二章 山岳都市編

第11話 アウトローたちの朝

 山岳都市アラーラ。


 いくつもの山々に囲まれたこの街は、帝国で最も標高の高い都市として知られている。


 古くから酪農で栄えており、最近では観光スポットとしても発展しつつある。


 そんなアラーラの周囲に連なるいくつもの山々。

 基本的に人々は都市部で生活しているのだが、個人的な事情により山を住処としている者もいる。

 例えば、そう。


「……ふぁ〜〜」


 窓辺から差し込む朝日に目を覚まし、大きなあくびをするこちらの少女もまた、自然に囲まれた暮らしを送る一人だ。


 ひとしきりあくびをし終え、自作の木製簡易ベットから飛び起き、窓辺に近寄ると、


「おっはよー!!! ございまーす!!!」


 と、街に向かって大声で挨拶をする。

 自分の声がこだまとなって外に反響し、今日も新しい一日が来たと、少女は冷たい朝の空気を肺に満たす。


「さ! アタシは昨日も生き延びた! だから今日も生き延びよう!」

「……うるせぇ」 


 すると、少女の眠っていたベットの中に動きがあった。

 モゾモゾと布団が動いている。


 少女はゆっくりとにじり寄ると、布団を掴み、バサッと一気に持ち上げた。


「起っきろぉ〜!」


 どうやら中にいた住民は、布団をギュッと握りしめていたらしい。

 上に上がった布団と一緒に、中にいた生き物も空を飛ぶ。


「むが」


 落下地点は少女の顔面だった。

 少女はモコモコとした感触を摘み上げると、眠たそうに目を閉じる白いイヌが大きなあくびをした。


「……もうちょっと寝かせてくれ」

「やだ。だったらこれならどうかな?」


 少女は二度寝を要求するイヌを起こすべく、窓の外に腕を出し、ぷらぷらとイヌを宙に振るった。


 彼女たちの家は山の崖っぷちに作られていて、もし窓から落ちてみようものならそれは自殺を意味する。


 だが、少女の虐待めいた行動に、イヌは素知らぬ顔で目を擦る。


「別に落とされても、この高さなら着地できる」

「ふーん。わっ! 手が滑った!」

「おいやめろ!」


 一瞬、手を離してまた掴んだが、イヌは怒声あげてキャンキャン吠える。


「やっぱ怖いんだ〜」

「違うっての……。戻ってくるのが面倒なだけだ。それよりとっとと部屋に入れろ。風が寒い」

「立派なイヌの体毛があるのにね」


 床に下ろされたイヌは、ブルブルと体をひねる。


「初日にも言ったろ。オレはイヌじゃないくてオオカミだ」

「イヌじゃん」

「だから違うっての」

「朝ごはん用意するね!」


 寝巻き姿の少女は、部屋の隅の木箱から食料を探す。

 しかし、箱の中はすっからかんだった。底に溜まったパンのカスを名残惜しそうに指で摘むと、少女はげんなりと肩を落とす。


「はぁ〜……尽きた。私たちの食料が……」


 お腹もグ〜っと音を立てる。

 この世界で目が覚めてからというもの、今日までロクに腹一杯ものを食べていない。

 ある方法で飢えは凌いでいたのだが、今日でついにその備蓄は尽きてしまった。


 再びベットに体を埋めたオオカミは、少女の背中に声をかける。


に行くか?」

「そうなるよねぇ」


 窃盗だ。

 街に下り、盗みを働くことで少女たちは生きてこられた。

 すでに顔は割れている。

 ゆえに、街に居場所はなく、こうして山暮らしを強いられていたのだ。


 他の街ーー近いところだと港湾都市に移住しようと考えたが、やっぱりがまだこの街にいる。


 だからこの街から離れるわけにはいかない。


 少女は扉が壊れかけているタンスを開けると、中から一張羅を取り出す。


 着ていた寝巻きをハンガーにかけ、その軽装に着替えた少女は、輪ゴムで自身の髪を雑に結う。

 生活上、あまり手入れがされていない金髪は、それでも少女の容姿がいいだけに、彼女の美を引き出せている。


「毎回思うが、その薄着どうにかならないか? 目のやり場に困る」


 少女の服装は敏捷性に特化したものだった。

 体の柔軟性を引き出すべく、肌の露出は多い。

