第9話 さらば始まりの街

 冒険者らしい装備をし、店を後にした私たち。

 ルガーさんは迷いない足取りで街を歩く。


「どこに向かってるんですか?」

「馬車乗り場だ。隣街に移動する。この街から永年大槍えいねんたいそうには、そこを経由しないといけねぇからな」

「確かRFをその永年大槍に持っていくと、ゲームはクリアされんるでしたって?」


 カイトさんの言っていたことを思い出す。


「永年大槍ってどんなところなんですか?」

「俺たちのいる帝国の中心都市だ。遥か太古、天から一本の槍が降ってきた。槍は雲を穿つ長さに相当する。その槍を支柱に、人々は塔を築いた。塔には今なお皇帝が住んでいる」

「槍が城の役目も担ってるんですね」


 話としては魅力的だけど、どうしてそこにRFを持ってこなきゃいけないんだろ。


「でも、馬車に乗るにしても運賃がいりますよね?」

「それについては問題ない」


 まさか、またツケを発動するのだろうか。


 次は何としても止めようと思ったけど、ルガーさんはコートのポケットから銀貨を取り出した。


「これは帝国に流通している貨幣だ。銀貨なら、二日はかかる隣街の運賃に使える」

「そんなのいつの間に……」


 私が知ってる限りだと、私もルガーさんも無一文だった。一緒に行動していたから、手に入れるところも見ていない。


 するとルガーさんは後ろの銃を指差し、


「こいつらを作る途中、余った材料で貨幣もついでにな。あの場ではナイフだけと言ったが、オヤジもいたし、隠していた」

「うわ……。偽造だ……」


 犯罪とか普通にしそうな人だと思っていたけど、やっぱりそうだった。


「お前にも何枚か持たせる」

「何ナチュラルに共犯にさせてるんですか!」

「生きるためには必要なことだ。今更、ルールだのモラルだの言っている場合ではない」

「そうですけど、他にあるでしょ。どこかに雇ってもらってお金を稼ぐとか」

「冒険者が労働者になってどうする」

「何でこういう時だけまともなこと言うんですか!」


 変にズルいというか、目的のためなら手段を厭わないルガーさんに、私はどうなってしまうんだろう。


「でも、ルガーさんはRFを手にするために、他の冒険者を殺しますよね」

「当然だ」

「その考え、ちょっと待ってくれませんか」


 ルガーさんの前に進み出て、彼を通せんぼする。

 私を避けようと右に行くと私も右に、左に行くと左にズレて行く手を阻む。


「退け」

「私の考えを聞いたください。今さっき思いついたんですけど、別に私たちはRFを四つ手に入れればいいだけで、他の冒険者さんは殺す必要はありません」

「ルール状はそうだ。だが、冒険者を殺さない限り、RFは手な入らない」

  

 私は「チッチ」と指を振る。


「ルガーさん、だいぶ頭が硬いですよ。殺さずに、奪えばいいじゃないですか」


 私の考えはこうだ。


「ルガーさん、このゲームで一番優位に立ち回れるのは誰ですか?」

「カイトか?」

「そうです。記憶の制約が解けたルガーさんも優位にですけど、私という足かせがあるからカイトさんが上です」


 自分を足かせ呼ばわりするのに抵抗はない。

 だって私がいるから、ルガーさんも思うようにゲームを進行できないだろうから。


「ルガーさんもカイトさんを警戒してますよね。すでにRFを一つ手に入れていて、きっと誰よりもゲームのことを理解してます。私たちのすべきことは、カイトさんの後を追いかけることにあります」

「奴を追跡し、強襲をしかけてRFを強奪する算段か。なるほど、筋は通っている。だが、どうやって奴の尻尾を掴む?」

「…………えっと……そこまでは」


 考えてなかった。


「ならば話は終わりだ。退け」


 硬直した私のそばを抜けるルガーさん。

 私は彼の袖を掴み、動きを止めます。


「あそこって、何が行われているんですか?」


 そして、偶然目に入ったある建物を指差しました。

 武器を装備する、やたらと屈強な男たちがその建物に出入りしていました。


「あれはギルドだな。対モンスターにと組まれた武装組織だ。モンスターが絶滅しかけている今、ただの自警団としての側面が強いがな」


 ルガーさんの説明に、私はある閃きを得ました。


「あそこに行きましょう! もしかしたら、カイトさんにたどり着く手がかりがあるかもしれません!」


 私はルガーさんを置いて、建物の中に入って行きました。


 中には強そうな男たちが大勢いて、こんな昼間から酒を飲んでいる人もいました。

 いかにも荒れくれ者の集まりだなと感想を抱いたけど、私は壁に貼り出されている掲示板に向かいました。


 そこにはこの港湾都市のニュースやら、帝国で起きた事件やらが掲載されており、新聞のような役目もあるのだと気づきます。


「あれ、これって……」


 私は気になる見出しを目にし、詳細を読み上げました。


「山岳都市アラーラにて、連続殺人事件多発……騎士団は調査に乗り出すも、犯人の手がかりは一切得られず……これひょっとしてカイトさんなんじゃ……?」


 隣に来ていたルガーさんも、その記事を眺めていました。


「山岳都市アラーラ、ちょうど俺が行こうとしてた隣街だな」

「だったら好都合じゃないですか! ルガーさんは隣街に行きたい、私は殺人犯をカイトさんと踏んで調査したい。さ、行きましょう!」

「奴が犯人だとは思えん。奴はこの街にいた。アラーラで事件を起こしたとすると、なぜ永年大槍から距離の遠い、この街にいたんだ?」


 そう返されると弱かった。

 私が無言なのをいいことに、ルガーさんはどんどん揚げ足を取ってくる。


「素人が探偵を気取るとそうなる。身の程を知れ」

「ででででも! 殺人犯は見逃せません! 私はこれでも剣士です! 正義のためなら剣を振るわないと!」


 ギルドを立ち去るルガーさんを追いかけ、私たちは馬車乗り場に向かいます。


「剣士で思い出しましたけど、ルガーさんの職業は公爵デュークですよね? 剣士が剣を使う職なら、公爵デュークは何をするんですか?」


 即席で銃やナイフが作れるけど、それだと鍛治士にカテゴライズされる気がした。公爵デューク感は全くない。


公爵デュークは自分の中で設定した計三つの道具を魔力消費することで顕現できる職業だ。俺の場合、ハンドガン、ショットガン、スナイパーライフルの弾丸が設定してある。それにより、弾丸をいちいち作る必要もなくなった」

「この世界には魔力があるんですね。もしかして、私も魔法が使えたりするんですか?」


 手から炎が出たり、水を操ってみたい願望がある私からしたら、魔法とは憧れる概念だ。


 だけどルガーさんは首を振り、


「魔力の内蔵量には個人差がある。ノノの場合、それは皆無だ」

「何かすごい才能を否定された気がする!」


 私の夢はここで潰えた。


「魔法剣士ならともかく、通常の剣士は魔力と縁のない職業だ。調子に乗って魔法使いを選ばなくて正解だったな」

「傷口に塩をすり込むのはやめてくださいよ……」


 そんなどんよりした気持ちでいると、馬車乗り場に着きました。


 途中、露天などで保存の効く食料を買い揃え、馬車に向かいます。

 偶然空いている馬車があり、私たちは乗り込む。

 ルガーさんは御者のおじさんに「アラーラまで」と伝えると馬車は動いた。


 アラーラまでは二日かかる。

 それまで少しでもルガーさんを「信頼できる仲間」だと認識できるよう、私は彼のことを知りたいと思いました。

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