第3話

 自力での里奈の解呪に失敗し、悪魔に知見のある里奈の父――大聖さんに相談することになった。

 その大聖さんが今まさに帰ってきた。


 俺は深く腰掛けていたソファから飛び上がり、背筋を伸ばして大聖さんを出迎える準備をする。


「ただいま帰ったよ」


「パパ、おかえりなさい」


 大聖さんの優しい声がドア越しに聞こえる。

 隣の里奈がそれを声だけで出迎えた。


 やがてガチャリとリビングに通じるドアが開く。


「お邪魔してます、大聖さん」


「こんばんは、飛鳥君。久しぶりだね。里奈は飛鳥君に迷惑掛けてないかい?」


「はい、お久しぶりです」


「ぶー、あっくんに迷惑なんて掛けてないよー」


 里奈は頬を膨らませて不満をアピールしている。

 ぶっちゃけ迷惑掛けられてるんだが、元を辿れば俺の呪いが原因だし大聖さんの前なのでここはツッコミを入れるまい。


「今日はどうしたんだね?」


「う……そのことなんですけど……」


 いきなり本題に迫る質問をされ、思わず口ごもってしまう。

 いや、勇気を出せ。

 ここで言えないのは男じゃない。


「大聖さんに、相談したいことがあるんです」


「ほう、相談か」


 大聖さんは優しい表情を崩さないまま、口髭を撫でて考える素振りをする。


「ふむ、何も心配いらない。大丈夫だよ」


「…………?」


 まだ何の話かも言っていないのだが。

 俺の力のことだと察してくれたのだろうか。

 流石は大人の男だ。

 一を聞いて十を知るとはこのことか。


「何も身構えることはない。やり方を教えてあげよう。まずは肩の力を抜いて」


「は、はい……」


 早速指導に入るのか。

 いきなりのことに戸惑うが、ひとまず言われた通りに気付けば力が入っていた肩を脱力させる。


「深呼吸して」


 すぅ〜と息を吸い、はぁ〜と吐く。


「次は軽く息を吸う」


 言われた通りに少しだけ吸う。


「そして、こう言うんだ。お義父さん、と」


「おと……ってなに言わせようとしとんねん」


「ちぃっ」


「舌打ち!?」


 本当にここの外堀も埋まってたんかい。

 いいのかそれで、父親として。

 俺の緊張を返して。


「今日相談したいことは違う話なんです」


「ふむ、結婚報告じゃなければ一体なんだと言うんだね?」


「逆にどうして結婚報告だと思ったんですか。俺まだ十八歳にもなってませんよ」


「では飛鳥君が十八になるまで待つことにしよう」


「結婚報告する前提なのもおかしいですけど。その手前に色々あるでしょ、色々」


 歳の問題もあるけど収入とかその他諸々色々あるだろ。

 何度でも言うけど父親としてそれでいいのか。


「パパ、まずはお風呂に入ってきたら? あっくん、お話はその後でもいいかしら」


「あ、はい。もちろんです」


 外から帰ってきてそのままの恰好の大聖さんを香織さんが促す。

 大聖さんは仕事だったんだもんな。

 まずは疲れを癒してほしい。


 帰って早々に相談の話にしてしまって悪いことし……いや、俺は別に悪くないわ。

 話振ってきて暴走したの大聖さんだわ。


「じゃあ僕はお風呂を頂くよ。飛鳥君、お義父さんの背中を流してくれないかい?」


「遠慮しときます」


 まだ言ってんのか。

 断固として拒否だよ。


 $


 それから数十分経ち、結局俺は夕飯をご馳走になることにした。

 香織さんがキッチンでせっせと料理し、それを里奈が手伝っている。


「里奈、もっと火力をあげて! 中華の真髄は火力よ!」


「分かったよ、ママ!」


 今日は中華料理なのだろうか。

 大人数で食べるのに適した料理だと言えるだろう。

 家庭用のコンロで中華の真髄が引き出せる火力を出せるのかは知らないが。


「さあ、できたわね。里奈、これを運んできて」


「はーい」


 香織さんに言われた里奈は俺のいるダイニングまで料理を運んでくる。

 里奈は大聖さんを差し置いて、俺の前に丼を豪快に置いた。


「はい、今日はうな丼だよ!」


「めっちゃ和食やんけ」


 さっきの中華の真髄云々どこ行ったんだよ。


 しかも見た目ふわふわですごく美味しそうだし。

 火力どこ行った。

 いや焦げたらせっかくの鰻がもったいないのでこれでいいけど。


 俺がうな丼を前に呆然としていると、キッチンからふふふと上品に笑う香織さんの声が聞こえてくる。


「あっくんに精がつけてもらおうかと思ったの」


「俺に何させようってんですか」


「それは……私の口からは言えないわ。ねぇ、里奈?」


「やだーもうママったらー!」


 話を振られた里奈は顔を赤くしてクネクネしている。

 当然俺は何もするつもりはない。


「ねぇ、あっくん」


「ん?」


 里奈は顔を赤くしたまま上目遣いで俺を見る。


「お風呂にする? うな丼にする? それともわ・た・し?」


「うな丼だよ」


 決まってんだろ。

 なんで目の前にご馳走出されて他の選択肢を選ぶ余地があるんだよ。

 別に精をつけたいわけじゃないけど、鰻自体は大好きだよ。


 しかもそれは玄関で出迎えて言うことだ。

 断じてこのタイミングじゃない。


