたおじさんは、今度はルガーさんに声をかけた。


「あんたでいい、騎士団をーー」


 突きつけられたショットガンの銃口が、おじさんを強制的に黙らせた。


「手が塞がって銀貨が受け取れないなら、銀の弾丸をテメェの脳味噌にブチ込んでやろうか?」


 泳いだ目が銃の持ち主を見据える。

 ルガーさんのことを通りすがりの大男と思っていたのだろう。

 スケルトンの恐ろしい顔を見て、おじさんは硬直していた。


 その隙に、女の子は抜け出して私の背後に隠れてきた。


 女の子に脱走され、ルガーさんに釘付けのおじさんは、わなわなと口を動かし、来た道を走って行った。


「あっ、あんたらの顔は覚えたからな! 盗人にくみする連中として、騎士団に報告してやる!」


 そう言い残し、曲がり角に消えてしまいました。

 ショットガンを仕舞ったルガーさんは、


「世界中に同じ顔のスケルトンがどれだけいると思っている」

「でもまあ、結果的に私たちが悪者みたいになりましたね……。お金ももらってくれませんでしたし」

「あ、あの……」


 女の子が恐る恐る声をかけてきた。

 髪は乱れたままで、地面を転がったせいで露出の多い肌に擦り傷もできている。


 それでも彼女は真っ直ぐな目で私たちに、


「助けてくれてありがとうございました! でも、なんでアタシなんかを……?」


 彼女がそう思うのも不思議ではない。

 泥棒とその被害者のおじさん。

 誰が通りかかっても、後者を助けるのが当たり前だ。


 でも私たちは前者を選んだ。

 そうした理由に深い理由はない。


「だって、胸吸わせてくれたから……」

「は?」


 女の子は口を丸く開けていた。


「私にないものを堪能できたから、そのお礼ですよ」

「俺はどちらに肩入れしようとどうでもよかったが、俺が作った銀貨を受け取らなかった奴の態度に腹が立っただけだ」

「それだけで……」


 私とルガーさんの泥棒を助けた理由がぶっ飛びすぎてて、女の子も言葉を失う始末。


 盗みを推奨するわけではないが、この子も生きるためやっているのだと思うと、私たちと共通するところがあるみたいで、シンパシーを感じてしまったこともある。


 ルガーさんが武具屋で強盗めいたことをしてたみたいに……。


「騎士団に通報されるみたいですし、私たちこの街にいられませんね」


 殺人犯を追うつもりが、まさか泥棒の仲間だと思われてしまった。

 街で情報収集もできなくなるし、まず泊まれるところはあるだろうか。


 そんな壁にぶつかっていると、


「なら、アタシたちの家来る? ちょっとボロいし狭いけど」

「本当ですか! でも、アタシ?」


 まるで同居人がいるかのような言い方だった。


 ーーその時、空から白い影が降りてきた。


 一言で表すなら、二足歩行で服を着たイヌだった。


「えっ! ワンちゃん!」

「オオカミだ」

「喋った!」

「あ、ダッシュ! ちょうどいいところに!」


 ダッシュと呼ばれたオオカミは、女の子を守るような立ち位置にいて、こちらを警戒しているようだった。


「妙な胸騒ぎがするから、来てみて正解だった。あんたら冒険者だろ?」

「え? そうですけど……もしかして」


 冒険者の組み合わせは、人間と非人間が定番だと武具屋のおじさん言っていた。


 ダッシュさんは私たちを冒険者と見抜いた。そしてまた、女の子とダッシュさんの組み合わせも……。


「そっちも冒険者なんですか?」

「そうだよ」


 あっけらかんと女の子は認めた。


 私はまず振り向き、ルガーさんを見た。

 だけど彼女らを襲う素振りはない。


 ここが街の中というのもあるし、戦闘になると面倒なことになると判断したのだろうか。


 一応、注意は必要だが、冒険者は極力殺さないという約束は守ってくれたんだ。


 ダッシュさんは牙を剥いて、こちらに意識を割いている。


「これから家に誘うんだけど、乗り気じゃない感じ?」

「当然だ。冒険者は信用できない」


 冒険者の仲間はゴッズゲームのルールを知っている。

「記憶の制約」でルールは明かせないものの、互いを敵として認識しているのは確かだ。


「でも盗みに失敗して、パン屋のハゲに捕まっても、その人たちは助けてくれたよ?」

「何?」


 女の子の言葉に、ダッシュさんの瞳が揺らいだ。


「ダッシュは冒険者に対してやけに慎重なところがあるけど、この人たちは大丈夫! なんか友達になれそうな感じがする!」

「私も私も! これから仲良くしようね! 私、ノノ!」

「バニラだよ! よろしくね!」


 互いの仲間に見守られる中、私たちは手を握って体を密着させた。


 ダッシュさんは鋭い目でルガーさんに言い放つ。


「あんたはどうなんだ?」

「ガキの友達ごっこに保護者が首突っ込んでどうする」

「戦う気はないんだな?」

「今のとこはな。なんなら俺らも仲良くするか? フリスビーが売ってる店を教えてくれよ」

「大丈夫だ。今、絶好の遊び道具を見つけた。かじり甲斐のありそうな骨だ。喋るだけに、それなりに楽しめるだろう」

「「二人とも仲良く!!」」

「「…………」


 私とバニラさんの声で、二人は大人しくなった。


 初めての街、初めての友達。だけどその仲間は犬猿の仲。


 アラーラでの冒険が始まった。

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