宇宙駆けるは槍騎兵

「クソっ! 多いな、テッド残り何機だ? 」

「探知可能範囲ニハ残り二十二機デス」

「味方は?」

「残存十九」

 

 ――こっちも半分が落とされてるのかよ。


 ピッ! 電子音が鳴り、こちらに向かってくるミサイルをカメラがとらえた。テッドが即座に反応し、可動機銃でミサイルを迎撃。


「こっちのステルスが効いてないな」

「肯定シマス」


 機体を包んでいるプラズマの放出をカット、エネルギーを機首の電磁シールドに全振りする。戦闘機の出力では気休めだが無いよりマシだ。


「フサール隊が射点につくまで何秒だ?」

「七二四秒デス」


 ケンタウルスⅧを陥落させたその日から、太陽系星系軍の猛反撃が始まった。情報部が確認したという敵艦の数は現在のところ二個艦隊三十六隻。

 数ではこちらが上回っているとはいえ、巡洋艦とフリゲートでは一隻あたりの持つエネルギー量が一桁違う。索敵、火力、速度、全てにおいて敵が上まわっているといっていいだろう。


「コースから見て、彼らの次の目標は『ペルシュロン』だと思われる。ここで敵主力を邀撃、漸減する」


 α星系とβ星系を直線で結んだ中間地点に作られた、巨大な補給基地である小惑星『ペルシュロン』、太陽系星系軍がケンタウリⅧから通常航法でやってくるなら、ここを落とすのが一番の安牌なのは間違いない。


「諸君らの任務は、高速ミサイル艇で編成された『フサール隊』の援護だ、彼らは新型の亜光速ミサイルを搭載している」


 そういってから、作戦参謀がスクリーンをバン! と叩く。


「戦闘機隊は先行して敵艦載機を迎撃せよ。今回は敵ステルスを無効にする新型レーダー搭載の電子作戦艦が同行する、最初の一撃は君たちの物だ」


 なるほど、嫌がらせのように待ち伏せれば敵を削ることはできるだろう。そのうえで先に一発殴らせてくれるのであれば、勝ち目もあるかもしれない。


 ――だが、そんなものは机上の空論だ、クソが。


「こちらブルーリーダー、敵が多すぎて支えきれない。作戦中止を提言する!リクエスト・ミッションアボート

「許可できない、繰り返す、撤退は許可できない」


 チラリと作戦モニターに目を走らせる。新型の対艦ミサイルを抱えたフサール隊が射点に到着するまで六〇〇秒を切ったところだ。


了解ラージャ、努力する」

「すまない、健闘を」


 ケントの放った最後の対空ミサイルが、蒼い炎を引いて敵機に食らいつく。


「テッド、格闘戦だ、捨てられるものは全部すてろ」

了解ラージャ


 短い振動のあと、空になった推進剤プロペラントタンクが飛んでゆく。


「上等だ、やってやろうじゃねえか。テッド射撃は任せたファイアアットウィル


 宇宙戦闘で一番のリミッターは人間だ。歯を食いしばり、Gキャンセラが殺せなかった重力に耐えながら、ケントは射線を合わせようとペダルを蹴飛ばした。失神寸前のマイナスGに視界が赤くそまる。剛構造の期待がミシリミシリと悲鳴を上げた。


「GUN GUN GUN」


 テッドの平坦な声とともに、電磁投射砲の甲高い音が機体を揺らす。新型の誘導弾頭が曲線を描いて敵機を打ち砕いた。


「いいぞ、テッド」

「こちらレッドリーダー、各隊、散らばるな。お互いの射程内に固まって可動銃座を全自動フルオート、互いにカバーしろ」


 近くにいるのだろう、セシリアからの音声通信がレーザー回線で入ってくる。全自動というのが自分と同じく、AIを育てている彼女らしいとケントはニヤリと笑う。


了解ラージャ


 たしかに滑り出しは上々だった。ルドルフ・ベーゼマン率いる技術開発研究所、通称『魔術師の館』謹製の次元波レーダーは敵のステルスを打ち破り、最初の一撃で敵機の四分の一を屠ったのだから。


