3 恐るべき悪魔達! の巻

第9話

 大聖さんの助言に従って学校近くの古い図書館まで来た。

 それまでに紆余曲折あって正直お腹いっぱいなのだが、それで帰るというわけにもいかず俺達は図書館の中へと入る。

 外見ははっきり言ってオンボロだったが中はちゃんと手入れされているようで、そこまで居心地は悪くない。


 中にいる司書さんらしき人が一人だけいた。

 結構若い女の人で、まだ二十代だろう。

 スーツ着たらバリバリ働いてるキャリアウーマンって感じの人だ。

 あまりこの古い図書館に似つかわしくない。


 確か大聖さんがここは教会と関係があるって言ってたな。

 俺もその教会がなんなのかはよく知らないが、この司書さんも祓魔師エクソシストだったりするのだろうか。


「…………」


 っと、あまりじろじろ見るのは失礼か。

 司書さんと目が合った所で軽く会釈だけしてさっさと中に入る。


 静かだ。

 図書館だから当たり前なんだけど。


 日頃からやかましい里奈や、さっきあんだけベラベラ喋ってたエリカも雰囲気に引っ張られているのかほとんど喋らない。


 パッと見て人影はないし物音もしない。

 軽く館内を一回りしてみても、やはり誰もいなかった。

 どうやら俺達の貸し切りらしい。


 それにしても、やはり古い図書館だけあって本も中々に年期が入っている。

 いくつか手に取ってみると紙がかなり傷んでいるのもあった。

 破いたら大変そうだし、できるだけ丁寧に扱おう。


 そう思っても、どれを読めばいいのかも分からないのだが。

 多くが難しい漢字を使ったタイトルがあったり、英語だったり英語らしき何か別の言語だったりで、そもそも読む気が起きない。


「あっくん、こっちがそれっぽいよー」


「おっ、今行く」


 どうしたものかと漠然と本棚を眺めていた所で里奈が手招きしながら小声で俺呼ぶ。

 里奈が俺を呼んだ場所にはさっきの場所にあったのよりも一層古そうな本がたくさん並んでいる。

 そこにはエリカも既にいて、本を手に取って読んでいた。


「どんな本があったんだ?」


「この辺は魔力に関する蔵書のようね。こんな図書館があったなんて……」


 エリカは本を興味深そうに呼んでいる。

 そういや教会には属していないとか言ってたな。

 祓魔師にも派閥とかそういうのがあるんだろうか。


 ともあれ、今日の目的は魔力、あるいは呪いに関する本を調べることだ。

 特に魔力は俺が制御できるようになれば、それによって解呪に繋がることになる。

 呪いにかかる被害者を減らすことにもなるし一石二鳥だ。


「あっくん、この本とかすごく良さそうだよ」


「どれどれ?」


「『小悪魔でも分かる魔力操作』だって」


「見た目の割に俗っぽいネーミングの本だな」


 もう何十年も前の本って感じだけど。

 猿でも分かる~みたいなニュアンスなのだろう。

 つまり入門書だな。


 正直に言えば疑わしい。

 なにせ俺は魔力操作の訓練を何年も続けている。

 純粋な悪魔にとっては入門程度の内容かもしれないが、ハーフの俺にとってはそうでない可能性もある。

 これを読んだからといって簡単に魔力を扱えるようになるとは思えない。


 だがしかし。

 少し期待している俺もいる。

 今まで親父に教えてきてもらったが、全く成果を得られなかったからだ。

 そんな俺でも分かる内容であることを期待したい。


「ちょっと読ませてもらっていいか?」


 里奈から件の本を借りて中を見てみる。

 他の本よりも比較的薄めだ。

 入門書みたいなもんだろうから妥当だろう。


 ひとまず内容が書かれているページに行ってみる。


『やあ、悩める小悪魔の諸君! エンジョイしてるかい!』


 ノリが軽いなおい。


 しかも挿絵付きだ。

 いかにも悪魔っぽい尻尾の生えたお兄さんがタンクトップで朗らかに挨拶している。


『ここで言う小悪魔っていうのは、未熟者の悪魔って意味だ。小悪魔と子悪魔をかけているんだ。小悪魔みたいに可愛い女の子って意味じゃないぞ? 調子に乗るなよ!』


 乗ってねーよ。

 なんなんだいきなり。

 しかも小悪魔と子悪魔ってたいしてうまいことかかってないし、違いも分からん。


『さて、小悪魔の諸君がこれを読んでいる理由は察しがつく。魔力操作に自信がないんだろう? 魔力操作は悪魔にとって呼吸をするようなものだ! それができない豚野郎は人生をエンジョイすることすら許されない!』


