第17話

 広井に魔力操作を教えてほしいと頼んだ所、見返りにゲームをしようと言われた。

 それ自体は別に問題ないが……


「ゲームってなんのゲームだよ」


「もちろんダーツのです」


「そんなんでいいの?」


 そのくらいならいくらでもやるぞ。

 ドがつくほど下手くそだけど。


「私としても人に何かを教えるなら見返りはほしい所です。お話を聞いた感じだと、一朝一夕で終わりそうにないですし」


「まぁそれはそうだな」


「かと言って、別に何か欲しいものもないですし。なので、私の趣味に付き合ってください。同年代でダーツやる人いなくて退屈だったんですよ」


 確かにこの店の客層は俺達の年齢よりも結構上だ。

 社会人以上が最低限、中には五十超えてそうな人もいる。


「でも俺じゃ練習相手にもならないと思うぞ」


「はい。なので先輩は負けたら罰ゲームにしましょう」


「絶対負ける自信があるんだけど」


「負けても魔力操作は私にできる範囲で教えますよ。ダーツの方は普通にやると私が勝つのでハンデつきでいきましょう」


「ハンデあっても勝負にならない自信があるぜ」


「自信満々で言うことじゃないと思いますけど」


 だって広井はここの常連なわけだろ?

 さっきちょっとダーツ投げてるの見てたけど、バンバン的に当ててたし。


「なら里奈先輩相手でもいいですよ。お上手でしたし。私は練習相手が欲しいだけなので」


「ふむ。里奈、どうだ?」


「まっかせてよ! あっくんのために頑張るからね!」


 里奈の方は乗り気なようだ。

 素直に頼もしいぜ。


「あ、でも罰ゲームの内容は私も噛みたい!」


「いいですけど、あんまり罰ゲームにならないようなのは避けてくださいね? せっかくですから」


 里奈は俺側の人間だしな。

 広井の言っていることは分かる。

 でも多分広井の心配してるようにはならない。


「例えば、外であっくんが『里奈が好きだー!』って叫びながら私のおっぱい揉むとかは?」


「それはむしろ里奈先輩にとっての罰ゲームなのでは?」


 これが里奈にとっては嬉しいことなんだな。

 俺にとってはもちろん罰ゲームである。

 合意の上でも警察呼ばれちゃいそうだよ。


「里奈、もうちょっと穏便なので頼む」


「え〜、かなり抑え気味にしたのに」


「どんだけ過激なことやろうとしたんですか!?」


 広井は顔を赤くしている。

 意外と初心だな。


 それはともかく、ここまでのやり取りで感じたことがある。

 広井はアレだ。

 俺の周りでは非常に貴重な存在だ。


「広井って、ツッコミ属性なんだな……!」


 ここ最近で俺が喋った人でボケる人間しかいなかった。

 普通に話せる相手と出会えて今更ながら嬉しい。


「いきなり何言ってるんですか」


「でも俺とちょっと役割が被るのが気になる」


「いや飛鳥先輩もよっぽど変なことしか口走ってないですよ?」


 そんなバカな。

 俺はかなりまともな方だぞ。


「よし、あっくんへの罰ゲームはコーラを飲むってことにしようか」


「急に話が戻りましたね。いや飛鳥先輩が急に話をぶっ飛ばしたんですけど」


 それはすまんかった。


「それにしてもコーラ飲むくらいじゃ罰ゲームにならないのでは」


「でもあっくんはラブラブコーラを飲むの嫌がってたからね。私と一緒にラブラブコーラを飲むのが罰ゲームだよ!」


 なんてこった。

 俺が里奈とエリカと飲み物をシェアしたくなかったというのがバレている。

 絶対バレてないと思ってたのに。


「あっくんは嫌がってたラブラブコーラを飲む! そして私はあっくんと間接チューして嬉しい! まさに一石二鳥!」


「なんで人がイチャついてる所を私が見ないといけないんですか。私の方が罰ゲームになってますよ」


「おまけに直接チューもついてくる!」


「家に帰ってからやってください!」


 そりゃ他人のアレやソレなんて見たくないだろう。

 俺も見せたくない。


「仕方ないなぁ、分かったよ。家まで我慢するね。あっくんも我慢してね?」


「我慢してないし帰ってもやらないけど!?」


 なんで俺がキスしたがってる感じになってるんだよ。

 罰ゲーム考えてるんじゃなかったのか。


「でもコーラ飲むこと自体は罰ゲームとして悪くないかもしれませんね。ちょっとした条件付きで」


「条件? 私を抱っこしながら飲むとか?」


「だからイチャつく方向から離れてくれませんか!?」


 人を担いでコーラ飲むってどんな絵柄だよ。

 イチャつく以前にシュールだわ。


「こうしましょう。ゼロワンの3ゲーム勝負で里奈先輩が1ゲーム負ける毎に飛鳥先輩がコーラを飲む」


「ふむ、それは別に構わないが。ここに条件が付くわけか?」


「そうです。飛鳥先輩は3ゲーム終わるまでゲップを我慢してください。もちろん一気飲みです。我慢できなかったらまた別の罰ゲームを考えます」


「えっ、なにそれ」


 コーラを飲んで、ゲップできないってそんなの無理だよ。

 人間業じゃないよ。

