第6話

 ようやく放課後。

 俺と里奈は例の図書館へと向かって並んで歩いていた。


「ひっつくなって」


「でも道の脇は水溜まりあるから濡れちゃうよー」


「俺の後ろ歩けばええやんけ」


「それでもいいかぁ。後ろから抱きつき放題だもんね」


「やっぱ前歩け」


 雨は午前中に上がったものの、この辺の道は日当たりが悪いこともあってか水溜まりが多い。


「にしても、こっち側ってこうなってるんだなぁ」


「いい雰囲気の散歩道って感じだよね」


 確かに雰囲気はいい。

 歩行者と自転車専用だからゆったりしていると言えばいいだろうか。


 ウォーキングやジョギングをしている人ともよくすれ違う。

 休憩所のようなベンチがいくつか設置されている場所もあり、お爺さんお婆さんが腰掛けているのも見かける。


 両脇には街路樹がたくさん植えられていて夏は涼しそうだ。

 今はそれが原因で水溜まりが残っている感じだが、明日には無くなっていることだろう。


「例の図書館ってこの辺だっけ?」


 事前にスマホで見ておいた地図の記憶を頭から引っ張り出す。

 図書館は学校を起点にして西側に位置している。

 大体この辺だったはずだ。


「そこを曲がって少し歩いたとこだよ」


 里奈が示した道は散歩道から外れ、あまり整備されていない道って感じだ。

 私道に見える。

 図書館に続く道なんだから公道なんだろうとは思うが。


 その曲がり角を見てみると、何故か塀の上に仁王立ちしている女の子がいる。

 しかも見知った服――うちの高校の制服だ。


 何やってんだあんな所で。

 あまり目を合わせたくない。


「あれって藤宮さんだよね」


 俺が目を伏せながら歩いていると、隣の里奈は相手をしっかり見ていたようで聞き覚えのある名前を呼んだ。


 昼休みに屋上で会った女の子か。

 また何かごっこ遊びでもやっているのだろうか。


 そう思って藤宮の方を見てみると、めちゃくちゃ目が合った。

 キッと厳しい目付きで俺を睨んでいる。


「そこのあんた! ここで会ったが百年目よ!」


 藤宮は塀の上から俺をずびしと指で指した。


 いきなり宣戦布告されたんですけど。

 何がどうなってるんだ。


「あっくん、あの後何かしたの?」


「いや、何もしてない。というか里奈は俺とずっと一緒だったからそれくらい知ってるだろ」


「メッセージで何か変なこと送ったとか」


「送らねーよ。学校で連絡先知ってるの里奈しかいないし」


「えへへ、知ってた。あっくんは私としか繋がってないもんね」


「変な言い方すんな。あと親父と母さんと里奈のご両親の連絡先は知ってる」


「…………」


 合計で五人だ。

 家族の数よりも他人の数の方が多いんだぜ。


「私はリアルでもあっくんと繋がりたいと思ってるよ!」


「いきなり生々しい話になったな」


「生々しいってよく分からないなー。どういうことか教えてほしいなー」


「ちょっと何言ってるのか分かりません」


「ほらー、おしべとめしべの話だよ」


「絶対分かってんじゃねーか!」


「……ねぇちょっと」


 そんな話をできるわけがないだろう。

 俺達は十八歳未満なんだぞ。

 十五歳は超えてるからこのくらいなら大丈夫だと思うが。


「仕方ないなー。手を繋ぐので我慢してあげる」


「いや手も繋がないけど」


「えー、繋ごうよー。私は繋ぎたいよー」


「手を繋ぐどころか腕を組んでくるんじゃない」


「だってこの方があっくん面積が大きいし」


「なんだよあっくん面積って」


「おいこらぁ!! 私を置いてイチャイチャしてんじゃないわよ!!」


 藤宮を放置して話をする俺達に、その藤宮がお怒りだ。

 あまり考えたくないから目を反らしてたけど、まぁ無視したら怒るのは当然だ。

 いきなり喧嘩を売ってくるような相手と話すのは気乗りはしないが仕方ない。


「あー、藤宮さんだよな。俺に何か用なのか?」


「そうよ! よくも私を騙してくれたわね!」


「騙す??」


「西に悪魔がいるって言ったじゃない! いなかったわよ!」


「あー、屋上での話か」


 確かに言った。

 でもあれはごっこ遊びの一環のつもりだったんだが……


「もしかして、本当に行ったの?」


「行ったわ!」


「……授業は?」


「サボったわ!」


 ……この子、バカなのかもしれない。

 自分が何を言ってるのか分かっているのだろうか。

 厨二所の騒ぎじゃないぞ。


 どうしよう。

 こんな時になんて返せばいいのか分からない。


 俺が次の言葉を決めあぐねていると、里奈が小声で耳打ちしてくる。


「あっくん、授業サボるなんてこの娘不良っぽいよ。堀の上に立ってるし、むしろヤバい人だよ。逃げた方がいいんじゃない?」


 これまでの問答も含めて、ヤバい人だというのは同意せざるを得ない。

 里奈の言う通り、藤宮は未だ何故か堀の上に立ちっぱなしだ。

 偉そうにこちらを見下ろしている。

 パンツ見えそうだ。

 パンツはともかく、じゃあ逃げて解決するかと言われると否だろう。


「うーん……どうしたもんか」


「逃げるなら私をお姫様抱っこしてほしいな」


「無理に決まってんだろ」


 人間を抱えて逃げるって簡単じゃないから。

 里奈は胸が大きい割に他の部分は細いけど、それでも無理なものは無理だ。