 盗賊という職業柄、動きやすさを重視するのは仕方のないことなのだが、彼女はとにかく胸が大きい。


 締めつけの強い生地を選んでいるため、はみ出る肉がオスオオカミの目には毒なのだ。


「動物でも人間の異性は意識するんだね」

「…………」


 人間というワードが出て、沈黙するオオカミ。少女が知らないだけで、かつて彼は人間だったのだ。

 こうして少女の仲間になる前は。


 無論、少女はゴッズゲームのことも、自身がそのゲームの参加者であることも一切知らないのだが。


「行くよ、ダッシュ!」


 名前を呼ばれたオオカミは、少女を追って家の外に出ると、コンパクトモードを解除する。


 四足歩行から二足へ。小型犬サイズだった体格は人間の少女を見下ろすほどの大きさに。

 筋肉も盛り上がり、体毛の内ではその肉体が引き締まる。


「あっ、上着忘れた」


 家に戻ったダッシュは、次に出てくると赤いジャケットを着ていた。


「いる、それ?」

「朝は冷えるしな」

「体毛あるじゃん」

「だからって布切れ一枚羽織らず外に出るの恥ずかしい」

「何じゃそれ」


 ダッシュの言葉は全て正しい。

 ただでさえ二人の家は標高の高い山の中にあり、朝はそれなりに冷える。

 ダッシュが服を着ず外出するのを嫌がるのは、人間としての羞恥心が残っているからだ。


 薄着なのにまるで寒い素振りを見せない少女は、崖に近づくと、眼下に広がる光景を目にする。


 そこにはアラーラの街並みがある。


「んじゃ、行こっか」  


 少女は目がいい。パン屋の煙突から煙が出ているのを確認すると、すぐさまダッシュの背中にしがみつく。

 白くて長い体毛を握りしめて。


「毛を掴むな。痛いんだよ。首に腕回せ」

「こう?」

「あいででででで!!! そりゃ首締めだ! バカ!」


 てへっと舌を出した少女を睨み、ダッシュは息を吸った。

 すーっと息を吐き出し、


「ーーっ!」


 崖から飛び降りた。


「きゃあああああああ!」


 背中の少女は楽しそうに声を上げる。

 凄まじい速さで景色が降下する中、ダッシュは冷静に足元に広がる木々を目にしていた。


 その内、着地に適しているであろう木を選択すると、その枝に降り立つ。

 足を曲げ、極限まで衝撃を軽減。

 へし折れることはなく、しなやかに曲がった枝はダッシュを上空へと跳ね飛ばした。


 その勢いを利用し、木から木へと飛び移り、二人は森を脱する。


 ふいに視界が晴れると、今度は牧草地帯が広がる。


 牧草地帯は斜面になっている。


 前傾姿勢で斜面を駆け下りるダッシュの側を、白い生物が一瞬過ぎる。


 羊やヤギだ。


「こんにちは〜! 羊さ〜ん! ヤギさ〜ん!」

「……うるせぇ」


 背後に向かって手を振る少女を鬱陶しく思う。


 弾丸のように進むダッシュは、ここぞというタイミングでジャンプ。


 家畜の小屋に着地し、レンガ屋根を破壊するかの勢いで空へ飛翔。


 本当に飛んでいるのではなく、徐々に落下しているのだが、足元に狙いをつけたダッシュは、民家の屋根に足をつけた。


 牧草地帯を抜け、アラーラの郊外に到着したのだ。


「さてと。んじゃ、一仕事やりまっか!」


 背中から降りた少女は、腕まくりのジェスチャーをし、街を眺める。


「誰にも望まれた仕事じゃないけどな」

「少なくともアタシたちは望んでるじゃん!」


 堂々と盗みを肯定する少女に、ダッシュは苦笑。


 すると、少女は屋根を伝って行ってしまう。


 ここからは盗賊である彼女の出番だ。

 ダッシュは彼女の送迎役。


 いつもなら彼女が帰ってくるまで街の入り口付近で待っていないといけないのだが、


 ーー何かが起きる予感がする


 ダッシュは胸騒ぎを覚えていた。


 悪い予感ではない。かと言って、良い予感でもない。


 だからこそ不吉なのだと思いながら、ダッシュは密かに、彼女の後をつけていた。

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