第16話
広井が俺と同じ悪魔と人間のハーフという疑惑があがった。
それについて広井と話がしたい。
しかし広井は沈黙を守ったままだ。
「わ、私だって飛鳥はいい匂いだと思うし声に癒されるわよ!」
「でも多分一般的な感性じゃないよね」
「確かに一歩間違えれば体臭は腐った卵の匂いだし、声はしゃがれたダミ声ね」
「流石にそこまでじゃねーだろ!?」
ちょっと前に俺のボケをエリカが今更拾ってるので、広井は喋れないだけだと思うんだけど。
ちなみに毎日風呂に入ってるし、声だって若々しいよ。
……多分。
「で、この娘がハーフっていうのは本当なの?」
「うん、本人もそう言ってるよー。それにあっくんと同じ感じがするし」
俺と同じ感じってどんなだ。
普通の悪魔とハーフだと違いがあるのか。
全然分からないんですけど。
「バレちゃったら仕方ないですね」
「いや自分から話したようなもんだろ」
「だって飛鳥先輩がなんか変な目で私を見てくるから!」
「まったく心当たりがねーよ!」
確かにチラチラ見てたのは認める。
でもそれはエリカが広井が怪しいと言っていたからだ。
「にしても、広井はどうしてわざわざ自分から秘密を仄めかすことを言ったんだよ。大してメリットないだろ」
「前から飛鳥先輩のことは知ってて、お近付きになりたいとは思ってたんですよ。で、目の前に現れたので……」
「声を掛けてくれたってことか」
俺も広井がハーフだってことが分かれば声を掛けたくなるだろう。
そこは非常に共感できる。
「それにしても、ハーフなんてのがこの世に二人もいるとはね……」
「そんなに珍しいのか?」
エリカは物珍しそうに広井のことを見ている。
最初は俺が悪魔のハーフと言っても信用してくれなかったな。
まるで存在自体を信じていなかった様子だった。
「
「……思わない」
確かにツインテール悪魔みたいなのと結婚とかどう考えても無理だわ。
友達にもなりたくない。
「ま、そういうことなら今日の目的はほとんど達成ね。あとは少し遊んで帰りましょ」
「あれ、エリカは広井を襲わないのか?」
「えっ、私襲われちゃうんですか」
「襲わないわよ! 私をなんだと思ってるの」
だって俺の時は問答無用で襲ってきたじゃん。
悪魔嫌いだし。
「あ、あれはハーフの存在をそもそも知らなかったからよ! 今は飛鳥を通してそういう人もいるって分かったし、別に今すぐどうこうする気はないわ!」
「今すぐはどうこうしなくても、後からどうこうするかもしれないのか」
「それはこの娘次第ね」
「……エリカ先輩は女の子が好きなんですか?」
「違うわよ!」
襲うってそういう意味で言ったわけじゃないぞ。
女子同士の恋愛も否定するわけじゃないが。
「この娘――咲が悪事を働くなら祓魔師として戦うって意味よ」
「うげ。エリカ先輩って祓魔師なんですか」
「そうよ。場合によっては容赦はしないんだから」
「まさか本当に祓魔師だとは……無駄乳下げた厨二病患者ではなく」
「やっぱり退治してやろうかしら」
俺のことをある程度噂で聞いていたように、エリカのこともある程度は知っているようだ。
それにしても言葉に棘を感じる。
ちなみに広井の胸は慎ましい。
「何か文句あります?」
「いいえ、ありません」
チラっと広井の胸元を見ただけなのに睨まれてしまった。
コンプレックスなのかな。
「ともあれ、私は悪事なんてしてませんよ。それに私の力なんてちょっと人にお願いする時に、話を聞いてもらいやすくするくらいです」
「……お願い?」
「ダーツ教えてくださいとか、勝ったら奢ってくださいとか。そのくらいです」
そういえば、広井が食べてるパスタは今はビリヤードをやってるお兄さんの奢りだったな。
その前はダーツでの勝負も確かにしていた。
「もっと直接的に奢ってもらったりとかもできそうだけれど」
エリカは疑わしそうに広井を見る。
しかしその疑問を持つのは納得できる。
例えば俺は、俺への好意を他人に持たせることができる。
ツインテール悪魔は無理矢理に髪型をツインテールさせられる。
そこから連想されるのは、悪魔の能力とは相手の意思をねじ曲げることだ。
広井がそれをできてもおかしくはない。
わざわざ奢ってもらうのに勝負なんてする必要はないはずだ。
「それができてるならとっくにやってますよ」
「本当かしら。それくらいで私を説得できると思ったら大間違いよ」
「本当ですよ。私ができるのはちょっと心のタガを外すくらい。交渉の手間をちょっと省くくらいで、交渉の余地がなかったり難しいお願いは聞いてもらえません」
つまり、条件付きの能力ということだろうか。
条件がふんわりしていていまいち分かりにくいが。
「例えばそうですね……エリカ先輩、私のこと見逃してくれませんか? お願いです!」
先ほどまで少しぶっきらぼうな様子だった広井は、突然目を潤ませてエリカを見る。
突然の変貌にビビる。
女は女優ってか。
まさかこんなお願いでエリカが折れるわけがない。
色々残念ではあるが、エリカは祓魔師としてのプライドがあるのは俺にも分かる。
「べ、別に今回だけなら見逃してあげなくもないんだからね!」
「……あれ?」
って耐性ガバガバやないかい。
本当にこいつ祓魔師として大丈夫なのか。
広井の方が驚いてるぞ。
「……とまぁ、こんな感じで万能じゃないんです」
「いやいや実演成功したみたいに言うな。自分でも驚いてたやん」
「だってこんなにチョロいなんて思わないじゃないですか!」
そこは大いに同意する所ではある。
別の意味でエリカはチョロインだな。
