第7話

 藤宮が悪魔だの祓魔師エクソシストだの言っているのは厨二的設定なのではなく、事実である可能性が出てきた。


 そう思えば俺を悪魔だと言ってることも納得できる。

 正確にはハーフなので純粋な悪魔ではないが。


「邪気とか分かるもんなんだな」


「やっと認めたわね! あんたから時折漏れ出る邪気を私は見逃さなかった。魔力のコントロールが未熟なようね」


「おお、そこまで分かるのか。すごいな」


「ほ、褒められても嬉しくなんかないんだからね!」


 すごく嬉しそうですけど。

 ツンデレか。


 しかし、そうとなれば話は別だ。

 ちょっと真剣に考えよう。


 まず藤宮は俺を倒そうとしている。

 大聖さんがそうしているように、祓魔師は悪魔をぶっ潰すものだ。


 しかし俺は別に悪さをするつもりはない。

 大聖さんもそれが分かっているから俺や親父をぶっ潰そうとしないのだろう。


 そして藤宮と戦うつもりもない。

 というか、戦うとかよく分からん。

 俺は普通の男子高校生なのだ。


 なのでやることはひとつ。

 和解だ。


「あー、藤宮さん。とりあえず誤解だ。俺は悪魔は悪魔でも、悪魔と人間のハーフなんだ」


「……なんて?」


「だから、俺は悪魔と人間のハーフなんだよ」


「あんた悪魔な上に厨二病なの? そんなのあるわけないじゃない」


「お前がそれ言う?」


 さっきまで厨二だと断定してたのは俺なのに。

 何故かさっきと立場が逆転してしまった。


「本当なんだよ。俺はハーフだから魔力の制御が苦手なんだ。だから意図しない時に力が溢れ出る」


「それで『俺の封印されし右腕が疼く……!』とかやっちゃうの? ぷーくすくす。悪魔の癖に。私が全身封印してあげてもいいのよ」


 こいつぶん殴ってやりたい。

 なぜ藤宮にここまで言われなきゃいかんのか。


「隣の子は拐かしたの? ズル使ってこんな可愛い子を侍らせて。悪魔って本当に最低ね」


「うぐっ……それは……」


 これに関しては図星だ。

 俺に反論できる言葉はない。


「さっきから話を聞いてれば……!」


 言い返せない俺の前に里奈が出る。


 り、里奈……お前、庇ってくれるのか。


「あっくんはね、私のことを大事にしてくれてるんだよ! ちょっとヘタレだけどやる時はやる男の子なの! ちょっとヘタレだけど!」


「なんで二回言った」


「やっぱりかなりヘタレだけど!」


「言い直すなよ」


 普通に凹むよ。

 庇ってくれるんだと思った俺の感動を返せ。


「ぷぷぷ。拐かした女の子にまでヘタレ扱いされるとか可哀想。童貞乙」


「あっくんの童貞は私が貰うことになってますので! 童貞でいいんです!」


「恥ずかしいから大声で言うのやめてくれない!?」


 ここ外なんですけど。

 完全にセクハラですよこれ。

 どどどど童貞ちゃうわ。


「こんな冴えない男にここまで入れ込むなんて、魅了の類の呪いかしら。安心しなさい。私がこの悪魔を倒して貴女を呪いから解放してあげる」


「私呪われてないもん!」


「自覚がないのね。タチの悪い呪いだわ」


 まずい。

 やはり藤宮は俺を倒そうとしている。


「ちょっと待ってくれ! 俺は里奈にかかってる呪いを解きたいんだ」


「呪い掛けた本人が言うことじゃないわね」


「ぐっ……それはそうなんだがこれには事情が――」


「問答無用! あんたが私に倒されれば全て解決よ!」


 くそ!

