第8話 服選びは慎重に
床に滴り落ちる琥珀色の液体、耳を塞ぐ私とおじさん、そして煙の立つ銃口。
「我ながら及第点の出来だ」
ハンドガンを置いたルガーさんは、続いてショットガンに手をつける。
「ち、ちょっと待ってください! こんな室内で銃なんて打つもんじゃありせんよ! 撃つなら撃つで前もって言ってください! 耳が潰れるかと思いましたよ!」
「まったくだぁ。ちゃんと床拭いとけよ」
おじさんはルガーさんにタオルを渡したけど、拭いたのは酒で濡れた床ではなく、ショットガンの銃身だった。本当にこの人は……。
結局、私とおじさんで床を拭くことにした。
「ノノ、お前も装備を選べ」
「売り場眺めてないで手伝ってくださいよ。ルガーさんがやったんでしょ」
「嬢ちゃんも大変だな」
自分の店で面倒ごとを起こされたというのに、おじさんは笑って私に同情していた。
今更だけど、店の壁際にはたくさんの武器が売り物として置かれている。剣から鎧まで幅広く揃えてあり、ルガーさんはそれらを手に取りながら店な中を歩いていた。
その内、私の身長よりも長い剣を選び、
「これはどうだ? デカい見た目とは裏腹、持ってみると軽い。貧弱なお前でもこれなら使える」
「だーかーらー、私に武器は必要ありませんって! お金もないでしょ! そもそも買えませんよ!」
「金については問題ない。ツケで払う」
手の動きを止めたおじさんが顔上げた。
「おいアンタ、ツケってのは俺と客の信頼で成り立つもんなんだぜ? 本気で言ってんのか?」
「おいおい、工房をシェアした仲だろ?」
「はぁ……」
その返しに、おじさんは肩を落とした。もうルガーさんの横暴な態度に呆れてしまっているようだ。
「沈黙と諦めは肯定を意味する。オヤジから許可も下りた。この剣にするか」
「だから私戦いませんて」
次は防具を選び出したルガーさんは動きを止めた。
「なぜだ? 戦わなければゲームはクリアできないぞ」
「戦わずにRFを見つければいいじゃないですか。その……方法まではわかりませんけど、戦いだけは真っ平ごめんです」
厳密には戦うのではなく、冒険者を殺さないとRFは手に入らないが、おじさんの手前、そんな言葉は口にしたくなかった。
おじさんがいなくても、したくないし、殺人という行為も絶対に避けたい。
私の主張がルガーさんの意思を曲げれるとは思えないけど、これだけはハッキリと伝えたかった。
「だったら戦闘は俺が行う。お前は俺の後ろでビビってるだけでいい」
と、ルガーさんは私の体に合いそうな鎧を選び取り、こちらに持ってきた。
無言で差し出され、躊躇いながらも受け取る。
ずっしりとした重みで腕が沈んだ。けど重すぎず、軽すぎずの質量で、私が着ても動きやすいだろう鎧だった。
「そこの試着室で着てこい。おそらく、サイズは丁度だ」
「私、戦いませんけどね」
「元よりお前は戦力として当てにしていない。俺のために生きていろ」
「最低ですね、ルガーさんって」
もう彼の横柄さにはうんざりだった。
床を拭き終え、タオルをおじさんに渡した私は、言われた通り試着室に足を運ぶ。
カーテンを閉め、鏡に写る私を見る。
怒りでひどい顔だった。
悪人面という意味なら、ルガーさんといい勝負かもしれない。
胸当てを外し、その下の衣服も脱いでいく。
鎧に付属するインナーがあるようで、それに袖を通すと、上から鋼色の鎧を着用する。
着てみてわかったが、女性の体に合わせた鎧なのか、ゴツゴツさはなく、無駄のないシャープな見た目だった。
下半身部分もスカートに近い形になっており、太ももから膝では肌が露出しておりノーガード。膝から下は専用のブーツがセットになっていた。
鏡を見ておかしな点がないのを確認すると、カーテンを開けて外に出る。
てっきりルガーさんが出迎えて「似合ってるな」的なことを言ってくれるのなと思っていた。
けど、彼は店の奥でおじさんと何やら取り込んでいた。
しかもルガーさん、服を着ていました。
大きなトレンチコートを羽織り、頭にはダンディなハットもかぶってしました。
背中にはベルトで銃が固定されています。
ショットガンはクロスに留められており、その中心を貫くようにスナイパーライフルが重ねられていました。
ハンドガンはコートの内側に仕舞われているのだろう。
ルカーさんは私の存在に気づくなり、こちらに寄ってきて、
「冬の防寒具なんだが、今の時期は売れないので譲り受けた」
「だれも譲るなんて言ってねぇよ。試着していいっつったんだ」
額に手をつくおじさんから、これもルガーさんが強奪したのだと察した。
「この方が銃も装備しやすい」
しかもルガーさん、腕を広げて私にコートを見せびらかし、
「似合っているだろ」
私はプイと顔を背ける。
「どうした? 似合いすぎて嫉妬か?」
「私の鎧はどうですか? 似合ってますよね?」
「ああ。やはり、ちょうどいいサイズ感だ。いつでも逃げられるよう、軽いのを選んで正解だった」
ーーもう堪えきれない。
「うらぁ!」
いままでの恨みも込めて、全力でルガーさんに殴りかかりました。
だけど、
「あがぁ!!」
正面に持ってこられた剣の腹でガードされ、手にとんでもない痛みが走ります。
私用の剣だ。幸い鞘に納められていたけど、硬すぎて痛すぎる。
「自分の剣を殴って耐久チェックか。真面目なのはいいが、他にやり方はなかったのか?」
「ムキィィィィ!!! 腹立つ! ムカつく!」
「いい心がけだ。その熱意をゲームクリアにもぶつけろ」
ひょいと剣を投げ渡され、ふつふつと煮えたぎる怒りを抑えつつ、ベルトを通して背中に装備します。
思っていたより軽かった。逃げを重視しているのなら、本当に余計な配慮だが。
ルガーさんは私を待たずに店の外に出て行き、鎮めた怒りが再燃しそうになりました。
店を出る途中、おじさんに向き直り、
「あの、いろいろタダで貰っちゃってすいません、ありがとうございました!」
「持ってけ泥棒。今回のは特別中の特別だ。ただ、アンタらの目指すゲームクリアだっけ? うちの武器で、それに一役買ってくれ。でねぇと利息つけまくるからな」
おじさんに別れを告げ、外に飛び出す。
ルガーさんは待ってくれていた。
次の目的は何なのか。私にはわからず仕舞いだけど、ルガーさんはにきっとある。
完全に冒険の主導権が握られてしまっているけど、まずは彼と同じ立ち位置にあることが、当分私の目標になりそうだ。
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