 なるほど、悪魔にも色々あるんだな。

 でもそれなら最初に「エンジョイしてるかい?」とか聞かないでくれ。

 できてないからこの本を開いてるわけで。


『おっと、我々にとっては人生ではなく悪魔生だったな。君の場合は豚生かな? はっはっはっ』


 やかましいよ。

 いちいち一言多い奴だな。

 こっちは真面目に調べてるんだ。

 バカにしてんのか。


『もちろん豚野郎のまま終わらないためのこの本だ。しっかり読んで立派な悪魔になってくれよな!』


 そうだな、入門書だからな。

 こういう展開になってくれないと困る。

 さすがに、ただバカにしているわけじゃなかったらしい。


『では次のページからレッスンに入るぞ。さあ行くぞ、豚野郎!』


 おい呼び名が豚野郎になってんじゃねーか。

 ここまでくるとカチンとくるな。

 破り捨ててやろうか。


「あ、飛鳥どうしたの? なんかすごく手に力が入ってるけど……」


「だ、大丈夫だ。なんでもない」


 心配そうな声のエリカの声にはっとする。

 気付けばかなり本に皺が入るほど力を入れていた。


 落ちつけ俺。

 あくまでもこれはやる気を出させるために煽っているだけなんだろう。

 次のページではレッスン開始だ。

 ちゃんと真面目なことが書いてあるに違いない。


 ペラリとページをめくってみる。


『レッスンを始める前に、最初に聞いておきたいことがある!』


 レッスン始まらないのかよ。

 ずっこけそうになったよ。


 これちゃんとプロット練って書いてねーだろ。

 もう燃やしちゃえよこんな本。


『この質問は魔力を操作する上でとても大事なことなんだ! 間違ってもこの本を燃やそうとするんじゃないぞ!』


 く、くそっ……

 適当に書いてると思わせてこっちの心理状態は把握してやがる。


 やはりちゃんと考えてこの本は書かれているのか?

 それなら、とりあえず質問くらいなら答えてやってもいいが……


『では、君のフェチを教えてくれ!』


 なんでだよ。

 嫌だよ。


 なんだよフェチって。


『無学な君にも教えてやろう。フェチとは執着! 性的な興奮を特に覚えやすい好みのことだ!』


 それは知ってるよ。

 なんでここでフェチを聞かれてるかが知りたいんだよ。

 サラッと無学とか言ってディスってんじゃねーぞ。


『頭の中で君が執着しているものを思い浮かべるんだ。おっぱいフェチ、ふとももフェチ、わきフェチ。別に身体に限った話じゃない。メガネや特定シチュエーションのフェチでもいい!』


 まぁ人の好みは色々あるからな。

 この場合は悪魔だろうが。


『ええ? 四つん這いになって鞭で尻を叩かれながら『ブヒィッ』と叫ぶのがいいって! さすがは豚野郎だな!』


 んなこと考えてねーよ。

 いい加減豚野郎から離れろ。

 ぶっ飛ばすぞ。


『フェチが分かったら準備は万端だ! 今度こそレッスンだぞ!』


 おう、やっとレッスンが始まるのか。


 どんなレッスンが待ち受けてるのか。

 ここまで罵倒されたんだ。

 レッスンくらいは真面目な内容を期待したい。


 いや、ここまで来たら真面目じゃなくてもいい。

 いっそ鬼教官のように罵倒しまくる系でもいい。

 だからとりあえず訓練になる内容であってくれ。


『レッスン・ワン! 君のフェチを大声で叫ぶんだ!』


 ……あ?


『おっぱいフェチなら『おっぱい』と! メガネフェチなら『メガネ』と! 本物の豚野郎は『ブヒィッ』と鳴くんだぞ! じゃあ行くぞ! せーのっ!』


 よし、燃やそう。

 俺は本をパタリと閉じてその場を立った。


「あっくん?」


「どんな内容だったの?」


 何も言わずに動き出した俺に二人から声がかかる。


「ちょっとこの本燃やしてくるわ!」


「あっくん!? いきなりどうしたの!?」


「図書館の本よ!? 歴史的に重要な本ばかりなのよ!?」


 うるせーうるせー!

 何がフェチだ!

 そんなんで魔力が操作できるようになってたまるか!

 俺の期待を返せよ!


「里奈、そっち抑えて!」


「ああ! えーちゃんどさくさに紛れて抱きついちゃダメェ!」


「べ、別に口実ができてちょっとラッキーだなんて思ってないわよ!」


「私はちゅーしちゃお!」


「それはやりすぎでしょ!?」


「うるせー! 離せー!」


 その後、俺はなんとか二人の制止を振り切るも司書さんに捕まり説教を受けた。

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