第4話
大聖さんと話をした翌日の朝。
俺は二階にある自室で起きて朝飯を作るべく一階の台所へと降りていった。
当然ながら昨日は里奈の家に泊まっていない。
うな丼を食べて、その後お茶を頂いてすぐに帰った。
帰る時に里奈がゴチャゴチャ言っていたがまぁいいだろう。
いつものことだ。
今日は放課後に大聖さんが言っていた図書館に行く予定だが、その前には当然学校に行かねばならない。
学生の辛い所だ。
「ふあ〜あ」
俺は自宅のリビング兼ダイニングに入り、大きく伸びをする。
「あ、おはよー」
「おう、おはよ……ってなんでお前がここにいる!?」
俺に挨拶してきたのは里奈であった。
「なんでもなにも、合鍵もらってるもん」
「んなもん渡して……あ、渡してるわ」
正確には里奈にではなく、里奈のご両親に預かって貰っている。
お隣に住んでるし付き合いも長いしな。
この判断をしたのは両親だが、俺も嫌なわけではない。
とはいっても、あくまでも俺に何かあった時のための緊急用のはずなんだが……まぁいいか。
「もうすぐご飯できるからね」
「おう、ありがとう」
こうして俺のために飯を作ってくれているわけで、そんな里奈を相手に朝からグチグチ言うのも気が引ける。
里奈は制服姿でキッチンに立っている。
汚れたりしないか少し気になるが、エプロンがあったらあったでまた裸エプロンとか言い出しそうだ。
まぁ里奈はなんだかんだ器用だから大丈夫だろ。
「んふふ、あっくんのパジャマ姿もかわいいね」
「見慣れてるだろ」
正確にはパジャマではない。
適当なティーシャツに下はハーフパンツだ。
休日に会う時なんかはこの格好のままだったりする。
コンビニに行く程度の用ならわざわざ着替えるのも面倒だし。
「そんなことないよー! 鎖骨とか何度見ても飽きないもん」
「ピンポイントだな……」
「あっくんだって私の胸とか飽きずによく見てるじゃん」
「みみみみ見てないわっ!」
いや本当は見ているが。
だってでかいから。
男なら見るよ。
普遍的な心理だよ。
「触ってくれてもいいんだよ?」
「触らん触らん」
非常に魅了的な提案だが断らざるを得ない。
魅了している今の状態では合意を得ているとは言えないからだ。
「すまん、ちょっと準備してくる」
「はーい」
料理を続けている里奈に一言告げて着替えやら色々済ます。
ダイニングに戻ったらそこには既に朝食が準備されていた。
白米に味噌汁と目玉焼き。
全て俺好みに作られている。
流石は幼馴染。
「召し上がれっ」
「頂きます」
差し出された膳に迷わず箸をつけていく。
うん、うまい。
食べながらふと視線を上げると、里奈は黙って食べてる俺をにこにこしながら眺めている。
「里奈はもう食べてきたのか?」
「うん、でもあっくんと食べればよかったなぁ。見てるだけでも楽しいけど」
「恥ずいからやめてくれ」
食べてるのを見られるのは中々にくるものがある。
「明日はもうちょっと早く来るね」
「そこまでしなくても大丈夫だぞ? 里奈も大変だろ」
「でもあっくんの布団にも潜り込みたいし……」
「玄関にチェーンかけとくわ」
「それはダメ」
里奈は真顔で言ってくるが、真顔になりたいのはこちらの方だ。
油断すると既成事実を捏造されそうで怖い。
ともあれ、あまり里奈を待たせるのも悪い。
俺はさっさとご飯をかきこんで食事を終わらせた。
適当に片付けを済ませて里奈と共に家を出る。
「あれ、雨だ。家出る時は降ってなかったのにー」
玄関のドアを開けると里奈の言う通り雨が降っている。
今は六月だ。
梅雨に入ってるし雨くらい振るだろう。
俺は玄関にある傘を取り出す。
「あー傘忘れちゃったなー。これはあっくんと相合傘するしかないなー」
「いや貸すよ」
里奈は棒読みで「あちゃー」とやっているが、完全に知ってた顔だな。