「里奈、いい加減にしなさい」


 大聖さんが腕を組んで厳しい目で里奈を見ている。


 おお、威厳のある父親って感じだ。

 ここは父親らしくガツンと言ってください。

 悪ふざけはやめろと。


「里奈を選んでもらうのはうな丼の後だろう。飛鳥君には先に精をつけてもらわないとな。物事には順序というものがある」


「確かに!」


「後からでも選ばないけど!?」


 里奈は何故そこで納得した。

 順序以前の問題だよ。


「はっはっはっ。これは僕もじいじと呼ばれる日も近いかな」


「選ばないって言ってんだろ!?」


 同じこと言わせんなや。

 ってか順序の話はどうした。


「さ、お喋りはそこまでにして食べましょ。パパにも精をつけてもらわなきゃ」


「おっと、これはこの歳で二人目ができてしまうかもしれないな。はっはっはっ」


「もう好きにしてくれ……」


 他人の家の都合にまでツッコミを入れる気にはなれない。

 二人目でも三人目でも作ってください。


 ともあれ、せっかく出されたうな丼は美味しく頂く。

 ふんわりと焼きあがった身は箸をすんなり通し、米と一緒に含むと香ばしさとタレの甘みが口いっぱいに広がる。

 うん、うまい。


 こうして丼の中身をかきこみながらも、本題の相談を大聖さんに持ちかける。


「ふむ……君が掛けた呪いを解く方法か」


「何かご存知ないですか?」


「すまない、解呪は私の専門外なんだ。私は少し特殊な家系の出でね、呪いの類は一切効かないんだよ。だからこれまで悪魔と接する機会はあっても、解呪の必要がなかったんだ」


 それは初耳だ。

 意外とすごい人なのだろうか。

 こうして話をしてる分にはたまに頭がイカれるだけの優しいおじさんなんだが。


「でも、他の人が呪われることはあるでしょう? そういう時はどうしてたんですか?」


「その時は呪いを掛けた悪魔をんだよ」


 いきなり物騒なこと言い出したな。

 笑顔で言ってるのが更に怖い。


「もちろん飛鳥君をぶっ潰すなんてことはしないから安心してくれ」


「そ、そうですか……」


 だったらせめてもう少し穏便な言葉を使ってほしい。

 浄化とか。

 脅し文句にしか聞こえないんですけど。


「そもそもなんだが、解呪の必要はあるのかい?」


「いや、このままというわけにもいかないでしょう」


 解呪しないと里奈は俺に魅了され続けたままになる。

 短くても次に親父が帰ってくるまでこのままだ。


「僕達は君を息子のように思ってるし、息子にしたいと思っているよ」


「そのこと自体は嬉しいですが……」


「だから僕をお義父さんと呼んでくれないかい?」


「ただ呼ばれたいだけだろ」


 何回やるんだこのネタ。

 いい加減にしろ。


「しかしどうしたものかな。他者が掛けた呪いを解くというのは高等技術なんだ」


「そうなんですか? 親父は割とポンポン解呪してくれてたんですが……」


はああ見えてその辺が得意なんだよ」


 そうなのか。

 それも知らなかった。


 でも待てよ?

 これだと解呪できる人って俺に頼れる人でいなくないか?


「あの、親父からは困ったら大聖さんに頼るように言われてたんですが……」


「ああ、聞いてるよ。私が解呪できないのも知った上で、頼まれたんだ」


「親父はなんて?」


「飛鳥君が自分の力で困ったら、困らせておけばいいと言っていたね」


「あんのクソ親父……!」


 思わず握りしめた拳が震える。

 息子が困ってるってのになんて言い草だ。

 帰ってきたらぶん殴ってやる。


「とはいえ、他者の呪いを解くのは難しいが、自分で掛けた呪いは別だ。そこまで難易度は高くない。それは人間も悪魔も変わらないと聞いている」


「うーん、俺も結構練習しているつもりなんですが……」


「そうだろうね。君の場合は生まれの問題もある。力の制御が苦手なのは仕方がないことだ」


 しかし、仕方がないでは済まないこともあるだろう。

 里奈の場合は大聖さんと香織さんが優しいだけで、他の女の子を魅了してしまったら冗談では済まない。


「そうだな、僕個人で力になれることはあまりないが、参考になる本ならあるかもしれない」


「おお、そんな本あるんですか」


「君達の通っている高校の近くに、古い図書館があるだろう?」


「図書館ですか?」


 どうしよう、全く心当たりがない。

 俺は基本的に学校と家の往復しかせず、周辺で遊ぶこともないので通ってはいるが学校周辺の土地勘がないのだ。


「それなら私分かるよ。あの木造の図書館でしょ?」


「そう、そこだ。そこは教会が関係している図書館で、呪いや魔力に関する本があるはずだ。私も昔利用したことがあるからね」


「なるほど」


 戦う神父さんである大聖さんがそう言うのなら期待できそうだ。


「私は人間だから魔力制御は教えられないが、探せばそういった類の本はあると思う。あまり力になれなくて申し訳ないが……」


「いえ、十分です。あとは自分でなんとかしてみます!」


 よし、明日はその図書館に行ってみることにしよう。

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