第3話 握手

「やっぱりシュラウドくんも自分が誰なのかわからない感じ?」

「そうだな。これっぽっちも覚えちゃいね。この名前も思いつきで付けたようなもんだ」


 冒険ということで、まずは街を一通り回ってみることに決まりました。


 さまざまな種族が交じり合う通りで、私たちは互いの共通点のようなものを探り合います。


 それでわかったことは三つ。

 一つ目は記憶喪失に似た症状があること。

 二つ目はルガーさんのような仲間がいること。

 三つ目は冒険者という肩書きが与えられていること。


「冒険者って言われても、ホント迷惑だよね。具体的な目的も告げられず、こんな世界に飛ばされちゃってさ」

「だよなー。まずオレ聖騎士なのに、それっぽい装備も与えられてないなんて、マジで不親切だよな」


 シュラウドくんが気になることを言ったので、私は首を傾げます。


「聖騎士?」

「あれ? あの声に聞かれただろ? 職業を選べってヤツ」

「あーあれか。私よくわからなさったからさ、とりあえず一番上にあった剣士にした」

「安直だな……。まあ、オレは響きがカッコいいって理由で聖騎士にしたんだけどな」


 頬をかいてシュラウドくんは苦笑。

 私も職業のシステムはわからずじまいだけど、シュラウドくんも真剣に選んでるみたいじゃなくて安心した。


 と、そんなことを考えていたせいで、前方に注意を払うのを忘れていました。


「あっ! すいません!」


 前から来た人と肩がぶつかり、私は勢いよく頭を下げます。


 ぶつかった人は歩みを止めて、私に爽やかな笑みを浮かべていました。


「大丈夫だよ。僕こそ前方不注意だったね」


 その人はいかにも好青年といった見た目でした。

 シュラウドくんより年上みたいで、近所の頼れるお兄さん感がこれでもかと出ています。


 にこやかで心が開きやすいルックスに、金髪の髪は女性のようにさらさら。

 ただ首から下は黒い外套で見えないので、もっとオシャレしたらいいのにと思ってしまいます。


「すいません。じゃあ、私たちはこれで」


 私は軽く頭を下げてお兄さんと別れようとしましたが、


「あれ? 君たち冒険者だよね?」


 お兄さんの言葉に私は足を止めて振り返りました。

 シュラウドくんも同じです。


「兄ちゃん、何でそれを知ってんだ? まさか兄ちゃんも冒険者なのか?」


 お兄さんは柔和な笑みを浮かべたまま、私の隣にいるルガーさんとシュラウドくんの仲間を指差して、


「君たちと一緒にいるその子たちが冒険者の証さ。君の言う通り、僕も冒険者だよ。名はカイトよろしく」


 何と言うことでしょう。彼も冒険者でした。


「すっげー! こんな立て続けに冒険者と会えるなんて! はじめまして!オレはシュラウド! こっちは仲間の……よくわからん鳥だ!」


 私を置いてカイトさんに握手を求めるシュラウドくん。


 カイトさんはその手を握らなかったけど、代わりに顎をくいっと突き出し、路地裏への方角を指しました。


「ここで立ち話も何だし、向こうで話そっか。僕の仲間も紹介してあげる」

「カイトさんの仲間! どんなのなんだ!」

「見てからのお楽しみ。ほら、そこの女の子もおいで」

「あっ! 待ってください!」


 路地裏へ進むカイトさんとシュラウドくんを私は追いかけます。


 建物と建物の間にある細い道を進んでいると、その奥にはちょっとしたスペースができてきました。

 他に人がおらず、外の喧騒とはかけ離れた空間です。


 シュラウドくんはカイトさんの仲間を目に入れようと、辺りをキョロキョロ見回していました。


「カイトさん! 仲間はどこなんですか?」


 目を輝かせて尋ねるシュラウドくんに、カイトさんは和かな笑みをたたえたまま、


「その前に握手が遅れたね」

「あっ、そうだった!」


 改めてシュラウドくんは手を差し出しました。

 カイトさんも外套の中から初めて手を出し、シュラウドくんの手を握ろうとします。


「カイトさん、よろしくお願いーー」

「すとん」


 ーーえ?

 カイトさんの突き出したナイフが、シュラウドくんの胸部に深々と刺さっていました。

 刺された周囲の衣服が徐々に赤く染まっていき、ナイフが引き抜かれると、赤い液体は勢いよく吹き出ました。


「……………………は?」


 シュラウドくんが残した言葉はそれだけです。

 自分の身に何が起きたのかもわからず、どさりと地面に倒れると、血が彼の中から流れていきます。


「あれ? 今ので死んじゃうんだ」


 返り血がかからない位置に移動していたカイトさんは、足元に横たわるシュラウドくんに言葉をかけた。


 しかし、返答はない。


「シュラウドくん……?」


 私は事態を把握できておらず、ただ呆然と立ち尽くすだけです。


 血濡れたナイフを軽く振ったカイトさんの表情は、依然として笑顔のまま。


 血を流す人を前にして、するはずもない表情に、私は恐怖のような感情を覚えました。


 ただカイトさんの目だけは、明らかに私の方に向けられていて……。

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