第7話 古い記憶

 店の中に朗々とした声が響いた。


「へいらっしゃい! 見たところ、冒険者だな」


 奥からやってきた店主のおじさんだ。

 ルガーさんの姿が怖くないのか、親しげに接してくる。


「どうして冒険者だとわかるんですか?」

「冒険者といや、人間と非人間の組み合わせが定番だろ? それに武具屋にくるやつなんざ、傭兵か冒険者くらいだ」


 この世界の情勢に詳しくわないけど、武具の需要は限られた人にしかないのがわかった。


 おじさんは目を細めて昔を懐かしむような顔で言った。


「昔は人を脅かすモンスターが帝国のあちこちにいたんだが、いつしか冒険者と呼ばれる連中が現れては、モンスターはほとんど根絶やしにされた。武器なんて今のご時世、隣国との戦争くらいでしか使われねえよ」


 へー。そんなことがあったんだ。


「ところでオヤジ、廃棄予定の武器はあるか?」


 ルガーさんは藪から棒に聞いた。

 廃棄予定の武器とは、もう傷んで使えなくなってしまった武器のことだろうか。


「ん? ああ、あるぞ。それがどうかしたか?」

「見せてくれ」

「何だ何だ、今回の冒険者は業者もやってんのか」


 ぶつぶつボヤきつつも、おじさんは店の奥へと消えてしまった。

 そして直ぐに、車輪のついたカートに入れられて廃棄武器が運ばれてきた。

 私たちの前に置かれると、ルガーさんはカートの中身を覗き込む。

 刃の欠けた剣や、大きく変形してしまった弓、原型がわからないくらい歪んでしまった盾などが山積みにされていた。


 その中に大きな穴が開き、血の付いた鎧もあった。


「ぜーんぶ戦争で使われてたもんだ。中には持ち主が命を落として、ここに流れ着いたもんもある。嬢ちゃんが見てる鎧は、そのいい例だ」


 そう思うと複雑な心境になる。

 ここにあるものは、かつて誰かが使っていて、中には大切にされていたのもあるかもしれない。


「それが捨てられちゃうなんて……」

「捨てはしないさ。溶かして新しい武器にするんだよ」

「だったら俺が、こいつらを生まれ変わらせてやる」


 武具の山からマスケット銃を引っこ抜いたルガーさんは、そんなことを平然と語る。


「オヤジ、工房を借りるぞ」

「っておいおいアンタ! そっちは立ち入り禁止だ!」

 と、おじさんの断りもなくカートを押して店の奥へと行ってしまう。


 しばらくして、おじさんだけが売り場に戻ってきた。


「ルガーさんは?」

「ダメだ。あの野郎、工房に鍵かけやがった」

「え!?」

「まあ、落ち着け。前もこんなことがあった。帝国騎士団には通報しねよ」

「すいません……私の仲間が」


 帝国騎士団が街の秩序を守る組織なのだとすると、おじさんの対応には感謝しかない。


 私がぺこぺこ頭を下げていると、金属を叩きつける音が店の奥から響いてきた。

 本当にルガーさんが武器を作っているのだろう。


「始まったな。随分といい音じゃねえか」

「そうなんですか?」

「ああ。嬢ちゃん、あのスケルトンについちゃ何を知ってる?」


 おじさんの目が真剣になった。


「今日、出会ったばかりなので何も知りません。しいて言えば名前くらいでしょうか」

「そっか。いや、冒険者ってそういうもんだよな。どっからともなく現れて、自分たちで決めた目的に突き進み、気がついたら消えている。嬢ちゃんたちと会うのも、これで最初で最後なのかもな……」

「ちょっと、不吉なこと言わないでくださいよ……」


 おじさんはきっと、今までのゴッズゲーム参加者について述べているのだろう。

 そして私たちも、おじさんからしたらそんな儚い冒険者の一人なのだ。


「俺は大勢の冒険者を見てきたが、同じ人物は二度とあったことがねぇ。でも今、嬢ちゃんたちにはデジャブに似たもんを覚えている」

「私たちみたいな冒険者が前に店を訪れたんですか?」

「かもしれねぇって話だ」


 カウンターに肘をついたおじさんは、工房から鳴る音にに耳を傾け、天井に視線を合わせて言った。


「何年も前、金髪で目つきの悪い男がうちに来てな、廃棄予定の武器はないかと聞いてきたことがあったんだ。俺が武器を持っくると、そいつは工房に篭りっきりでよ」

「ルガーさんみたいな人ですね」

「だろ。男には仲間がいてよ、それはまぁ綺麗なエルフの姉ちゃんだった。男が出てくるまで、俺は彼女としばらく談笑にふけっていたさ。なにせ美人だ。まず乳ボインだったな! ガッハハハハハハ!!!」


 女性相手に胸の話をするのはどうかと思う。まして私みたいな……私みたいな絶壁には憎悪しか生まれてこない。


「楽しい時間はあっという間だった。俺がなんとか姉ちゃんを口説き落とそうとしていると、男が工房から出てきやがった。で、手には見たことねぇ武器が握られていた」


 すると、奥の方で扉が開く音がした。


 ルガーさんがこちらに戻ってきた。手には黒くて細長い形状のものが握られており、マスケット銃にベースは近い。

 それを見たおじさんはとっさに指差し、


「そうそう。ちょうどあんなのだった」

「どうした? 代金なら払わんぞ。俺は武器を買ったのではない。作ったのだ」

「はいはい。好きにしろ」


 おじさんも、薄々察しがついているみたいだった。

 その金髪の男性の正体は、実はルガーさんなのだということに。

 けれど私はあえてそれを胸の奥に押し込み、ルガーさんの持つ物体に興味を示した。


「何を作ったんですか?」

「銃だ」


 カウンターの上にそれぞれサイズの違う銃が並べられる。


「ハンドガン二丁、ショットガン二丁、スナイパーライフル一丁。余った材料でサバイバルナイフも使っておいた」


 カイトさんが持ていたナイフよりもデザインが派手なナイフも横に置く。


 聞いたことのあるような、ないような銃の数々に、私はある疑問をぶつけた。


「ルガーさんの職業って、鍛治士なんですか?」

「いや、違う」


 ハンドガンの底に長方形の板をカチャリと挿入したルガーさんは、カウンターの端に置いてあった飲みかけの酒瓶に照準を合わせ、


公爵デュークだ」


 引き金を引くと、耳をつんざくような爆音が響き、酒瓶は粉々に散っていた。

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