「テッド、味方は何機だ?」

「十二機デス」

「敵は?」

「十四機」


 ――まだ敵のほうが多いのかよ。


 だが、太陽系星系軍の正規空母の搭載量はこちらの倍近い、スタート時点で六〇対三十六、そいつを十二対十四に持ち込んだだけでも、褒めてほしいものだとケントは思う。


「テッド、全周警戒」

了解ラージャ


 ジリジリと時間が過ぎてゆく、いい奴を二発ほどもらったが機体はなんとか耐えていた。

 カウントダウンしていた数値がゼロを指す。

 フサール隊が放った巨大な騎士の槍が列をなし、星空を切り裂いて敵艦隊へと加速してゆく。


 ――あとは神のみぞ知る……だ。


     § 


「第一次ペルシュロン会戦、だっけ?」


 猫のように丸くなって、シェリルが小さくつぶやいた。


「ああ、そうだ。初めての正面対決だ」

「高校だと太陽系星系軍の勝利って習った」

「そうか。敵を撤退させたから、俺たちの勝ちだと思っていたが」


 歴史は勝者がつくるものだと、ケントは苦笑いしてみせる。


「知ってる、私たちは誰も信じてなかったもの」

「でもどうだろうな、フサール隊が射点についたときには、俺達は十二機しか残っていなかった、それに……」

「それに?」


 ケンタウルスⅧが襲われた元凶、今なお酒のネタにされるバカバカしいそいつは、外宇宙を観測することなど「必要がないからしてこなかった」という、単純なお役所仕事が全ての始まりだった。


 ――その必要があるんですか? 宇宙人でも攻めてくるんですか?


 外宇宙監視衛星の予算を却下した議員の一言は、今では皮肉を込めた笑い話になっている。清掃宙域がなければジャンプアウトできない、一〇〇年かけて作り上げたケンタウルスⅤの清掃宙域を守り切れば負けはない。

 その前提がそもそも間違っていた事をみんなが知っている今となっては、議員のセリフはちょっとしたジョークの決まり文句になっている。負けるべくして負けた、そういう事だ。


「あの日、高速ミサイル挺十六隻で編成されたフサール隊の撃った新兵器は、思ったほどの命中率じゃなかった、六十四発の亜光速ミサイルで命中したのはたったの四発」

「でもそれで敵の空母は轟沈したって」

「護衛の艦艇二隻も轟沈、一隻は大破だったかな。フサール隊も対抗雷撃を食らって生き残ったのは三分の一だったが……」


     §


「ケント、生きてたか?」

「ああ、何とかな」


 空母を沈められたのは敵にとっても痛手だったらしい、動ける十三隻をまとめると敵艦隊はケンタウルスⅧに向かって撤退していった。


「ずいぶんやられたな、しかし」


 がらんどうになってしまった、格納庫を見てアンデルセンが眉をひそめる。


「ああ」


 言いながら、ケントは自分の愛機をみあげた。後部装甲が焼け落ちて、エンジンがマウントされたトラスフレームにもビームの焼け跡が残っている。


「俺も危うく死ぬところだったが、お前のもなかなかだ」

「ああ」


 ブルー小隊はケントの他に新米が一機だけ残った、ベテランほど前に出て落とされる。命の値打ちを軽んじる宇宙育ちの悪いところだ。


「命あってのものだねってやつだ、生きてりゃ勝ちだぜ。死んじまったら女も口説けねえ」

「そうだな」


 ケントの気のない返事に、アンデルセンがポンと肩をたたいてポケットからスキットルを取り出すと、ケントに押しつけて地面を蹴った。


「やるよ、ウィスキー『シャイア』だ、高かったんだぜ。それでも飲んで寝ちまえ」

「すまん」

「いいってことよ」


 整備用に重力が切られた格納庫の中を、手を振りながら飛んで行くアンデルセンの背中を見送って、ケントはポケットから煙草を取り出す。


「こぉらぁ、格納庫は禁煙」

「いてっ」


 うしろから頭を小突かれてケントは振り返った。


「大丈夫? 顔色が悪いわよ」

「セシリア……、うん大丈夫だ多分」

「ならいいけど、ところで聞いた?」

「なにを?」


 怪訝な顔をするケントの耳元に顔を寄せると、セシリアが小声で言った。


「ケンタウルスⅧの外側、太陽系星系軍の作った清掃宙域に爆弾積んだ大型タンカー送り込んだって話」

「いや、初耳だな」


 ダメ元でも悪い手ではない、太陽系からのジャンプアウトを防げば、補給のその分だけ敵は動けなくなる道理だ。そもそも清掃宙域を塞げなければ、千倍以上ちがう工業力でごり押しされるのがオチでしかない。


「結果は?」

「失敗したみたい、ここから厳しくなるわね」

「ああ、そうだな」


 その日から三ヶ月半、実に四回にわたって大攻勢が続き、消耗戦が繰り広げられた。ケンタウリ星系軍の損耗は全艦艇の約半分に達したが、それでもなんとか戦線を維持し、一時は太陽系政府の中で和平論が持ち上がるほどだったという。


     §


「そして、あの日がやってきた」

「ええ」


 ケントの膝から身体を起こして、シェリルが名前の刻まれた石碑を見つめる。


「……」


 黙って石碑を見つめ、目をうるませるシェリルの肩を、ケントは何も言わずにそっと抱きしめた。守備隊として徴兵されたシェリルの父親、そしてカフェ・アークライトのマスター、リチャード・アークライトが戦死したケンタウルスⅡへの奇襲攻撃。


 そしてそれをを皮切りに、太陽系星系軍による大反攻作戦が始まったのは、戦争が始まってから七百十八日目の事だった。

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