 聞く耳を持ってくれない。


「とうっ!」


 藤宮は塀の上から掛け声をあげて飛び降りた。

 その下には水溜まりがあり、着地とともにバチャリと水飛沫が舞う。


 しかしそこは道の端で、ここは街路樹も多く設置されている散歩道。

 着地した先は土でぬかるんでいる。

 そんな所へ勢いよく降りたらどうなるか。


「きゃあ!」


 案の定、藤宮は足を滑らせて尻餅をついた。

 なにしてんのこの子。


「……大丈夫か」


「な、なかなかやるじゃない……!」


「何もしてないけど」


 勝手に転んだだけですやん。

 わざわざ塀の上になんて登るからだよ。


「いつつ……」


 尻餅をついて腰にまで衝撃が行ったのだろうか、藤宮は腰に手を当てている。

 制服も派手に濡れているな。


「おいおい、立てるか?」


 なんか可哀想になり、思わず藤宮に近づいて手を差し伸べる。


「あ、ありが……って敵に情けをかけられるほど落ちぶれちゃいないわよ!」


「っおい! いきなり引っ張るな――」


 藤宮は最初素直に俺の手を取るが、途中から暴れだした。

 俺も藤宮が滑った泥の所にいるわけで、バランスを崩されると必然――


「どわあ!?」

「きゃあ!?」


 俺も滑って転んでしまう。

 俺の手を掴んでた藤宮も引っ張られる形でまた転ぶ。


「痛った……くないな?」


 派手に顔面から転んだので相当な痛みを覚悟していたのだが、それがまったくやってこない。

 むしろふにゅりと柔らかいクッションで俺の顔は包まれている。


 あれ、これなんだ?

 視界も急に暗くなって何も見えない。


「ちょ……ちょ……!?」


 頭のすぐ上で藤宮の戸惑うような、恥ずかしがっている声がする。

 そして早くなっている心臓の鼓動がよく聞こえる。


 つまり、ここから導き出される結論は……?


「神様、ありがとうございます……」


 ラッキースケベ頂きましたー!!

 うっひょーおっぱいやー!!


 ……

 …………

 ………………


 いや待てそうじゃない。

 バカか俺は。


 この状態は非常にまずい。


 何がまずいかって言うと、藤宮にセクハラしてしまったとか怒らせてしまっただろうとか、そういう話じゃない。


 多分だが、そもそも


 何故ならそれ以前の問題だからだ。


「説明するよ! あっくんは普段魔力のコントロールができないの。でも条件を満たすと魔力が暴走してしまうのだっ!!」


 里奈が何故か説明口調で喋り出す。

 誰に言ってるんだ。


 だが里奈の言う通り。

 その条件を満たすと俺の魔力は漏れ出てしまう。


 暴走といってもそんなに大層なもんじゃない。

 しかし、こうして接触してれば簡単に影響を与えてしまう程度のものではある。


 そしてその条件とは……


「その条件とは……えっちな気分になってしまうことなのだっ!!」


 うん、つまり藤宮のおっぱいに顔を埋めた俺はそういう気分になってしまった。

 最高にハイってやつだ。


「ひどいよあっくん! 私とは遊びだったのね!」


「もごもごもごもご!」


 あ、おっぱいに阻まれて喋ることすらできない。

 藤宮も中々なボリュームでいらっしゃる。


 ってそうじゃなくて。


 里奈とは遊びもなにも、そもそも付き合ってすらいないのだ。

 得意気に解説しておいて何言ってんだって感じだよ。


 それはともかく、俺の魔力だ。

 いや、もうどうしようもないんだけどね。

 今更抑えようとした所で漏れるもんは漏れる。


「……はぅん」


 そして藤宮からも変な声が漏れる。


「あー、藤宮。大丈夫か」


「…………」


 ひとまず名残り惜しいが最高の枕から頭を離し、藤宮の様子を伺う。

 藤宮から特に反応はない。

 というより、惚けていて心ここに在らずといった感じだ。


「……えーと。俺のこと、どう思う? 倒したい……よな?」


 大聖さんみたいに特殊なパターンで呪いが効かない……とかないだろうか。

 そう期待して聞いてみたものの。


 藤宮からの返答はこうだった。


「べ、別にあんたのことなんて好きじゃないんだからねっ!!」


 ……どうやらダメだったらしい。

 そんなこと聞いてないよ。

 なんて分かりやすいツンデレ具合だろうか。


 こうして、残念ながら俺が呪いを解かないといけない相手が増えてしまったのだった。

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