 それに藤宮とは同じ学校なわけで、今は逃げられても明日以降また絡まれるかもしれない。

 ひとまず対話だ。

 なんか変な因縁をつけられてしまったが誤解みたいなものだ。


「えーと、結果的に騙した形になったのは申し訳ない。けど、悪気があったわけじゃないんだ」


「あ、そうなの? それな……い、いや! 素直に謝ってきてももう騙されないんだから!」


 めちゃくちゃ騙されそうでしたけど。

 いや、こっちは騙すつもりで言ったわけじゃないけども。


「そうは言ってもなぁ。俺、悪魔とかよく分からないし」


「嘘をつかないで!」


「いや、本当だよ。藤宮さんは悪魔のこと分かるのか?」


 まぁ親父が悪魔なんですけどね。

 これを初対面の藤宮に言うつもりはないのだが。


 ともあれ、よく分からないのは本当だ。

 親父以外の悪魔とか見たことないし、俺から見れば親父も普通の人間と違わない。


「私は祓魔師エクソシストよ。だから悪魔のことは熟知しているわ」


「え、なんて?」


「悪魔のことはよく知ってるって言ってるの!」


「いや、そっちじゃなくて手前の方」


「私は祓魔師エクソシストよ。だから何?」


「……ふーん」


「なんで微妙な顔するのよ!」


 逆にどんな顔すればいいのか教えてほしいよ。


 祓魔師エクソシストって言われて「はいそうですか」ってなるか?

 ならないよ。

 そういう設定なんだなって思うだけだよ。


「藤宮さんはどの教会の祓魔師エクソシストさんなの?」


「私はどこにも属してないわ。流派もない。強いて言うなら我流、藤宮流ね」


「そうなんだ、独立してるんだね。すごーい!」


「ふ、ふん! そんな風に言われたって嬉しくないんだから!」


 めちゃくちゃ嬉しそうだな。


 そもそも里奈は褒めてるのか?

 俺には煽ってるようにしか聞こえないのだが。


 それともあれか、厨二的な設定を説明する機会ができて嬉しかったのかな。

 長々話されても困るからこのくらいで済ませてくれるのはありがたいが。


 しかしなんだよ我流って。

 藤宮流って。

 俺なら恥ずかしくて死にそうになっちゃう。


 ぷぷぷぷ。

 それを堂々と言ってるって思ったら笑えてくるぞ。


「邪悪な顔して笑ってるんじゃないわよ!」


「誰が邪悪じゃ」


 ちょっと内心でバカにしてただけじゃないか。

 いやそれ自体を咎められたら何も言い返せないけど。


「隠しても無駄よ! あんたが邪悪な悪魔だってことは分かってるんだからね!」


 まだごっこ遊びは継続してるのだろうか。

 今度は俺が悪魔役か。

 乗った方がいいのかな。

 いや、これ以上絡まれるのは面倒臭い。


「どうしてあんたが悪魔だと分かったのか教えてあげる」


「あ、いや結構です」


「あんたに騙された私は言われた通り西に向かったの」


 藤宮は俺の制止を無視して設定を説明し続けた。

 お前も話を聞かない系かよ。


「でも、そこには悪魔はおろか邪気の残滓すらなかったわ。いや、善良な人間が教えてくれたんだもの、きっとどこかにいる。その時の私はそう思って草の根分けて探した。それでも悪魔は見つからなかった……私は焦った! このままでは悪魔の被害者がどんどん増えてしまう! 休んでる暇なんてない。林の中を駆けた。ジョギングコースを全力疾走した。信号が赤になっていても構わず横断歩道を渡った!」


「いや信号は守れよ」


 それはアカンやろ。

 交通ルールは守ろう。

 というか話長いよ。


「こほん。とにかく、そろそろ帰ろうかなんて思ってた時に邪気を感じた私はここでこうして待ち伏せしていたわけよ」


「こんな堂々とした待ち伏せがあってたまるか」


 なんで塀の上に立ってんだよ。

 待ち伏せなら隠れるとかしろよ。


「あんたの邪気は屋上でも感じたわ。だからしっかりご飯食べ終わった後に様子を見に行ったんだから!」


「飯は優先すんのか」


 授業も優先しろよ。

 勉強は学生の本分だぞ。


 そして俺は結局どうすればいいんだ。

 やっぱり悪魔ごっこに乗った方がいいのか。

 そうしないと終わらないような気がしてきた。


「ねぇねぇ、あっくん」


「ん?」


 悩む俺に、里奈が俺の肩を指でつつく。


「藤宮さんが言ってること、本当だと思うよ」


「里奈、お前もとうとう厨二病を患ってしまったのか」


「ちっちっちっ。私が罹ってるのは恋の病だけ!」


 誰が上手いことを言えと。

 いや、それはともかく。


「藤宮の話のどの辺に信憑性があるんだ?」


「信憑性はないよ。説明は下手くそだったし」


 せやな。

 話は長いし根拠がない。

 あれで話を信じろというのが無理な話だ。 


「でも、私達の身近に祓魔師エクソシストはいるじゃない? だから藤宮さんが祓魔師エクソシストってことは本当なんじゃないかな」


「……身近な祓魔師エクソシストって誰?」


「パパ」


「……………………ああ!!」


 そう言えば!!

 大聖さんは戦う神父さんだ。

 悪魔と戦うって意味だと祓魔師エクソシストなのか。

 大聖さんがそう名乗ることなかったから全然結びつかなかった。


 ……ってことは、藤宮は祓魔師エクソシストで、本当に俺が悪魔だって見抜いてるってこと?

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