第8話
藤宮に絡まれた俺は魔力を暴走させて、結果彼女を魅了してしまった。
それで俺をぶっ潰そうとしていた藤宮は留まってくれたのだが、じゃあこれで解散! とはならない。
色々と不安はあるものの、それ以上に藤宮には聞きたいこともあるからな。
とりあえず当初の目的地である図書館まで足を運び、水溜まりで転んでしまった藤宮には着替えてもらうことにした。
着替えといっても俺のジャージを貸しただけだ。
藤宮は午後の授業をサボってそのままなので、荷物は全部学校に置いたままだ。
ちなみに俺は藤宮が下敷きになってくれてほとんど濡れてない。
多少は濡れたが気になるほどでもなかった。
と、いうわけで着替えるために図書館のトイレに入った藤宮を、俺と里奈はその図書館前にある広場らしき場所で待っていた。
「戻ってきたか」
しばらく待ってると俺のジャージを着た藤宮が図書館の入口から出てくる。
男女のサイズ差があるので当たり前っちゃ当たり前だがだぼだぼだ。
なんかエロい。
彼シャツもいいが彼ジャージもありなのではないでしょうか。
俺は彼氏じゃないけど。
しかし当の藤宮は顔を赤くして居心地悪そうに……いや、この場合は着心地悪そうにしているように見える。
「すまん、やっぱ里奈の貸してもらえばよかったか」
こうなったのは俺が原因なのでせめて俺のをと貸してみたのだが、逆に迷惑だったかもしれない。
「大丈夫よ。このジャージで我慢してあげる」
「……さいですか」
藤宮は魅了されて俺への好戦的な態度は也を潜めた。
が、物言いの仕方はあまり変わらない。
上から目線というかツンデレというか。
できもしないバトル展開にならなくなったのはありがたいが、ぶっちゃけめんどくさい。
「あっくんのジャージはいい匂いするもんね! ちょっと興奮しちゃうよね!」
「変態か。んなことやるのは里奈だけだよ」
「そんなことないよー!」
男の匂い嗅いで興奮するとかないだろ。
逆ならともかく。
「べ、別にいい匂いだなんて思ってないわよっ!」
って藤宮も嗅ぐのは嗅いだのかよ。
減るもんでもないし別にいいけど。
「まぁ、とりあえず俺のでよければ着といてくれ。うちのクラスは体育の授業はもう今週ないし、週明けにでも返してくれればいい」
「あ、ありがとう……あっくん」
「……あっくん?」
藤宮から予想もしない言葉が出てつい反復してしまう。
いや、あっくんは俺なのだが。
それは昔からの付き合いである里奈がそう呼んでるくらいで、いくら魅了されているとはいえ高飛車な藤宮からそう呼ばれるとは思ってなかった。
「だ、だってあんたの名前知らないんだもの! なんて呼べばいいのよ!」
「おおう、そういえば」
一度も名乗ってなかったよ。
こっちは里奈が藤宮の名前知ってたけど。
藤宮は編入してきたばかりだし、他クラスの生徒の名前なんて覚えているはずがない。
「一色飛鳥。こっちが高石里奈」
「そ、そう。なら特別に一色って呼んであげるわ!」
「特別じゃかったらなんて呼ばれるんだよ」
苗字呼びとかスタンダードオブスタンダードじゃん。
まさか犬とか豚とか呼ぶのがこの子の普通なのだろうか。
令和になった今では一歩間違えたらハラスメントですよ。
「私はあっくんって呼んでるから、藤宮さんはいっくんって呼んだら?」
「ややこしいな」
一色だからいっくん。
それは分かるけど片やあっくん、片やいっくんは紛らわしくて仕方がない。
「あっくんって呼ぶのは私だけの特別だから、それはダメです!」
「ってか代案探す意味ないだろ。普通に呼んでくれるならそれでいいよ」
「……そ、そこまで言うなら飛鳥って呼んであげるっ!」
「特に何も言ってないけどな」
むしろ苗字で呼んでほしいよ。
普通の何が悪いのか。
「まぁ、こだわりないから藤宮の好きにしてくれ」
「……エリカ」
俺が投槍に言うと、藤宮がボソッと呟いた。
「私のことはエリカって呼びなさいって言ってるの! 私は下の名前で呼ぶんだから不公平でしょ!」
「そこ公平にする意味ある?」
「あるわよ!」
「じゃあ藤宮も苗字で呼べばいいじゃん」
「そ、それはダメ!」
なんでやねん。
どういう理屈なんだ。
いや、藤宮は俺に魅了されている。
自分で言うのも小っ恥ずかしいが、好きな人とは距離を詰めたいと思うだろう。
心の距離は呼び方にも反映されるものだ。
きっとそういうことなんだろう。
「しゃーない。とりあえずそれで進めよう」
「分かればそれでいいのよ!」
「じゃあ私はえーちゃんって呼ぼうっと」
「あ、あんたと仲良くするつもりなんてないわっ」
話が纏まりかけた所で藤宮――もといエリカが里奈に食いつく。
