第10話 少女

 ノノとルガーの乗る馬車が石畳をたたき、山岳都市アラーラへと出発した。


「ーーーーーーーー」


 その馬車を遠巻きに見つめる影が一つ。

 乗り場の近くにある公園。

 ベンチに腰かけ、柑橘系の果実を頬張るその人物は、舌に走った鋭い酸味に、思わず口をすぼめていた。


 外見はどう見ても人間の子供だった。今なお公園で遊んでいる子供たちと変わらぬ、あどけなさが残っている。


 白いワンピース姿で、黒い髪は頭の両サイドで二つに結われている。

 年相応の女の子といった印象である。


 ただ、彼女の不可解な点は一つ。


 右手に持つ果実だ。

 その果実は一見するとミカンのようでもあるが、致死性の高い猛毒をその内に秘めている。

 もし人間が食らえば、ものの数分で死に到るほどの。


 やがてノノたちの馬車が見えなくなった頃、少女は足元にボールが転がっているのに気づいた。


 ボールを拾い、正面に目を向けると、さっきまで遊んでいた子供たちがいた。


 何やらグループ内で話し合っていたが、最終的に一番身長の高い男の子が緊張した面持ちで進み出た。 


「拾ってくれてありがとう。そのボール、俺たちのなんだ」


 少年たちは、少女と面識はない。

 少年も人見知りする性格ではないが、少女の放つ異様な雰囲気に話しかけるのを躊躇う始末だ。


 勇気を出して前に出た少年に、少女は笑いかけるとボールを一気に投げ放った。


「「「あーーーーっ!!!」」」


 そのボールは少年たちの頭上を超え、公園の茂みの中に消えてしまった。

 華奢な少女が投げたとは思えない距離だったが、次に少年がベンチに目を向けると、少女の姿は消えていた。


「こっちこっち!」


 声のした方を振り向くと、少年たちの背後には手を叩いて無邪気にジャンプをする少女がいた。


 そして、ボールの消えた茂みにまで走っていく。


「誰が最初に見つけられるか競争ね! 見つけられなかった人は、見つけた人の命令に何でも従う罰ゲームね!」


 その言葉を放った少女の後を追うように、少年が猛ダッシュした。

「あっ! ズルいぞ!」

「うっせ! 早い者勝ちだ!」


 続いて、他の子供たちも少年の後を追った。


 新しい遊びに夢中になる子供たち。

 いつしか日は傾き、夜の帳が下り始める時間帯に。


 ーー子供たちが家に帰ってくることはなかった。


 心配した親たちは騎士団に通報をかけたのだが、公園に駆けつけた騎士団が見つけた物といえば、中身の抜けて萎んだボールだけだった。


 このボールには、まるで巨大な爪に引っかかれたかような裂傷があった。


 後に「少年少女失踪事件」と名付けられたこの出来事を、ノノとルガーは知る由もない。

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