いつから雨が降ってたのかは知らないが、天気予報くらいはスマホで簡単に見られるわけで。
なんだかんだ要領のいい里奈がその程度見落とすはずがない。
それにここは俺の家なのだから貸せる傘くらいある。
「えー、貸してもらうのは悪いよー」
「相合傘の方が悪いと思わないのか」
ここから学校までどれだけあると思ってんだ。
通学は徒歩だが、十分以上歩くんだぞ。
「ってか家隣なんだから取りにいきゃいいじゃん」
「それまで私に濡れろって言うの!?」
「だから傘貸すよ」
しかも小走りで数秒の距離じゃねーか。
そんなに降ってないし。
しかしここで問答してても仕方ない。
このままでは遅刻してしまう。
「んじゃあ、里奈ん家までなら相合傘でもいいぞ」
「やったぁ! あっくん大好き!」
「ええい、やめろやめろ」
里奈が俺に抱きついてくるのを引き剥がす。
「でもこれから相合傘するんだからくっついてなくちゃ!」
「まだ家出てないけどな!」
せめて傘を差してからくっついてくれ。
とにかくさっさと済ませたいので玄関を出て傘を差す。
「ほい、入ってきていいぞ」
「えへへ、お邪魔しまーす」
「歩きにくいからちょっと離れてくれ」
「こうしないと濡れちゃうもん」
里奈は傘を差してる俺の二の腕に絡みつくように抱きついてくる。
そうすると、どうしても柔らかいあの部分が俺の腕に当たってしまう。
「あのですね、当たってるんですよ」
「あっくんが触ってくれないから当ててるんだよ」
くっ、これが噂の「当ててんのよ」か。
しかも背中じゃなくて腕という派生技。
破壊力が半端じゃない。
今すぐにでも離れたいが、傘に入っていいと言った手前それも言いづらい。
「と、とにかく行くぞ!」
「はーい、レッツゴー!」
里奈の家はすぐそこだ。
抱きつかれながらなのでものすごく歩きにくいが、一分かからず着けるだろう。
「…………」
しかし、それまでの時間が長く感じる。
前に向かって歩いているはずなのに、もう何十秒……いや、何分も経ったかのようだ。
それもそのはず。
「里奈さんや、もうちょっと早く歩いてくれませんかね」
「これが私の最大速度だよ」
「ちまちま足動かしてるだけじゃねーか! まだうちの敷地から出てすらいないんだけど!?」
「大きい歩幅で歩くと死ぬ呪いにかかっちゃったの」
「家の中じゃ普通に歩いてたろ!」
こうして里奈が全然動いてくれない。
多分だけど、俺にそんな呪いを掛ける力などない。
「むぎぎぎ……早く傘取りに行くぞ……!」
「やーだー!」
頑なに動こうとしない里奈を引きずるように歩く。
すると自然と里奈の腕に力が入り、柔らかい物が俺の腕でより押し付けられる。
「だから胸! 当たってるんだって!」
「当ててるんだもん!」
「いいから力緩めろ!」
「揉んでくれたら普通に歩いてもいいよ!」
「俺にメリットしかないな!?」
まるで交換条件になってない。
俺だって揉みたいとは思うよ。
健全な男の子ですから。
でもそういうわけにはいかない。
里奈は今呪いによって俺を受け入れようとしているだけなのだ。
結局俺は里奈をそのまま引きずり、里奈の家まで辿り着いた。
「朝から疲れてしまった……」
手を膝について項垂れる。
まだ登校すらしてないよ。
一日が長い。
「誰があっくんをこんな目に……」
「お前だよ」
里奈は眉を下げて心配するように言う。
これを真顔で言える神経がすごいよ。
「うちで休んでく?」
「休むなら自分ん家で休むわ」
徒歩一分掛からないからな。
里奈と綱引きしらながらだと五分くらいかかるけど。
これから学校か……
もう図書館行かなくてもいいんじゃないの。
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