2-④.
***
それから数日が経った。河川敷の桜の葉は今も青々としているが、
栞は、毎日めげずに葉桜に話しかけた。隣の席だから話しかけるチャンスはいくらでもある。おはよう、また明日。朝と帰りは必ず声をかけた。休み時間も
「吉野くん、お昼ご飯一緒に食べない!? デザートにプリンもあるよ!」
四限目の
「今日もだめだった……プリンじゃだめなんだ」
栞は
「敗因はプリンじゃないと思うぞ。昔、給食で横取りした時は泣かれたけどな!」
空いた葉桜の席に座ったのは大将だった。
「あの吉野相手にめげずにアタックし続けているのは雪間さんが初めてだよ。毎回、絶対に撃沈する流れになってんのはもう笑うしかないけど。吉野も少しくらい相手してくれたっていいのにな? 頼めば宿題見せてくれるし、本当に悪い奴でもなさそうなのに」
栞の斜め前の席に座る男子、
「でも雪間さんが転校してきてから吉野くん、前よりは話すようになった気がするよね。一年の時から無口だけど、困ってると
そう言いながら、前の席に座る
「葉桜は昔からいい奴だよ。最近は俺の学力を心配して宿題を見せてくれなくなるほど、世話焼きだからな」
そう言いながら大将はノートを書き写している。栞は呆れて物も言えないと冷たい視線を送った。
「あー、確かに。口では冷たいこと言って人のことを遠ざけるわりに困ってると助けてくれるよな、吉野って。筆箱忘れた時に何も言わずにシャーペン貸してくれたりとか」
「なんで吉野くんって私たちと話してくれないんだろうね、雪間さん」
「それ、私が聞きたいよ。子どもの頃はああじゃなかったもん……」
栞はおかずを口に入れた。一緒にお弁当を食べられたら、と葉桜が好きだった
「でも、雪間さんもよくめげないよね。私が雪間さんだったら、あんな冷たい反応されたらすぐ心折れちゃうよ」
「栞は昔から楽観的だからな。多少のことは気にしないようにできてんだよ」
「そんなことないよ! 私のことなんだと思ってるの!」
栞は栞だろ、とすっとぼける赤点王の大将に栞は反論する気も
「とにかくお前が
「それ、学校のテストより難問だよ……」
栞は
大将はもちろん、杉田も佐々岡も、
午後の授業も終わり、栞はいそいそと図書館へ向かった。今日は図書当番の日だった。図書館の利用者は少なく仕事はそう多くない。この学校は部活動が活発なので、運動部も文化部も放課後は忙しそうだ。図書館に来る生徒など、一部の帰宅部と受験生くらいだ。
そのため、図書当番と言っても受付に座ってたまに貸出の処理を行うだけ。誰も来ない間は、読みたい本を読んでいられる。
「ああ、今日の当番は雪間さんね。ちょうど良かった。ちょっとお願いがあるのだけれど」
司書室からひょっこり顔を出した司書教諭が栞を手招きしている。
「なんですか、先生?」
司書室に入ると、栞の前に一冊の絵本が置かれた。それは栞もよく知っている物語だった。
「今度、さくら町の図書館で読み聞かせボランティアをしてほしいって
「さくら町の図書館で? やりたいです! さくら町の図書館なら何回も行ったことがあります」
栞が二つ返事で
「そう、良かった。さくら町にちなんで、その絵本を子どもたちに読んでほしいのですって。雪間さんもそのお話は知っているわよね?」
「もちろんです、この絵本大好きです! さくら町に住んでいてこの話を知らない人はいませんよ」
栞は胸を張って答えた。司書教諭は、それなら安心だと栞に絵本を手渡した。読み聞かせの練習は後日、司書教諭が見てくれるのだと言う。
絵本を手に図書館の入り口近くのカウンターへ戻った栞は、すぐにページを開いた。子どもの頃に何度も読んだ絵本だ。内容も覚えている。それでも懐かしくてページを捲る手は止まらなかった。
絵本に夢中になっていると、ぎい、と木の
「今日の図書当番、雪間さんだったのか……」
葉桜はついてない、とでも言いたげな顔で、不機嫌そうに理系の本が多い奥の棚へと消えていった。
程なくして、葉桜は何冊かの
植物に関連した本ばかりだった。本の題名を見ても内容がさっぱり分からないので、かなり専門的なものなのだろう。栞は
「あ、この図鑑は貸出禁止だよ」
「……部の
「あ、そうなの? じゃあ、いいか。それにしてもこんなにたくさん、すごいね。生物部だったよね!」
貸出の処理をしながら、栞はここぞとばかりに話しかける。処理が終わらなければ、葉桜は本を持って帰れない。栞はわざと時間をかけて作業した。
「はざ……吉野くん、昔からお花とか好きだったよね」
「別に、普通だよ」
「そっか、普通かあ。生物部ってどんなことするの?」
「……実験とか、いろいろ」
栞は処理が終わった本を重ねて葉桜に手渡した。転校してからやっとまともな会話ができたことで、栞は嬉しくてたまらなかった。
「ねえねえ、せっかくだから今日、一緒に帰らない?」
葉桜は受け取った本を抱えて、栞をじっと見る。
「図書館ではもうちょっと静かにしたほうがいいよ、仮にも図書委員でしょ」
返事代わりに
「いつもはもっと静かにしてるよ! 今日は特別なの!」
そんな栞の声を背に葉桜はやれやれと図書館を出て行った。
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