第5話 ゴッズゲーム

「Rival Fate。つまり、ライバルの運命だな」


 ルガーさんの言葉に、私はある予感が背筋を伝いました。


「じゃあ何ですか、冒険者は殺されて、あんな指輪になっちゃう運命にあるんですか?」

「そうだよ。冒険者は冒険者を殺さないといけない。殺したことで仲間が落とすRFを集めるのがゲームのルールなんだ。仲間がいない場合は、冒険者が落とすんだけどね」

「ゲームってどういうことですか?」


 私の疑問に、カイトさんは両手を広げました。

 外からだとわからないけど、外套の内側にはナイフが大量に収納されており、体には手裏剣やロープなどといったものが装備されていました。


「ゴッズゲーム。僕や君、そこのスケルトンもそのゲームの参加者なんだ。ルールは簡単、RFを四つ集めて帝国の中心、永年大槍えいねんたいそうの最上層に持ってくればゲームクリア」

「この世界はゲームなんですか?」

「いいや違う。僕たちがゲームの中に入ったんじゃない。世界がゲームになったんだ」


 と言われても、何が何なのかさっぱりだった。


「そもそも私は自分が誰なのかわかりません。……シュラウドくんもそうでした。同じ冒険者なのに、カイトさんだけそんな情報を持ってるなんておかしいですよ。あなたが嘘をついている可能性もあります」

「聞き分け悪。まあ、君はこのゲーム初心者だししょうがない」


 頭をボリボリとかくカイトさんからは、初対面の時の爽やかな印象はどこにもありません。


「ゴッズゲームは過去五回行われて、うち二回は僕がクリアさせた」

「クソが……。テメェにはいつか一発報いる」

「おや? だいぶ記憶の制限が解けてきたみたいだ」


 ルガーさんも意味深な発言をし、ますますややこしくなる。

 とはいえ、ある疑問が一つだけ。


「カイトさんがゲームをクリアしたなら、他の冒険者さんたちはどうなるんですか?」

「ん? 今度は冒険者の仲間になるんだよ。そこのスケルトンみたいな信頼できる仲間にね」


 胸の奥が締め付けられる思いをした。

 あの白い空間での出来事。私が仲間を欲したのに深い理由はない。

 正直、いてもいなくてもどっちでもよかった。

 だが、カイトさんの放った一言に、私はとんでもない選択を迫られていたんだと自覚する。

 ルガーさんや、シュラウドくんの仲間、そのどちらもかつては私と同じ冒険者だったなんて。


「仲間は基本、前に経験したゲームの内容は話せないようになっている。無論、ルールもね。だから、必死で冒険者をサポートする。ゲームをクリアしたら、晴れてこのループから解放されるからね」


 だからルガーさんは私の質問に冷たい態度をとっていたんだ。細かいゲームのルールについては口外できないから、あんな風に黙秘するか適当に返すしか方法がなかった。


「もし、この世界で死んだらどうなるんですか?」

「魂は敗者の部屋的なところに行くから、死んだことにはならないよ。またゲームが始まると、別の肉体が与えられるしね」

「殺す以外の方法がないなら、私はゲームに参加しません」

「途中退場はできないようになっている。第一、君は自分が誰なのか知りたくないのかい? クリアすると、自分が誰がなのか知れるんだよ」


 知りたいに決まってる。

 でも、誰かを殺すことは、その誰かを助けられないのと同じだ。


「このゲームの醍醐味は、何のルールも伝えられず、記憶も消された連中がどんな動きに出るのかって実験みたいなもんなんだ。まあ、僕は自らの手でゲームクリアの糸口を見つけて、今や運営サイドに身を置いてるんだけどね。だから記憶も保持したままだし、ゲームシステムも理解している。せっかく僕が親切に説明してやってるんだ、ちゃんと活かそうね」


 こちらを見下す発言を残すカイトさんだが、さっき嵌めた彼の指輪が黒い光を一瞬放った。


「デススクワッド」


 一体、いつからそこにいたのだろうか。私たちしかいなかった路地裏には、複数の人影であふれていた。

 溝の中や建物の影、屋根にいる人物も合わせると、その数は約百体。


 文字通りの人影だった。どれも全身が真っ黒で、子供のような体格のものもいれば、ルガーさんよりも大きな個体もいる。

 どれも頭に麻袋のようなものを被っており、正面にはペンキで顔のようなものがコミカルに描かれている。


「散開」


 カイトさんが指示を出すと、こんな限られた空間にいた人たちは、たった一人を残して消えてしまった。


 唯一残った一人は屈強な体格をしており、カイトさんを持ち上げ、肩に乗せた。


 彼はこちらに振り向く。


「RFも手に入ったし、君たちは見逃してあげるよ。あ、今僕が使ったの暗殺者のスペシャルスキルね。RFを一個でも手に入れると使えるようになるから、君も頑張ってみたら」


 和かな笑顔を浮かべたカイトさんは、影の背中を手で叩く。

 すると爆発的な風が巻き起こり、遙か上空まで飛んで行ってしまった。


 カイトさんが建物に隠れて見えなくなると、ルガーさんがこちらに近づき、話しかけてきました。


「そういうことだ」

「どういうことですか……」


 緊張が抜けて、疲れが一気に押し寄せてくる。

 いろんなことがありすぎて考えることをやめたい。


 私はルガーさんから距離を取り、壁際の地面を集めて小さな山を築きます。


「何をやっている?」

「……シュラウドくんの墓をちょっと。本当に死んじゃったわけじゃないけど、私がカイトさんとぶつかってなかったら、こんなことにもならなかったし」


 全部私の責任だ。

 彼にやってあげられるのせめてもの償いは、これしか思いつかなかった。


「お前がゲームクリアこそが、小僧にできる唯一の償いだろ」

「それで助かるの私とルガーさんだけでしょ」

「生意気なガキだ。何で俺がこんなのの仲間に。俺がカイトのヤツなら、小僧じゃなくてお前を真っ先にぶっ殺してたけどな」


 ルガーさんの文句を聞き流す私はといえば、急ごしらえだけど、その辺の石も積んで、墓らしい見た目のものを完成させた。


「ほら」

「え?」


 ルガーさんが花をこちらに手渡してきた。


「お前にくれてやるんじゃない。小僧にだ。そこに咲いてた雑草だが、形にはなるだろ」


 黙って花を受け取った私は、墓にそっと添えました。 


 黙祷する私の傍ら、


「偽りの死でも、ちゃんと弔ってやらねぇと、人としての感覚が狂っちまう」


 なんて小声がしました。

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