あかん、恐れていた展開になりつつある。
「えーちゃんが気にしてるのは、私があっくんが好きだってことだよね? それは心配いらないんだよ。何故ならえーちゃんの気持ちは呪いの影響だからね。その気持ちは呪いが解けたら無くなるんだよ」
「
俺の恐れていたこと。
それは二人がこうしていがみ合う展開だ。
呪いの影響とはいえ里奈もエリカも俺のことが好きなわけで、つまり二人は恋敵であることを意味している。
俺の呪いはあくまで俺を好きにさせるだけであり、それ以上でもそれ以下でもない。
こうして取り合いみたいになってしまうことは当然ありえる。
「ならなんでえーちゃんは冴えないあっくんのことが好きなのかなー? ほら、あっくんの顔をよく見てみて。冴えないしパッとしないし目付きも悪いよ!」
「べ、別に私は飛鳥のこと好きじゃないわよ! 邪悪で卑猥な顔だし死んだ魚の目をしてるわ!」
「そうだよね。おまけに成績悪いし生活力ないしヘタレだよ!」
「もやしで髪もボサボサなのも追加よ!」
「泣いていい?」
なんでここまで言われなきゃいけないのか。
俺のライフはゼロだよ。
いがみ合わないのはいいけど、俺の悪口言い合うんじゃないよ。
そんなに言うなら俺のこと嫌いになってくれませんか。
呪い解くよりその方がよっぽど早いじゃん。
「ま、えーちゃんの呪いは私が解いてあげるよ。それであっくんは私が独り占めできるもんね!」
「あんたの方こそ首を洗って待ってなさい! 別に私は飛鳥を独り占めしたいわけじゃないけど!」
「なら今も私があっくんを独り占めしていいよね?」
「ダ、ダメよ! 悪魔に拐かされた善良な人間を放っておくなんてできないもの!」
いや善良な人間に首を洗わせるなよ。
というかエリカも拐かされてるうちの一人だよ。
「あー、ともかく俺がかけちまった魅了の解呪をする。二人ともそれでいいな?」
「もちろんっ。えーちゃんのをね」
「いいわ。里奈の方のね」
「両方だよ」
我ながらほんとに厄介な呪いだ。
それぞれ自分は呪いにかかってないって思ってる。
「で、そのヒントを得るためにこの図書館まで来たわけだが、その前に確認したいことがある」
わざわざ図書館に入らないで手前の広場にいるのはそのためだ。
有識者が目の前にいるのに、無知のまま調べものをしに行くこともない。
つまり、祓魔師のエリカなら何か知っている可能性があるということだ。
他人の呪いを解くのは高等技術らしいが、自分の呪いを解くことはできるかもしれない。
「できないわ。私は呪いになんてかかってないけどね」
うん、そんな気はしてた。
祓魔師の安全管理ガバガバじゃない?
呪いにかかったら回復する手段ないじゃん。
俺みたいなの相手にしたら勝てないんじゃないの。
真顔で「できないわ」とか言ってる場合じゃないぞ。
「呪いにかかったらどうするんだよ」
「呪われたらすり潰すわ」
どこをですか。
そんな目で睨まないでください。
タマヒュンしちゃう。
大聖さんといいエリカといい脳筋すぎる。
「ってことは、結局解呪をするには調べないといけないってことか」
「あとは飛鳥をすり潰すって方法もあるけど」
「やめてください」
「ふんっ。今回だけは特別に見逃してあげるわ!」
是非そうしてほしい。
ぼくわるいあくまじゃないよ。
それにしても、今回ばかりは自分の能力に感謝だ。
自分に好意を持ってくれた上で呪いにかかってる自覚がないんだから。
さっきまで俺をバカにしてた上に倒すだとか言ってたのに、いつの間にかそんな話じゃなくなってる。
エリカの脳内では一体どうなっているんだか。
ちょっと気になる。
「どうして見逃そうと思ったんだ?」
「ど、どうやら反省はしてるみたいだし、悪魔は嫌いだけど半分は人間みたいだし、能力も卑劣で卑猥だけど私がちゃんと解呪する方法を見つけてあげるし、邪悪な顔もよく見ればちょっと愛着が沸くし、汚らわしい身なりだけど私がこれから面倒見てあげるし、童貞も私がもらってあげないこともないわっ!」
「話が長いよ。あと童貞関係ないやろ」
童貞だと見逃すのかお前。
というか他の理由も半分くらい関係なかったよな。
「いいから見逃してもらえたことに感謝しておきなさいっ!」
「へいへい」
ともあれ、よく分からんけどエリカの中ではなんかいい感じになっているらしい。
そのこと自体は俺にとって都合が悪いわけではない。
かといって、残念ながら話が進んだわけでもない。
むしろ被害者が増えただけだ。
もう疲れたよ。
ぶっちゃけ帰りたい。
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