そういえば、そのお陰で俺も助かったことがあるんだった。
「まぁ、別に俺達は広井が悪さをしてるかどうかを見定める目的じゃないからな。エリカはどうだか知らんけど、こうなっちゃったらそれはそれでいいんじゃないか」
「私が言うのもなんですけど、それでいいんですか。ハーレムの一人が呪いにかかってますよ」
「ハーレムじゃないし。というか、エリカが俺に好意持ってるのもそもそも呪いが原因だから」
呪いのひとつやふたつ、今更である。
本人はどう思ってるのか知らんけど。
「ん? エリカ先輩が呪いにかかってるってどういうことです?」
「あー、そうだな。広井には話すよ。俺も広井に聞きたいことがある」
元々の目的であったツインテール悪魔とは関係ない広井ではあるが、こと俺の目的である魔力操作に関しては無関係ではない。
話を聞くためにもこっちの事情はある程度は話しておいた方がいいだろう。
こうして、俺は広井に今までの経緯を話すことにした。
$
「……なるほど。飛鳥先輩はやっぱり男が好きなんですね」
「どうしてそうなった」
「だってせっかくできたハーレムを壊したいだなんて健全な男の子の発想とは思えません」
確かに里奈とエリカにかかってる呪いを解きたいとは話したが、それがどうして男好きってことになるんだよ。
ちゃんと女の子が好きだよ。
「ともかく、解呪のヒントを俺は探してるんだよ。何か知らないか?」
「うーん、そうですね。一応私もそれっぽいことはできますが……」
「マジでか!」
これは驚きである。
親父や大聖さんからはハーフは生まれついて魔力の操作が難しいと聞いてきた。
しかし広井は俺と同じハーフであるにもかかわらず、それができるということだ。
「いや、あくまで自分が掛けた呪いってやつに対しては、ですよ。他人のなんて解こうと思ったことないので分かりません。私のはただでさえ大した力はないですし、話を聞いてる感じだと難しいとは思いますけど……」
「それでも全然構わない。ちょっと試してみてくれないか」
俺が頼み込むと、広井は真面目な顔でエリカの前に立つ。
「な、なによ……?」
広井からは何も説明がなく、いきなり目の前に立たれたエリカは身構える。
「えいやっ!」
「きゃっ!」
「うおっ」
そして、エリカに猫騙しを放った。
エリカや近くにいた俺達だけでなく、ビリヤードをしているお客さん達までこちらに注目が集まる。
集まった視線を広井は「なんでもないです」と愛想笑いして散らすと、改めてエリカの方に向き直った。
「さあ、これでエリカ先輩にかかった呪いは解けたはずです。少なくとも私のは」
本当かよ。
こんなんで呪いが解けるのだろうか。
猫騙しを受けたエリカはというと、どこか上の空になっている。
「えーと、エリカ先輩。気分はどうですか」
「……はっ! 私は一体……」
広井に肩を軽く叩かれたエリカは意識を取り戻す。
しばらくキョロキョロと周りを見たり考え事をする素振りを見せていたが、次第に肩が震えていった。
「あんた、よくもやってくれたわね……!」
「あ、これやばっ」
エリカは見るからに怒っており、それを察した広井の顔から血の気が引いていく。
状況から察するに、解呪されたことで呪いに掛けられていたことを自覚して怒っているんだろう。
とはいえ、呪いを掛けられたのは耐性がガバいエリカがどう考えても悪い。
それに解呪は俺が頼んだことだから、それで広井が割を食うのは少し申し訳ない。
「エリカ、ちょっと待ってくれ。俺が頼んだんだよ。広井のことは怒らないであげてくれ」
「むぅ……飛鳥がそう言うなら……今日の所はこれで勘弁してあげるわ!」
俺が頼むとエリカは素直に怒りを収めた。
ってかセリフが返り討ちにあったチンピラみたいだったことには何も言うまい。
実際、耐性ガバいのに呪い掛けられて逆上するってチンピラみたいなもんだし。
それはともかく、俺の一言ですんなり事が収まったってことは……
「多分、俺の呪いは解けてないなこれ」
「私は呪いになんてかかってないわよ!」
「はいはい、俺のことどう思う?」
「べ、別に飛鳥のことなんて好きじゃないんだからねっ!」
どうやらまだ俺のことが好きなようだ。
「す、すごく分かりやすいツンっぷりですね」
「そうなんだ、エリカはすごいんだよ」
「まったく褒められてる気がしないんだけど!?」
褒めてないからな。
ともあれ、やはり広井には他人がかけた呪いは解けないようだ。
「すみません、飛鳥先輩のお力にはなれないみたいです」
「ここで解呪しても、あっくんはまたやっちゃうから無問題だよっ!」
「事実だけど胸が痛くなるからやめて」
五十回も俺に告白している里奈が言うと説得力が違う。
すみませんね本当に。
「まぁダメ元でお願いしたことだし気にしないでくれ。それとは別に、お願いことがあるんだ」
「はい、なんでしょう。せっかくお知り合いになったことですし、私で協力できることなら協力しますが」
「俺に魔力操作の仕方を教えてほしいんだ」
結局はここに行き着くのだ。
俺自身が魔力をちゃんと扱えるようにならないと、根本的な解決にならない。
広井は少し考える素振りをすると、こう言った。
「そうですね……いいですよ。でも、条件付きってことでどうでしょう?」
ふむ、条件か。
まぁ人に何か教えるのだから見返りを求めるとは当然か。
「俺にできることならなんでもやるぜ」
「ありがとうございます。それなら、ゲームをしましょう」
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