 しかも一気飲みってしれっと鬼畜なこと言ってるんですけど。


「注文してから大分時間経ってますし、きっと大丈夫ですよ。飛鳥先輩ならやれます」


「私が勝てばいいんだから大丈夫っ! それに仮に負けてあっくんなら余裕だよ!」


「どこから湧いてくるの、その信頼」


 しかし里奈が勝てばいいというのは間違いない。

 素人目だがさっきの感じなら勝ちも見込めるだろう。

 別にゲップが我慢できなくても死ぬわけじゃなし。


 案外やれるかもしれないしな。


 $


 そう思っていた時期が俺にもありました。


 辛い。

 ただただ辛いよこれ。


 まずは第1ゲーム。

 端的に言えば里奈は負けた。


 ハンデなしの互い戦。

 里奈も広井も着々とカウントを減らしていき、数字はほぼ同じ。

 先手をもらった里奈があと一手という所まで追い詰める。

 しかし最後の最後でバースト。

 広井はその後着実にカウントをゼロにした。


 非常に惜しかったが負けは負けだ。

 俺は自分のコーラを一気に飲み干し、ゲップを我慢した。

 俺のコーラは既に半分ほど飲んでいたのでまだ許容範囲内だ。


 さて第2ゲーム。

 炭酸によって膨れた腹だが、時間が経過するにつれて胃の中でも少しだが気が抜けていった。

 まだいける。


 しかし、ここでも里奈はゲームを落とした。

 このゲームは広井が先手となり、そしてゼロワンに有利なのは先手の方だ。

 広井は無難に勝利を掴んだ。


 そして今度は里奈が少し口をつけたラブラブコーラを飲むことになった。

 二人分のコーラが入るほどの容器には、まだ八割以上はコーラが残っている。


「あっくん、手伝ってあげようか?」


「ええい、俺も男だ。やると言ったらやる!」


 なぜ俺はこの時、手伝ってもらわなかったのだろうか。

 少し萎んでいた俺の胃は再び膨れ上がり、膨張した空気が行き場を探している。


「ふふ、間接チューだね。一緒に飲めなかったのは残念だけど」


 暴れる胃を無理矢理押さえ込む俺に里奈が微笑みかける。

 こっちはそれどころじゃねーんだよ。

 ちょっと黙ってろ。


 しかし、これで3ゲーム勝負の2ゲーム落としたわけだ。

 つまり広井の勝利ということである。


 里奈が負けても俺が魔力操作を教えてもらうことに変わりはない。

 あとは広井がこの罰ゲームの終わりを告げれば俺は解放される。

 さすがにここでゲップするのは気が引けるのでトイレ行きたい。


「じゃあこれで終わりに――」


 広井が終わりを告げようとしたその時。


「まだよ! まだ勝負は終わってないわ!」


「エリカ先輩? 私が勝っても飛鳥先輩に教えるのは変わりませんよ?」


 その通りだ。

 これは負けても構わない勝負なのだ。

 ただ俺が苦しいだけで、これ以上引き伸ばしても意味はない。


「そうじゃないわ。 私のコーラがまだ残っているの!」


「おいコラちょっと待て」


「べ、別に里奈が羨ましくなったわけじゃないんだから!」


 エリカめ……

 この期に及んで意味の分からないことを。


「飛鳥……ダメ?」


「上目遣いで見てきても騙されんぞ」


 ちょっとデレたくらいじゃ今の俺はなびかないのだ。

 早くゲップしたい。


「あっくん、えーちゃんがかわいそうだよー」


「俺も心苦しいけどダメなものはダメだ」


 あと胃も苦しい。

 早く解放させてあげたい。


「ぐすっ……」


「あー! あっくんがえーちゃんを泣かせたー!」


「おいおい、そこまでじゃないだろ……」


 というか別に罰ゲームに拘る必要ないじゃん。

 そこまで言うなら後で飲むよ。

 罰ゲームじゃなくても全然飲むよ。


 俺がそう提案しようとしたその時。


「私もエリカ先輩がかわいそうになってきました。なので飛鳥先輩、勝負続行させてください! お願いです!」


 ほわわわ〜ん。


 広井のお願いと共に、俺の頭の中でこんな効果音が鳴り響く。


 うん、まぁここまで頼まれたら仕方ないか。

 罰ゲームで飲むのも、それ以外で飲むのも同じだよな。

 それに3ゲーム目で里奈が勝てばコーラ飲まなくて済むじゃん。

 俺は何を意固地になっていたんだ。


「よし、そこまで言うなら勝負を継続しようじゃないか」


「飛鳥先輩もチョロいですね……」


 何を言っているんだ。

 優しい先輩だと言ってくれ。


「だがしかし、なるべく早く終わらせてくれ。いつ胃が爆発してもおかしくない」


「分かりました。じゃあカウント少し下げますか?」


「大丈夫っ! その必要はないよ。手早く終わらせればいいんだよね?」


「そりゃそうだけど、そんな急に上達なんてしないだろ」


 カウントが同じなら今までと同じくらいの時間がかかるのは間違いない。

 急いでやってもダーツのような精密さを求められる競技ではむしろ雑になってしまうだろう。


「ふふふ……見せてあげるよ。私の必殺技を!」


 里奈はダーツを構えて不敵に笑った。

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